5話 木曜日
「ねぇ……藤宮君。起きて。朝だよ」
「おはよう。土師さん」
「藤宮君……おはよう。なんかすごいね。学校で目を覚ますなんて……しかも……藤宮君が……いて……なんか……あの……とにかくすごいね。あの……ごめんね。藤宮君の寝顔……ちょっと見ちゃって……なんか……藤宮君の寝顔……あの……見たくなっちゃって……ごめんね。変な事はしてないから……大丈夫だよ。でも、ごめんね。あの……ありがとね。藤宮君が一緒にいてくれなかったら、私すごく怖くなってたと思うから……一人で幽霊が出るかも知れない所にいるとか、私絶対出来ないから……藤宮君がいてくれたから怖くなかったんだよ。本当にありがとう……」
「どういたしまして。土師さん。そろそろ準備しないと」
「そうだね……朝ごはんも食べないとね。ごめんね。カロリーメイトしかなくて……昨日もカロリーメイトだったのに……でも、味はいっぱいあるよ……藤宮君はどの味がすき? 好きなの選んでいいよ」
「ありがとう。じゃあ、チョコレート味にしようかな」
「分かった。……はい、どうぞ。美味しいよね。チョコレート味。私はあと……フルーツ味も好きだな……あと、プレーン味も好きなんだ。りんごみたいな味がして美味しいよね。……チーズ味はそこまで好きじゃないけど……たまに食べたらおいしいんだ」
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「藤宮君……こんにちは……あの……藤宮君……あの……ごめんね……昨日は……変な事言っちゃって……でも、ありがとう……それでね……藤宮君が不死身になったっていう話でね……今日授業中も……ずっと考えてたんだけど……藤宮君の事……それで、思ったんだけど、藤宮君が不死身になったとしても、不死身にも色々あるって思って……。前も言ってたけど、死んだのが無かったことになるやつとか、死んでもすぐに治っちゃうやつとか……死んでも別の場所で復活するやつとか……色々あるよね。それで私もう一つ思ったんだけど、復活する不死身だったとして……見た目には復活していても、復活した藤宮君が藤宮君じゃなくなってるかも知れないって思ったの。有名な思考実験でスワンプマンっていうのがあるんだけど……ああ、スワンプは沼って言う意味なんだって……それでそのスワンプマンっていうのはね……最初に、男の人に雷が落ちて、それで男の人が死んじゃうんだけど、同時に沼にも雷が落ちて、死んじゃった男の人と全く同じ人が出来ちゃったの。でも、新しくできた男の人は死んじゃった男の人と同じように行動して……男の人も周りも人も、誰も男の人が死んじゃったって気付かないの。それと同じで……藤宮君が不死身で死んでいないように見えても……本当の藤宮君が死んじゃってるかもしれないの……。心が無くなっちゃうかも知れないの……前言ってたよね、クオリアの話……藤宮君が感情とか感覚とかなくなっちゃって……哲学的ゾンビっていうんだけど……人間そっくりなロボットみたいになっちゃって……そんなの絶対嫌なの。だから、藤宮君がもし不死身なのが確定したとしても……絶対に試しに死んだりしないで欲しいの。……約束してくれる?」
「ごめん。その約束はできない」
「えっ……? 何で?」
「土師さんと話すようになってから、俺もいろんな事が気になる様になって……。自分が不死身かどうか、不死身だとしても、どういう不死身なのか気になって、実は昨日も目を閉じてるだけで、全く眠れていないんだ。ずっと、自分の事なんてどうでも良かったのに、今は自分の事が気になって仕方ないんだ。でも、悪い感じじゃないよ。死にたいとかでもないんだ。ただ、俺が不死身かどうか、確かめておきたいんだ。土師さんが話してくれた学校の七不思議に、生徒手帳を人体模型に差し出して頼むと、持ち主が死ぬっていうのがあったよね。俺はそれを試してみようと思うんだ。人体模型に自分の生徒手帳を渡してね」
「嫌だよそんなの……もし死んじゃったらどうするの? だって、幽霊はいたんだよね? 幽霊がいるって事はきっと人体模型の七不思議も本当なんだよ……そんな事したら、藤宮君が死んじゃう!」
「ごめん。あの話は嘘なんだ。本当は自習室に幽霊なんて出なかった。だから、人体模型の不思議もきっと嘘なんだ。あまり心配しないでよ。土師さん。七不思議なんてきっと全部嘘に決まってるよ。だって、自習室の幽霊が嘘だったんだから」
「それこそ嘘だよ! 何で……何でそんな嘘つくの? 何で? もしかして……藤宮君は……私のせいでいろんな事気になるようになっちゃったのかな? ……だとしたらごめんね。でも、いろんな事気になるなんて……本当は良くない事なんだよ。私だって……私だって昨日言ったよね? おじさんと……セックスした話。私だって、このまま気になってばかりじゃ良くないって分かってるよ。お母さんだって、私がずっといろんな事気になってると、怒って来るし……。だって、もしこのまま……ずっと私が気になってたら、多分私、デリヘル嬢とかになるんだよ。体を売ってお金を稼ぐのが……どんな感じかどうしても気になっちゃったとか言って、知らない男の人と……エッチな事しちゃうんだよ。でも私ブスだから、何回も『こんなブス嫌だからほかの子と変えろ』って言われて……、それで私傷ついて、哀しくて、でももう普通の仕事には戻れなくて……それで悲しんでた時に、嫌がらずに、優しくしてくれた人がいて、その人の事が忘れられなくなっちゃって……。私、その人がまた指名してくれないかなって思って、ずっと耐えて、でもその人は全然指名してくれなくて……1年くらい待ってもダメで……その人は二度と来てくれなくて、私は何もかも嫌になって……自殺とかしちゃうんだよ……藤宮君がやろうとしている事は、それと同じことなんだよ。私みたいに気になっちゃうのは、良くない事なんだよ。だから、お願いだから……」
「土師さんは大丈夫だよ。俺が約束してあげるから」
「私の事なんてどうでもいいの! ……藤宮君が死んじゃったり、藤宮君じゃなくなったら嫌なの! ……お願いだから、私と約束してよ。藤宮君。お願いだから。私……私ね……あの……藤宮君の事が好きなの。ずっと好きだったの。だから、藤宮君が死んじゃうのは絶対に嫌なの……」
「土師さん。頼むから泣かないで。俺も土師さんの事が好きだよ。いろんな事が気になる土師さんの事が、すごく好きなんだ。だから俺も、土師さんみたいに気になった事を自分なりに考えたいんだ」
「藤宮君……何で……嫌だよ……うううぅ……」
「約束するよ。危険な事は、これっきりにする。もう二度としないって」
「藤宮君……死なないで……お願いだから……」
「大丈夫だよ。俺はきっと死なないし、ずっと俺のままでいる」
「藤宮君……」
「だから約束して欲しいんだ。土師さんは、風俗嬢にならないでくれ。そういう仕事も大切な仕事だとは思うけど、多分土師さんには向いていないと思うんだ」
「……藤宮君……分かったよ……約束するから、死なないで……」
「わかった。明日の科学の授業が終わった時に人体模型にお願いしてみるよ。でも、きっと大丈夫だから、もう泣かないで」
「藤宮君……死なないで……」
「大丈夫だよ。きっと大丈夫だから」