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憧憬の露  作者: 牧野森
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名作は後半から面白くなるパターンが多いのです。

優しい目で見てやってください。

 なんと言うか、味のしないガムの様な人生を僕は送ってた。もちろん、今の僕もそんな人生を送ってる。でも、そんな僕の前に彼は現れたんだ。





 「いらっしゃーせー」


  僕はその頃、29歳。パン屋さんでアルバイトをしてなんとか生きていた。自分で言うのもなんだけど、つまらないやつだったと思う。学生の頃は叶わない夢などないと豪語していた。だが今はどうだろう。夢を諦めたどころじゃない。それどころか、なんとなくなれると思っていた普通のやつにすらなれなかった。だんだん自分という存在を理解してしまった。おかげで今では唯一の取り柄だった元気な挨拶すらする気にならず、深夜のコンビニ店員の様な、気の抜けた挨拶しかできない。

 

 「すみませーん、ちょっと、聞いてます?おーい」

 

  しまった。つい考え事をしてしまった。そこには見るからにクレーマー気質な女とその夫が立っていた。

  

 「ああ、すみません」


 「おたくで買ったパンさ〜思いっきり具材入ってなかったんだけど、ウィンナーパンなのにチーズパンになってたよ?どうなってんのさ、まじで。お店の食べログ荒らすよ?」


 知らねえよ、お前の不細工な夫のでも食っとけよ。そもそもお前らパン買ってねえだろ。そう心の中で思いつつ、ここは日本。下手に客と揉めてはいけない。さっさと新品渡して、帰ってもらおう。そう思った時、彼は現れた。


 「お待ちなさい。」


 そこに立っていたのは丁寧な口調とは似つかない、スーツをだらしなく着た男だった。

 

 「君たち、いつ、そのパンを買ったのかい?」


 「いつって…一昨日、一昨日。」


 「そうですか。私は1週間前からこのパン屋の前のベンチに座っていましたが、君たちを見た記憶はないですね。」


 「あなたがよそ見してただけでしょう。」


 「では聞きますが、このお店でパンはどのようにして注文するか、覚えてますか?」


 「それは、トングとトレイを持って…」


 「違います。このお店ではパンは手掴みでカウンターへ持っていくのです。サラダバーのように。」


 「あ…、す、すみませんでした…」


 す、すごい。話術でクレーマーを追い払った…!うち、もろトングとトレイだけど…!店の前にベンチないけど…!てかなんであいつら一切疑いを持たなかったんだよ。サラダバー手掴みしねえだろ。なんでむしろ納得してんだよ。


 「あ、ありがとうございます。」


 「どういたしまして。いやはや探しましたよ。東山司くん。申し遅れました。私、木村達三と申します。」

 

 「いや、一ミリも被ってませんけど。僕、堀正弘ですけど。」


 「いや〜、立派になられて。現在はパン屋さんを営まれてるんですね。景気も良さそうで。」

 

 「いや、アルバイトですけど。てか、景気最悪ですけど。」


 そう、景気は最悪だ。謙遜とかじゃない。〇〇のせいだ。




 今から5年前、黒舟と名乗る組織により、日本は崩壊した。彼らは革命を謳い武力で政府の中心機関を制圧し、その力を奪った。そして、実質的に国民の権利を奪う国民皆国民法を設置。国民は強制的に彼らの傘下となった。さらに不幸は続く。諸外国が日本との国交を絶ったのだ。これによってもたらされた鎖国によって、外国に大きく経済を委ねていた日本はかつてないほどの不況に陥った。僕はその不況に巻き込まれてしまい、就活に失敗した。さっきのクレーマー夫婦も同じだろう。最近は失業者による詐欺や窃盗が横行している。この国は、すっかり変わってしまったのだ。






 「航くん、

顔立ちもすっかり変わりましたね。結構驚きましたよ。松山ケンイチが役作りで激太りした時と同じくらい。」


 「だから違うって言ってるでしょうが。」


 「あら、失礼いたしました。最近目が悪くて。よく人違いしちゃうんです。」


 「あははは、びっくりしちゃいましたよ。」


 「あははは(2人で)」


 「ところで、お店燃えちゃってますけどいいんですか。そういう製法なんですか?」


 「あははは(なんでだよ)」


 周りを見渡すと、店長や従業員たちがただ呆然と燃えている店の前に立っていた。遠目にさっきの二人組とそいつらの汚すぎる笑顔が見えた。やられた。黒舟が定めた国民皆国民法には、恐ろしい一文がある。


  『殺人以外、罪とならず。』


 打つ手なし、といったところか。


 






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