グランツさんの教え
予告とは違って今回も短いです。
グランツさんはおらの持って来た棍棒を手に取ると、眉間に皺を寄せた。
それを振って樹の幹に打ち付けてみたりしてから、深い溜息をする。
「これは……剣の鞘と打ち合ったら、鞘の方が壊れる。
打撃専門の武器になっている。
なにを使ったか知らんが、恐ろしく固い。その割に軽い。
木ではないな。骨か? 」
グランツさんはナイフの刃を当てて削ろうとした。
「ちっ、刃が通らない。恐ろしく固い。ある種の魔獣の骨にナイフの刃が通らないものがある。
だが金剛砥石などでこれだけの形にするとすれば、かなりの時間がかかったに違いない。
こんなものが森に落ちているとは信じられない」
「落ちていたというか、ゴブリンが持っていたのを奪ったんです」
「ゴブリンが? ただのゴブリンがか?」
「いえ、ただのというか。十匹くらいのボスで大きさはこのくらいの」
「おま……それはホブゴブリンだろっ」
「えっ、ほぶご?」
「で、そいつらをお前倒したのか?」
「倒したというか……はい、倒しました。全員、その棍棒で叩いて殺しました」
「やめた」
「えっ?」
「お前に教える必要はない。
おれでも同じことできる気がしない。
なんで習いたいんだ?
それだけ強ければ十分じゃねえか」
「でも、冒険者に剣の振り方は習ったけれど、傭兵は対人の技術だから知りたくて」
「わかった。じゃあ、この棍棒でちょっとゴブリンどもをやったときの動きをエアーでやってみせてみろ」
おらはボスゴブリンから棍棒を取り上げてから後の動きを思い出しながら、少しゆっくり目に動きを再現してみせた。
どういう訳かそのときの映像がうっすらと見えて来てそれをなぞるように動いてみせたので、おらはかなり正確に再現できたと思う。
グランツさんは口を縦長に大きく開けて、下あごを落としたまま凍り付いていた。
そしておらが呼びかけると正気に返って喋り始めた。
「ミッキー、お前の動きは無駄がない。流れるような動きで、しかも最小限の力で最大限の効果を出している。
我流だと言ったが、実に洗練されたものだ。
こっちが逆に教えてもらいたいくらいだ。
対人の剣は騎士の剣もそうだが、人間の急所をすべて把握している。
どこを狙えば殺せるかは一応理解してるんだ。
だが実際に殺すことは滅多にないと思う。
戦争がない限りそういう機会があまりないからだ。
実際は相手を戦闘不能にするのがせいぜいだろう。
それで十分だからだ。
そして寸止めをするのが一番多い。
だが傭兵は同じ対人の戦いでも少し違うかもしれん。
フェイントや騙しは当たり前、必要なら剣以外のものを使う。
不意打ち、挑発、暗器、目つぶし、蹴り、パンチ、投擲、陽動、誘い……要するに生き残る為にはなんでもありなんだ。
卑怯かもしれないが人質もその一つだ。
相手の戦意を挫くものならなんでも使う。
傭兵というのは戦争要員なんだ。
戦争はどれだけ綺麗に戦ったではなく、どれだけ正義や大義名分があったからでなく、最後に生き残った者が勝つんだ。
結果勝ち残るのを目標にしたのが傭兵の戦い方だ。
それぞれの傭兵が奥の手や必勝法を持っている。
だから奥の手や必勝法を教える訳にはいかない。
奥の手を教え広めれば、俺自身が生き残る望みが薄くなるからだ。
一つだけ言おう。
奥の手を使って勝ったときは、それを見た相手は躊躇わず殺せ。
相手が生き延びれば、お前の奥の手を他人に教えるかもしれないし、その対策法を研究してあみだすかもしれないからだ。
これだけ教えれば、さっきもらった干し肉の代金にはなるだろう」
「はい、分かりました」
おらはなんとなく傭兵の戦い方というものを頭では理解できた。
それでグランツさんに頭を下げてから、馬車に戻ろうとした。
するとグランツさんはおらの背中に声をかけた。
「だがな、一番の生き残る秘訣は、自分より強い相手とはやり合わねえことだ。
強そうだだけじゃなく、相手の腕前が得たいがしれないとか、読めないときはパスするんだ。
敵の数が多いときもそうだ。
逃げるのが一番だ。
だから逃げ足だけは俺は今でも鍛えているぜ。
はっはっは」
おらは振り返らずに言った。
「ありがとうございます」
続きます。