ゴブリンの洞窟
「この辺りから魔気が濃くなって来てるんだ。
だから魔物や魔獣がいる」
「えっ」
おらは周囲を見回した。
そんな気配がない。
「こっちだ。分かりづらいところにあるんだ」
アレックさんは崖のような所を注意深く降りて行く。
「気をつけろよ。落ちたらそれで終わりだ」
殆ど足場がない急斜面を体を崖にへばりつかせて慎重に降りて行くと、上からは見えなかった崖の途中の引っ込んだ所に人が立って通れるくらいの穴が開いていた。
自然にできた洞穴なのだろう。
洞窟内はひんやりしていて天井からはポタリポタリと水の雫が落ちている。
上の方に水脈があるのだろうか。
アレックさんは声を落とした。
「ここは以前、ムアケという高価な毛皮の魔獣の巣だったんだ。
一匹は銅貨三十枚で、毛皮を剥ぐと五十枚で売れた。
それを百匹も獲ってみろ。
大銀貨五枚だ。その倍だと金貨になる。
けれどもそれはだいぶ前の話だから、今はどうかは分からん」
獲らぬ狸の皮算用……ふとそんな言葉が思い浮かんだ。
どこで聞いた言葉だろう?
だがアレックの狙いは見事に外れた。
「おかしいな。ここまで来れば、ムアケの姿が見られる筈なんだが、巣の跡もないってことは?」
そのとき、おらも足元に落ちていた小さな骨に気づいた。
「違う獣がムアケを食ったんだ」
「そうか、綺麗に骨がバラバラになっている。
だがこの辺は蛇も鼠も蜥蜴も近づかない筈だ。
とすると魔獣……いや魔物だろう。
それも人型の」
そのとき一斉に耳障りな鳴き声が聞こえた。
「「「ぎゅぇぇええええっ」」」
「しまった。ゴブリンだっ」
「えっ、ゴブリン?」
おらはすぐに矢を構えたが、すぐにそれをやめてダガーを手にした。
というのは地面が岩で連射用に予備の矢を突き刺すことができなかったからだ。
矢筒から矢継ぎ早に連射する練習はしていないので、どうしても動作が遅れる。
それに途中あちこち横穴があったが、無視してここまで来たのが悪かったのか、背後にたくさんのゴブリンが来たからだ。
そして恐らく前方にも沢山いる筈だ。
案の定洞窟の道を完全に塞ぐほどゴブリンがやって来た。
そのときおらは初めてゴブリンを見たが、感想を言えば醜くて気持ち悪いということだ。
ゴブリンは醜かった。
体色は汚い灰緑色で濃淡の斑むらがある。
体はおらと変わらないのに、顔が大人の人間よりも大きい。
鼻は鉤鼻で顔中深い皺が寄って、大きな口から尖った歯が不揃いに生えている。
そして目が黄色く濁っている。
腰にはボロのような物を巻いて、一応は隠している。
そして手には棒きれや錆びた剣などを持っている。
中には石ころを持っている者も。
洞窟の奥の方からいよいよゴブリンの主力部隊がやってくるだろう。
なんだか物凄い音が聞こえる。
これは半端な数じゃない。
「ミッキー、後ろにいる奴らを蹴散らしてなんとか血路を開くしかねえっ。
火事場の馬鹿力に期待するぜ」
おらは振り返って奴らを見た。
奴らは今にもかかってくる気配だけれども何故か動かない。
そして急に眼を二倍くらいに大きく見開くと、回れ右して入り口の方に逃げて行った。
「なにがあった……やばいっ、逃げろっ」
アレックが叫んでゴブリンを追うように走った。
おらが振り返ったらいきなりゴブリンの塊が飛んで来た。
続きます。