三男は口減らし要員
無彩色の薄明りの中でどこからともなく声が響く。
それは囁くような声で耳元で話しているようでもあり、遠くから呼びかけているようでもあった。
その声を聞いている自分はまるで老成した大人のような落ち着いた気持ちで聞いている。
その声は言う。その能力ちからは死に直面したときに現れる。
どんな人間にも一生に一度現れるか現れないかという稀有なものだが、すべての人間に潜在的に与えられた能力ちからだ。
私はそのときの声が言った内容を完全に理解している。
だが目が覚めたとき……
おらは起きると何か夢を見ていた気がした。
だれかがおらに何か話しかけている夢だ。
何も見えない声だけの夢だ。
いつも見る夢で、夢の中では言ってることは分かってるんだけど、目が覚めると思い出せないんだ。
そのうち夢を見たことさえ忘れてしまう。
ウォルナッツ村の朝は忙しいから。
「ミッキー、お前畑仕事さぼって今日も狩りについて行く気か?」
不機嫌な顔で二番目の兄貴のロイがおらの前に立ち塞がった。
「うん、狩りに行っても良いって、サムが言ってくれてるよ」
サムは上の兄ちゃんだ。
「ずるいな。俺にはそんなこと言ってくれねえ」
「だってロイはサムにたよりにされてるじゃないか」
「たよりにされてるんじゃなくて、縛られてるんだよっ。
俺はロイの補欠要員なんだ」
「なに、それ? 村にずっといられるから良いじゃないか。
おらは後一年したら口減らしにここ出なきゃいけないんだぞ」
「ふん、俺だって冒険者でもやりたかったよ。
ミッキー、俺は知ってるぞ。
お前、金貯めてるだろう」
「な……なんのことだよ。金って」
「だから知ってるんだ。
ゴドバさん、狩りの手伝いすると銅貨を何枚かずつお前にくれてるのをな。
だけど、お前が金使ってるのを見たことねえぞ。
行商人が来ても品物見たりくっちゃべるばかりで、物買ったためしねえだろう」
「だから……なんだよぅ」
「俺、お前の分も畑やってるんだ。少し俺にも寄こせ」
「ロイは知らないんだ。
村にいれば金がなくてもなんとか生きていけるけど、都市まちに行ったら金がなくなったら死なきゃならないんだ。
だから一モルグでも無駄にできないんだ」
「そんなことねえって。アレックさんの法螺だ」
「どうしてさ。実際、宿に泊まれなくて道端で寝ていたら、着物も全部はぎ取られて凍え死んだ子供を見たって言ってた」
「ふん、だからってたくさん持ってるのに、隠しておくことねえだろう。
どこに隠してるんだっ?」
「教えるわけないよ。
村を出るとき少しでも余計に持っていないと、どこで野垂れ死にするか分からないんだから」
「守銭奴め。薄情者。今に見てろ。
隠してる場所見つけて取り上げてやる」
「おらが自分で稼いだ金だぞっ。
取ったら泥棒だっ」
「なにをっ」
ロイが飛び掛かって来て、おらたち二人は組みあってゴロゴロと地べたに転がった。
「やめろっ、二人とも」
やって来たのはサムだ。
サムはおらたちよりだいぶ年上だから二人の首根っこ捕まえて引き離す。
「ミッキー、お前はもう行け。
また肉を持って来てくれ」
「うん、わかった」
「ミッキー、隠しても駄目だぞ」
「ロイ、いい加減にしろ。畑に行くぞ」
ロイはときどきおらが狩りから戻って来るとき、物陰に隠れて様子をみてることがある。
その理由が今わかって、おらはぞっとした。
おらの金を狙ってるんだっ。
おらは慌てた。銅貨の隠し場所は何か所かに分けて置いてある。
穴あき銅貨に糸撚り紐を通してひと月分ごとに束にして縛って、隠してるんだ。
七才のときから五年間溜めた分がかなりになる。
ひと月の半分狩りに出て稼ぐのは肉などの現物支給の他銅貨なら三十枚から四十枚になる。
ゴデバさんは二枚くれるときもあれば三枚くれるときもある。
最初のうちはくれなかったけれど、狩りのコツを覚えて手伝えるようになってからは一枚くれるようになり、そしてそれが今では二枚とか三枚くれるようになった。
今覚えているのは弓だけれど、近い距離なら痺れ薬を塗った寸鉄を投げて捕まえる。
その痺れ薬はゴデバさんの特製で、原料も製法も秘密だそうだ。
けれど兎に角おらはゴデバさんの後に従って五年間狩りの手伝いをした。
分けて貰った肉は家に持って帰って夕食のスープの具にして食べて貰っている。
そして貰った銅貨は紐に通して大事に溜めて来たんだ。
ここまで読んで下さりありがとうございました。