4.この世の悪性
遅くなりました! すみません!
――ダンジョン最奥。
そこでは、一人の女性がニタリとわらっていた。
紫の長い髪に、豊満な身体つき。薄暗闇の中において、顔立ちだけはハッキリとしない。だがそれでも、彼女が邪悪な笑みを浮かべているのだけは分かった。
「また、馬鹿な追跡者が一人――この地上にやってきたようですね」
そして、そう口にする。
出てきた言葉は常識とかけ離れたもの。
しかしそれでも、浮世離れした彼女の雰囲気なら間違いでないと思われた。そんな彼女はくすくすと、笑いを堪えられないようにしながら、ゆっくりと――自身の従えるそれの頭を撫でる。
艶やかな仕草で首筋に手を這わせて、また女性は笑った。
撫でられた魔物――『ヒュドラ』は従順に、まるでかしずくように。主であるその人物に、静かに頭を垂れるような動きを見せるのだ。
「しかも、試しに出向いてみてみれば……一人では何も出来ない。そんな出来損ないを使わされるとは、このインドラも舐められたものですね」
ヒュドラの近くを浮遊する女性――インドラは、だが不意に不快そうな言葉を発した。その意味を知る者はその場には彼女しかいない。おおよそ人語を介すると思われるのは、この場には彼女しかいなかった。もっとも、そうだとしても、インドラの意を汲み取る者がいるとは思わなかったが……。
けれども、その名前は突然に零れた。
「それにしても――アルフレッド、ですか」
それは、一人の青年のもの。
彼の名を口にしたインドラは、ふっと目を細めた。
「あの人間だけは、注意した方が良さそうですわね。それでも――」
そしてもう一度、ニタリと笑って。
「この女神インドラ・アルメドラには、届かないでしょうけどね」
一人の女神がそう口にした。
神と呼ぶにはあまりにも、邪悪なその笑みを湛えて。
ダンジョン最奥の魔素が充満するその空間で、一つの悪が渦巻いていた。




