第三部 エピローグ
得意なことはなんだ。自分の取り柄はなんなんだ。
自問自答をして、結局出てきたのは〝無〟で。幼いマヒロはショックを受けた。バスケ部の監督をしている父親に影響されたのは、その直後だった。
不意に漏らした父親の話が頭から離れられないのも、その原因の一つだった。
マヒロの父親は、教え子の松岡一真が退学したことに強い衝撃を受けていた。だからマヒロは、父親の優秀な教え子だった松岡の代わりになろうとしたのだった。
マヒロは一人でウィンターカップの会場周辺を歩いていた。決勝戦で負けたことが今の一番のショックだった。
「……今さらどうした」
自分に向けた言葉じゃない。マヒロは、木の影で佇む少女の存在に気づいていた。
「――別に」
白樺夏帆。かつての東雲で、一瞬だけ〝東雲の幻〟のチームメイトだった少女だった。あまりにも一瞬すぎて〝東雲の幻〟にさえなれなかった彼女もまた、〝幻〟だった。
「東雲の時は準決勝と決勝戦だけ出ていたらしいが、今回はそれさえ出なかったな」
マヒロは遠回しに夏帆を詰った。朱玲の女バスに所属する夏帆は、確かにマヒロのチームメイトでレギュラーだったのに。
「……正直、出る価値はないと思っていた。三千院も『つまらない』と思っていただろう?」
図星だったマヒロは口篭る。すると、夏帆は無表情を崩して「〝東雲の幻〟が出るなら、次からは私も出よう」と口角を上げた。
「奴らはもう〝幻〟じゃない。夏帆は時代遅れだな」
今度は夏帆が口篭り、マヒロが口角を上げる。
「マヒロ、夏帆!」
振り返ると、朱玲から磐見に転学した都樹が手を振りながら歩いてきた。マヒロは思わぬ再会に目を見開き、夏帆は思わず視線を逸らす。
「みんな揃ってるのに、二人がいないんじゃ意味ないでしょ?」
刹那、都樹の意味深な発言にマヒロも夏帆も眉を顰めた。
*
沙織は、迷子だったことをチームメイトに隠して合流した。琴梨や葉月は何も言わなかったが、沙織は二人の視線が痛々しいことに気づいていた。
「ねぇ、解散じゃないの? どうしてみんなこの辺りに集まって……」
窪田と一旦別れた沙織が葉月に尋ねる。
「記念撮影、だってさ」
すると、葉月が呆れを混じらせた声で答えた。「記念撮影?」そう言って首を傾げる沙織に琴梨が補足をする。
「茶野先輩とか、種島サンとか、蛍とか……。とにかく顔広い人たちが記念撮影したいって言って聞かないんだよ」
「それだけでも意味不明なのに、関係ない私や柚まで巻き込むんだもの。ほんと迷惑の塊みたいな人たちだよね」
満面の笑みで柚に同意を求める香は、時々纏うどす黒いオーラを放っていた。
「……断らないくせに」
「うるさいバカ柚」
優勝したせいか素を出し続ける香に、言葉にしなくても柚は懐かしさを感じ始める。それを言うことはなかったが、彼女も彼女で笑っていた。
「凜ちゃ〜ん!」
「来ないでくださいと何度も言っているでしょう?!」
成清の五人が視線を向けると、香曰く迷惑の塊である灯が凜音を追いかけ回していた。
「やだ! 私は凜ちゃんが承諾してくれるまで帰らない!」
「帰ってください!」
三位決定戦で戦ったばかりの二人は、その片鱗さえ見せずに会場周辺を走り回る。すると、灯の元に金髪が飛び込んできた。
「チエを確保してきました!」
「え、エマさぁん……!」
「こっちもバッチシだよ。茅野さん捕まえてきた!」
「幹! あんた急に何なの?! はーなーせー!」
貝夏の二人は常花の二人をしっかりと捕まえながら、エースである灯と合流する。その後ろには、星宮双子である愛と夢を引っ張る春と――他人のフリを決め込む凪沙がいた。
「あんな感じで誰も逃げられないんだよなぁー」
「……な、なるほどね」
今自分たちの身に何が起こっているのかを察した沙織は、軽くため息をついて――それでもどこか心を踊らせていた。
*
松岡は隣を歩く咲埜を横目に腕を組んだ。
「貝夏の奴ら、どっか行っちまったけどいいのか?」
「いいのいいの。どうせ離れていたって辿り着く場所は一緒でしょう?」
笑う咲埜に、松岡は思わず顔を歪める。それはまるで、高校を退学し――バスケから離れた自分のことも差しているように聞こえたからだった。
「私より松岡先輩じゃない? 大事な大事な〝お嬢様〟から目を離して平気なの?」
咲埜が嫌味っぽく尋ねてくる。
松岡は、遠くの方で豊崎を捕まえている蛍の方に視線を移した。銀之丞財閥の一人娘――蛍の執事をし、そんな彼女が進学した月岡高校女バスの監督を勤め。心配しない理由はないのに、松岡はそれを否定した。
「……あぁ。蛍はもうヤワじゃねぇよ」
蛍だけを贔屓しないように、松岡は〝お嬢様〟から〝蛍〟へと呼び名を変えていた。
蛍はその名通りの儚いホタルではない。松岡は、高校に入学してから急成長する蛍を見続けてそう思うようになっていた。
一方で、普段は強気な芽衣が戸惑っていた。
急に現れた真知の仇が、「記念撮影をしよう」と言っているのだから。さらに芽衣を混乱させたのは、唯とうさぎの反応だった。
「いいわね、それ。ナイスアイデアよ!」
「え、は、恥ずかしいよ……!」
薄々気づいてはいたけれど、二人は普通に蛍と会話できていた。芽衣はそれが許せなくて、唇を噛む。
「……信じろ」
不意に呟いた棗を見上げ、芽衣は思わず目を見開いた。
『人は変われるて、〝信じろ〟や』
かつて、自分が他人に向けて言った言葉がある。
「……銀之丞蛍は変わったんですか? ウチもアイツを許せるように……変わらなあかんのですか?」
「少なくとも、小暮の親友二人はそれができてるよ。許したら? とは言わないし、しなくてもいいと思うけど」
自分で親友に言った言葉。それを自分ができなくてどうする。
芽衣は頷いた。歩がそう言って自分を許しても、自分は過去を許せる人間に変わりたかった。
*
待ち合わせ場所と蛍に言われた場所で、月岡の恋と夏希は座って待っていた。午前中に試合が行われたおかげで空は晴天だ。
「松っちすっごく変わったよねー」
唐突に尋ねる恋に、夏希は「……まぁ」と生返事をする。
「監督になった頃からさぁ、松っちは全然みんなこと様づけで呼んでくれないしぃー?」
「変わったと言うより、素になった……の方が正しいでしょ」
二年の夏希にタメ口をされても気にしない〝元〟主将の恋は、夏希の台詞に初めて人間らしく苦笑した。
「ついでに聞くけど、なんであの時蛍の入部を真っ先に許可したの?」
蛍が入部をしなければ、松岡が監督になってくれることはなかった。だから夏希は、その根本を知りたかった。
四月に蛍が入部届けを持ってきた時、誰もが多少は嫌がった。それは夏希も同じで、誰よりも認めることが遅かった。
「にゃははっ! 断る理由なんて宇宙人レベルにないっしょ〜!」
電波的な口調でも、宇宙人はいないと本気で思っている恋は――また独特の日本語で夏希のことを困らせた。恋は夏希の表情を指差して、歯を見せる。
「主将が〝コレ〟で、夏希たんもかな〜り〝普通じゃない〟しね。今さら蛍たんが入部したって問題ないじゃん?」
「普通じゃないって……」
「だってそうじゃん。夏希たんが性格アレだからってクラスでハブられてるの知ってるもーん」
「…………」
夏希はひくっと口角を上げた。恋も夏希も性格にかなりの難があり、クラスから孤立している。他の女バスメンバーも同じ理由で孤立気味だった。
「思ったんだよね。蛍たんを受け入れられるの、全国探してもうちの部しかないじゃんって。これだけ浮きまくった人間が集まってんだし、蛍たんを否定する権利なんてそもそもない」
珍しくまともな日本語を使う恋の台詞に、夏希は目頭が熱くなるのを感じる。言葉では言わない。夏希は心で元主将の恋に感謝した。
*
都樹が連れてきた朱玲の二人と合流した磐見は、待ち合わせ場所に向かっていた。
「あれっ! し、白樺先輩?!」
驚く奏歌。だが、同じ中学出身の奈々は首を傾げる。
「誰」
「私、東雲中出身の黒崎奏歌です。白樺先輩の全中見てました! すっごくかっこいいプレイで、私ずっと憧れてて……! 今日会えて良かったです! うわっ、進学先朱玲だったんですね! えっ、なんでウィンターカップ出なかったんですか?!」
「…………何こいつ」
「そ、奏歌ちゃん! 好きなのはわかるけど食い気味すぎだよ! 白樺先輩ちょっとかなりドン引きしてるよ!」
奈々に引き止められて、奏歌は慌てて横髪を掴む。そして恥ずかしそうにそれで顔を隠して縮こまった。
「私は南田奈々です。全中は……すみません、見てなかったんですけど、その後で女バスに入部させていただきました」
「そっちは知ってる。〝四天王〟の《塔》でしょ?」
「えっ、《塔》?! そっちの方で覚えていただけるなんて……!」
「別に。《悪魔》だと思ってないだけ」
奈々が感激した瞳で夏帆を見上げる。夏帆は、全中で奏歌を虜にしただけでなく――ウィンターカップで奈々を虜にしてしまったようだ。
「へぇ〜。ってことは奈々の中学の先輩でもあるんだ」
「ですね」
「私、白樺先輩のこと知ってる。バスケ界では結構有名なんだよ」
「……へぇ。一回離れてる佳乃が知ってるなら相当だね」
奈々の姉、七海が興味深げに夏帆を観察する。そんな七海の視線を追った彩芽と佳乃は夏帆の方に近づいていった。
「はじめまして、白樺さん。名瀬佳乃です」
「……はじめまして、仁科彩芽です」
「……あぁ、どうも」
夏帆は内心で戸惑いながら、彩芽と佳乃に彼女なりの「はじめまして」を口にする。そんな彼女に興味を示した二人は奏歌と奈々のように夏帆の後についてった。
そんな集団から遠く離れ、一人だけ待ち合わせ場所に向かうマヒロの手を繋いだのは――都樹だった。彼女は笑いながらマヒロの手を引き、真っ直ぐに前を向く。
「……都樹、今まで何してたの」
マヒロは子供扱いされたことが恥ずかしくて、それを消す為にそう尋ねた。
マヒロにとって、都樹は唯一尊敬する先輩だった。ずっとついて行きたいと思えるような人だった。そのせいで、都樹の転学に一番ショックを受けたのもマヒロだった。
「何って、磐見で女バス創ったくらいかな?」
「それは見たらわかること。磐見なんて女バスさえないし、そんな学校に行ってまで都樹が成し遂げたかったことはどうなったんだってこと」
マヒロの問いに、都樹は「あぁ」と頷いた。
「……うん。ちゃんと皇牙に言えたよ」
都樹のはにかみを見たマヒロは、〝恋〟という病の恐ろしさを思い知る。あのクールでかっこよかった種島都樹は、もうどこにもいないのだ。消えてなくなってしまったのだ。
今マヒロの隣にいるのは、ちょっとリーダーシップがある天然が入った種島都樹だった。
「…………〝恋〟は、人を狂わす」
マヒロの呟きは誰の耳にも届かない。マヒロは、それが当てはまるのは都樹だけではないと考えていた。
*
「あ」
不意に夏希が顔を上げると、松岡が戻ってくるのが見えた。
「居残りご苦労だったな。枝松、楠木」
「松っちだぁー! ……って、隣の人は彼女ですかい?」
恋の視線の先にはプリン頭の咲埜がいた。咲埜は微笑んで松岡の腕をしっかりと組む。
「将来のお嫁さんよ」
「違う。そもそもつき合ってねぇだろ」
ウソ泣きをする咲埜を放置した松岡は、新たに戻ってきた蛍に嘘偽りのない笑顔を向けた。
「松岡!」
「おかえり、蛍。頑張ったな」
蛍の後ろには、ちゃんと豊崎のメンバーが揃っていた。芽衣が蛍のことを憎んでいると知っていた松岡は、芽衣の穏やかな表情に内心で驚いていた。
「とうちゃ〜く!」
松岡の驚きを消すように、目の前で灯がわざとらしく着地した。その後から貝夏と常花、成清の女バスが続いている。
「松岡に沖田。懐かしいメンツね」
成清の監督――梅咲理緒は、二人の高校時代の先輩だった。
「ここに舞や三千院監督がいたらほぼ完璧なのに」
理緒の妹――梅咲舞は松岡の同級生で、三千院公成はそのまま監督だ。
「一度にそんな会いたくねぇよ」
そう吐き捨てた松岡に、誰も何も返さなかった。松岡の高校時代が笑い事では済まないほどに傷だらけだと知っていたからだ。
「あれ、私たちが最後かな?」
朱玲と磐見の女バスが遅れて広場に到着する。全員揃った上で改めて辺りを見回してみると、それはもうあまりにも多すぎる人数だった。
誰かが知らないところで誰かのいろんな縁があり、結び合って固く繋がっていく。帰国子女の奏歌は思わず目を見開いた。世界がモノクロに見える全色盲を持つ彼女の目を、一際惹くものがあったからだった。
〝きれいな色〟だ。奏歌は遅れてそう思った。
橙乃唯を中心として咲く温かい色は、橙色。
紺野うさぎを中心として咲く控えめな色は、紺色。
水樹琴梨を中心として咲く透き通った色は、水色。
藍沢凜音を中心として咲く淡い色は、藍色。
茶野灯を中心として咲く落ち着いた色は、茶色。
白樺夏帆を中心として咲く色は、いつも見ている白色。
色が、不思議と今だけ認識できた。それは、かつて東雲の男バス部員が見せてくれたそれと一緒だった。
「奏歌ちゃん……?」
隣を見ると、奈々がびっくりした表情で奏歌のことを見上げていた。
「どうしたの?」
「なんでアンタは泣いてんのさ」
「目にゴミでも入ったの?」
「ととと、とりあえずハンカチ使って!」
真後ろで繰り広げられる光景を前にして、奏歌までびっくりした表情になる。かつてギクシャクしていた〝東雲〟の正当なる後継者であった五人は、そんな過去なんかなかったかのように当たり前の顔でそこにいた。
「……ありがとう」
銀之丞蛍を中心として咲く色は、眩しい銀色。
借りたハンカチで涙を拭うと、奏歌の視界の隅で松岡がそっとそっぽを向いた。松岡は、何やらニヤニヤと笑う理緒や咲埜に脇腹をしつこく小突かれている。
「何泣いてんのよ」
「泣くほど嬉しいんだ」
「……泣いてねぇよ」
奏歌は三人の言葉の意味がわからなかったが、五人にはわかったようで照れくさそうに笑い合っていた。
「沙織ちゃん!」
「えっ? あ、秋雪君!」
「……暇人の大集合か」
「ほんとだ! 直也や野村や佐竹先輩たちもいるじゃん!」
葉月が目を凝らすと、窪田を含む成清だけではなく男バスの方で試合がない他校の面子も揃っているのがよくわかる。
「洸くんに譲さん、高崎先輩に我妻先輩たちまで……」
「何故こんなにぞろぞろと……そんなに女バスの試合結果が気になったのですか?」
成清や常花はもちろん、木の影には月岡もいた。
「詩弦先輩、玉木先輩、河野先輩、清水先輩、田村先輩!」
蛍は前のめりになり、他の誰でもなく月森の元へと真っ先に駆け寄る。
「みなさんも来ていたんですね! 嬉しいです!」
「別にお前を見に来たわけじゃねぇよ」
「はいっ、男バスですよね! 朱玲と豊崎……どっちが勝ったんですか?!」
「朱玲だ」
「あっ……じゃあ、赤星くんが勝ったんですね! 試合内容はどうだったんですか? 私、どんな試合でも見ているとわくわくするんですけど、詩弦先輩はわくわくしましたか?!」
「ぶははっ、月森が……わくわく……!」
「ぶはっ! ちょっ、やめろ玉木! 死ね! 笑っちまっただろ!」
「殺されろ……! お前だけ月森に殺されろ……!」
他の四人が吹き出した。三人は玉木にすべてを擦りつけるが、月森が一瞥したのは四人全員で。不機嫌そうな月森の無言の圧力は、あっという間に四人のことを黙らせた。
「じゃあ、そろそろ他の男バスの人たちも出てきますね!」
「そうなんじゃねぇの?」
「じゃあ、ちょっとだけ待ちますか?」
「さんせ〜! 私、拓ちゃんならいくらでも待てるよ!」
「皇牙も来るんでしょ? 早く来てって急かさなきゃ」
「えっ、じゃあ私も健一呼ぶ!」
「じゃ、じゃあ宗一郎も呼ぼうかな!」
言い出しっぺである灯も、その隣にいる都樹も。その会話を立ち聞きしていた唯もうさぎもスマホを取り出して、三位決定戦と決勝戦を繰り広げた四校を呼び出す。
「えっ、ちょっと待って。全員来るの? ここに?」
香はぎょっと目を見開き、ただでさえ目立っている自分たち集団をゆっくりと見回す。ウィンターカップが行われた会場周辺の広場に、女バスの三位決定戦をした両校と――決勝戦を行った両校。さらには準決勝に参加した高校まで揃っているのに。
「相当狭くなるんじゃない? っていうか、いつになったら帰してくれるの?」
盛大にため息をついた柚は肩を竦め、自分たちへと向けられるスマホから視線を逸らす。
目立っている。とてつもなく目立っている。それがどうしても耐えられなかった。試合の時はまったく気にならなかった〝目〟だ。
「……写真撮ってからって言ってたでしょう」
「個人的には、逃げた方が面倒だと思うのだ」
葉月と凪沙がため息をつく。それぞれに思うことは確かにあるが、楽しそうにしている蛍や灯、都樹を見ていると――何故だか誰も動けなかった。なんとなく、初めて試合で見た三人の異質な姿を思い出していた。
「お待たせウサミ〜…………ン、って、何これどうしたのこの人混み。何かあった?」
「黄田、俺はもう帰るね」
「ちょっ、侑李くん! もうしばらくここにいようよ!」
「うるせぇな。俺は今死ぬほど機嫌が悪いんだ、いたけりゃ坂倉一人でいろ」
決勝戦で惜しくも敗退し、周りの目から見ても明らかに不機嫌そうな伊澄は周りが知っている伊澄ではない。いつもニコニコと笑っている豊崎主将の伊澄侑李は、敗退によって化けの皮が剥がれてしまっていた。
「宗一郎ー! さっきはいい試合ありがとなー!」
「げ、赤星くん。俺は赤星くんの友達だと思ってるけど、今日はもう顔も見たくないんだけど〜?」
「えっ、そうなの?! もしかして拓磨さんも?!」
「話を振るな。嫌味か。俺は卒業した時から見たくはなかったけどな」
「嘘でしょなんで?!」
「あ、それ僕も。ケンってなんか見てるだけでお腹いっぱいなんだよねぇ」
「どういうこと……? 洸、それはどういう意味……?」
「存在がうぜぇ」
「ド直球だね、直也! なんでみんな俺に優しくないの?! 優勝したから?!」
「あ、うん。そういうとこ」
「洸〜!」
卒業して約一年が経とうとしていても、彼らが奏でる騒がしさには変わりがない。東雲中出身者は、それを見ていると自然と頬が綻ぶ。
「赤星くん、優勝おめでとうございます!」
「あっ、モモ!」
「僕もしばらくは赤星くんの顔を見たくないかもしれません!」
「モモまで?! 俺たち従兄弟じゃん!」
家族にまで見放された赤星は、あからさまに肩を落とした。だが、そんな赤星に差し伸べる手はどこにもない。
「赤星くんってあんなキャラだったっけ……?」
「全員赤星が勝ってイライラしてるんだろ」
「納得のいかない優勝だったのでしょうか……?」
「う〜ん、素直に祝えないだけじゃないかなぁ」
うさぎ、琴梨、凜音、灯。全員が見守る中唯だけが赤星に近づいていく。
「健一!」
「あっ、唯! 唯〜!」
「優勝おめでとう。その、やっぱり健一は……みんなの頭目なんだね!」
「頭目……そんなつもりでバラバラになったわけじゃないんだけどな」
苦笑した赤星は全員を見回し、全員も全員で頷き合った。
さっきまで合わなかった足並みをここに来て合わせ始めるこの六人はなんなのだろう。唯はそんなことを思いながら琴梨に視線を移した。
「琴梨も、優勝おめでとう」
「ん? ってことは、あたしが〝東雲の幻〟の頭目になったってことか?!」
「それはないですね」
「誰が一番っていうのは女バスではナシなんじゃないかなぁ」
「えぇ〜?! なんだそれ!」
「健一は主将で部長で優勝者のトリプルだしね。女バスはバラバラだし」
「部長は関係ないだろ!」
「ハッ倒しますよ、琴梨」
赤星から「女バスも女バスで大変だなぁ」と声が漏れる。「いや、男バスほどじゃないし」。唯が突っ込んだ。
「そんなことより、いい加減写真撮らない? 撮ってよ赤星」
「えっ、俺ですか種島先輩!」
「他にいそうにないしさぁ」
「お願い、健ちゃ〜ん」
かつての先輩たちに無理矢理押しつけられ、赤星はしぶしぶポケットからスマホを取り出す。そんな都樹と灯の傍らで、蛍が全員に指示を出して並ばせていた。そんな蛍の意外な才能に、恋も夏希も松岡だって驚いたように目を見開く。
「えっ、これでいいの?」
赤星は尻込みしつつも、意を決したようにスマホを構えた。
「じゃあ……いくよ! はい、チーズ!」
照れくさくて決して言葉には出さなかったけれど、この時誰もが本気で思う。
――みんなに出逢えて、本当に良かった。