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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
約束の最果て
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第四話 ブザービーター

 ――ガッ


 ジャンプボールをとったのは、笹倉ささくら先輩だった。一直線に飛んでくるボールは私の手のひらを掠めかける。

 なんとか両手でボールを掴んだ私は、あかつき先輩にパスを回した。入れ代わるようにしてマヒロちゃんが私をマークする。


『ポジションで考えると、三千院さんぜんいんの相手は沙織さおりね』


 梅咲うめさき監督の言う通りだった。

 葉月はづきに似た雰囲気の少女は不思議そうな瞳で私を探る。葉月の瞳は諦めていたけれど、彼女の瞳は生きようと足掻いていた。


「――認めてほしいの?」


「は……?」


 マヒロちゃんが目を見開く。図星なんだって思って、みんな同じなんだと理解した。


「なんであんたにそんなこと……!」


 そのつもりはなかったけれど、マヒロちゃんが動揺している隙に私はゴールへと走り出した。


「リバウンド!」


 琴梨ことりのシュートが相手の指先に触れられて、乱れる。飛んだ葉月がボールを中に押し込んだ。


「……ッ!」


 歓声が轟いた。先制点をとった葉月も、触れられなければ入っていたシュートを放った琴梨も、常にチームの調和を気にかけていた暁先輩も、自分が嫌なことを認めた笹倉先輩も、落ち着いている。


 むしろ、今まで歯車が歪んでいたことなんて夢みたいだった。


「……置いてかれちゃった、かな」


 一人呟いて笑ってみる。いつも誰かの腰巾着だった私には、目標なんてどこにもなかった。自分で進もうとは思っていなくて、後ろからサポートできていれば幸せだった。

 もう、こんな私はチームには必要ない。憎々しげに視線を私に移したマヒロちゃんにだけは、笑って言った。


「私も、本当の私に戻る。ついでに認めてもらおっかな」


 小学生の頃、〝彼〟を引っ張っていた私に戻ろう。中学生の頃、〝四天王〟を引っ張ることに疲れた私を捨てて。


「……アンタさぁ」


 不意に葉月が視線を移した。


「アタシが言うと説得力ないけど……アタシはアンタのこと、最初っから認めてたっていうか……頼りにしてたから」


 聞こえていたのかなって思うタイミングで。葉月は言葉を選んで私に伝えようとしてくれた。


「うん。ありがと」


 マヒロちゃんがパスを受け取る。私は初めから全力でマヒロちゃんと張り合った。マヒロちゃんが視線で私を誘導しようとしているのがわかる。だから私は、あえて引っかかった振りをして指先をボールに触れさせた。


「葉月!」


 葉月が零したボールを取って笹倉先輩にパスを出す。笹倉先輩がシュートをしようとして、朱玲しゅれいに阻まれた。

 そのまま朱玲はシュートを決めて、私たちは同点になった。




 23対31。朱玲優勢。


 インターバルに入り、簡潔に今の状況を纏めてみる。周りを見てもみんな全力なのはわかっていた。


「私たちはまだ射程圏内にいる。三千院監督なら、このままの面子で来るはずよ」


「マヒロちゃんが予想以上に動きが制限されてる。最後まで持たせられる?」


「もちろんです」


 汗をタオルで拭いながら頷いた。暁先輩は「よく言った」と私を褒める。笹倉先輩は葉月と琴梨と普通の会話をしていた。


「残り2Q! 全員、悔いのないプレイを!」


「「はい!」」


 小さな拳を握り締める。秋雪あきゆし君の分まで、ほたる松岡まつおかさんの分まで、千恵ちえの分まで、なな々の分まで、ゆいちゃんたちの分まで――私たちは、勝たなくちゃいけないんだ。


 特に、秋雪君との約束を忘れてはいなかった。





 第3Qで会ったマヒロちゃんは、さっき以上にお父さん――三千院監督を気にしていた。インターバル中に何かを言われたのか、気負いするタイプなのか。でも、励ましはしない。これは勝負。情けはかけない。

 琴梨が中学の頃に魅せた百発百中のプレイを見せる。点差はそれだけで縮まっていった。


『追い込まれた人間は恐ろしい』


 それ以上追い込まれることを拒み、脱出する為の手段を選ばなくなるから。それは琴梨のことを指し、同時にマヒロちゃんのことを指していた。


「っらぁ!」


 ガァンと、投げるようなシュートがリングを潜った。これで何度目かの同点になる。


「ナイシュー!」


 第3Qは、同点を繰り返して終わってしまった。




 始まった第4Qは、マヒロちゃんがいつもの調子を取り戻していた。これはちょっと予想外で、私は内心で焦ってしまう。

 マヒロちゃんへのプレッシャーはこの中の誰よりも強いはずだった。少なくとも、私たち成清せいしんはそう思っていた。だから私は、点差が開く中で三千院マヒロの強さを感じ始めていた。


 朱玲がゴールを決める。点差が二桁になった途端、葉月が駆け寄ってきた。


「アタシとマークを交代して」


 いきなりそう言った葉月は、一瞬マヒロちゃんに視線を向ける。


「そんなことしても、無駄に決まってる」


 聞いていたマヒロちゃんは、バッサリと葉月を切り捨てた。


「やる前から無駄って言うなんて、損な人生してるよアンタ」


 葉月の言葉に眉を上げたマヒロちゃんは、短く舌打ちをする。


「わかった、葉月。任せるね」


 笑う私に葉月は大きく頷いた。

 マヒロちゃんを葉月が抑えてくれているおかげで、私たちのパスがよく通るようになる。琴梨や笹倉先輩を中心にゴールを決めて、点差を一桁にさせる。


 残り時間なんか誰も気にしないで、ただがむしゃらにゴールを狙った。汗が飛び散る。体中が熱い。足も手も千切れそうで――気を緩めれば泣きそうだった。


「あと三点ッ!」


 よく通る梅咲監督の声に、私たち選手が思ったことは多分全員同じだった。


「「琴梨!」」


 エースに託す同点へのボールは私と葉月の声を、琴梨は〝東雲しののめの幻〟――ううん、そう呼ばれてた人たちはもう〝幻〟なんかじゃない――そんな彼女の点取り屋のプライドを乗せた。


「ッ……はあっ!」


 ゴールにボールを叩き込んだ。清々しい音。一斉に歓声が聞こえてくる。手放してはいけない流れを私は感じた。

 マヒロちゃんがドリブルをする。これは、私と葉月の長い時間が作った連携で止めた。


「琴梨!」


 琴梨はボールをしっかりと受け止める。シュート体勢に入り、朱玲のブロックをギリギリで躱す。

 ゴールからわずかに逸れたボールは笹倉先輩がリバウンドを取るけれど、それさえもゴールは不可能だった。


「くっ……!」


 笹倉先輩は力ずくでボールを飛ばす。ボールの行き先は、今まで目立った攻撃をしなかった暁先輩だった。


「――ッ!」


 無音の声を出して、暁先輩は〝普通の〟シュートをした。普通のシュートが、普通に弧を描いて、普通に入った。

 瞬間に鳴ったブザーは、試合終了のそれで。


「……ブザー、ビーター……」


 私は思わず呟いていた。


『試合終了! 優勝は――成清高校!』


 喜びは、何故かすぐには出てこなかった。

 後ろからものすごい衝撃を感じて、葉月の匂いが鼻孔を擽る。必死に私に抱きつく葉月は――言葉もなく、泣いていた。


「っしゃあー!」


 さらに琴梨が飛びついてきて、バランスを崩した私たちはコートに倒れる。ライトと観客が視界いっぱいに広がって、汗が滴り落ちる。


「あは……、勝ったぁ」


 掠れた声でそう言った私に「うん、うん……」と葉月が同意した。


「三人とも、ほら立ってっ!」


 暁先輩が手を差し伸ばす。一本の腕じゃ私たち三人を引き起こすことができなくて、笹倉先輩が両腕を差し伸ばした。


「隙ありぃー!」


「あっ」


「んぐ……っ!」


 琴梨は先輩たちを引っ張って、私たちの上に覆い被せる。わけもなく込み上げてきた笑い声が、大きな会場に響いていた。

 笑いがおさまった私たちは整列をする。握手から伝わってくる感情は、一つなんかじゃない。固く握られた手のひらからじんわりと痛みを感じ取る。


「…………」


 無言でベンチに戻るマヒロちゃんが妙に気になって、視線で後を追った。すると、ベンチにいた三千院監督が立ち上がった。


「……あ、の……私……」


「よくやってくれた、〝マヒロ〟」


「……〝お父さん〟!」


 今まで涙を見せなかったマヒロちゃんが、泣いた。その呼び名は、互いに呼ばれ続けられなかった呼び名のような気がした。


「でも私、負けたよぉ……っ! 負けちゃった……」


「父親として言わせてもらえれば、それでもお前は自慢の娘だ」


 泣き崩れるマヒロちゃんを、朱玲の人たちは半分戸惑い半分微笑ましそうな瞳で見つめる。三千院監督はそんなマヒロちゃんを抱き締めていた。

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