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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
ココロカタルシス
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第五話 今はこれだけ

 スコアボードを眺めるゆずに駆け寄った私は、軽く彼女の肩を叩いた。


「……かおる


「勝ったよ、柚。勝ったんだよ」


 柚はぎこちなく笑って頷く。どんなにぎこちなくても、柚が笑ったことなんて久しぶりだった。


「最後の、ナイスパス」


「そうだといいけど」


「そうだよ。ほら、整列しよ」


 柚を連れて整列する。主将同士、目の前に立った茅野空かやのそらが私たちを酷く泣き腫らした顔で見上げていた。

 常花の双子が言っていたことを思い出す。部活を辞めた理由は転校するからという理由だったのかもしれない。私たちは、今まで勘違いをしていたのかもしれない。


「〝手足〟は〝頭脳〟がなくても勝てる」


 柚が三人をフォローするような台詞を言った。柚にもまた何かしらの心境の変化があったのだと思った。


「……そうね、〝頭脳〟なんて考えるだけ。私たちが負けたのは、私を含む〝手足〟が未熟だったから」


「あんたは天才でしょ」


 柚がちょっと不機嫌そうに唇を曲げる。空はその瞳に悲しげな色を滲ませて、「天才だって挫折はするよ」と苦笑した。


「…………そう」


「98対96で、成清せいしんの勝ち! 礼!」


「ありがとうございました!」


 ベンチに向かう途中、後ろから話し声が聞こえてくる。


『バカにもほどがありますよ、琴梨ことり。私はもう味方ではないのですから』


『どうせあたしはバカですよ〜。反射的に元のチームメイトにパスを回しちゃうバカですよ〜』


『……でも、少しだけ嬉しかった』


『…………。ツンデレ』


『ち、違います!』


『いった!?』


 私はその会話に思わず笑って、柚に気味悪がられる。


 ――無敵であれ。


 今のチームで良かった。私は心からそう思った。





 アタシはスマホを取り出してメッセージを送った。するとすぐに返信が届く。


《今からそっち行く》


「ッ!?」


 つい反射的に周囲に目を向けた。解散したばかりの成清メンバーは既に帰っていて、沙織さおりは察したように手を振って行ってしまった。


「ちょ、ちょちょ?!」


 慌てていても仕方がない。相手はあの先輩だ。アタシは深呼吸をして前髪を整える。ジャージ姿なのも恥ずかしい。変なジャージのしわを伸ばしていると、足音が聞こえてきた。


「……ぁ」


「よぉ」


佐竹さたけ先輩……」


 夕暮れの中、佐竹先輩が軽く手を上げてこっちに来た。


「会場に来てたんですね」


「男バスの試合が白熱してるからな」


「……女バスも負けてませんよ」


「だからこの時間帯に来たんだろ?」


 アタシは口を閉ざした。佐竹先輩は笑い、アタシは視線を思わず逸らす。

 男子は女子の試合の後にやるのが決まりだ。朱玲しゅれい貝夏かいか、成清と常花じょうかの試合が終わり、少しだけ休憩が入った後に。


「送るよ」


「……けっ」


 こうです、と言いかけた。けれど言えなかった。


東藤とうどうって、なんか変わったな」


「え?」


 佐竹先輩がアタシの隣を通りすぎて、アタシは慌てて先輩の後を追いかける。


「入学式の時と比べたら、今の方が可愛いげはあるって」


「……ッ!」


 瞬間、アタシは自分の体が一気に火照るのがわかった。黙ったままでいると、佐竹先輩は「何か言えよー」なんて言ってアタシの脇腹に肘を入れる。


「無理です……!」


「なんで?」


 佐竹先輩はアタシの荷物を自然な流れでとってデコピンする。それがさりげなく痛くて、アタシは額を押さえた。


「……なんか、そうしてると五月のことを思い出すな」


 佐竹先輩が開けた扉に激突した五月。あの頃は先輩のこと、なんとも思ってなかった。思ってなかったはずなのに。


「あれがある意味出逢いでもありましたよね」


 あれがなくてもアタシたちは出逢っていた。それでもきっと、これほどの仲にはならなかったはずだ。


「そうだなぁ」


 日が暮れるのが早い。アタシは佐竹先輩を早く会場に戻させてあげたくて、けれどもう少し側にいてほしいと思って――何も言えなかった。

 アタシはわがままだ。わがままだとわかっているから意識してしまう。意識すると認めてしまう。それがどうしても嫌だ。


「駅までだろ?」


「そうです」


 こんな短い会話でさえ、アタシのココロを揺さぶっていた。


「認められそうか?」


「はっ?」


 心臓がバカみたいに跳ねて、冷えた。こんなのバケモノの域を越えている。


「自分のことだよ。東藤って、アホみたいに繊細で自虐しすぎだからなぁ」


「……え、それはどういう?」


「バスケの話だ。どうせ優勝して自分の存在を認めてほしいとかだろ? 繊細なとこは青原あおはらと似てるくせに、そういうとこは全然違うんだよなぁ」


 振り向いた佐竹先輩は笑って、アタシは複雑な思いに翻弄されながらとりあえず俯いた。


「……認められるわけないじゃないですか」


 自分だけは自分を認められない。


「でも、信じただろ?」


 顔を上げると、ちょうど日が沈んだ頃だった。佐竹先輩の表情が余計に読み取れなくなる。


「最後のプレーは《戦車》そのものだったしな。チームから独立してメンバーの力を解放、そのまま勝利へと導いたんだから」


 耳を疑った。そうだっただろうか? と。


「本当にストイックだよなぁ。赤の他人に認められて何が嬉しいんだか」


 言い返す言葉をアタシは探した。けれど上手く答えられる自信がない。


「自分のことを知ってる人間に認められたらそれでいいじゃん?」


 口を開くけれど言葉が出ない。


「少なくとも、東藤のことを認めてる奴らはちゃんといるから」


 アタシは何を言われているんだろう。頭が追いつけなくて、腹が立って、理解しても何も言い返す言葉が見つからなかった。

 ココロがごちゃごちゃする。ごちゃごちゃするのは嫌だ。それでもここまでアタシを知った上でハッキリと物事を言える人は佐竹先輩が初めてだった。


 涙が出そうになるのを堪える為に足を止めると、佐竹先輩も足を止めた。


「……ちょっとイジメすぎましたかね?」


 ため息をつくように佐竹先輩が呟いた。


「そんなことないです」


 この台詞にだけ見つかった返答は、佐竹先輩のことを少なからず驚かせたと思う。アタシはこのチャンスを逃さないように不器用でも言葉を重ねた。


「アタシのココロが弱いだけだから……先輩は悪くないです」


 沙織と喧嘩した時のように言葉を探して、脳みそが沸騰しそうになる。


「強くなります。先輩のおかげで、強くなれますから」


 届くといいな。遠回りすぎる言外の言葉は無理かもしれないけれど。先輩のおかげで強くなれますから、側にいてくださいって。

 佐竹先輩はわずかに微笑みを浮かべて、それがアタシでも本当に珍しい出来事だと理解できた。


「そっか」


 短く、たったそれだけを声に出して佐竹先輩が歩き出す。アタシは慌てて先輩の後を追った。

 認めれば少しは楽になれる。でも、アタシは佐竹先輩に迷惑をかけたくない。


「早く行きましょう」


 追い越すと、暗かったせいでアタシは思わず躓いてしまった。佐竹先輩は「何してんだよ」と吹き出してアタシに追いついた。


「み、見なかったことに……」


「誰に言ってんの? 無理、諦めろ」


 暗くても、佐竹先輩がニヤニヤと笑っていることはわかった。


「拗ねんなよー」


「まだ何も言ってません!」


 先を読んで、さらに先を読んで。アタシはこうして、これからも佐竹先輩に翻弄されていくんだ。

 わざとらしく佐竹先輩は笑い、アタシは密かに気になっていたことを尋ねる形で話題を逸らす。


「受験、どこ受けるんですか?」


光星こうせい大学」


 先輩は躊躇わずに即答した。アタシは作り笑いを浮かべた。


「頑張ってください」


「誰に言ってんだよ。そっくりそのまま返すわ」


「え?」


「同じとこ受けようとか思ってただろ?」


「ッ!?」


 言葉足らずとよく言われるけれど、どうして佐竹先輩はアタシのことをこんなにわかってくれるんだろう。

 アタシでもわかっていないことを知られそうになると、嫌になる。


「図星か」


「そうですよ!」


 開き直って答えるけれど、あっという間に駅に着いてしまった。交通ICを手に持って、そのまま改札へと歩く。


「……ありがとうございました」


 アタシはいつも言葉足らず。おまけに不器用。それでも佐竹先輩はアタシの気持ちを汲んでくれる。だから、一年間のありがとうも込めたつもりだった。


「なんで今生の別れみたいな顔すんだよ。また会えるだろ? 一年間後も、二年後も、三年後も、いつでも」


「……そうだといいですね」


 社交辞令みたいなものだと思っていた。けれど、佐竹先輩はアタシの肩を片手で掴んで滑らかに引き寄せる。


「いつでもだ」


 耳打ち。近すぎる距離は先輩と後輩の距離感ではない。


「それって……」


 電車が来て、佐竹先輩はアタシの肩を押した。待って。それってつまり、アタシと佐竹先輩は――。


「また明日、決勝戦で」


 明日会ったら、勇気を掻き集めて尋ねてみよう。だから今は、これだけ言わせてください。


 ――貴方に出逢えて、本当に良かった。

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