第三話 成清VS常花
季節は巡り十二月となった。ついにウィンターカップが始まり、アタシはトーナメント表を見て歓喜に震えた。
一つの対戦枠に視線を奪われていた。
『ねぇ、これ』
沙織を呼んで、アタシはトーナメント表に指を走らせる。
『ここ。上手く行けば千恵のいる常花と蛍のいる月岡があたることになる』
元チームメイトの名前を出すと、沙織は驚きの声を漏らす。
『それに、アタシらも勝ち進めばどっちかと絶対に対戦できる』
『本当だ!』
沙織は笑い、『そうなるといいね』と一人ではしゃいだ。
――《準決勝 朱玲対貝夏》
――《準決勝 常花対成清》
それが明日の対戦だった。
「楽しみだな」
振り向くと、琴梨がいつものように口角を上げて好戦的な笑みを浮かべていた。
「かつて東雲で活躍した〝頭脳〟と〝手足〟が、今ここで戦うんだ。あたしと凜音。あんたらと千恵が」
「……うん。知ってる」
アタシらがこのメンバーでできる試合は、勝っても負けてもあと二回だけ。あと二回ですべてが終わるんだ。なのに、まだアタシはこのメンバーで良かったと本気で思えない。まだ誰にも「一緒にやろう」と言われていない。
アタシはわずかに視線を伏せ、三人で控え室へと歩いていった。
*
茅野空。常花高校の主将で、中一の頃一学期だけ同じ学校だった少女。
「これ、ある意味ドリームマッチだよねぇ。観客は元東雲の〝頭脳〟と〝手足〟たちの試合が目当てなんだろうけど、私たちにとっては〝天才〟と〝秀才〟の因縁対決なんだから」
そう。彼女が去ってしまった天才で、私たちが秀才だった。
「せっかくだし聞いてみたら? 柚。これで何か吹っ切れるかもよ?」
「吹っ切れても、あいつと戦えるのは今日が最初で最後でしょ」
柚はため息をついて控え室に入る。そこにはレギュラーと補欠の部員全員が揃っていて、私は柚に囁いた。
「吹っ切れたら、三人に本音言ってあげてね」
返事はなかった。けれど、私は柚を信じている。中学の頃、琴梨ちゃんと対戦するずっとずっと前から。
瞬間、不意に葉月ちゃんのスマホが鳴って慌てて控え室から出ていってしまう。私はさりげなく扉に密着し、彼女の会話を盗み聞きした。
『……佐竹先輩?』
やっぱり佐竹君か。佐竹君はなんだかんだで葉月ちゃんのことが大好きなんだなぁ。お気に入りにもほどがある。
佐竹君に似ていると言われる私が、第一印象で興味を持ったから。葉月ちゃんの〝目〟は、他の誰にもないものだったから。佐竹君が気に入るのも無理はないと思うけどね。
*
「はい? 試合はこれからですけど」
スマホの向こう側から聞こえる声は、聞き慣れた声だった。
『おー、間に合って良かった。少し言い忘れたことがあってさ』
「言い忘れたこと?」
佐竹先輩は『笑うなよ?』と前置きして、息を吸い込む。
『東藤は、優勝しろよ』
信じられなくて息を呑んだ。前置きからして珍しいとは思っていたけれど、佐竹先輩がそんなことを言うなんて。
『おーい。聞いてる? まさか笑う通り越して失神でも……』
「してません!」
アタシは反論して。佐竹先輩は軽快に笑った。
最近思うようになったけれど、どうやら佐竹先輩は私のことをからかって楽しんでいるみたいだ。
「……もう切りますから!」
佐竹先輩の返事を聞かずに通話を切る。控え室の扉を開けると、がんっと音がして倒れ込んだ暁先輩が額を押さえながら悶絶していた。
「え、暁先輩?!」
「自業自得でしょ」
笹倉先輩はため息をついて、アタシに視線を移した。
梅咲監督が話をしているのにアタシから視線を離さずにいて、何か言いたいことがあるんじゃないかと思えてくる。それでも、結局先輩は何も言わなかった。
*
私は目の前にいるメンバーを眺めた。
星宮双子、藍沢凜音、西宮千恵はそれぞれある程度の緊張感を持ちながらもこれからの試合を楽しみにしている。
「……あ、あの、茅野先輩?」
「何?」
「……カラコンはどうしたんですか?」
西宮が言っているのは、いつもつけていた青と赤のカラコンのことだろう。
「もうつけないわよ、あんな仮面」
「なんかすっげー違和感。裸眼ってそんな色だったんだな」
「脱厨二病か。……でも金髪だけだとさらに不良に見える」
「お前らそこに座れコラ」
昨日誕生日を祝ってもらった手前、嫌われてはないんだろうけど……やっぱりムカつく。
「いいじゃないですか。社会に出る前に更生できて」
「前科あるみたいな言い方ヤメロぉ!」
厨二病になって殻に閉じこもっていなくても、もう大丈夫。このメンバーならば私は私のままで戦えるから。だというのにコイツらは……!
「もういい! 藍沢、西宮。今日の成清戦は任せた!」
「茅野先輩がまともなことを……!」
「西宮、お前もか!」
「当然でしょう?」
厨二病を辞めたら辞めたで散々だけど、こういうのも悪くはない。
「――常花の底力、見せてやるわよ」
言葉にすると、四人はちゃんと笑ってくれた。
*
朱玲と貝夏の試合が終わった。予想通り朱玲が勝って、貝夏が敗退する。アップを済ませていたアタシたちは、早速コートに戻っていった。……そう、〝行く〟んじゃなくて〝戻る〟んだ。
「……千恵」
久しぶりに会った千恵は、最後に会った時とどことなく雰囲気が違っている。
「二人とも。私、このチームで蛍を倒してきたよ」
「うん。見てたよ。奈々も毎回来てるんでしょ?」
沙織がこの広い会場から奈々のことを探そうとする。そんな沙織に、千恵は「相変わらずだね」と言って笑っていた。
「蛍も松岡さんも見てる。だからってことじゃないけれど、いい試合にしようね」
「当たり前」
〝四天王〟が三人も集まって笑える日が来るなんて思わなかった。だからわかるんだ、きっといい試合になるって。
視界の隅で、向こうの主将と暁先輩たちが話しているのが見える。なんの話をしているのかはわからないけれど、あの人たちにはあの人たちなりの因縁があることをアタシは知っていた。
*
茅野空は、その名の通り大空へと飛んでいく人だった。私や香は地面に置き去りにされたまま、そんな空を仰ぐだけだった。けれど、仰いでいたのはほんの数ヵ月間だけだった。
茅野は退部した上に、入学して二ヶ月で秋田に転校したのだから。
「中学ちょっとだけ一緒だったっけ?」
思い出そうとするように語る茅野に対して、私はきつく拳を握り締めた。香がいなかったら試合前に殴っていたかもしれない。
常花は青森だ。青森にまた転校したのか進学の為だけに行ったのかは知らないけれど、空はどこにでも行けるような人だった。
「何、その金髪。……だっさ」
ほんと、カッコ悪い。昨日まで両目にカラコンを入れていたことも気に食わなかった。
「これは……っ」
「あんたに主将の何がわかるの」
瞬間、同じ顔の少女が二人茅野の前に立って庇い出す。
「は?」
「過去に主将が、どんな辛い思いをしたのかも知らないで。貴方みたいな最低な人間が主将のことを潰したんだ」
「主将がお前に何をしたのか僕らは知らない。けどな、僕らの主将はお前が思うようなカッコ悪い人間じゃない」
茅野の見ると、その目には薄く涙を貯めていた。まるで私が悪役みたいじゃないか。息を吐いて踵を返す。
「絶対は勝者。勝負は――試合で」
その答えは二人の気配が物語っていた。
『これより準決勝、成清高校対常花高校の試合を始めます』
アナウンスが入り私たちは整列をする。香の言う通り、この試合は因縁だらけだ。
『――試合開始!』
絶対は勝者。勝者は私と香だけでいい。……そこに、〝天才〟なんていらない。