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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
ペテン師少女
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第三話 再会と再会

 真新しいブレザーは動きにくい。


 数日後、桜散る季節。私はあまりにも当たり前な感想を抱いていた。しわ一つないスカートを膝上まで折り、慣れないネクタイをきちんと締めて背筋を伸ばす。


 私の進学先は、スポーツに力を入れている高校と名高いところだった。私はスポーツ推薦で入学したけれど、最初は女バスを退部した私がなんで……とも思っていた。けれど、先方がどうしてもという話だったらしい。

 私は意味もなく息を吐き、全身鏡に映る自分自身の姿を見つめた。この姿はいつも見ている姿だけど、一番印象に残った自分の姿は新幹線の窓に映った姿だろう。


『返事はまた会った時にな』


 あの日のメッセージが最後。画面をスクロールすると未だに表示されてある。というのも、削除しようとした日が幾度もあったからだった。……だけど、できなかった。


「……やばっ、遅刻!」


 ふと見た腕時計に急かされて家を出る。……三年前の入学式を、思い出しながら。





 私は豊崎とよさき高等学校の正門で足を止める。見上げた校舎はマンモス校だった中学の頃に比べたらあんまり大きくなかったけれど、きれいな校舎だとは思った。そして辺りを見回して、新入生以外の人がいないことを確認する。さすがに正門で部活動勧誘をしている人はおらず、私は一人で苦笑いを浮かべた。

 学校と外部との境界線である門を跨ぐと、すぐに女子の集団にぶつかる。少し眉を顰めるけれど、「邪魔なんだけど」と言う勇気も出ずに押され潰されながら昇降口へと辿り着いた。……なんだったんだ、あれ。


「ッ!?」


 ふと、懐かしい匂いを嗅いだ気がした。これは、誰の匂いだったっけ? 思い出そうとするけれどなかなか思い出せなくて苛立つ。

 入学式。それが終わると教室に行って、すぐに解散。そのまま校内で迷った私は、薄暗い廊下をとぼとぼと歩いていた。


「…………なんで、君がここにいるの?」


 久しぶりに聞いた彼の声は震えている。振り返ると、最後に見た時よりも背が伸びた彼がいた。


「…………それはこっちの台詞よ、黄田きだ


 純粋に驚いていた私は、次の黄田の台詞で固まる。


「どうしてユイユイが豊崎にいるんだよ!」


 いつも飄々としている彼にしては、珍しく大きな声だった。一瞬身が竦んでしまい、狼狽える。どうして? それって、どういう意味?


「……スポ薦で、どうしてもって言われたのよ」


 やっとのことで絞り出した回答。なのに黄田は全然納得していなかった。


「なんで……! なんでよりにもよってユイユイが豊崎に……!」


 その言葉に腹が立って、私は眉を釣り上げる。どうして黄田はそこまでして私を嫌がるのか、と。


「なによ、黄田。私が豊崎にいちゃいけないの?」


「だって……」


「黄田くん!」


 黄田の言葉は、第三者の声によって掻き消された。黄田に告白をしようとしているのか。相変わらずそこそこモテている黄田だから、そういうのを敏感に察知して逃げてきたのだろう。そう思ったけれど、この声って――


「……ちぃ、ちゃん?」


 ――黄田に隠れて見えなかったけれど、よくよく見るとそこには少女が立っていた。


「ゆ、ゆい……ちゃん?」


 ちぃちゃんは小さく、私の名前を呟く。……あぁ、さっきの匂いはちぃちゃんの匂いだったんだ。妙に冷静な私はすぐに腑に落ちて、黄田が私を拒絶した理由を悟る。


「あははははッ!」


 冷静さを振り払い、自嘲するように声に出して笑った。スポーツ推薦を蹴るつもりだったけれど、ちぃちゃんがいる地元から離れる為に仕方なく選んだ高校だったのに。全部全部無意味だったなぁ。


「……どうして……どうして私、豊崎に来ちゃったんだろうね」


 黄田とちぃちゃんが呆然とした瞳で私を見つめていることがよくわかった。あんたら、その顔そっくりだよ。お似合いのカップルみたい。


「神様って、もしいるなら……酷いや」


 そう言葉にした途端、狂笑せざるを得なかった。


「き、黄田くん。二人きりにしてくれる?」


「で、でも……!」


「……お願い」


「……わかった。何かあったら呼んでね」


 去っていく黄田の後ろ姿を横目に私は回る。もう、色々と限界かもしれない。回る足を止めてちぃちゃんを見据えた。少しの目眩なんて気にしてる場合じゃなかった。


「……ちぃちゃん、ごめんね」


 私は素直に頭を下げる。偶然なんかじゃなくて、これは必然なのだと理解した。


「謝らないで。ね?」


「……でも私、ちぃちゃんをたくさんたくさん傷つけた」


「そ、そんなことないよ?」


「……ちぃちゃん優しすぎるよ」


 溢れた涙が頬を伝う。優しすぎる。これがちぃちゃんの長所であり短所だと思う。


「じゃあ、どうしてそう思うの?」


「だって……ちぃちゃん、中学の頃苛められてたでしょ?」


「……そう、だね。否定はできないかな」


「……私の、せいでしょ?」


「違うよ?」


「嘘!」


「嘘じゃないよ?」


「じゃあなんで……!」


 顔を上げると、ちぃちゃんが寂しそうに笑っていた。


「自分で自分の首を締めたの」


「え……?」


ゆいちゃんは覚えてるかな? 私の通り名」


 ちぃちゃんの通り名? それって確か、《隠者》だったはずだけれど。


「まさか……!」


「うん。私は《隠者》。なのに、少しだけ陽のあたる場所に出過ぎたの」


 苦笑いから一転、無理して笑っているように見えた。そして、私の中で強い感情が湧き上がってくる。


「なにそれ、それだけ?! それって絶対におかしいよ!」


「そうかなぁ?」


 ちぃちゃんは私の意見を否定するように呟いた。


「ふざけんなよ! 何が《隠者》だからだ! 陽のあたる場所にいて何が悪いのよ!」


 それは、紛れもなく怒りだった。


「私なんか《ペテン師》だぞ! なんで《隠者》が苛められて《ペテン師》が苛められないんだよ!」


 実際、陰口はずっと言われていた。けれど、ちぃちゃんみたいに何かをされたわけではなかった。それがあまりにも悔しくて、それだけで苦しめられたちぃちゃんが哀れで、私は涙が出そうになった。


「ッ! はぁっ……はぁっ……!」


 息を整える。その時、ちぃちゃんが何かに気づいたような表情をした。


「ち、ちぃちゃん?」


「ッ!? あ、あぁ、ごめんね。ちょっと思い出しちゃって……」


「……思い出したって、何を?」


 私の脳裏に、黄田が消そうとしていた落書きが浮かぶ。眉を顰めた私に気づき、ちぃちゃんは慌てて首を横に振った。


「あ、あのね、別に悪いことじゃないよ?」


「え?」


「むしろ良いことなの」


 柔らかく微笑むちぃちゃん。それを見たら、これ以上追及できなかった。


「ねぇ、ちぃちゃん」


「ん?」


「私たち、もう一度――友達になれるかな?」


「友達じゃなくて、親友が良いかな」


 優しく微笑むちぃちゃんは可愛い。その可愛さは初めて会った三年前とまったく変わらないけれど、彼女は確実に成長してる。それに比べて、私はまだ――


「これからもよろしくね、親友!」


「ちぃちゃん……うん、ありがとう」


 ――何一つ、変わっていない。





「ちぃちゃん、おはよ!」


「おはよー!」


 離れていた分を取り戻すように、私たちは正門の前で笑い合う。


「おはようウサミ〜ン! おはようユイユ〜イ!」


 昨日の今日なのに何故かテンションが高い黄田は、私たちの肩に両手を乗っけて友達面した。


「邪魔しないで」


「あれっ?! 急に辛辣?!」


「どの口がそれを言うの!」


「あぁ……うん。昨日はごめんね、らしくもなく感情的になってユイユイを傷つけて……」


 でも、あの黄田が真面目に謝っているところを見ると本気で反省しているんだと思う。……まぁ、それだけで反省しているって思われる黄田は得な性格をしているな。顔もだけど。


「昨日の件は、まぁ、許すよ」


「えっ、本当? 嬉しいな〜!」


「その代わり私の手となり足となって。要するにパシリね」


「うんうん、わかった!」


 あ、あれ? 黄田ってこんなキャラだっけ?

 訝しげに黄田を見上げるけれど、黄田は相変わらず胡散臭い笑みを見せていて――何も変わっていないんだと脱力きた。


「否定しなっての」


 一応突っ込むと、黄田は笑いながら「ユイユイって意外と男らしいよね〜」とふざける。


「ふんっ!」


 回し蹴りをする。誰が男らしいだ。誰が。そして誰のせいだと思ってるんだ。


「ちょっ、それはさすがに痛いって!」


「黄田くん、大丈夫?!」


「あぁ、ちぃちゃん優しすぎる! 女神様みたい!」


「ぷっ……! あははははっ、自分らおもろいなぁ!」


 すると、どこからか関西弁が聞こえてきた。


「ん?」


「え?」


「あんた誰よ」


「ん? ウチはそこの黄田くんのクラスメイトやで?」


 春なのに、こんがりと焼けた肌の少女が立っている。


「あぁ、小暮こぐれちゃんね! おはよ〜!」


 そんな彼女に対し、黄田は満面の笑みで答えた。


「気持ち悪いほどの笑顔やなぁ」


「それな」


「否定してあげよう?!」


「まぁ、俺ってイケメンだから?」


 ドヤ顔で言い切る黄田。何故かイラッとしたのは私だけではないはずだ。


「今度は顔面パンチを……」


「ちょっ、顔だけは止めて! お願いだから!」


「せめて見えない場所にしよう?!」


「おー、もっとやったれやったれ」


 いつそんな性格になったのかは知らないけれど、何気にちぃちゃんが一番酷かった。


「そろそろ時間だから行こっか」


「せやな、遅刻はあかん」


 笑って歩く二人と黄田を横目に、私は昨日のことを思い出す。あの後、ちぃちゃんは私にこう言った。


『私の初恋ね、終わったんだ』


 と。





 電車に乗って我が家に帰る。お父さんが刑務所に行ってしまい貧乏になった私たちだけど、暮らしは今までのアパートで充分やっていけるのは不幸中の幸いだった。


「ただいまー」


 数時間前に貰った部活動紹介の紙をパラパラと捲りながらリビングへと向かう。


「おかえり」


「おかえり、唯」


「うん…………って、え?」


 顔を上げると、お母さんと男性がいた。お母さんは今にも泣きそうな表情で。男性は笑っている。私はその男性に見覚えがあって


「……おとう、さん?」


 彼のことを思い出した。


「唯は何も変わってないな。けど、また唯に会えて嬉しいよ」


「なんで……」


「仮釈放だよ。あの日から三年くらい経つんだな、もう」


 感慨深そうにお父さんは言うけれど、私はまだ気持ちに整理がつけられていない。なのに帰ってきたなんて。どうすればいいのかわからない。

 私はお父さんに三年も会っていなかった。忘れようとさえして、実際少しの間だけ忘れていた。私にとっての諸悪の根源。私からすべてを奪った人。


 誰からも許されるわけがない。私は許さない。


 気持ちが溢れてどうしようもないのに、お父さんは私の気持ちに気づかなかった。私は自分の気持ちを言葉にできなかった。


「…………」


「唯? どうしたんだ、唯」


「どうしてずっと黙っているの? お父さんが帰ってきたのよ?」


「……お、お母さんは……」


 ……許せるの? なのに、その言葉は口には出せなかった。出しちゃいけないような気がした。


「すまなかったな、騙されていたとはいえこんな結果になって……」


「いいのよ、お父さん。だってまた家族全員で集まれたんだから……」


 実の父親の控えめな笑い声が、今の私には雑音に聞こえた。また、崩れ去って――ちぃちゃんと離れ離れになるんじゃないかとさえ思えた。


「いっ、いやぁっ!」


 ようやく言葉が溢れてくる。けれど私は、思わず家を飛び出して何もない道路を走っていた。

 行く宛もないのに。一人ぼっちなのに。なんで私は走っているんだろう――。

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