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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
ココロカタルシス
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第一話 メロンパンはいかが?

 〝四天王〟と呼ばれ嫌われたアタシは、やけくそになってさらに強くなろうと思った。だからアタシは独自に調べた強豪校――成清せいしん高校に進学することを決めたんだ。


 陽気な春に、散りゆく桜の花弁。そんな風景を見ても何も思わないアタシに沙織さおりは言った。


『……きっと、大丈夫だよ』


『……何が』


 アタシは《愚者》という通り名を持つ沙織を睨む。通り名らしく、愚かな発想だと瞬時に思った。


『私たちはもう高校生。成清高校の生徒。だから、きっと――きっと、一緒にやろうって言ってくれる人がいるよ!』


 こんな私たちだけど、きっと、大丈夫。沙織がそう言って笑った。……甘いな、と荒んだアタシの心は言う。


 けれど、少しだけ――少しだけそうであってほしいと願った。


「……そうだといいね」


 小さく、聞こえるか聞こえないかくらいの音量で。らしくもない涙は見せまいと、そっぽを向き。呟いたアタシの叫びは、風に乗って消えていった。





 高校生活が日常と化した五月、アタシはいつものように部室へと向かう。けれど、途中で青原あおはらとすれ違ったのことは想定外だった。


「……アンタ、部活休んでんの?」


「なんだよ東藤とうどう、お前もしつこいな」


 振り向いた青原は面倒くさそうにそう言って、アタシの問いに答えもせずに歩き出す。


「かっこわる」


 アタシは言葉を青原の背中に向かって投げる。中学の頃から青原の強さに憧れていた部分があったから、余計にそう思った。

 青原は「どうとでも言え」と投げやりになって去っていく。アタシは青原から関心を外して部室棟へと急いだ。


 男バスの部室前を通り過ぎようとすると、中から男の髪が靡く。


「あ、東藤! 青原のこと見なかった?」


 困ったように眉を下げて尋ねる野村のむらを半ば不憫に思いながら、アタシは青原に会った場所を伝えた。


「本当?! ありがとう東藤!」


 野村が大急ぎで青原の後を追っていく。その様が、なんだか――


「やっぱりここにいた!」


 ――なんだか、アタシを追うようにして成清に入学した沙織と重なった。


「授業が終わればすぐ部室に行くって言ってなかった?」


「え? う、うー……ん。言ってたっけ?」


 首を捻る沙織の記憶力はいい方ではない。アタシは「今度からそうするから」と念を押した。


「うん!」


 嬉しそうに笑う。アタシはそれを視認して歩を進めると、再び開いた部室の扉に激突した。


「ん、扉が開かない……? おーい、誰かいるんですかー?」


 二三歩蹌踉けて立ち止まる。顔を出した佐竹さたけ先輩はアタシを見て、「……どうしたの? 東藤」と尋ねた。


「どうしたように見えますか? 佐竹先輩」


 怒気を込め、質問を質問で返す。佐竹先輩は鼻と顎を覆うアタシを双眸で眺めて扉に視線を移した。


「あぁ、なるほどそういうこと」


「だ、大丈夫?」


 心配そうにアタシの顔を覗く沙織を安心させようとする。けれど、どろりとした感覚がアタシの鼻を襲った。


「……は?」


「えっ?!」


 手を離すと、それは真っ赤に染まっていた。佐竹先輩はただならぬ気配を感じたのか、アタシの方を向いてわずかに驚く。


「……鼻から血ぃ出してません?」


 彼は珍しく戸惑っていた。


「……言われなくてもわかってます。ちょっと水道に行くから、先に行ってて」


 最初は佐竹先輩に、最後は沙織に告げて踵を返す。


「ちょっと待って東藤」


 歩幅の違いのせいで歩いていてもすぐに追いついた佐竹先輩は、ぐいっとアタシの二の腕を掴む。


「ッ!?」


「水道じゃなくて保健室だろ? ここは」


 そして問答無用でアタシのことを引っ張った。

 アタシは鼻を手で押さえて抵抗しようとしたけれど、量が普通ではないことに気づいて止める。佐竹先輩は、私のことを心から気遣いながら歩いていた。




 連れて来られた保健室に置いてある名前の記入欄に、水樹琴梨みずきことりという名前があった。アタシはそのページの一番下に名前を書いて、同じ部活の仲間となった水樹のことを思い浮かべる。

 あの単細胞に何があったらこんなところに来るのかと思って、すぐにどうでも良くなって止めて。


「あら、またバスケ部?」


「また?」


「この前バスケ部の女の子が倒れて、男の子が運びに来たのよ」


「へぇ、そうだったんですか……。誰でしょうね? 東藤」


 多分それは水樹のことだろう。けれど教えない。聞かれても無言を貫く。

 アタシは佐竹先輩が見守る中で手当てを受けて、保健室を後にした。


「見た目よりたいしたことなくて良かったな」


 話しかける佐竹先輩を無視して先を歩く。早く部活に行って、早く練習をして、誰よりも強くなって、誰かに〝認めてもらいたい〟。ただその一心だった。


「そんな怖い顔するなよ。いいじゃん、五分くらい遅れても」


「その五分が命取りなんじゃないですか? 受験だってそうでしょう」


 三年の先輩に効くような言葉も混ぜてみる。男バス主将でもある佐竹先輩を見上げると、「はははっ!」と笑っていた。アタシには何が面白いのかわからなかったけれど、笑っていた。




 佐竹先輩がいる男バスとは別の体育館へと向かう。すぐさま沙織が駆け寄ってきて、「良かった、意外と早かったんだね!」と手を取った。


「……怒ってる?」


 もちろん沙織が、じゃない。

 尋ねたのは三年の笹倉柚ささくらゆず先輩のことだった。


「あー……、うん。ちょっと?」


「って言う割りには結構イライラしてるみたいだけど?」


 その証拠に、暁香あかつきかおる先輩が笹倉先輩を宥めている。沙織は「あはは……」と冷や汗を流しながら笑っていた。


「まぁいいか。練習するよ」


「そう言うと思ってた」


 沙織はアタシにパスをし、アタシは彼女に礼を言う。ほんの少し痛む鼻を触って、何事もなかったかのようにドリブルをした。




 休憩時間になってひょこっと女バスに顔を出したのは、佐竹先輩だった。


「あれ? 佐竹君」


 同級生の暁先輩は佐竹先輩と話が合うらしく、それなりに仲良くやっているらしい。主将同士というのもあるだろうが。


「おー、暁。相変わらず部活着似合わないなぁ」


「余計なお世話だよ佐竹君?」


 そんな二人を避けるように笹倉先輩が体育館を出る。笹倉先輩は佐竹先輩のことが苦手らしい。まぁ、万人に好かれるような人じゃないから気持ちはわかるけど。


「それ以上無駄口叩くなら追い出しちゃおーかなぁ」


「勘弁してくださいよー。まだ用事終わらせてないのに」


 佐竹先輩は周囲を見回し、何故かアタシと目を合わせる。


「あ、いたいた」


「……は?」


 佐竹先輩は迷うことなく、アタシに向かって一直線に歩いてくる。沙織は逃げるようにアタシの後ろに隠れてしまった。


「鼻はどうですか?」


「お構いなく」


「えー、そんなこと言っていいのー?」


「いいに決まっ……」


 瞬間目に飛び込んで来たのは、メロンパンだった。アタシはごくりと唾を飲み込み、まじまじとそれを観察する。


「……そ、それ」


「好物だろ? これ」


「なんで知って……」


 けれど、アタシは口を閉ざした。佐竹先輩に対して好物をあっさりと認めたくなかったからだ。


「なんでって、野村に相談したら即答だったんだけど? あと野村、青原を部活に連れてくることに成功して喜んでたわ」


「……野村、が」


 なんということだ。野村には雑学だけじゃなくてそんな個人情報まで知られているのか。


「これ一応お詫びなんだけど、欲しい?」


 佐竹先輩はにやっと笑ってアタシに尋ねた。アタシはかちんと来て佐竹先輩のことを睨む。


「お詫びなんですよね、それ。なら上から目線はおかしいと思うんですけど」


「俺は別にお詫びしなくてもいいと思うんだけど、野村がなぁ」


「…………」


 佐竹先輩は困ったように眉を下げて、でも口元には笑みを浮かべたままアタシに言外で尋ねてくる。


「意地張ってないで貰ったら?」


 ぼそっと沙織がアタシの耳元で囁いた。

 ……確かにアタシは意地を張っている。それでもアタシは、意地を張らないということができなかった。


「ほら、どうする? 早くしないと休憩時間なくなりますよ?」


「……い、いりません」


「ん、わかった。おーい暁、これ差し入れだから食べて太れ。そして爆睡しろ」


「はぁ〜? 貰うけどさぁ、その言い方腹立つなぁ。佐竹君のそういうところ嫌いだよ」


 暁先輩は、佐竹先輩からどんなことを言われても素直に受け取る強さがある。……だ、大丈夫。アタシは別にいらないんだから。


「どうして意地張っちゃうかなぁ。それ、悪いクセだよ?」


 佐竹先輩が戻った後、沙織が呆れたようにアタシにデコピンした。


「…………」


「頬を膨らまさない。あ、暁先輩。こっちに一口くださーい!」


 メロンパンをちぎって配っていた暁先輩から二口受け取って、その一口をアタシにくれた。アタシはそのメロンパンを、本当に大事に大事に咀嚼した。


「……食べたらすぐ練習するから」


「そう言う割りには、結構ゆっくりと食べるよね?」


「……うるさい」


「はいはい」


 沙織はなんでもお見通しらしい。アタシは顔を背け、沙織の視線から逃れようと努力した。





 難しげな表情をする梅咲うめさき監督の元へと向かう。梅咲監督は私に気づいて、インターハイの仮レギュラーを丁寧に告げた。


『私、柚ちゃん、琴梨ちゃんに……〝四天王〟の二人ですか』


 このメンバーは予想通りだった。そして、柚ちゃんが一年の三人と一緒にバスケをしたくないことも。


『笹倉には暁が説得しといて。まぁ、あの三人が笹倉に認めさせれば一番いいんだろうけど』


『任せてください。なんだかんだ言っても柚ちゃん、私の言うことならなんだって聞くんですよ?』


『……それは頼もしいというか、むしろ怖いわね』


 そんな話をした翌日、早速柚ちゃんを探しに行く。その途中、三年の教室前で佐竹君とすれ違った。


「暁、誰か探してんの?」


「柚ちゃんだよ」


「あぁ、笹倉かぁ」


 瞬間、何故か佐竹君が面白そうに笑った。


「〝こっち〟は別にいいけどさぁ、女子って大変なんだろうな」


「青原君は〝こっち〟からしたらむしろ清々しいと思うけどね。こっちの琴梨ちゃんはこれからだけど、二人は張り切って練習してるんだから」


 柚ちゃんの天才を嫌う性格は、昔からだ。

 仮のレギュラーは秀才二名、天才三名。柚ちゃんがこれをどう思うのかは火を見るより明らかで。


「柚ちゃん、『天才は練習しなくてもいい』って思ってるんだよ」


「こっちは『天才でも練習しろ』、だ。確かに〝四天王〟の二人は天才なんだろうけど、あれはまだまだ伸びるだろ」


「さすが男バスの主将君。柚ちゃんにもそれをわかってほしいんだけど……ね」


 呟いて、ため息をつきそうになるのを我慢した。


「そういえば、昨日のメロンパン東藤食べてた?」


「食べてたよー。すっごく無表情だったけど、美味しそうに」


 佐竹君は生返事をして、私から視線を逸らす。そんなに気になるならもう一押しくらいすれば良かったのに。受けとってくれる見込みがなかったとしても……ね。





 インターハイの予選前になって、正式なレギュラーが梅咲監督から発表された。その中にはアタシもいて、内心で安堵する。


「良かったね」


「なんで他人事なの。アンタもでしょ?」


 沙織は笑ってピースサインを見せた。アタシも思わず笑みを零してしまう。


 認められたい。これはその第一歩だ。


「じゃあ、今日はもう解散ね」


 梅咲監督の一言でアタシたちは解散する。その後は急いで制服に着替え、部室から出るとちょうど男バスと鉢合わせた。


「ん、東藤。なんだかすっごく久しぶりですね?」


「……どうも」


 佐竹先輩はアタシを見下ろしてじっと見据える。そのまま何かを企むように笑って、「その目、相変わらずだな」と言った。


「その目?」


「……い〜や、こっちの話」


 佐竹先輩は腕を組んでアタシを先に行かせようとする。アタシは遠慮なく先に行って、ふと振り向いた。何故なら、さっきまで側にいたはずの沙織がいなかったから。いてくれると思ってたのに――。


北浜きたはまなら先に帰ったよ?」


 ――なんで? とすぐさま思った。


 大体いつも一緒だったからか、不思議な寂しさがアタシを襲う。そして、もし沙織が成清に来なかったら――そんな恐怖心が急に生まれた。

 アタシは、沙織がいなかったら一人だったんだ。新しい友だちなんていらない……いや、必要以上の関係になりたいなんてアタシは思ってないから――。


「……アタシ、沙織に救われてたんだ」


 自分が沙織を救っているつもりになっていた。しょうがないから側にいてあげると上から目線な態度で、後ろからついてくる沙織を導いているつもりになっていた。


 佐竹先輩は聞こえていたはずなのに、「救われていた」になんの反応も示さなかった。ただ悟ったかのような態度で壁に寄りかかっている。


「一緒に帰ります?」


「一人で帰ります」


「いいじゃん。北浜、俺らに気ぃ遣って先に帰ったんだろうし」


「…………」


 なんでそこで気を遣うのか。理解できない。短くため息をついて「わかりました」と答える。

 理解できないけれど、沙織が望むなら――一緒に帰ろうと思えたからだ。


 佐竹先輩と並んで歩く。……なんだか不思議だ。夢見たい。


 五月の星空を心に閉じ込めて、アタシたちは帰路についた。

 気づけばアタシは佐竹先輩に送ってもらっていた。あまりにも自然に隣を歩くものだから、佐竹先輩も同じ帰り道なのかと錯覚していたのだ。


「そんなわけないじゃん。俺はあっち」


 佐竹先輩は反対側の道路を指差す。その先にあるのは、アタシが利用する線路とは異なるものが通っている駅だった。


「…………」


 なんで。そんなアタシの言葉は暗闇の中に溶けていった。

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