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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
エースの従妹
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第三話 会えたら

 ウィンターカップ準々決勝で、豊崎とよさきに勝利したその日。


「……あかりセンパイは、本当に失望したのだ?」


 豊崎に進学した元後輩の橙乃唯とうのゆい紺野こんのうさぎに、灯センパイはそう言っていた。中学の頃試合をしたことがある私は、その台詞が信じられなくて。


「……したよ?」


 くるりと振り向いた灯センパイは、真顔だった。威圧的なその瞳は、試合後だから見れるケモノの瞳だ。


「どうし……」


「〝最後の試合〟だったから」


 その台詞は、橙乃でも紺野でもない私にも刺さっていた。


「まぁ、ことちゃんかりんちゃんに期待しとくよ」


 灯センパイはそう言って去っていくけれど、その二人とは決勝でしか戦えない。決勝に行くにはまだ一戦残っている。


「……最後」


 その単語が重たかった。


緑川みどりかわさん!」


 唐突に名前を呼ばれて、振り返る。そこには先ほど話していた橙乃と紺野、そして小暮芽衣こぐれめいが立っていた。


「何」


「自分らの次の対戦相手、朱玲しゅれいなんやろ?」


「…………」


「か、勝ってね! 茶野さの先輩のこと、よろしくお願いします!」


 紺野が頭を下げて、橙乃も慌てて紺野に続いた。元チームメイトだからって、なんでセンパイを任されなきゃいけないのだ。


「私たち、初めて茶野先輩のあの顔を見たの。でもね、薄々気づいてた。放っておいたら危ないなって思ってた」


「うん。茶野先輩って、意外と寂しがりやだし……」


「ま、そういうことらしいねん。ウチはその人のことあんま知らへんけどなぁ」


 ――そんなの、ずっと前から知ってるのだ。私はそれを飲み込んで、ただただ頷いた。





 家に帰ると既にお父さんも帰っていて、リビングで眠っていた。隣の和室に行き電気をつけると、お母さんの写真が真っ先に視界に入る。私は視線を逸らすように畳に寝そべった。

 刹那、ジャージのポケットに入れていたスマホが鳴る。手探りで取り出すと知らない番号からだった。いつもなら無視していたけれど、あまりにもつまらない状況の今、指が滑る。そのままスマホを耳に当てた。


『もしもーし』


広岡ひろおか……?」


 予想外過ぎて、口に出てきたのは名前だけだった。


『そうそう俺です。先に言っとくけど、茶野先輩が教えてくれたんだぜ? あの人、聞いてもいないのに欲しい情報をくれるとかバケモノっしょ』


「あの人は昔から人の考えてることとかわかる人だったのだ。広岡の言う通り、〝妖怪サトリ〟なのだ」


『ふーん、俺に同意するとか今日は珍しいのな』


「…………」


 一瞬黙る。


「……そうかもしれないのだ」


 じっとしていられなくて寝返りを打った。


『なんかあった?』


「別に。あるとしても、豊崎に勝ったから明日が準決勝だってことくらいなのだ」


 相手は実力がまだ未知数な三千院さんぜんいんマヒロ率いる朱玲高校。そんな朱玲には、私でさえ不安を覚える。


『あー、そうそう。俺たちも明日準決勝で朱玲とやるんだよなぁ。だからお揃いだなーっていう報告を……』


「いらないのだ。そもそもお揃いでもなんでもないのだ」


 それをわざわざ言う為に電話してきたのだ? バカなのか? あぁそうか、バカだったのだ。


 広岡の返事を待つ。そういえば、広岡からの返事を待つのは初めて――そもそもこんなに黙った日があっただろうか。


『ぷくっ……! やっぱり拓磨たくまくんそっくりだなぁー、その突っ込み!』


 笑いを堪える声が聞こえてきて、心配して損したのだと思いつつ――何故か安心した。





 翌日、会場に着くと真っ先にエマが駆け出した。


「あ、こら!」


 幹先輩が腰に手を当てる。けれど、エマの進む先に常花じょうかがいたからそれ以上を言葉にしなかった。


「……どうせ後で合流できる。先に行こう」


「そだね」


 私はエマを視線で追う。ほんの少し前にエマは「青春したい」と言っていた。それは青春と言う名の恋で、何故かモヤモヤする。


「何を呆けているんだ」


 振り向くと、拓磨が立っていた。つい広岡を警戒するが、広岡はどこにもいなかった。


「拓磨か。広岡はどうしたのだ?」


「飲み物を買いに行かせている。……珍しいな、お前が広岡を気にかけるのは」


「バカか。いなくて安心したのだ」


 本音を言えば少し不安だった。いつも通りじゃないと私はこんなにも不安になる。それは、覚悟をしていても失った人が私にはいるからだろう――そう思った。


「……そうか」


 拓磨はわずかに視線を落として、灯センパイに後ろからわき腹を擽られた。あまりの擽ったさに「止めろ!」と身を捩りながら抵抗している。


「拓磨くん買ってきたよー!」


 そんな拓磨にとどめを刺したのは、頬に当てられた麦茶だった。


「広岡!」


「げっ! なんで怒ってんの?!」


 ずさっ、と広岡が後退る。お前のようなテンションの奴(灯センパイ)がいるから怒ってるのだ。タイミングが悪かったな。


みどりちゃん!」


「んなっ?!」


 会って早々広岡に盾にされ、じりじり近寄ってくる拓磨に睨まれる。り、理不尽なのだ!


「おいお前ら、お遊びもいい加減にしろよ?」


 けれど、さらなる理不尽によりこの場は収まった。


「あー……。今の国島くにしま先輩の表情はヤバかったわ」


 試合前にも関わらず、冷や汗びっしょりの広岡は一息ついた。こっちは理不尽に怒られたんだけど?


「……バカ」


「なんで?!」


「バカはバカなのだ」


 これはある意味、照れ隠しだった。なんでか知らないけれど寂しくて、会えたら――、……会えたら?


「……?」


「どうした……って、目赤くない? ゴミでも入ったか?」


「……みたいなのだ」


 幸いにも涙は溢さなかったけれど、涙目にはなっていたらしい。


 ――会えたら、泣きたくなるほどに嬉しい。


 もし仮にこれが広岡にも当てはまったら、この感情はなんと呼ぶのだ?





 広岡に尋ねるのは屈辱的で、結局そのまま別れてしまった。エマが常花のロドリゲスって先輩にフラれて戻ってきてから、私たちは控え室へと入る。広岡のことは忘れて集中なのだ。


「三千院監督の娘だし、何度も言うけど実力は未知数ね」


沖田おきた監督は三千院監督の教え子なんでしたっけ?」


「……そう。けど、娘がいたなんて知らなかったし……中学の頃バスケ部じゃなかったらしいし……ほんと謎すぎ」


 ため息をついて沖田監督が頭を抱える。


「多分、帰宅部で家で練習してたのだ。監督が帰ってからは二人きりで。それなら全部納得なのだ」


「なるほどね。そりゃ手強いわけだよ」


「……でも、朱玲は〝五強〟の種島たねしまを失ったから戦力は少しくらい落ちたはず。そこを叩けばいい」


「叩くですか?!」


「……言葉のあやなのだ」


「あや?」


 あぁ、いつも通りなのだ。居心地が良くて安心したのだ。


「時間だからそろそろ」


 他のメンバーも立ち上がって、私たちはコートへと向かう。

 あの場所には全部ある。仲間も、相手も、想いも、全部。刹那、眩しいくらいの光と歓声が私を占拠した。昨日よりも、もっと激しいそれが――。


「さすが準決勝、かな」


 灯センパイが呟いて私の肩を軽く叩く。灯センパイが指差した方向には、昨日勝った豊崎に磐見いわみ、そして月岡つきおかがいた。


「あっちも忘れたらダメだよ」


 みき先輩が別の方向を指差すと、成清せいしんが少し離れた場所に常花がいた。


「……バカ。本命はあっち」


 ぐいんと頭を回されると、朱玲が大歓声を浴びながら姿を現していた。


「……痛いのだ」


「ワオ! スゴいです! バケモノです!」


「エマは黙るのだ!」


 ベンチまでエマを追いかけながら、私は豊崎の方に視線を向ける。灯センパイを私に任した一年トリオは手を振ってエールを送っていた。


「…………」


 手首だけで本当に軽く手を上げて、アップに入る。その後で再び沖田監督から指示を受けるが、この人は基本放置主義なのであっさりと終わった。


「行ってこい」


 夏頃からプリン頭となってしまった沖田監督は、言葉で背中を押す。私たちは背中で答えながら、コートに立った。

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