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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
エースの従妹
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第一話 従妹

 あれは快晴の、春の日の出来事だった。

 私は貝夏かいか高校に入学して、従兄の拓磨たくまと、その幼馴染みあかりセンパイと再会した。


 拓磨の家の近くにあった家から引っ越すことになり、それ以来あまり会っていなかったのだ。そんな再会と共に、新たな出逢いがそこにはあった。


『拓磨くんの従妹?! うっわ、すっげー! ちょー似てる! えっ、ちょっと待ってその語尾何?! 最早ギャグでしょ!』


 初対面の頃からこんな台詞を連発させた男――広岡ひろおかは、いちいち私を怒らせては楽しんでいるそんな性格の悪い奴だった。

 拓磨や灯センパイもやけに広岡に懐かれてて、二人が夫婦漫才をする度に広岡は腹を抱えて笑うのだった。


「みーどーりーちゃんっ! 今帰り?」


「その呼び名はやめるのだ」


 六月の中間テストが終わった放課後、下駄箱で広岡に絡まれた。広岡の言う〝みどりちゃん〟とは私の名字〝緑川みどりかわ〟からのあだ名である。


「えー……。なんで?」


「私はそのあだ名で呼ぶことを許してないのだ!」


 そう指を差すと、広岡は笑って「許可なんてなくても呼ぶもんねー」と腕を組む。


「…………」


 このまま争っていても不毛だ。だから私は下駄箱から外に出た。

 梅雨のせいかぽつぽつと雨が降ってきている。持ってきていた傘を差すと、ナチュラルに広岡が入ってきた。


「入れて、緑ちゃん」


「断る。濡れて帰れ」


「冷たい! なんでそんなとこも拓磨くんそっくりなわけ……?」


「…………」


 広岡は唇を尖らせている。なんでって、そんなの。


「知らないのだ。そもそも私があいつに似てるんじゃなくて、あいつが私に似てるのだ」


「出たよ緑ちゃんの言い訳」


「言い訳じゃないのだ!」


 傘を自分の方に引き寄せ、広岡を強制的に傘の外に出す。


「ぎゃーっ! 止めてください! 謝るから入れてください!」


 ほんの少し雨に濡れた広岡は、再び私の傘に避難して一息ついた。


「ほら」


「なんなのだその手は」


「傘。持つから貸して」


「断る」


「けど俺、このままだとちょー屈んで腰が……」


「もう一度濡れるか?」


「えぇ〜……緑ちゃんのケチ」


「うるさい」


 広岡は、大人しく腰を屈めながらついてくる。私は、誰が広岡なんかに持たせるものかと意地を張っていた。





 梅雨が明け、気温が上がる七月。


「なぜニッポンはあつくて寒いデスかー!」


 一つ上の学年のエマがそう言って髪を掻き毟った。三年の灯センパイ、みき先輩、茎津くきつ先輩はエマの日本語に戸惑っている。


「エマは四季のことを言っているのだ」


「あぁ、なるほど!」


 そんなにわかりにくいことを言っていたのだ? 自分にだけ通じることがなんだか変に思えてきた。エマはそんな私たちの気も知らないで暴れまわっている。


「……うるさいのだ」


 私はため息をついて、部活着姿のエマに水鉄砲を発射した。エマにかかった水は滴り落ち、幹先輩があわあわとタオルを探しに行く。


「……? 涼しいデス!」


「打ち水と同じなのだ」


 私は水鉄砲を持ち、水を補給する為に外にある水道へと向かった。

 ……うげ。回れ後ろをしようとしたら、思い切り肩を掴まれた。


「なんで逃げようとすんの?」


 おかしそうに笑った広岡は、私を水道のある場所へと引きずる。するとやっぱり、手中の水鉄砲に好奇の視線を向けられた。


「それ、灯センパイのラッキーアイテム?」


「そうなのだ」


「あははっ! 本当に律儀なんだなーあの人! サボテンの針で制服ぶっ刺されてもめげないし! 『も〜! それも私の運だからぁ〜!』ってさぁ」


「ぷくっ……!」


 広岡のやる灯センパイのモノマネは意外と似ていて、思わず笑いそうになる。慌てて口を塞いだけれど、それを広岡が見逃すわけがなかった。


「え、今もしかして笑った? 笑ってくれたの?」


「わ、笑ってなどいないのだ! 喜ぶなバカ!」


 広岡の顔面にパンチをして、水鉄砲の中に水を入れる。そして当然、一目散に私は逃げた。





 七月の下旬となり、夏休みに入ったある日――私は拓磨の家に泊まることになった。理由は特にない。強いて言うなら拓磨の両親や真子まこが私に会いたがったから。

 親戚とは言うけれど泊まりなんて初めてで、少し楽しみにしながら行ったのだが――


「あ、緑ちゃん! お邪魔してます!」


 ――拓磨の家に着いた途端、リビングでくつろいでいた広岡がそう言って片手を上げた。


「何してるのだ」


「いったっ! えっ?! 緑ちゃんギブ! ギブです!」


 ぐいーっと頬を抓る。すると、広岡の声に気がついたのか、真子がリビングに下りてきた。


凪沙なぎさちゃんだ! 久しぶりー!」


 いきなり抱きついてきた真子は、そのまま視線を側にいた広岡に止め


「なななな凪沙ちゃん?! このイケメンさん誰?!」


 頬を赤らめながらそう尋ねるのだから広岡が調子に乗ってしまった。


「いけめん? ……真子、どこにそんな奴がいるのだ」


「俺でしょ?! ねぇ、それって俺に決まってますよね?!」


 広岡が無理矢理私を揺さぶる。……お前なんか元からノーカンなのだ。


「あのっ! はじめまして! 私、真子っていいます!」


「はじめまして! 俺は拓磨くんの親友で緑ちゃんの……」


「私にとってお前は何者でもないのだ」


「……です! って緑ちゃん?! なんで今台詞被せたの?!」


 涙目で訴えられる。けれど、理由なんてないに決まってるのだ。


「揃いも揃ってうるさいぞ、お前ら」


「あ、お兄ちゃん!」


「拓磨!」


 瞬間、拓磨が眉を顰めながらリビングに入ってきた。


「拓磨くんっ! 緑ちゃんが今……」


「凪沙が正しい。悪いのはお前なのだ」


 ぐさっ――。そんな効果音をつけた広岡は顔を覆って床に膝をつけてしまった。


「広岡さん、二人ともこんな性格なんで悪気はないんですよ」


「真子ちゃん……! …………緑ちゃんと違って全然拓磨くんに似てないんだね」


「えへへ、よく言われまーす!」


 真子はにこにこと笑っていた。真子じゃなくて、私と拓磨は二人揃って広岡の体に肘を入れる。


「いったい!」


 と言いつつも、何故か笑いながらソファにダイブした。


「あははっ! 広岡さんって面白いんですねー!」


 なんとなく、真子と広岡のテンションが似ている気がする。


「今日は広岡さんも泊まってってくださいよー!」


 そのノリのままとんでもない話を口にした。


「はっ?!」


「真子!?」


「え?」


「凪沙ちゃんも泊まるんだし、賑やかでいいですよねぇー!」


 にぃっと真子が笑っている。これは多分、拓磨がよく話す悪いことを考えている時の真子の表情だ。


「俺が許すわけないだろ、真子。絶対に絶対に絶対に認めないからな」


 そして、すぐさま拓磨が兄貴面をして反対した。


「拓磨くん反対し過ぎ! 俺いい加減泣くよ?!」


「くだらない。広岡が泊まるなら私は帰るのだ」


 焦る。何故か私は焦ってる。


「それはダメ! 広岡さんには帰ってもらうから!」


 ……あ。ホッとしたけれど、残念でもあるのは何故なのだ?


「今日の俺の扱い酷すぎません?! 俺帰りますよ?!」


 などと広岡は叫んでおり、拓磨から「元から呼んでない。帰れ」と叱られていた。





 緑川家のお泊まり騒動から数日後。インターハイも終わった辺りだろうか。

 八月の暑さに文句を言っていた私は、真子から花火に誘われた。けれど、仕方なく来た待ち合わせ場所に


「あ、やっぱ来てくれたじゃん!」


 なんて言って拓磨にドヤ顔をする広岡がいた。


「かえ……」


「『帰るのだ』とは言わせないよ! 緑ちゃん!」


 ゾンビのように両腕を上げ、ゾンビのように広岡が走ってくる。


「ぎゃーっ?!」


 当然逃げるけれど男子には敵わず、「ほかーくっ!」と後ろから抱き締められた。


「ていうか、浴衣かと思ったんだけど……」


 遠慮なく殴る。


「誰が着るか」


 そうして広岡の腕の中からなんとか逃れた。振り向くと、広岡は痛みと戦っていた。


「うわー……。だいちゃん今日は一段とテンション高いね」


「馬鹿は祭りが好きだからな」


 顔を上げると、浴衣を着た灯センパイと拓磨がいた。その真ん中には二人に手を繋がれた真子がいて、幸せそうに笑っている。……あんな真子、久しぶりに見たのだ。


「なぁなぁ、あの三人の邪魔しちゃ悪いから二人でどっか行かね?」


 いつの間にか立ち直った広岡が、私にそう耳打ちした。


「一人で行くのだ」


「奢るよ?」


「行ってやってもいいのだ」


 腕を組んで胸を張った。広岡は盛大に吹き出して、「単純すぎ」とかなんとか言っている。


「それ絶対だからな!」


 何がそんなに嬉しかったのか。広岡はにこにこと笑って私の手をとった。広岡に手を引かれたまま神社内を歩くと、屋台がどこまでも並んでいた。


「こんなにあるのだ……?!」


「もしかして祭りとか初めて?」


 食べ物屋が多いなんて、そんなの困ってしまう。広岡の懐はどうでもいいけれど、屋台の食べ物のカロリー計算は難しいから制限しなければ。


「あれ、図星?」


「行くのだ広岡」


「さっきから無視が辛いんですけど……! ……ま、もういっか」


 諦めたならそれでいいのだ。いい匂いがどこからでもする中、一番最初に目に飛び込んできたのはわたあめだった。……あれは昔、一度だけ食べたことがある。でも、あれは子供の食べ物だ。大人は食べない。


「はいはいわたあめね」


「なっ?! ち、違うぞ広岡!」


 ぐいぐいと繋がれた手を引いて、広岡は私を屋台の側まで連れてくる。


「わたあめ二つください!」


 あああああ! 頼んでしまったのだ! バカ! 広岡のバカ!


「ありがとうございます! はい……って、なんで不貞腐れてんの?」


「不貞腐れてないのだ。それは広岡が食べるといいのだ」


 差し出されるわたあめを避けて、私は後ろに並んでいる人に場所をあける。


「いやいやいや、いくら俺でも二つはキツいって。俺を助ける為だと思って、なっ?」


「あ、余計にいらなくなったのだ」


 離れた手のおかげで早歩きする。けれど広岡は余裕でついてきて、「素直じゃないなぁ」とほざいた。


「いいから食べろって」


「もむっ?!」


 目の前に出現したわたあめに顔から突っ込んでしまった。べたべたしていて気持ち悪いけれど、口内に入ったわたあめは甘くて。


「……『もむ』?」


「繰り返すなバカ!」


 その原因を突き飛ばした。

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