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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
僕らを繋ぐ指輪
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第四話 消灯時間、過ぎた夜

 誕生日会が終わって、私たちはようやくメイド服を脱ぐことを許された。残った片づけは先輩たちがやると言って聞かないから、私と凜音りんねは渋々自分たちの部屋に戻る。


「……あれ」


 凜音が鞄から携帯を取り出して、画面を食い入るように見つめる。そして失敗した、そんな表情をした。


「ど、どうしたの?」


奏歌そうかからメールが来ていたんですよ。ロドリゲス先輩への伝言を任されてしまいました」


「あー……。ちょっとタイミング悪かったね」


「えぇ」


 消灯時間まであと少し。もう部屋から出たら駄目な時間帯だった。


「奏歌はなんて?」


「『時間があったらジョウの試合も見に行くから、もし会えたらよろしくって伝えてくれる?』と」


 凜音が敬語を使わずに、多分そのままの文章を読んだ。凜音が返信をしている間、私はふと、自分のスマホがないことに気がついた。

 焦って思い返すと、誕生日会をしていた星宮ほしみや先輩たちの部屋に忘れていたような気がする。


「凜音。私、星宮先輩たちの部屋にスマホ忘れてきたから取ってくるね!」


「もう消灯時間ですよ?」


「すぐそこだから大丈夫だよ!」


 けれど、なるべく音を立てずに扉を開いて私は廊下を駆け出した。一年の部屋を抜けて、二年の星宮先輩たちの部屋をノックする。

 すぐに開いた扉からあい先輩の方が顔を出した。


「愛先輩、あの……」


「これでしょ?」


 渡された物を見ると、確かに私のスマホだった。


「あ、ありがとうございます!」


「声大きいから。……まぁ、こっちもありがと。藍沢あいざわにもそう言っといて」


 そして愛先輩は扉を閉めた。私は一応頭を下げて、来た道を戻る。すると、途中にある階段から明かりが揺れた。


「……ッ!?」


 ぞわっと鳥肌が立つ。もしかして見回りをしている監督だろうか。懐中電灯を持って見回りをしている姿は、想像するだけで恐ろしい。

 逃げよう。真っ先にそう思ったけれど遅かった。懐中電灯が私の体を照らし、その人は息を呑む。


 私が怒鳴り声を覚悟したその時だった。


「――大丈夫、オレだよ」


 甘い、ロドリゲス先輩の囁き声がしたのは。


「ろ、ロドリゲス先輩……?」


 恐る恐る視線を向けると、ロドリゲス先輩は懐中電灯を私から逸らして唇に人差し指を当てた。

 ロドリゲス先輩は音を立てずに階段を上り、私の側まで来る。


「どうしてロドリゲス先輩が? ここは女子の……」


「実は男バスの方でキモダメシをやろうって話になって、今はその最中なんだ」


 互いに囁き声で会話をする。監督に見つかったらと思うドキドキと、ロドリゲス先輩との距離の近さに対するドキドキが重なって――今にも倒れそうだった。


「肝試し? もう消灯時間過ぎてますよ?」


 季節云々の前に私はそこを突っ込む。


「うん。だからキモダメシなんだってさ」


 ロドリゲス先輩は平然と答えて、私は口を半開きにした。

 男子ってなんてバカなんだろう。と同時に、ロドリゲス先輩が肝試しをする人だとは思えなくて――私はそれを尋ねた。


「オレだってこういうのはしてみたいからね」


 と、イタズラっぽく笑った。

 いつも年齢以上に大人びて見えて、たまに子供っぽいところがあるロドリゲス先輩。今私の目の前にいるロドリゲス先輩は、そのどちらも兼ね備えていた。


「あ、そういえば……」


 私は凜音に送られた奏歌の伝言を思い出した。私から言っても凜音から言っても伝言は変わらないだろうと思って。


「……奏歌が明日、時間があればロドリゲス先輩の試合を見に行くと言ってましたよ。もし会えたらよろしくだそうです」


「……ソウカが?」


「はい」


 ロドリゲス先輩が目を見開いてそう尋ねた。


「……あの、ロドリゲス先輩と奏歌はアメリカにいた頃の知り合いなんですか?」


 その辺りの人間関係がわからずに、ちょっぴり嫉妬する自分がいる。エマさん以上にモヤモヤもしてた。


「ん? あぁ、どうだろう。知り合いよりもシスターって言った方がしっくりくるかなぁ。今もジュンと同じ高校で仲良くやってるみたいだし。俺も久しぶりに会いたいよ」


「そ、そうなんですか!」


 会いたいってどういう意味だろう。そんなことを思いながら私は笑った。

 自分がこんな嫉妬深い人間だったなんて知らなかった。そんな自分が嫌で仕方がなかった。


「伝言ありがとう」


「……いえ」


 瞬間、ロドリゲス先輩が周囲に視線を走らせた。私の耳にも次第に足音が聞こえてくる。


「ッ!」


 ど、どうしよう!


 ロドリゲス先輩は廊下の曲がり角を見て、私の手を引きながら階段を上った。上階へと続く途中にあるスペースで足を止め、下階から死角になっている場所に引きずり込まれる。

 ロドリゲス先輩は静かに下階へと意識を向けるけれど、ロドリゲス先輩に押さえつけられた私は今にも倒れそうだった。カーテンといい、どうしてロドリゲス先輩は平然とこんなことができるんだろう。アメリカだとこれが普通なのだろうか。

 そんなことがどうでも良くなるくらい、目の前にあるロドリゲス先輩の首筋が色っぽかったり――じゃなくて!


 ロドリゲス先輩と目が合って、瞬間に先輩はフフッと楽しそうな笑みを浮かべた。

 あぁ、そっか。この人にとっての今この状況は、ただの胆試しなんだ。そう冷静に考えて、けれどドキドキしてしまう自分の頭はおめでたいと思ってしまった。





「……うぅ、眠い」


「昨日、就寝時間を大幅に過ぎて帰ってきたからでは?」


 反論できないことが悔しかった。


 私たちは今日、再びウィンターカップの会場へと足を運ぶ。対戦する試合校も減ってきて、今日から男バスと同じ会場になっていた。

 一緒に来た男バスの中にいるロドリゲス先輩は、眠そうな素振りをまったく見せていない。……そういうところ、本当に凄いなぁ。


「昨日何があったかは聞きませんよ」


「え、本当?」


 正直話しにくかったから、伝言を伝えたとだけ凜音には話していた。すると、凜音は小さく笑って肩を竦める。


「伝言を伝えたということは、そういうことでしょう?」


「ッ!?」


 びっくりして固まる私を凜音は再び笑って、先輩たちの方へと歩いていった。


「そういうことってどういうこと?! ぜ、全然ちが……」


「ジョウ!」


 よく通る声だったせいで、距離があっても聞こえてしまった。何気なくを装って振り向くと、やっぱりエマさんがロドリゲス先輩に話しかけていた。


「来てください!」


「え、今から?」


「Yes!」


 ずるずると引っ張られて行ったロドリゲス先輩は、一瞬女バスの方を見て――私と目を合わせた。


「あ」


 何も言えない。どうしよう、もしかしたらもしかするかもしれないのに。

 自分が情けなかった。情けなくて惨めだった。刹那、誰かに腕を引かれた。


「何してるんですか! 早く追いかけないと!」


 それは、凜音だった。


「そーだぞ! ガイジンなんかに負けんな!」


「それは偏見。でも、何もしないよりはマシ」


「行け! 後は我に任せろ!」


「さりげない厨二発言は止めてください」


 とんっ、とんっと背中を押されて私は蹌踉ける。振り向くと、みんなが親指を立てて笑っていた。


「時間はまだあります。躊躇ったら何も始まらないでしょう?」


「……そうだね。みんな、ありがとうございます!」


 私はエマさんとロドリゲス先輩が行ってしまった廊下へと走っていった。二人は案外早くに見つかって、私は突き当たりの廊下に身を潜める。


「ワタシ、ジョウが好きだって言ったですよね?」


 聞いたことのない、エマさんの怒った声だった。それに対してロドリゲス先輩は――


「言ってたね」


 ――悲しそうに言った。


「じゃあ、なんで何も言わないですか。嫌いなら言えばいいです」


 口元を手で覆う。ロドリゲス先輩の返事がなんであれ、聞きたくないと思ってしまった。


「嫌いじゃないよ」


「はっきり言ってください。ワタシ日本語苦手です」


 ロドリゲス先輩はしばらく黙った。その間になんとなく話が読めてくる。日本で二人が再会したのは昨日だから――これはアメリカの話なんだろう。

 アメリカでエマさんはロドリゲス先輩に告白して、ロドリゲス先輩は返事をせずに日本に留学して、エマさんが日本に留学して、再会して。エマさんの気持ちを考えると、彼女の言動は尊敬に値する。


「エマは家族として好きだよ。エマの言う恋人になりたいの好きじゃない」


「じゃあ……」


「ごめんね。……今までのことも」


 少しだけ顔を覗くと、ロドリゲス先輩は話は終わりだとでも言うように顔を逸らして――運悪く、私と目が合った。

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