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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
不安定電波
66/88

第四話 一心同体

「もう一本いったるでー!」


 ウチは吠えた。やっぱりゆいやんはすごい。小柄な体格を生かして、相手の注意が逸れた瞬間に中原なかはらセンパイのサポートに回るなんて。


「一本! 私たちも行くよ!」


 貝夏のメンバーは全員同じタイミングで返事をする。せやけど、流れはもう――


 ――パァンッ


 ――ウチらのモンや。


 最近では慣れてもうたが、ちぃやんは影が薄い。唯やんと一緒にマークを振り切って今まで隠れとったんや。

 みきサンが出した瞬間にカットされたボールは、中原なかはらセンパイが取る。


『出た! 〝東雲しののめの幻〟の《ペテン師》と《隠者》の十八番!』


『《暴君》に止められた時は終わったって思ったけど、まだ死んでねぇ!』


 観客の声援もウチらのモンや。ウチはもう一度舌で唇を舐めた。そうして勝てるところまで上り詰めた。





 ブザービーターが鳴る。


『第2Q終了! 45対39で、貝夏かいか高校が優勢!』


 ウチは放送を聞きながら、スコアボードを眺めとった。

 流れは掴めたはずやったのに、どんどんどんどん引き離されて――ウチらはゴミみたいに必死に粘るだけ。……なんや、これは。


「十分休憩、戻る」


 大津おおつセンパイに連れられて、ウチらは控え室へと戻る。途中で見えた豊崎とよさきの横断幕、《連帯責任》が胸に刺さった。


「なんなのよあれぇ!」


 唯やんが地団駄を踏みながらそう叫んだ。


「ゆ、唯ちゃん。落ち着いて……」


 意外にもちぃやんは穏やかな声やった。唯やんは唇をキツく噛み締めて、地団駄を止める。


「…………私は、茶野さの先輩に勝ちたいの。勝たなきゃいけないの。あの人は私とちぃちゃんにバスケをくれた人だから、今、勝ちたいの……」


 唯やんは、自分の思いを吐露してそのまま泣き崩れてしもうた。瞬間、鈍い音が唯やんからする。


「前にも言ったでしょ? 泣くのは早いって」


 中原センパイに殴られた唯やんは、後頭部を抑えて立ち上がった。充血した目が唯やんの本気度を示しとった。


「……私だって勝ちたいよ。茶野先輩……恩人を、越えたいよ」


 ちぃやんは肩を震わせた。豊崎の仲間はそんな二人になんの言葉もかけられんかった。レギュラーやない分、余計にかける言葉が見当たらなかったようや。


「みんなに聞いてほしいことがあるんやけど……」


 そうして、ウチは中崎なかさきセンパイとした約束を話した。この試合に勝てたら一週間だけつき合う、負けたらスッパリ諦めると。


「……私情で悪いとは思うてます。けど……」


「馬鹿」


「今年の一年はほんと馬鹿だね」


「…………」


 馬鹿にしとるわけやない。センパイたちは、ウチらのことを順番で見て。


「なら、なおさら勝たないとね」


 太陽のような笑顔を浮かべた。




『休憩終了です。これより後半、第3Qを始めます』


 貝夏もウチらも、前半と変わらんメンバーがコートに出る。ぴくっと茶野サンの眉が上がった。

 気づいたんやろな。ウチらの雰囲気に。モチベーションってやっぱ大事やわぁ。そんなものを必要としない豊崎男バスの強さは羨ましいっちゃあ羨ましいけど。


「ティップオフ、でしたっけ? 茶野サン」


 茶野サンは口角を上げただけやった。


「NonNon. Tip-offです」


「発音悪うてすみませんでしたぁ」


「むっ、日本語しゃべってください」


「……日本語なんやけどなぁ、一応」


「二人とも標準語の発音へたっぴだよね〜」


「なんで今だけ口挟むねん!」


 ウチはエマサンに視線を向ける。ウチと同じポジション。ウチのマークする相手。まぁ、似た者同士なんやろうけど今だけは叩き潰すって気持ちで向き合った。





 ……どんなに努力したって、スタメンになんかなれへん。


 そう思うてたウチは、高一になってスタメンになった。センパイたちには申し訳ないような気持ちもあったけれど、正直、喜びの方が強かった。

 唯やんとちぃやんのようにバスケを辞めよう思うた時期もある。せやからなおさら、期待に応えたかった。


 68対45。第4Qの大事な終盤戦。


 諦めへんなんて素で言えるほど、ウチは強くなかった。


「……ぅぐ!」


 ……なんでや。ウチは真知まちに誓ったんや。仲間に支えてもろうたんや。

 真知は足が悪くてもわざわざ東京まで来てくれたのに。仲間はみんな強いのに。弱くないのに。せやのになんで。


 ――ビー!


 それは、無情のタイムアップやった。


『試合終了! 勝ったのは貝夏ー!』


「……ぁ」


 負けた。そのたった三文字は言葉にでけへんかった。

 圧倒的な点数差で、観客はたいして沸きもせえへん。それさえも……。


「……整列」


 重い足を動かして歩く。大津センパイの顔が見れへんかった。……合わす顔がなかった。


「……茶野先輩……」


 酷い鼻声に、コートにおった全員が視線を向ける。


「ま、負けましたけど……私、先輩に出逢えて良かった。今日、試合できて良かった……です」


 茶野サンは穏やかな瞳をしとった。裏表激しすぎるて、この人。せやけどそれを偽りやとは思わんかった。


「ありがと、唯ちゃん。ちぃちゃんも」


 ちぃやんは黙って頷いた。声に出しとうなかったんやろうな。

 二人を見て、ほんまに負けたんやなと思う。脳裏を過ぎるのは中崎センパイやった。


 なんでウチ、あんな約束してもうたんやろ。滲む視界の中、横断幕の文字だけがやけにはっきりと見えた。


「聞いて」


 スタメンに。ベンチに。多分、観客席にいた部員にも。


「……なつめ?」


「今日、私たち……引退」


 パッツンの前髪が大津センパイの瞳を隠す。誰もが息を呑み、そして温かいものを流す。


「だから最後、横断幕、変える」


 大津センパイはウチを見て、今までで一番きれいな微笑みを浮かべた。


「《一心同体》」


 そうして紡がれた言葉は、《連帯責任》にはないモノを持っていた。


「なづめぇぇえぇー!」


 中原センパイが号泣しながら大津センパイに抱きつく。人望のある大津センパイの横断幕の変更に、意を唱えるヤツはおらんかった。


「あ、ゆ、唯ちゃん。あれ……」


 三年のセンパイたちが号泣しとる中、ちぃやんが慌てて唯やんに声をかける。


「あ……」


 ちぃやんの視線の先で、藍色の髪が揺れた。


「……凜音りんね!」


 〝東雲の幻〟の《策士》、藍沢あいざわ凜音は新たな仲間と共に観客席でウチらを見下ろしとった。


「……確か、次辺りの試合は常花じょうか月岡つきおかやなぁ」


 まぁ、もうウチらには関係ないんやけど。


「凜音ぇえー! 勝ってよねー!」


「唯やん、聞こえるわけないやろ」


 せやけど、藍沢凜音は親指を立てて笑っとった。





「当たり前です!」


 私は唯に向かって親指を立てる。これで自分の意思を伝えたつもりだった。

 豊崎と貝夏が退場して、コートの中は静かになる。


「行くぞ、凜音」


「……あ、はい」


「……あれ、凜音?」


 声のした方を見ると、見覚えのある少女がそこに立っていた。


「やっぱり凜音だー! 久しぶり!」


「そ、奏歌そうかっ?!」


 同じ中学出身の奏歌が笑顔で私を抱き締める。こういうところが帰国子女っぽいというか、なんというか。


「……なな々」


 そして、再会がもう一つ。


「あ……千恵ちえちゃん」


 〝四天王〟の二人は、顔を見合わせて固まった。南田みなみださんは〝四天王〟の裏切り者と呼ばれていた分、ぎくしゃくとした再会だったけれど。


「久しぶりだね」


「う、うん」


「バスケ、続けることにしたの?」


「……まだ公式試合はできないけど」


 千恵はなんて答えるのだろう。

 ラフプレーで有名な〝四天王〟とその裏切り者は、随分と仲が悪いという噂がされている。それは真実か否か。


「そっか。ちょっと残念だな」


 瞬間、びくっと南田さんの肩が上がった。


「そんなに怖がらないでよ。……私だって、半分逃げたようなものだし。もう誰も奈々のこと恨んでない。誤解は解けたんだから」


 〝四天王〟のラフプレーの真実。


 それは、主将であるほたるの執事――松岡まつおかさんが勝手に起こした悲劇だった。〝死の罠〟なんて呼ばれ、コートの外から相手選手を怪我させるバスケへの冒涜。千恵はそのことを言っているんでしょう。


「私ね、次に蛍のとこと試合するの。だから、見ててくれるかな?」


「え、い、いいの?」


「奈々に見届けてほしい」


「……千恵ちゃん」


 奈々は、真剣な表情で力強く頷いた。


「そこ、いつまで話してる! 我をどれほど待たせる気だ!」


「う」


「ぐっ?!」


 主将に引き摺られながら、奏歌たちの仲間と思われる人たちが集まってくるのを視界に入れた。

 かつて一人だった奏歌にも、南田さんにも、仲間と呼べる人たちができた事実が純粋に嬉しかった。

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