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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
不安定電波
63/88

第一話 謳歌せよ青春

 ……どんなに努力したって、スタメンになんかなれへん。


 それは、中二の全中の時に思い知ったことだった。スタメンの中には親友の真知まちがおって、彼女のことが羨ましくて、妬んで……ウチはウチを嫌った。その直後だった。


『あぁああっ!!』


 絶叫。世界が転覆したかのように心が荒れる。見ると、真知がコートに倒れて泣いていた。

 その側に立っていたのは、《死神》の通り名を持つ――銀之丞蛍ぎんのじょうほたるだった。


 ……なんでや?


 橙乃唯とうのゆい紺野こんのうさぎらにリベンジしようとしていたっちゅうのに、誰もコートに立っとらんくて。いたのは本物の《死神》や。

 真知はもう二度とバスケができない体になって、中学を卒業し上京する時、ウチは彼女にこう誓った。


 必ず《死神》を倒すと。真知が入院中できなかった〝青春〟を謳歌すると。


 それがウチの中学の人生だった。





 運命とは不思議なもんや。


「さーぶーいー!」


「唯ちゃん、カイロいるかな?」


「いる!」


 ウチは白い吐息を眺めながら、二人の会話に思わず笑った。

 中一の全中の時に惨敗して、リベンジをしようとした相手が――二人も同じチームであることが信じられへん。


 十二月の寒さのせいでぴょんぴょんと跳ねるザ・小動物たちは、ウチを見上げてこてんと小首を傾げた。


「……何よ。何がそんなに面白いの?」


 ハムスターのように頬を膨らます唯やんは、ちぃやんから貰ったカイロで温まっている。可愛ええなぁ。なのにバスケにおいては強者に分類されるんやから、恐ろしい。


「別になんも。四月のことを思い出してただけやし?」


「……四月? あの部活の話?」


 四月。バスケを辞めたくせに、高校に入ってバスケをしようとしていた二人をウチは詰った。詰って、拒絶した。


「せやで」


「もうあれから八ヶ月は経ったのよねー」


「しかもウィンターカップの真っ最中やし!? ウチ、自分らと今バスケできるなんて思ってへんかったもん!」


 唯やんもちぃやんも同意した時、ウチらは体育館に辿り着いた。冷えた空気の体育館も、これから熱くなるほどに練習せなあかん。

 ウチは今、中学の頃の誓いを実現しようとしていた。


「やったるでー!」


 その名も、〝青春〟や!

 ウチはボールを籠の中から取り出して、男バスの方へとドリブルする。

 〝青春〟と言っても一つやない。唯やんとちぃやんとの友情や、バスケ部。そして、忘れたらあかんのが――


中崎なかさきセンパイ!」


 ――恋愛や。


 中崎センパイはあからさまに「うげ」という表情を見せる。そしていつものことやけど逃げた。


「ねぇねぇ、中崎よりも俺のとこに来なよ〜」


 隣にいた高橋たかはしセンパイが両腕を広げてウチを待つが、ウチはその五歩手前で足を止めた。


「あ、もしかして照れてる? 可愛い〜」


 ニヤニヤと笑っている高橋センパイがふざけているのは知っている。


「ウチよりも唯やんとちぃやんの方が可愛ええです」


 ウチはため息混じりにそう言って、遠くに逃げた中崎センパイを目で追った。


「いやいや〜。確かに二人も可愛いけど、小暮こぐれちゃんには別の魅力が……」


「高橋先輩、人の彼女に目ぇつけないでください!」


 振り返ると、狼から彼女の身を守ろうと後ろからちぃやんを抱き締める黄田きだクンがおった。リア充爆発せぇへんかな。


「じゃ、そういうことなんでウチは行きます」


 ウチはもう一度ドリブルをして、唯やんたちのもとへと戻った。その頃には黄田クンは唯やんにぶちのめされていた。


「ちょっ、ユイユイ?! 俺一応顔が命なんだけど?!」


「だから何よ、私の前でいちゃつくな」


「え、えぇ……それって理不尽じゃないかなぁ?! そっちが遠距離恋愛だからってさぁ!」


「ウチからしたらどっちも大差あらへんわボケェ!」


 背の高い黄田クンをチョップする。黄田クンの彼女のちぃやんは、知らん振りをしておった。そういう点が黄田クンの彼女らしいけどな。


「えぇ〜? そっちだって中崎先輩にアタックしてるじゃ〜ん」


「……あれを見てアタックできとると思うんか自分」


 ウチが腕を組むと、黄田クンは急に焦り出した。唯やんもちぃやんも、なんとも言えない表情でウチを見とる。

 ウチが中崎先輩を好きになって、半年が経とうとしていた。


 学校にも慣れてきて、初めて見た男バスの中心にいてた中崎センパイ。しかも、いかにも〝青春〟をしていそうな雰囲気にウチは一目惚れしてしまったんや。


「質問なんやけど、自分らはどうやって相手にアタックしたん?」


 とりあえず彼氏持ちの唯やんとちぃやんに聞いてみる。なんでもええから経験者のアドバイスが欲しかった。


「……そんなこと聞かれてもわかんないわよ。私、告白されて次に会った時に返事をしただけなんだし」


 唯やんがちょっと照れくさそうに答える。


「…………う、えっと、私もそんな感じ……かな……?」


 彼氏が目の前にいるちぃやんは答えにくいのか、ちらちらと黄田クンを見ながらコミュ障を発揮してもうた。


「で? どうなん? 黄田クンは」


「え、俺?」


「どうなん?」


「うーん、とにかくウサミンに話しかけたかなぁ。ウサミンはよく泣いてたから、慰めてあげようと思っ……」


「泣いてないかな」


「……あれ? えっ?」


「ちぃちゃん泣かせるな!」


「なんの茶番やねん!」


 あかん、ついノリで突っ込んでしもうた。


「ちぃやん、真相は?」


「うぇぇぇえ!?」


「やめてあげて! ちぃちゃんが壊れちゃう!」


「そうだよウサミンは純粋なんだよ?!」


 唯やんと黄田クンが必死になって体中真っ赤なちぃやんを庇う。

 待ってや、ウチなんも悪いことしてへんやん。理不尽や。


「……まぁ、もうええわ」


 ウチはもう一度中崎センパイのことを探す。

 中崎センパイはステージで主将の伊澄いすみセンパイと話していた。高橋センパイを入れて考えてみても、やっぱり中崎センパイが一番やと思う。


「ほんとに中崎先輩が好きなんだねぇ〜。普通なら俺が伊澄先輩なのに」


「うっさいわボケェ。自分で言うなや、黄田クンも伊澄センパイも彼女持ちやし」


「なんかメイメイ最近暴言が増えてない? 当たりキツくない?」


「安心してええで。黄田クンだけやから」


「えっ、酷い!」


「黄田ー! さっさとこっち来ないと伊澄がぶっ殺すみたいな顔してるぞー!」


「あっちも酷い!」


「あれが正解だと思うけど?」


 黄田クンは、そう言いつつも走っていった。





 練習が終わって、ウチらは帰る準備をする。冬になれば日が暮れるのも早くなり、夜空には星が輝いてた。


「思うとったよりも寒ないなぁ」


「その代わりにすごい疲れたけどね」


 唯やんが嫌味っぽく言うて笑うた。唯やんの視線の先には、一緒に帰っとるちぃやんと黄田クンがおる。


「あー……ウチも中崎センパイに送ってほしいわー……」


「それは無理ね。中崎先輩は人が苦手みたいだし、あぁやってアピールしても逆効果じゃない?」


「それは……そうやけど」


 せやから、あんなあからさまに避けられるんやなぁ。中原なかはらセンパイや原田はらだセンパイから教えてもろうたけど。


「……けど、あぁでもせぇへんと中崎センパイはウチのこと見てくれへんやん」


 苦手だと知って、その上で遠くから見とるだけやなんて。ウチはそんなの絶対嫌やし、なんも起こらんやん。すると何故か唯やんが黙った。見下ろすと、呆然とウチを見つめとった。


「なんや?」


「え、いや……。意外と考えてるんだなと思って」


「意外ってなんや、意外って」


 ウチやって一応女やし。すると、遠くから声が聞こえてきた。


『中崎のこと、どうにかなんないの?』


『あれはすぐにどうにかなるものじゃないから無理だ』


『そうそう。カワイソウだけど諦めた方が絶対いいって』


『高橋、そんなこと言わない』


 昇降口には、三年のセンパイたちが並んで話をしていた。中崎センパイの話をしとるみたいやけど――なんでや?


『よーし、中崎。人馴れしてみよう』


 中原センパイが昇降口の奥の方を見て話しかけた。


『しない。人馴れってなんだ』


 すると、辛うじて中崎センパイのそんな声が聞こえてきた。


『もったいなくない? 中崎。あんな可愛らしい子を避けるなんて』


『お前と中崎とじゃ、小暮に対する反応が雲泥の差だな』


『まんざらでもないくせにぃー』


『…………』


 なんてことを話しながら、センパイたちはこっちに向かって歩いてくる。すると、大津おおつセンパイがウチに気づいて早足で歩いてきた。


「来て」


「え、ちょ」


「黙る。橙乃も」


「えっ」


 ウチらは襟首を引っ張られ、近くの茂みに隠される。混乱した頭のまま、すぐ側まで来ていた三人のセンパイに大津センパイが耳打ちしているのをずっと見ていた。


「遅い」


「お前らがそこにいるからだろ」


 大津センパイは知らん振りをして、遅れてした中崎センパイに対して腕を組む。


「そんなことよりも中崎。いい加減小暮をどうするか決めた方がよくね?」


「そうだよねぇ。まぁ、半年間ずっと逃げ続けてたのはすごいと思うけど」


「だよねぇ。ってか、ちょっと期待させてる感じするし」


「今、ここで、はっきり、言う」


 大津センパイの言葉でウチは気づいた。センパイたちは、ウチに対する中崎センパイの本音を聞き出そうとしてるんや。

 夜で視界が悪いことを利用して、さらにあの短い間でウチを茂みに隠す決断力。正直大津センパイのことは苦手やけど、そういうとこはほんまに尊敬する。この人がウチのチームの主将で良かったと、今、本気でそう思った。


「……別にどっちでもいい」


 掠れるような、ほんまに小さな声やった。


「ん?」


「つまり?」


「迷惑? 違う? どっち?」


「今は別に迷惑じゃない。まぁ、最初はかなり迷惑だったがな」


 中原センパイと大津センパイを避けながら、中崎センパイは正門へと向かう。思うとった通り「好き」やなんて言ってもらえへんかったけど、ウチはそれで幸せやった。


『最初はかなり迷惑だったがな』


 てことはつまり、ウチの日々の努力は無駄やなかったってことや。


「ちょっ……! 芽衣、あんた大丈夫?」


「……う、ぅ〜!」


 それだけでも嬉し涙が止まらへん。がさがさと音がして、顔を上げると大津センパイが茂みの奥からウチを見下ろしとった。


「良かったじゃん。あともう一押しだよ!」


「まぁ、あの中崎の反応は確かにそんな気がするけどな。諦めなくて良かったじゃないか」


「まぁ、中崎からフラれたら俺が……」


「高橋、折る」


 ぐぐぐ、と大津センパイが高橋センパイの手首を掴む手に力を入れた。


「えっ、折られる?!」


 けれど、大津センパイはあっさり手首を離した。そりゃ、部活とはいえバスケ選手の手首なんて簡単に傷つけてええもんやないしな。


「センパイ、おおきに」


 ウチは頭を下げる。センパイの心が、本当に本当に嬉しかった。


「別に」


 そう言って、みんな帰っていった。

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