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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
俯瞰少年と瞻仰少女
62/88

第二部 エピローグ

 床に落ちていた雑誌をマヒロは拾った。今が十一月だから、もうだいぶ前になる雑誌だ。


《――インターハイ優勝校。種島都樹たねしまとき、決勝戦と準決勝で謎の欠場》


 そう書かれている表紙を見て、マヒロは思わず鼻で笑った。

 欠場ではなくて、あの人はすべてを捨てて退部したのだ――と。その原因を作った人物の気配がして、振り返った。


「女バスの部室になんの用だ? 赤星あかほし


 赤星は、自分のことを睨んだマヒロに視線を止めた。


「あのさぁ、ウィンターカップのトーナメント表を見せてほしいんだけど」


「……女バスのを見てどうするんだ」


 マヒロの問いに、赤星は照れくさそうな笑顔を浮かべて「知り合いが大勢出場するからなぁ」とだけ答える。

 マヒロは無造作にその紙を投げた。赤星は動じもせずにその紙を受け取る。それがマヒロには腹立たしく思えた。


「知り合いはいたか?」


「まぁね。マヒロの知り合いは? いる?」


 マヒロは再び赤星を睨んだ。赤星は、自分を睨むことができる数少ない人物の一人であるマヒロを不思議そうに見据えている。

 マヒロの知り合いなんて、片手で数える程度しかいない。それを赤星がわかって言ったことに余計に腹が立った。


『次会うときは、敵だ』


『――その時は、全力で』


 かつて種島都樹と交わした〝約束〟のことを思い出す。

 磐見いわみ高校、その名がトーナメント表に載ることはなかった。


(……もう少しだけ、あんたとバスケがしたかった)


 マヒロは唇を噛み締める。


「……今年のウィンターカップは、つまらないな」


 そして心からの思いを吐き捨てた。

 どれだけ批判されてもいい。マヒロは、今だけでも自分に正直でありたかった。





 この青空を赤星も見ているのだろうか――ゆいは不意にそう思った。

 豊崎とよさき高校女バスの部室にある天窓から、唯が求めているそれは見える。


「唯ちゃん? ぼーっとしてどうしたの?」


 うさぎが愛らしそうに小首を傾げた。唯は微笑んで、「なんでもないよ」と答える。


「唯やんがボーッとしとるなんて珍しいやん」


 聞こえてきた関西弁に、唯は不貞腐れたように頬を膨らませた。


「悪かったわねぇ」


 体を解して椅子に座った瞬間、扉が開いた。

 部員全員が大きな紙を持っているあゆむへと視線を向ける。歩は今日も棒つきキャンディーを口に入れていた。


「ウィンターカップのトーナメント表が出たから、みんなで見るぞーっ!」


 その軽いノリに、後から部室に入ってきた主将のなつめが歩の後頭部を手刀で仕留めた。


「いっ……?!」


「歩、もう少し、緊張感」


 黒髪パッツンの髪の棗は、相変わらずの日本語で歩を黙らす。唯やうさぎ、それを見ていた芽衣めいたち他の部員までその光景を苦笑いで眺めていた。


「別にええやないですかぁ〜……みぎゃっ?!」


「緊、張、感」


「……ふ、ふぁい」


「…………」


 棗たちを横目に、歩がいそいそとトーナメント表を掲げ出す。唯とうさぎは、誰よりも真剣に表を見つめた。


「今度こそほたると戦いたいわね」


「うんっ!」


「せやな! 打倒、月岡つきおか高校ーっ!」


 盛り上がる一年三人組を、棗と歩は見守るように見つめていた。

 それは、これが最後の大会だと誰よりもわかっていたからだった。





「……へっくち!」


 蛍は久しぶりにくしゃみをした。普段だったら松岡まつおかが異常に気を遣うせいで、くしゃみなんて一つもしないのに。


「あれぇ?」


 おかしいな、と首を傾げた。それを見ていた夏希なつきは「誰かに噂されたんじゃない?」と口角を上げる。

 蛍は、松岡に聞かれてないかと慌てて周囲を見回した。その松岡はというと、年下の月森つきもりと口喧嘩していた。


 両者端正な顔立ちで、笑みを浮かべてはいるが目が笑っていない。それが余計に恐ろしい。


「にゃははっ! つきっちとまつっち、ウルトラこわーい!」


 れんは、八重歯を見せながら笑った。あれを笑いごとにする彼女のタフさは、ある意味長所だと夏希は思う。

 蛍は、松岡と月森の他者を寄せつけない静かな争いをヒヤヒヤしながら見守っていた。松岡が月岡高校女バスの監督になってから、男バスの主将である月森と衝突することが増えていた。


 それでも蛍には、心なしか二人が楽しそうにしているように見えていた。


「誰かあれ止めなよ。ってか、松岡早くトーナメント表見せろっての」


 松岡はトーナメント表を見せると言って、直後に月森に会ってしまった。会ったら最後、延々と互いを罵倒し合う。それに蛍の仲裁はあてにならなかった。

 蛍は育ての兄でもあり、執事でもあり、監督でもある松岡と恋人である月森を交互に見る。その時、松岡のスマホが鳴った。松岡は舌打ちをしてスマホを取り出す。


「……〝あいつ〟……」


 松岡は後頭部を掻いた。差出人は、松岡の高校の頃の後輩――沖田咲埜おきたさくやからだった。


《ウィンターカップで会いましょう》


 松岡は咲埜の気持ちに気づいていた。めんどくさい、もう一度舌打ちをする。

 素早く返信を打って月森を一瞥した後、蛍たちの下へと歩いていった。





 咲埜のスマホがメールを受信する。彼女はぱっと携帯を取り、高鳴る鼓動を抑えながらそれを読んだ。


《当たり前だろーが。バカ》


 くすっと思わず咲埜は笑った。どんな文であれ、返信が来た時点で嬉しい。舞い上がる咲埜を貝夏かいか高校の女バスレギュラー陣たちが眺めていた。


「……嬉しそうだね、沖田監督」


「きっと松岡さんからメールでも来たんだよ〜」


 くすくすと笑うあかりは、松岡と咲埜の恋物語を楽しんでいた。二人はインターハイ予選で再会した時から、こうしてまめに連絡している。


「……遅れた青春」


「まぁ、その松岡って人のおかげでゲームをしなくなったのは幸いなのだ」


 凪沙なぎさの台詞に、三年の三人はほぼほど同時に頷いてみせる。


「……ワタシも青春、したいです」


 むぅと頬を膨らますエマは、自分の金髪を触った。誰にも言ってはいなかったが、エマが日本に留学してきたのは青春をする為だった。


「エマは充分青春してると思うけどな」


奏歌そうかちゃんでしょ? 転校生だからよく知らないけど、りんちゃんやことちゃんと仲が良かったっけ」


 灯は目を細めた。奏歌は灯の中学の後輩である。

 エマはぶんぶんと首を横に振った。金髪が大きく広がっていく。


「……じゃあ何。恋?」


はる、いくらなんでもそれは……」


 こくんっ、とエマは頷いた。そんなことも知らないで、咲埜はスキップをしながらやって来る。

 全員が驚きで叫ぶ中、咲埜はトーナメント表を見せて張り切っていた。





じょう、何見てんの?」


「ん? あぁ、アメリカにいた頃の写真だよ」


「僕にも見せろよ!」


 譲は、星宮ほしみや双子に囲まれていた。その片割れ、ゆめに写真を奪われても譲は怒らない。


「金髪が一人……? あ、こいつ見たことある!」


「えっ?」


「……あぁ、貝夏のエマか。知り合いだったの?」


「そうだけど、エマを知ってるの?」


「つか、日本にいるじゃん」


「インターハイで見たから」


 譲は、知らなかったと言わんばかりに驚いていた。そして、写真へと視線を落とす。


「星宮双子ー! 我の元へ来い!」


「……はぁ。厨二に呼ばれてるから、行くね」


「うん、いってらっしゃい」


 譲は微笑み、嫌そうにそらの元へと歩く星宮双子を見送った。


「……星宮先輩たち、〝ロドリゲス先輩〟と仲が良いね」


「同じ二年生ですからね。あの二人と仲良くできるなんて、さすがアメリカからの帰国子女といいますか……」


 一年の二人は、空の隣で話をしていた。

 空は腕を組ながら、あいと夢のことを待つ。やって来た愛と夢は、背の低い空を見下ろした。


「ふっふっふ。貴様ら、これを見よっ!」


 空が取り出したのは、ウィンターカップのトーナメント表だった。四人はまじまじと表を見つめ、凜音りんねは目を見開く。

 シード権をもつ成清せいしん高校と常花じょうか高校が、同じブロックだったのだ。


「凜音!」


「えぇ!」


 同じ東雲しののめ中出身である二人は、成清に進学したかつての仲間を思い浮かべる。上手くいけば、インハイとは違って戦える。

 約束を守れる――二人はそう確信していた。





 琴梨ことりは部室でギターを弾いていた。ここは、軽音部ではなくバスケ部の部室である。《Blue bird》、それが琴梨のアーティスト名だった。


「ギター弾いてるとまた笹倉ささくら先輩に怒られるよ」


「琴梨のギター、私は好きだけどね」


 琴梨は顔を上げて、部室に入ってきた葉月はづき沙織さおりを見た。

 彼女たちとは同じ東雲中出身同じバスケ部ではあるが、琴梨の退部と入れ違いで入部したせいでチームは違う。


「時間を無駄にしたくないんだ、あたし」


 琴梨はにやっと笑みを浮かべた。

 中一の頃、がむしゃらにシュート練習をしていたのを今でもよく覚えている。当時琴梨は、文字通り時間を無駄にはしなかった。


「無駄って、ただの趣味でしょ」


 歌手なのは秘密だから――琴梨は苦笑いでそう答えた。


(バレたらまいちゃんに怒られるし)


 先輩のゆずよりも怒ると怖い舞は、琴梨のマネージャーだ。

 ばんっと部室の扉が開けられて、見るとそこには物凄い形相をする柚と微笑みを浮かべたかおるがいた。


 琴梨はギターを弾く手を止める。先輩が来ているのに、横でギターを弾けるほど常識知らずではない。


水樹みずき! ギターを持ち込み禁止にしてほしいのか!?」


「いいじゃん。弾いてるのは一人の時だけなんだし」


 次に姿を現したのは、監督の理緒りおだった。理緒は柚をデコピンし、琴梨に向かってウィンクをする。理緒は、舞の姉で琴梨の秘密を知っている人だった。

 柚は納得がいかない、という表情で主将の香に視線を移す。


「私も監督に賛成だよ。柚ちゃんは琴梨ちゃんに厳しいね」


 そう言う香に、柚は頬を膨らませた。柚が一年に厳しいのは、天才を嫌う努力型の典型的なタイプだからだ。


「ほら。せっかくトーナメント表を持ってきたんだから、早く見ましょ」


 理緒は一人で表を広げる。それだけで柚は、あっさりとすべてを忘れ去った。





 彩芽あやめは今日も《Blue bird》の曲を聞いていた。先月初めて聞いた時から、ファンになってしまったのだ。


「あーやーめー」


「ッ! よ、佳乃よしの……」


 彩芽はイヤホンを引き抜いた張本人、佳乃を見上げる。佳乃はむぅと頬を膨らませていた。


「もう。ほら、部室行くよ!」


「うん、わかった」


 二人が歩き始めると、後ろから誰かに抱きつかれる。見るまでもない。主将の都樹ときだ。


「だーれだ!」


「「都樹」」


「……お、惜しい」


「こら。どこが惜しいのよ」


 都樹はにへ、と笑って二人と一緒に歩き出す。そして、気まぐれな秋空を見上げた。


「そういえば、そろそろウィンターカップのトーナメント表が出る頃だね」


 きょとん、と二人はまばたきをする。彩芽も佳乃もウィンターカップに出てないから、知らないのだろう。


「……まぁ、そんな時期なの」


 都樹はそう纏めて、部室の扉を開いた。

 部室には既に、奏歌となな々、その姉で監督の七海ななみが揃っている。


「今年は公式試合には出られないけど、ウィンターカップには行くからね」


「それって偵察ですか?」


「そ。やっぱ生で見ないとね」


「な、生で……」


 ごくりと奈々が唾を飲み込んだ。


「あんたは人の目を気にするクセを直す」


 七海は奈々の頭をチョップして、奈々に気づかれないように微笑んだ。

 七海は引っ込み思案の妹が成長する姿を、一番近くで見られることが嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。


「優勝候補ってどこなんですか?」


「まぁまず、都樹がいた朱玲しゅれいかな。あそこの監督は私たちとは違って経験豊富だからね」


「そういえば、貝夏と月岡の監督は三千院さんぜんいん監督の教え子だって本人から聞いた気がする」


 都樹の発言の直後、沈黙が降りた。


「……どれも優勝候補の学校ですね」


「でも、若さは欠点なんかじゃない。時には強みにだってなるよ」


 それは、一年浪人している都樹ならではの台詞だった。


「なんにせよ楽しみだね! ウィンターカップ!」


 都樹は本当に、心の底から楽しそうに笑う。釣られて全員も引き攣ったような笑みを浮かべた。


 〝東雲の幻〟

 〝四天王〟

 〝五強〟


 彼女たちがもう一度、一つの場所に集まろうとしていた――。

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