第三話 磐見の欠片
ちょっとだけ米山で遊んだ後、弁当箱を持って部室へと向かう。そこには長机や椅子がたくさん置いてあり、その中央に種島都樹と今朝の少女――名瀬佳乃たちが座っていた。
「米山が勧誘してた奴って仁科だったのか?」
「そうそう。ほら、もっと中に入りなよ」
手招きする米山に向かって、恐る恐るついていく。名瀬が「あ」と声を漏らした。私は軽く会釈をした。
「っていうか、お前ら全員知り合いなの? 仁科さんのことどうして知って……」
「知り合いも何も、同じ中学でしょ?」
「えっ?」
「『えっ?』じゃねぇよ。俺、名瀬、お前、仁科、全員同じ中学だろ」
「うっそ!」
「嘘じゃねぇよ」
「俺と都樹は隣町の中学出身だからね〜。意外とうちの高校って近所から来てる人多い感じ?」
「そうだねぇ〜。奏歌ちゃんと奈々ちゃんは東雲だし、猫宮も東雲って言ってるし、世界は狭い狭い」
名瀬、小森、三峰や種島まで話し出す。仲良くなれそうだと思うのに、この空間はこれで完成しているような気がして私は頷くことしかできなかった。
「えぇ……知らなかった……」
「私も知らなかった」
「仁科もかよ!」
「似たもの同士みたいだね」
同中出身で話が合う。けれど、名瀬や小森のように笑うことはできなかった。
「そういえば、今朝練習見に来てたわよね? 俺、下から見てたんだけど」
「えっ?!」
すると、他の誰でもなく米山だけが声を上げた。
「……な、何? なんでそんな驚いてるの?」
「えっ、いや、まさか姉御が……いやでも姉御だから……?」
米山は、後半は何故かごにょごにょと誤魔化し始めたて三峰の方に視線を向ける。
「おーがー?」
そして、何故か種島が黒い笑みを作っていた。名瀬はちらっと小森の方を見て、小森は小森で名瀬と目を合わせている。
「都樹? どうしたの?」
「ううん、なんでもない! そうだよね、おーがだもんねぇ!」
茶番と惚気を一気に見たような気がする。私は米山に一歩だけ近づいて、さりげなく警戒の意を示した。
「ほら、話はもうここまででいいだろ! さっさと飯食べるそ!」
お腹が減ったのか、小森は箸を持って弁当を引き寄せる。
「うん、そうだね敦也。都樹、明日の話考えよう?」
「あ、そうそう。さすが佳乃、気が利くねぇ」
瞬時に種島に手を引っ張られて、何故か隣に座らされる。米山は一瞬何か言おうとしたけれど、私の目の前に座った。
「話ってなんの?」
迷惑でないのなら、このメンバーに少しでも近づきたい。思い切って聞いてみると、無視せずに彼女は答えてくれた。
「部活のこと。現時点では私が一応部長なんだけど……」
と言って種島は弁当の蓋を開ける。「……それでいい?」と聞かれても、反対するわけないのに。
「うん。……フォローくらいはする」
一応そうつけ足した。私に何ができるのかわからないけれど。
「ん、ありがと彩芽!」
種島は私の名前を呼び捨てで呼んで
「ねぇ、私と佳乃のことも呼び捨てでいいよ?」
「呼んでもいいけど、なんで種島が言うのよ」
「都樹は無駄を嫌うからね」
二人は互いを見て苦笑して、種島――都樹はわざとらしく笑った。
「じゃあ、副部長は……」
「佳乃」
「えっ?!」
「佳乃」
むしろ佳乃以外誰もいないのに、佳乃はぶんぶんと首を横に振って一体何がしたいのだろう。
「会計は私がやる」
「そ、そんな勝手に」
「はいっ! じゃあ、それで決定!」
「都樹ぃ!」
……勝手? 都樹のせいで最後まで聞けなかったけれど、そんな単語が佳乃から聞こえてきた。
不意に視線を感じて、視線をその方向へと向ける。すると、パックの中のお茶をじゅーっと飲んでいた米山と目が合った。明らかに不機嫌だった米山は、我に返ってストローを口から出す。
「……何」
声がため息混じりとなって出てくる。それとも、好きな人と目が合って喜ぶべきなのか。
「べ、別に」
むすっと米山がそっぽを向いた。だからなんなの。
「米山」
今度は米山が「何?」と言う番だった。他のメンバーは興味津々といった感じで私たちに目を向けている。
「はっきり言ってくれないとわからない。だから、言いたいことがあるならちゃんと言って」
唖然とする米山は、再び飲んでいたお茶のストローをぽろっと口から落としてしまった。対する私はこれからどうしていいのかわからなくって、何ひとつ動かせなかった。
「…………わかった。でも、今は言えない」
「うん」
辛うじてそれだけ答えられた。人間って難しい生き物だ。今だけそれがよくわかった。
*
翌日の放課後。女バスにあてがわれた部室で、私は一年に初めて会った。
「はじめまして、黒崎奏歌です」
「南田奈々です、はじめふすいひゃい!」
「大丈夫? 舌噛んじゃったの?」
「……ッ! ……ッ!」
こくこくと頷く奈々と彼女を慰める奏歌を見て、私は問いかけるような視線を都樹と佳乃に送る。
「本当に女バスの部員なの?」
実際口に出してしまった。
「ちょっと天然なんだよね、奈々は」
「人のこと言えないでしょ? 都樹は」
「そんなことないよ」
「そんなことある」
都樹が反論した瞬間、部室の扉が大きく開く。そこには明らかに高校生ではない茶髪の女性が立っていた。
「もー、みんな早く着替えてよね」
女性はそう言い残して、先に体育館へと向かっていった。
着替えてそんな彼女の後を追うと、いきなり女性の自己紹介が始まる。
「改めて自己紹介ね。私は南田七海、奈々の姉だけど私情はまったく挟まないからよろしく」
監督は、「覚悟しておいて?」と主に妹の奈々に言った。そのまま男バスの人へと視線を移す。
「それにしても、そっちの監督は大体不在ってそんなのアリなの? ねぇ、彼氏クン」
ぎくっと、なるべく監督の方を見ないようにしていたハーフっぽいの男子が両肩を上げた。心做しか冷や汗を掻いているような気がする。そうして、「……なんでこのヒトがカントクなんだよ」と何かに向かって怒っていた。
米山を見ると、また目が合った。またというのは、実はこの体育館に来てから何度も目が合ってるのだ。
もしかして米山って、私のこと――なんて思ってしまうほどに。
「ねぇ、予定通りハーフコートを使っていいのよね?」
「はい」
「ふふふ、なんだか楽しくなってきたじゃない」
にたぁと怪しい笑みを浮かべ、それに青ざめる奈々と「人選ミスったかも」と呟いた都樹のおかげで女バスは初っ端から波瀾万丈の幕開けをすることになった。