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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
君の隣
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第二話 ウィンターカップ

 ふぅ、と安堵の息を吐いた。

 お姉ちゃんに電話しようとしたら、間違えて緑川みどりかわさんにかけてしまったのだ。緑川と南田みなみだはややこしい。


「気を取り直して、ねっ?」


「……あ、ありがとう」


「え、今の七海ななみさんじゃなかったの?」


 きょとんと種島たねしま先輩が首を傾げた。彼女は怖いくらい三峰みつみね先輩に似ている。


「え、と、さっきなな々が『間違えてごめんね』って言いましたよね……?」


 けれど私たちは、小森こもり先輩みたいなキレのある突っ込みはできなかった。


「もう一回かけてみますね!」


 お姉ちゃんは大学生だから、きっと今頃は昼休みで暇なはずだ。私は慎重にスクロールし、お姉ちゃんの名前を押した。

 数回のコール音の後、弾けたお姉ちゃんの声が耳元から聞こえてきた。


『奈々? あんたから連絡来るなんて珍しいじゃない。どうしたの?』


「お姉ちゃん、最近暇だって言ってたよね?」


『まぁね。文系の大学生はニートの次に暇だと思う』


 そんなになのか。なら、好都合なのかな?


「あのね、えっと、その。お願いがあるんだけど、えっと……」


 なかなか言いたいことが切り出せなくて、遂には種島先輩にスマホを奪われてしまった。


「もしもし。私、妹さんの先輩の種島といいます」


 行動力がありすぎるけれど、逆にそれが頼もしい。それが種島都樹ときという先輩だった。


「いえ。こちらこそ、奈々さんにはお世話になってます」


 一体何を話しているんだろう。奏歌そうかちゃんを見ると、苦笑された。


「お願いというのは、七海さんに磐見いわみ高校女子バスケットボール部の監督をしていただきたいということなんです」


 淡々と用件を告げる種島先輩のしばしの沈黙。すると、じゃり、と後ろから足音が聞こえてきた。

 振り返ると、黒い髪を肩の辺りまで伸ばしている女子生徒がいた。紺色のセーターの袖をいじるのを止め、種島先輩の後ろ姿を見て驚いている。


「ありがとうございます。はい、はい、お願いします」


 そしてちょうど、種島先輩が通話を切った。種島先輩も振り返って、首を傾げる。

 その女子生徒は、次に私を見て唇を震わせていた。





 中庭の、私の目の前のベンチに座っている三人。その内の二人はバスケをしていたら誰でも知っている〝五強〟の種島さんと〝四天王〟の南田さんだった。


(種島って、〝五強〟の種島さんじゃない……それに、南田って……!)


 気のせいか、右足が疼いた。彼女は、私が右足を骨折する原因となった《死神》のかつての仲間の《悪魔》だった。


「あの、私たちに何か……?」


「あ、えっと……」


 口篭る。確かに私は、小森くんに教えてもらった通りに彼女たちを探していた。私の場合、嘘なんてすぐにバレるし――


「――小森くんから、女バスのことを聞いて……」


「本当にっ?!」


 ぱぁ、と種島さんの表情が輝いた。そして、勢いよく両手を握り締められる。


「来てくれてありがとう!」


「え、えっ?」


 何故か一気に距離を詰められて、否定する暇がなくなった。ぶんぶんと腕を上下に振られ、彼女の大歓迎を一人で受ける。

 三人の表情が想像以上に輝いているし、本当に断りきれなくなってきた……。


「よし、これであと一人! 監督も決まったことだし、私たち順調だね!」


「はいっ、そうですね!」


(……この子、まだバスケする気なんだ)


 南田さんを見てそう思った。私の右足は東雲しののめとの試合で骨折したのだけれど、あの時南田奈々は裏切って――いや、退部していて試合には出ていなかった。


 個人的な恨みはこの子にはないし、この子だってラフプレーが嫌で退部したはずだ。だからこの子は大丈夫。そんなことを考えて無理矢理納得しようとしていると


「目標は数ヵ月後の〝ウィンターカップ〟だね!」


 種島都樹がぶっ飛んだ発言をした。


「いや、不可能だからね?!」


 すると、「そんなことないよ」と真顔で返された。けれど、問題はそこじゃない。


「だから、ウィンターカップはインターハイから予選が始まってるんだって! 私たちはインターハイ出てないでしょ?!」


「え、そうなの?!」


「そうなの!」


「本当に?!」


 困惑する種島さんは、残りの二人に視線を向ける。二人は苦笑しているので、知っていたのだろう。


「凄いカッコいい突っ込みですね!」


「まるで三峰先輩と小森先輩を見ているようでした!」


「え?」


 それ、どういう意味だろう。口にする前に


「じゃあ、来年だね。公式試合」


 種島さんが少しだけ寂しそうに笑った。

 小森くんが転校生と言っていたし、転校前の学校でもうしばらくいたら良かったのに。


 私は、さっき〝私たち〟と口走っていたことにようやく気がついた。


「ところで名前は?」


「……あ、名瀬佳乃なせよしのです」


「そっか。よろしくね!」


「よろしくお願いします!」


 もう、引き返せない。乗りかかった船は危なっかしいから、私が頑張って引っ張らなければ――そう思った。





 放課後になって、私は思い切って小森くんに声をかけた。教室から出ていこうとした彼は、振り返って微笑みを浮かべる。

 私は昼休みから何度も何度も脳内で繰り返していた台詞を言った。


「あのね、実は女バスに入部することになったの。昼休みに考えとくって言っていきなりだけど……」


「本当か!? すげー喜んでただろ、種島」


「うん。すぐに握手された」


「あぁー、やりそうだな。あいつの馴れ馴れしさは三峰そっくりだし」


 二人並んで廊下を歩く。三峰と聞いて、私は南田さんが言っていた台詞を思い出した。


「――小森」


 刹那、小森くんと同じくらいに聞いたことのある声が聞こえてきた。彼女の声は、嫌というほどに覚えている声だった。

 振り返ると、私と対称的な髪型をした女子生徒がいた。黒髪の短髪。私とは違う。


仁科にしな


 仁科彩芽あやめとも同じ中学出身だけれど、話したことはまったくない。彼女は私に視線を移して、ずばりと名前を言い当てた。


「は、はじめまして?」


「はじめまして? まぁ、同中出身でも話したことはないしね」


 仁科さんは視線を落として自分で勝手に納得する。私は彼女に同意するように頷いた。

 仁科さんと話す機会なんて、小森くん以上にあり得ないと思っていたから――。


「なんの用だよ、仁科」


「今日の部活の話がしたいって、三峰が探してた。ほら、男バスってマネージャーが三人辞めて忙しくなったんでしょ?」


「あぁ、そうだな」


 親しそうに二人が話すのは、中学の頃から何も変わっていなかった。私は二人の姿を横目に、内心でため息をつく。


「二人はうちが大切に育てるからね」


 すると、仁科さんと同じ教室から種島さんが顔を出してきた。そして私を見て、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「アホか。うちの部から大事なマネ二人も抜いたんだからな? ちゃんとやるのは当然だろーが」


「まぁね〜。それと敦也あつや、この子もありがと」


 先ほどとは打って変わった少しだけ冷めたような雰囲気で、淡々と彼女は小森くんに言う。仁科さんはそんな彼女の態度を気にすることもなく


「あぁ、小森が紹介したのって名瀬なんだ」


 同じくらいの身長の私を見て、納得したように頷いた。


「……まぁ、バスケやってた奴って名瀬しか思いつかなかったからな」


 どくんっ、と心臓が跳ねて。黙っていた私は思わず口を開いていた。


「こ、小森くん、それって本当?」


 小森くんの瞳の中に私が映って、「あぁ。頑張ってたもんな」と笑う。その台詞はあの頃も私を見ていてくれた証のようで、すっごくすっごく嬉しかった。


「……ありがとう」


 嬉しくて涙が出そうになる。ドキドキが聞こえてしまいそうなほどにうるさい。


「じゃ、俺はそろそろ部活に行くな」


 小森くんは軽く手を上げて行ってしまった。その後ろを仁科さんが「三峰の居場所わかってるの?」とついていく。

 二人の後ろ姿を呆然と眺めて、些細なことで喜んでいた自分がなんだか馬鹿らしくなった頃


「ねぇ、これから寄り道してかない?」


「……寄り道?」


「私たちもっと話そうよ。私のことは都樹ときって呼んでいいし、佳乃って呼ぶからさ」


 柔らかくなった雰囲気で、都樹は微笑んだ。

 天然っぽくて、冷たくて、優しそうな都樹。しかも、本当は一つ上の先輩で――って、わけがわからない。


「うん。いいね、それ」


 恋で痛んだ心は友情で埋める。私は多分、ぎこちない笑顔を浮かべた。





 部員不足でまだ部活を始められない私たちは、駅周辺のカフェに入った。お手頃な値段が評判で高校生も多く利用するカフェは、ある程度の静けさを保っている。


「あと一人はどうするの?」


 席に座って尋ねたら、都樹は苦笑いをした。


聡司さとしが候補を見つけたらしいんだけど、断られたんだって。だからどうしよっかなぁって」


 話したことはあるけれど、米山よねやまくんはただのクラスメイトだった人だ。あんまり親しくはない。

 というか、今さらだけどなんで小森くんも含めて、女バスの部員を男バスが探しているんだろう。


「どうしよっかって……無計画にもほどがあるでしょ」


「でも、面白い子だからもうしばらく勧誘してみるとも言ってたよ」


「……頑張るね、米山くん」


 メニュー表を開いて、私は米山くんの努力が報われることを祈った。


「そうだねぇ〜」


「他人事か」


 私の突っ込みを華麗に無視して、都樹は「すみませ〜ん」と手を上げた。……今の都樹は天然キャラなんだなぁ。

 デザートを注文する都樹を横目に、今この時間にも部活をしている小森くんのことを想う。


「…………はぁ」


 無意識に出たため息に驚いて、慌てて口に手をやった。これは、世に言う〝恋煩い〟だろうか。


「――そんなに敦也のこと気になる?」


 都樹がそう尋ねたのは、その直後だった。


「えっ」


 一瞬の間があって。


「えぇっ?!」


 カフェに不釣り合いな悲鳴を上げてしまった。他の客がじろっと私のことを睨んで、思わず身を縮めてしまう。


「あ、やっぱり?」


 無邪気に笑って都樹は頬杖をついた。そんな仕種が私に都樹を年上だと再認識させて、顔を隠すように私は俯く。


「……どうして」


 都樹は恋愛感情には疎いと思っていたのだけれど、勘違いだったのだろうか。


「私、昔から〝他人の〟そういう感情はわかるんだよね」


 自嘲して、ちょうど運ばれてきたコーヒーに口をつけた。


「他人の、って……」


 私は口を閉ざして、紅茶に砂糖を入れた。カップを置いた都樹は、じっと私の手元を見つめている。


「いつから好きなの?」


「…………小三」


 つい答えてしまった。都樹は「じゃあ幼馴染み?」と首を傾げる。私は苦笑して首を横に振った。


「今まであまり話したことはなかったの」


「それでも好きなの? 一目惚れ?」


「ううん」


 紅茶のカップに口をつける。ほのかな紅茶の甘い香りが鼻腔を擽り、そして口内に広がった。


「……ちゃんと理由はあるよ」


 私は、自分より少し背の高い都樹を見上げた。

 一目惚れではないはずなんだけれど、それにしても早いスピードで私は恋に落ちていた。


 ……人が人を好きになる瞬間は、よくわからないけれど。

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