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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
君の隣
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第一話 夏祭りのお守り

 初めて人を好きになった、その感覚は。どこまでも愛おしくて、毎日がドキドキの連続だった。


 鈍い痛みが未だにある右足を庇いながら、体育館の中を覗く。そこでは片想いの相手が必死になって練習をしていた。


 貴方がいたからバスケを始めて。貴方がそうだったからシューターになって。だけど結局、大切な試合で私はなんの役にも立てず――得る物もなく、むしろ失ってばかりだった。

 せめて貴方だけは何者にも傷つれられないように。せめて貴方だけは笑ってバスケを続けられるように。


 ――私は願おう、いつまでも。


 そう思ったのは、中三の夏の日だった。





 時は過ぎ去って、二年後。私は近所の夏祭りに出かける為に浴衣を着ていた。今頃バスケ部はインターハイをやっているのだろうか。

 私の願いは小さいし、届かないかもしれないけれど。それでも、小森こもりくんたち男バスが優勝をしますように。七夕にも願いを込めた私は、髪を整えて家を出た。


 一緒に出かけてくれる友だちはいなくて、一人、屋台が並ぶ道の一番端でそれを眺める。明るい提灯が温かな色で夜を照らしてくれていた。


「すごいなぁ……」


 思わず感嘆の声を漏らす。人混みはあまり好きではないけれど、今日来た目的のあれを勝ち取る為ならば頑張ろう。

 そう思って一歩、かつて傷ついた足を踏み出した。


 甘い誘惑の匂いにも勝ち、奥へ奥へと進んでいく。それにつれて人も多くなって行くのだけれど、構うものか。もし仮に勝利の女神様がいるとして、今日くらい私に微笑んでくれてもいいんじゃないだろうか。

 もう完治した右足は楽に動く。けれど、あの日負った真の傷が癒えたわけではなかった。


 人が段々といなくなって、道の頭に来たのだと悟った。道の頭とは、つまり行き止まりである。ただの行き止まりではなくて、そこには神社が建っていた。

 けれど、やっぱりまばらではあるけれど人がいた。その内の一人に見覚えがあるのは気のせいだろうか。


「小森、くん……?」


 その人、小森敦也あつやくんは――ゆっくりと振り向いた。


「え、嘘……なんで……」


 無意識に口元を両手で覆う。小森くんは私のことを視界に入れて、小さく手を上げた。


「お、名瀬なせも来てたのかよ」


 小森くんが私を知っていてくれたことが、現時点では何よりも嬉しい。というのも、中学の頃はまったくと言っていいほどに私たちの間に会話がなかったからだ。


「……う、うん」


 なんで夏祭りに来ているの、という台詞を飲み込んだ。よくよく考えればわかることだ。多分、男バスはもう……。


「なんか俺たち、高校も同じなのになかなか話せてないよな」


「そうだね。クラス一緒だけど話す機会なんて全然ないし」


 なるべく平静を装って、内心では必死に会話を続けようと努力する。そして気づいてしまった。


 ――私はまだ、小森敦也くんのことが好きなのだと。


 叶わない恋をずっと胸に抱えていられるほど、私は一途ではないと悟った高一の春。

 同じ高校なのは素直に嬉しかったけれど、クラスは違う上に彼の隣には親しげな女の子が何人かいて。ちくりと胸が痛んだのと同時に、早々と諦めて蓋を閉ざしたのだった。小三の頃からの長い長い初恋だったのだけれど。


「改めて考えてみると、名瀬とは小三の頃からのつき合いなんだよな? 逆になんで今までまともな会話をしたことがないのか不思議なくらいだよ」


「えっ……?」


「ん? あれ、小三からだろ? まぁ昔のことだし覚えてねぇのかもだけど」


「あ、ううん、違う! 小森くんが覚えていたことに驚いただけだから!」


 慌てて誤解を解くと、小森くんに苦笑された。


「そりゃあ覚えてるだろ。俺の記憶力ナメんなよ?」


「ご、ごめん」


 けれど、そうか。覚えていてくれたのか。だったら肝心のあの日のことも覚えているのかな。

 聞く勇気は私にはないけれど、今はこうして、少しでも長く小森くんの隣で笑っていたい。


「……そういえば、小森くん一人?」


「おう。お前も?」


「うん、一人」


「……そっか」


 しばらくの間沈黙が流れた。これはもしかして、もしかするのか。


「「じゃあ」」


 二人の声が重なった。お互い虚を突かれて、思いっ切り笑い出す。


「一緒に行こうぜ」


 嘘みたいだった。昨日まで手の届かない距離にいたはずなのに。

 手を繋ぐことはなかったけれど、二人一緒に神社を後にした。





 帰路について、浮かれていたのも束の間。


「あっ……!」


 一気に血の気が引くのがわかった。小森くんとのデート? が楽しすぎて、忘れていたのだ。

 神社に行って、必ず買いたいと思っていた今日限定のお守り。そのお守りは少しうん臭いのだけれど、幸福のアイテムだそうで――持っているだけで恋や勝負に勝てるという噂だった。


 それを聞いて行ったのに、小森くんと会ってしまって結果オーライになったような気がする。……勝利の女神様は、少しだけ複雑らしい。


 また来年行こう。今度は、最初から小森くんと一緒がいいな。


 高二の夏は、そんな淡い思い出だけを私に残して過ぎ去っていった。





 二学期になって、再び距離が振り出しに戻ったような気がしていた頃。

 本当に不意に、小森くんが私に話しかけてきた。


「こっ、小森くんっ?!」


「あのさ、ちょっと今いいか?」


「うん、勿論!」


 椅子から立ち上がって、高鳴る胸を必死で押さえつけながらついていく。


「小森くんが私に用だなんて珍しいね」


 期待しないと言ったら嘘になる。どうしよう、私、たったこれだけでも幸せだ。


「まぁそうだな。で、早速本題なんだけど、お前中学の頃バスケ部だったよな?」


 知っててくれたんだ。


「うん、そうだよ」


 嬉しいな。


「今さ、種島たねしまっていう奴が女バス創ろうとしてるんだ。もし良かったら女バスに入ってくれないか?」


「え……」


 話ってなんだろう。期待してたけど、その話は思いもしなかったよ。


「いや、駄目なら無理にとは言わねぇし」


 小森くんは首を触って、そう言ってくれた。

 私は帰宅部だから、そういうのは問題ないのだけれど。


「……うん、少し、考えさせてくれる?」


 小森くんの願いなら、なんでも聞いてあげたい。けれど、本人が無理強いをしない優しい人だから、こんな微妙な気持ちで頷きたくない。

 きちんとした決意を持たないと、その種島さんにも失礼だろう。


「……うん、わかった。種島は隣のクラスの転校生だから、行けばすぐにわかると思う」


「うん」


 私は微笑んで、教室へと戻った。気持ちがモヤモヤする。けれど、小森くんとの会話のきっかけができたことは素直に嬉しかった。





《――インターハイ優勝校。種島都樹とき、決勝戦と準決勝で謎の欠場》


「何を見てるんですか?」


「今月のバスケ雑誌なのだ」


 雑誌をエマに渡すと、彼女は食い入るようにそれを見つめる。そういえばエマって日本語どれくらい読めるんだろう。


「タネシマ……?」


「トキって読むのだ。〝五強〟の一人で……」


 遮るように部室の扉が開かれた。主将のみき先輩があかり先輩を背負っていて、茎津くきつ先輩がそんな二人を押している。


「……何をしているのだ」


「えっ? う、うんと、ちょっとね……」


 苦笑いで答える幹先輩を、灯先輩が腕で締めつけていた。


「だーかーら! えいちゃんとはあれからどうなったの?!」


「痛い痛い痛い痛い!」


「……しおり。悪いけど、言わないと私、灯を止めないから」


「そんなぁ!」


 国島くにしま先輩が幹先輩に告白して約二ヶ月が経ったのは、女バスでは有名な話だった。


「とりあえず窒息しそうだから止めるのだ」


 すると、灯先輩がすんなりと幹先輩のことを離した。彼女は私の従兄の幼馴染みで、小さい頃からの顔馴染みだから遠慮はない。


「でもさ、そうやって二ヶ月もはぐらかさないでよ〜」


「……言わなきゃ駄目だから」


 幹先輩は顔を赤らめて、視線を斜め下に逸らす。告白されると公開処刑されるのが憐れだと思った。


「……つ、つき合ったよ」


「おぉ〜!」


 私を含めて全員が拍手を送る。幹先輩は話題を変えようとしたのか、エマが持っている雑誌を見た。その視線を灯先輩が追って。


「あぁ、都樹ちゃん?」


 完全な知り合いでもないのに、私の中学の先輩のことをそう呼んだ。





「まさかの欠場だもんねぇ〜」


 噂には聞いていたけれど、種島都樹は誰よりも勝利を欲していたはずだったのに。


「そうだよね、今年のインターハイはちょっといつもと違った気がする」


 栞ちゃんの言う通りだった。

 〝東雲しののめの幻〟と呼ばれたかつてのメンバーが全員揃っていた上に、ラフプレーで有名だった〝四天王〟の三人まで出場していたのだ。動揺が広がるのは必然だろう。


「……でも、ラフプレーはなかったし」


 そうなのだ。主にその元凶だったほたるちゃんとの試合で、私たちは誰一人として怪我人を出していない。


「…………それはいいことなのだ」


 みどりちゃんは同学年だから思うところがあるのだろう、険しい表情をしていた。すると不意に、スマホが鳴った。

 緑ちゃんが鞄を漁り、スマホを取り出す。


「――もしもし、なな々?」


 それは、例の〝四天王〟の最後の一人。唯一インターハイに出場しなかった、裏切り者の名前だった。


「ん? あぁ、大丈夫なのだ。……え? 奈々と奏歌そうかが? ……へぇ、うん」


 一切話し声を上げずに、私たちは固唾を飲んで彼女を見守る。


「――頑張って」


 そして通話はすぐに終わった。


「ナナはなんて言ってましたかっ?」


 上手くなった日本語で、エマが緑ちゃんに食いつく。緑ちゃんはしばらく考え込んで口を開いた。


「……バスケをやるらしいのだ。その、奏歌と種島先輩と一緒に」


 瞬間、入ってきた情報量が多すぎて、全員が沈黙した。


 バスケを、やる? 奈々ちゃんと、奏歌ちゃんと……あの噂の都樹ちゃんが?


「な、何をどうしたらそうなったんだろ……」


 接点が見えない三人の不思議な邂逅に、さすがの私も困惑した。

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