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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
時を越えて。
51/88

磐見高校女子バスケットボール部

種島都樹たねしまときです。兵庫からこっちに戻ってきました。よろしくお願いします」


 淡々と自己紹介をして、新しく用意された最後尾の窓際の席につく。つまり、俺の後ろの席だ。振り向くと、種島は俺を見て嬉しそうに座っていた。


『え、年上なの?』


『浪人したのよ。けど、多分都樹は敬語で喋られるのを嫌がると思うから――普段通りでお願いね』


「まさか同じクラスになるなんてなー。あ、俺は米山聡司よねやまさとし。都樹って呼んでいい?」


 俺なりの普段通りで話しかけると、都樹は微笑んで頷いた。なんだか夏休みの時よりも表情が柔らかくなったような気がする。


「私も聡司でいい?」


「勿論」


 姉御が言うには、中学の頃は友達がほとんどいなかったらしい。仲良くしてねって頼まれたけれど、それとは関係なく彼女とは友達になりたいと思っていた。


「よろしく」


「こちらこそ」


 俺たちは手を取り合い、教室の片隅で笑い合った。





 まさか、あの時皇牙おうがの頭を叩いた聡司と同じクラスになるとは思わなかった。皇牙とは別々のクラスだけれど、今は友人を大事にしたいと思う。これからも、できればいいのだけど。


 昼休みになって、何故か皇牙と――初めて出会った小森敦也こもりあつやが昼御飯を食べに私たちのクラスにやって来た。


「……なんでわざわざ来たんだよ」


 呆れと苛立ちを綯い交ぜにさせた表情で、聡司は二人の肩を叩く。


「ちげぇよ。こいつが無理矢理……」


「無理矢理じゃないわよ」


「無理矢理だったよな?! 襟首めちゃくちゃ引っ張りやがって!」


「そうかしら?」


 敦也と皇牙は、仲良さそうに見えなくもないやり取りを数分くらい続けていた。こんなに長々とやって飽きないのだろうか。こんな皇牙は見たことがない。


「……はぁ。まぁいっか。都樹もいいよな? 皇牙だし」


「うん。きっと大勢の方が楽しいよ」


 不意に、朱玲しゅれいにいた頃一六いちろたちと何度も何度も昼御飯を食べていた日々を思い出した。大勢の方が楽しいなんて、当時は思いもしなかったけれど。


 みんなの机をくっつけて、私と聡司は自席に、他の二人は近くの椅子に適当に座る。皇牙は私の真正面に座り、そこで初めて皇牙と一緒にご飯を食べることに気がついた。

 浪人してもしなくても、同じ学校なら可能だっただろう。けれど、同学年でというのが嬉しい。私は照れくさくて少し視線を逸らした。


「都樹は朱玲から来たんだよね? やっぱりバスケ部に入ってたの?」


「そう。勿論、磐見いわみでもバスケ部に入るから」


「えっ?」


「んん?」


 何故か、急にしんと静まり返った。呆気にとられているような、私が正気なのかと疑っているような、そんな表情が皇牙以外から見て取れる。


「……もしかして、男バスのことを言ってる?」


「ううん、女バス」


 すると、皇牙以外が大げさに頭を抱えた。皇牙は不思議そうに二人を見ている。それは私も同じだった。


「あのな、言っとくけどウチに女バスなんてねぇからな?」


 敦也のため息交じりの声が、私の鼓膜にきちんと届いた。


「……えっ、この学校女バスないの?」


「うっそ、そうなの?!」


「なんでお前も知らねぇんだよ!」


 敦也が皇牙に向かって吠えるように突っ込んだ。それにしても、女バスがないとはどういうことだろう。私はてっきり、男バスがあるから女バスもあるものだと思っていたのに。


「……都樹のちょっとだけ抜けてるところ、やっぱり姉御に似てるよな」


「……似なくていいだろそんなところ。こんな幼馴染みってねぇよ、めちゃくちゃ怖ぇよ……」


 聡司と敦也が疲れ切ったような表情を浮かべながら、私と皇牙を見比べた。


「……なんかこの会話、前にもしたことあるような気がする」


「ちょっと敦也! 都樹といつそんな話を……」


「種島とじゃねぇ! お前とだよ!」


「え、俺と?」


 皇牙は首を捻って、敦也は長い長いため息をついた。


「……そっか。女バスないんだ」


 彼らの反応を見て、ようやく実感が湧いてきた。私の呟きに対して一体何を思ったのか、聡司と敦也は曖昧に笑う。

 皇牙に視線を向けるけれど、皇牙の瞳はまったく揺らいでいなかった。


 決断力と行動力。


 私は、これを赤星あかほしから教わった。今思えば強運と秘められた才能に恵まれた後輩だったし、そんな彼から学んだことは絶対に間違いではない。


「――〝じゃあ、創らなきゃね。私たちの女バスを〟」


 その時、何故か敦也が目を見開いた。


「そう言うと思ったよ」


 聡司が呆れながらも笑顔を浮かべ、敦也はため息をつきながら頭を掻き、皇牙は満足げに頷いた。


「誰かバスケやってる子、知らない?」


 三人は考え込んで宙を見つめ、「あ」と全員で声を合わせた。互いの顔を見、浮かんだ人物が同一であることを視線で確かめてから代表で皇牙が口を開く。


奏歌そうかちゃんとなな々ちゃんがバスケをやってたわ」


「ふぅん。どんな感じの子?」


黒崎くろさき……奏歌はアメリカからの帰国子女で、本場仕込みらしい。しっかりしてて気が利く奴だよ」


 そんな夢みたいな素敵な子が実際にいるのか。気づけば私は身を乗り出していた。


南田みなみだ奈々は東雲しののめの女バス出身だ。自己主張はあまりないし、鈍いし、それとは別に変人だな」


 敦也は奈々ちゃんのことが嫌いなのだろうか。聡司と違っていいところがあまり出てこない。

 けれど、やっぱり肩書きとは不思議な力があって――東雲の女バス出身というだけでどんな人間であったとしても興味が湧いてきた。


「わかった、ありがとう」


 立ち上がった私を三人は不思議そうな視線で見つめる。それとは関係なく、敦也が鬱陶しそうに頬杖をついて


「まぁ、あの二人はうちの大事なマネージャーだからな。女バスにはやらねぇよ」


 そう、挑むように私を見上げた。


「確かに小森の言う通りだよなぁ。黒崎も南田もうちには欠かせない大事な仲間だし、三峰みつみねがマネージャー辞めて二人もいなくなったら猫宮こみや一人でこなすことになるだろうし」


 聡司が頷くけれど、皇牙はそれを否定したいのか眉を上げて


「けれど、二人は今じゅんくんにバスケを教わってるじゃない。本当はマネージャーじゃなくて、選手としてバスケをしたいんじゃないかしら」


 三人が議論をする中、私は黙って考えていた。

 選手だった二人。マネージャーになった二人。皇牙仕込みのマネージャーを二人も男バスから引っ張って、私がやりたいこと――。


「とにかく、これから誘ってくる」


 一期一会、先手必勝。私は主に敦也の静止を振り切って走った。


「おい待て、種島ぁ!」


 後ろから敦也が追ってくるのがわかる。階段を上る時に少しだけ見えたけれど、物凄い形相だ。

 その後を聡司だけが続いている。彼は私を止めるというより、敦也を止めようとしていることがすぐにわかった。


「待たない!」


 そう叫んだ。賑やかな昼休み、行き交う生徒と教師が注目する中で奇妙な〝おいかけっこ〟が始まる。

 しばらく廊下を走っていると、見覚えのある茶髪が遠くの方に現れた。あれは――夏休み中に知り合ったロドリゲスだ。


「ロドリゲス! 種島を止めろー!」


 私に離されず、かといって追いつきもしない敦也が叫んだ。茶髪はふわりと揺れて、振り返った彼の表情は私たちを見てすぐに引き攣る。見事、私はロドリゲスの胸の中に――私は、ロドリゲスの胸の中に飛び込む形に……?


 ――ゴッ


「センパイ!? ……つか、コミヤ?!」


 どうやら私は、間にいた背の低い少年――猫宮にぶつかったらしい。桃色の髪の彼と共に床に倒れ、私だけが起き上がる。その間に敦也と聡司に追いつかれた。


「大丈夫か猫宮!」


「種島さんは?!」


「……あぁ、平気」


 ぶつかっておいてあれだけれど、猫宮はいろんな意味で大丈夫だろうか。

 ようやく起き上がった猫宮は無表情だったけれど、見た目が予想以上にボロボロだった。


「……(なんか、)ごめん」


「い、いえ、大丈夫です」


 私より少し背が低い猫宮は、小動物のように縮こまりながらもそう答えた。一応安堵するけれど、私の危機がなくなったわけではない。


 ガシッと、私の右肩を敦也が。敦也の右肩を聡司が掴んだ。


「……何してるんだ? センパイたち」


 ロドリゲスは眉を顰めて私たちを見下ろす。……肩に置かれた手は退きそうにないし、仕方がないか。


「奏歌ちゃんと奈々ちゃんに伝言お願い」


 ロドリゲスと猫宮が同時に首を傾げた様は、何故だか可愛らしかった。





 艶のある黒髪と、柔らかな茶髪が風に揺れて。


「タネシマセンパイから伝言があるんだ」


 と言うと、ソウカとナナは無邪気にオレのことを見上げた。躊躇いは少しだけあるが、どうせ伝言だ。コミヤは頷いて先を促してくる。


「『一緒にバスケをやらないか?』」


 何を言われたのか理解できていない二人に、コミヤが間に入って補足する。


「あの時来た種島先輩が、女バスを創るらしいんです」


 先に反応したのは、思った通りソウカだった。


「じゃあ、〝断ってくる〟ね」


「えっ?」


 瞬間、コミヤだけではなく、オレとナナもそう漏らした。


「だって私は、男バスのマネだから。マネも仲間だから、そう簡単には辞めないよ」


「……じゃあ、奈々さんは?」


 コミヤはソウカに追及せず、ナナの意見も聞こうとする。ナナは、どう思っているのだろう。


「私……私には、選手としてコートに立つ資格なんて……ない、と思う」


 俯いて、ナナらしい返答をした。

 オレとコミヤは顔を見合わせる。この話を聞いた後に二人で話し合ったことだったが、結果は「二人の意見を優先させる」だった。……だけど、これで本当にいいのだろうか?


 オレたちはもう、バスケを楽しそうにプレイする二人のことを知っている。


 オレはソウカを、コミヤはナナを連れてそれぞれ帰った。

 なんで恋人同士じゃなかったかと言うと。それはオレがソウカのバスケのことを、コミヤがナナのバスケのことをよく知っているからだった。


 アメリカでのソウカのバスケは、華奢な体つきでは想像もできないほど豪快で大胆なものだった。モノクロに見えるソウカの世界は、その時だけは色がつくという錯覚に陥るらしい。


「今だから言うけど、オマエのバスケ結構好きだぜ。世界が輝いて見えるんだろ? けどな、端から見たらオマエも輝いてるんだよ」


 そんなところに惹かれてたっていうのは言えねぇけど。


「……それに、マネ辞めるイコール仲間辞めるじゃねぇだろ」


 ソウカは考え込むように視線を落とした。言いたいことは言った。後はソウカ次第だった。





 中学の頃の奈々さんのバスケは、少しだけ特殊だった。自信なさげに、器用で繊細なプレイをするその姿に尊敬さえした。

 僕はそのプレイに今でも称賛を送っている。彼女にしかできないそのプレイスタイルは、〝死の罠〟によって埋もれてしまったけれど――。


 そのことを告げると、「……ありがとう」とか細い声で礼を言われた。


「自分でも、自分勝手だと思います。けど、奈々さんが思っているほど人は怖くはありません! 奈々さんにその気があるのなら、もう一度、大きなコートで奈々さんの姿を見てみたいんです!」


 奈々さんは曖昧に笑って答えた。

 僕は奏歌さんの本気のバスケを知らない。それは、ロドリゲスくんが奈々さんの本気を知らないように。


「……私なりに頑張ってみるね」


 彼女はそう言い残した。





「他に誰かいないの?」


 ロドリゲスと猫宮に伝言を伝えた後、二人にだめ押しで聞いてみる。二人は数秒考え込んで、敦也が「……いる」とだけ呟いた。


「聡司。同中のあいつ、女バス出身だったよな?」


「……あいつって、もしかして名瀬なせさん? でも、名瀬さんって大丈夫なのか?」


「誰? っていうか、大丈夫って?」


 聡司は「都樹は気にしないで」と言っていたけれど、そう言われると余計に気になる。


「一応、俺から声をかけてみるよ。お前は他に必要なことをやっとけ」


「俺も探してみるよ。見つかったら誘ってみる」


 女バスのことなのに、二人は真剣だった。それくらい優しい性格をしているのだろう。わからないけれど


「――ありがとう」


 これだけは言えた。





 一週間の時が流れて、ようやく奏歌ちゃんと奈々ちゃんが話しかけてきてくれた。


「よろしくお願いします」


 奏歌ちゃんが頭を下げて、その意味を知る。


「私、たくさん悩みました。けどやっぱり、自分に嘘つくのが苦手なんです」


 奈々ちゃんは苦笑いをして、「入部希望します」と言った。


「二人とも……本当に、ありがとう」


 真剣に悩んで、出してくれた答えが素敵な未来に繋がるように。


「今は何もないけれど、これから増やしていける。私たちが原点なんだよ」


 言うと、二人が力強く頷いた。あと二人、そして監督。

 私たちはまだまだこれからだけど――きっと、やって行ける。そんな根拠のない自信が、恥ずかしいくらいに私にはあった。


 磐見高校女子バスケットボール部。――始動ッ!

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