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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
時を越えて。
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第五話 切り開く未来

 八月になって、私は再び東京に来た。ギリギリインターハイはまだやっていて、私はそれだけで安堵する。

 たいして中身のない荷物を《養護施設》の人名義で借りたアパートに置いて、私はある場所へと向かった。


 ある場所とは高校で、聞いた通り校舎はきれいだった。目的地の場所はわからなくても、よくも悪くも目立っている体育館の特定は早い。


「……あ、やってる」


 思わずそう声を漏らしてしまった。彼らの合宿と被らなくて、本当に良かったと思う。

 熱中症予防の為に開け放たれた扉から堂々と入ると、マネージャーであろう女の子が驚いて私を見た。


「ちょっ、誰ですか?!」


「こんにちは」


「いや、えっ、こんにちは?! みっ、三峰みつみねせんぱ……」


「あれ、なんでここにいるの?」


 視線を移すと、皇牙おうががボールを持ったまま不思議そうに首を傾げていた。


「皇牙!」


 皇牙は私が神戸に戻ったことを多分知らない。ここに来たのも、暇だったから来たという認識だろう。


「三峰先輩の知り合いですか?」


 女の子が眉を顰めて皇牙に聞いた。皇牙はなんて返すのか、少し緊張してしまう。


「紹介するわ、奏歌そうかちゃん。俺の幼馴染みの種島都樹たねしまときよ」


 ……確かにそうなんだけど。


「三峰先輩の? ……あぁ、なんか納得しました」


 奏歌ちゃんは私を上から下まで眺めて、やがて首を傾げる。


「もしかして、バスケやってます?」


「やってる」


 好奇心に負けてか他の部員も集まってきた。一部の人は、私のことをどこかで見たかのような表情をしている。


「あら、知らない? この子は〝五強〟の子よ」


 皇牙が私を指差して奏歌ちゃんに教えた。


「うそぉ!」


 一気に視線が集まり、耐えられなくなって皇牙を見上げる。


「あれ、もしかして教えたら不味かったかしら?」


 私は無言で首を横に振った。隠す必要はなかったし、その肩書きを今までも嫌っているというわけでもない。


「というか都樹、遊びに来たの? なら一緒に……」


「何言ってんだよ姉御!」


 瞬間、男の子が皇牙の頭を思いっ切り叩いた。


「な、何するのよ?!」


 皇牙と親しそうな男の子は眉間にしわを寄せていて、何故か皇牙を体育館から追い出す。当然、皇牙も私もわけがわからないという表情をしているのだろう。


「女の子がわざわざ来たんだから察してください!」


 鈍感な皇牙に無茶を言った桃色の髪が可愛い男の子は、私たちが体育館に上がらないように仁王立ちで立っていた。


「さ、察する?」


 案の定皇牙は戸惑っていた。


「一体どういう意味なの?」


「っえ? ち、違うんですか?」


 男の子は戸惑い、私について来るようにお願いしてくる。

 男の子に連れてこられた場所は、やっぱり体育館裏だった。というか、近くにある静かな場所ってここしかないと思う。


「一体なんの話?」


 男の子は眉を顰めて、言うべきか言わざるべきか悩んでいるようだった。


「用がないなら私……」


「あー! すみません! ごめんなさい! 話しますからぁ!」


 男の子に腕を掴まれて、渋々と向き直る。彼は咳払いをして、「勘違いだったら申し訳ないんですけど……」と前置きした。


「……もしかして先輩、三峰先輩のことが好きですか?」


 その時、欠けていたピースが埋まるような感覚に陥った。記憶の断片が次々と脳裏を過ぎっていって、一つの結論へと導き出してくれる。


「私……あ…………そっか……」


 口元を押さえて、崩れ落ちそうになるのを我慢する。男の子は、「やっぱりそうだったんですか」と、ちょっと憐れむような視線でそう言った。


「……やっぱり?」


 私が聞くと、男の子は私を指差す。言う前と今とじゃ態度が全然違っていた。


「だって先輩、三峰先輩の幼馴染みなんですよね? だから、気づいてないんじゃないかと思ったんです」


「要するに、私も皇牙と同じで鈍感ってこと?」


「そういうことですね」


 男の子に肯定されて、色々と思い当たる節が出てきた。一番わかりやすいのは中三の頃に友達が皇牙のことを好きになってしまった時だろうか。

 後輩のみどりちゃんに相談したけれど、結局友達が惚れやすい体質だとわかって……私は……。


「……私、皇牙のことが好きなんだ」


「てことは、告白をしに来たわけじゃないんですか?」


 私は無言で頷いた。今日来たのは、手続きの為だ。


「このままここにいても仕方ないか。戻って姉御に……」


「告白する」


 男の子の台詞を先読みして言うと、彼は驚いたように私を見た。


「た、確かにそうした方がいいと思うけど……凄い度胸ですね」


 どうやら男の子は戸惑っていたらしい。逆に私は苦笑していた。


「もう何年も片想いしてきたから。これ以上は待てないよ」


 きっと私は、出逢った時から皇牙のことが好きなんだ。ずっとずっと気づかなかったけれど、周りにはバレバレだったのかもしれない。


「……そうですね。だったら、早く行ってきてあげてくださいっ!」


 私は男の子の声で走り出した。気づいてしまったら、止められない気持ちを胸に。男の子とはこれからも仲良くやっていけそうだ。私は密かにそう思った。


「皇牙!」


 再び体育館へと戻り名前を呼ぶ。すると、さっきはいなかった女の子がもう一人いた。最初の一人は黒髪長髪で、一人は茶髪短髪である。

 二人は不思議そうに私を見て、次に皇牙の方へと視線を向いた。皇牙はいつもの笑顔で駆け寄ってきて、「どうしたの?」と尋ねてくる。


「話があるの」


「話?」


 皇牙は靴を履き替えて、先に歩き出した。磐見いわみ高校に詳しくない私は、黙ってその後をついていった。


「話って?」


 適当に近くを歩き体育館が遠ざかった頃、皇牙が改めて私に尋ねた。


「私がここに来た理由と、あともう一つ」


「遊びに来たんじゃないの?」


 驚いた表情で皇牙が振り返った。やっぱり、そう思われていたか。


「うん。実は私、転校するの」


「て、転校?! どこに転校するの?!」


 何故か皇牙は焦っていた。いや、困惑の方が強いだろう。


「どこって……」


「四国? それともまさか沖縄?!」


 ……どうしてそうなる。なんでわからないかな。私は長いため息をついて、そのつもりはなかったけれど皇牙を焦らした。


「ここ」


「ココ? ……えっ、どこ?」


 ちょっと待って。もっと言わなきゃわかんないの?


「〝磐見高校〟っ!」


 苛立ったまま、気持ちを皇牙に全部ぶつけた。皇牙はしばらく呆然として、「イワミ? ……イワミ……」なんて呟いている。


「うちに来るの!?」


「さっきからそう言ってるんだけど」


 皇牙の表情が、嬉しさ故か輝いた。その表情を見れただけでも幸せで、これからも見ていたいと思う。けれど、しばらくしてその表情は曇った。


「……でも、いいの? 親御さんのこととか……」


 何かと思えばそんなこと。私は精一杯に笑って、表情だけでも皇牙を安心させようと頑張った。


「いいの。いいの。だって親は、私を捨てたんだよ? なのに未練がましく、無理をして、バスケを嫌いになりかけるなんて、馬鹿みたい。逆に私から捨ててやるわ!」


 皇牙は、『バスケを嫌いになりかける』のところで目を見開いた。信じられない、とでも言いたげに。


「だから私、自分のやりたいように生きようって思った。皇牙、私はね。自らの手で未来を切り開くの!」


 もう、誰かの為みたいなのはやめる。


「私はそう決めた」


 皇牙は私の言葉を聞いて、優しく微笑んだ。


「凄いわね、都樹。ほんと、強くなったと思うよ」


「ありがと」


 今度は精一杯じゃなくて、普通に笑えた。


「それでね、皇牙。あともう一つの話なんだけど」


「ん? なぁに?」


 と、これから私が何を言うのかも予想しないで皇牙はキラキラとした瞳になる。磐見に来ようと思ったのは、朱玲しゅれいが嫌だからというわけではない。マヒロを含む仲間は好きだし、仲良くしてくれた一六いちろ俊介しゅんすけ雄平ゆうへいきょうのことも好きだ。ただ、朱玲は私には合わなかった。それだけだ。


 磐見の学校見学なんてしたことはないけれど、直感というか――皇牙がいるならいい学校なんだろうなって思った。そして。


『都樹!』


 この声が聞ける、一番近くで、バスケをしたかった。

 〝五強〟じゃなくなってようやく気づく。勝利よりも大事なものがあるって。そう、皇牙が教えてくれたんだ。


 皇牙が不安そうに私の名前を呼んだ。これ以上皇牙を待たせたらダメだよね。


「好きよ」


 皇牙はどんな表情をするのだろう。思ってすぐに、皇牙は首に手をやった。目は少し見開かれ、何かに気づいたような、そんな表情。

 私は男の子に同じ表情を見せたのだろうか。不意にそう思った。


「えぇ。俺も好きよ」


「今頃気づいた?」


 あえてそう言うと、皇牙はギクッと肩を震わせた。


「……なんでわかったの?」


「だって、私もそうだもん」


 すると皇牙は「誰かに言われたの?」と笑う。


「正解」


 お互いに通じ合えた、そんな感覚が擽ったくて私も笑った。


「そういえば都樹、ようやく言ったわね」


「言った? ……何を?」


「口癖よ、口癖」


「そんなの私にあるの?」


 知らなかった。いや、〝口癖〟だから無意識なのだろうけれど。


「『だって』と『だもん』。会ってしばらくは言ってなかったから、変わったんだなぁって思ってたけれど――違ったのね」


「……ッ!」


 いや、皇牙の言うことは合っている。実際私は、皇牙に再会するまでは冷めた性格をしていたのだと自覚していたのだから。


「……戻ったんだよ。時を越えて」


 皇牙は「え?」と不思議そうに首を傾げた。


「なんでもないっ」


 私は明るく言ってみた。


「何よ」


 皇牙は眉を下げて笑っている。


「皇牙」


「ん?」


 私は皇牙の耳元に口を寄せた。


 ――貴方に出逢えて、本当に良かった。

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