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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
時を越えて。
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第三話 一番になる星

 少しだけ時が流れた。

 朱玲しゅれい高校のバスケ部は、男女共にインターハイの出場が決定。私は出発前日に皇牙おうがと撮った写真を眺めて、懐かしさと寂しさを綯い交ぜにさせていた。


 神戸駅に来たのは三年ぶりくらいだろうか。今私は、かつて来た道を逆戻りしようとしている。

 皇牙に手紙を書こうかと迷って、結局書けなかった後悔が今頃押し寄せてきた。


「おっはよ!」


 そんな私の後悔を掻き消すように、明るい声が私を包み込む。


「おはよう」


 普段通りを装って、私は一六いちろに挨拶を返した。一六は何も気づかずに笑い、俊介しゅんすけ雄平ゆうへいを見つけて手を振った。


「大声出すなよ恥ずかしい」


 ぶつぶつと文句を言う俊介。雄平は隣で大あくびをしている。デリカシーのない雄平は、大きな肩を回して通行人に嫌がられていた。


「二人共、おはよう」


「おうよ」


「おはよう、都樹とき


 一通り挨拶をしたら他愛もない雑談が始まる。話題は必然的に、インターハイ前の自由時間になった。過剰練習は良くないということでそうなったらしい。


「都樹はどこか行くのか?」


「え、私?」


 一六と俊介も、興味津々という表情で私の言葉を待った。特に隠す理由もないから、私は素直に言う。


「……皇牙に会いに行く、かな」


 なんとなく彼らの表情が見れず、線路に視線を落とした。「へぇ」と一六が。「あいつに?」と俊介が相槌を打った。


 ――男バスの〝五強〟は、女バスの〝五強〟と違って少しだけ交流がある。


 月森詩弦つきもりしづる小松こまつ一六。坂牧さかまき俊介。依澄侑李いすみゆうり。そして――三峰みつみね皇牙。


「そういえば幼馴染みだったな」


 俊介だけはまともな返し方で話題を繋ぎ止める。


「うん」


 そっと胸の辺りに手を置いて、自分の〝音〟を聞いた。

 コートに立てなくなったことを教えてくれなかった文句を言いたくて。だけど同時に、気まずさがあるのも事実で。それでも普段より早い鼓動は、皇牙に会えることを楽しみにしている証拠だと思った。


 新幹線がホームに入ってきて、私たちは一気に乗り込んだ。どうやら一車両丸々貸し切りらしく、席は自由だったので私たち四人は席を回して適当に座る。


『え、朱玲?』


 動揺していることがよくわかる声だった。相変わらず人気のない放課後の教室で、私は皇牙にだけ希望する進学先を教える。


『だってあそこ、すっごい強いんだよ?』


『それは知っているけれど、でも、朱玲って……』


『うん。神戸』


 その時、確かに皇牙は絶句した。信じられないとでも言いたげに、何度か口を動かしていた。


『……本気なの?』


 結局口にしたのは、〝信じられない〟と大差ない台詞だった。


『私は勝ちたいの。皇牙だって知ってるでしょ?』


『そんなの、こっちでもできるでしょ』


『駄目。確実じゃないと私、不安で死んじゃう』


 はっきりと言い切った私に、皇牙は何を思ったのだろう。彼は酷く悲しそうな表情で私だけをその瞳に映していた。


『……もう帰ろ?』


 私は、皇牙のそんな表情が見たいんじゃない。理解して、笑って見送ってほしかったのだ。


『……え、うん』


 皇牙は鞄を持って私が先に出るのを待つ。二人並んで歩いたけれど、張り詰めた空気はしばらく元には戻らないだろう。


『あ』


 外に出ると、時雨が地面を濡らしていた。皇牙は無言で折りたたみ傘を取り出して、私を見下ろす。


『持ってないの?』


『持ってない』


 ぐいっと腕を引かれたと思ったら、私は皇牙と同じ傘の中に入っていた。


『もっとこっち来ないと濡れるわよ』


『…………ん』


 俗に言う相合い傘をしながら、私たちは一歩踏み出した。時々触れる肩が張り詰めた空気を消し去っていった。


『……俺はさ、都樹の気持ちがわかる気がするの』


 不意に皇牙がそう言って、私を驚かせた。


『そりゃ俺だって勝ちたいもの』


『ならなんで』


『けど、勝利よりも大事なものってあるでしょう?』


 私を見た皇牙の目は、やっぱり悲しそうだった。


『ないよ』


 私の即答で、その瞳は曇る。皇牙への罪悪感はあるけれど、私にだって譲れないものくらいある。


『私はね、バスケで一番にならなくちゃいけないの』


 その、理由は――。


「なぁなぁ、見て見て!」


 はしゃぐ一六の声で目を覚ます。俊介と雄平と同時に一六が指差す方を見て、私たちは息を漏らした。


「虹!」


 一六の言う通り、遠くの方で虹がかかっていた。夢の中で見たあの時の記憶に虹がかかった覚えはないけれど、今日がその夢の続きのような気がしていた。


「……きれい」


 その言葉に、三人は目を見開いて私を見た。


「何」


 特に変わったことは言っていないのに、その反応はなんなのだろう。呆気にとられた三人の変わりに、後ろから


「お前はクーデレだからな」


 と、きょうから声がかかった。


「……京、クーデレ女子が三次元にいると本気で思ってるの?」


「俺は間違ってないと思いますよ!」


赤星あかほしまで?!」


 たまたま通りかかった赤星が、そう言い残して姿を消す。そしてそれに納得する奴らに腹が立った。


「なるほどー! かけい先輩よくわかってんなー!」


「クーデレって可愛いよな。ギャップ萌えってヤツ?」


「クーデレってなんだよ」


 どうやら雄平だけはわかってないようでほっとしたけれど


「クーデレというのは……」


 通路を挟んだ向こう側に座っていたマヒロが平然と口を開いて解説をし始めた。


「マヒロストップ!」


 隣の俊介を押し退けて、マヒロの口を無理矢理塞ぐ。


「あ、照れた」


 一六のそんな台詞のおかげで、恥ずかしくて死にそうになった。





 東京駅に着くと、神戸とは違う暑さが私を待ち受けていた。東京は初めてだと言うマヒロは平静を装っているように見えるけれど、目が忙しなく動いている。

 私たちはこれからホテルに行ってすぐに自由時間となるのだけれど、私は皇牙の居場所がわからなかった。お姉さんにはどうしても頼りたくなくて、ホテルに荷物を置いた後はしばらく途方に暮れていた。


「何をしているんですか?」


 ホテルのロビーにいると、赤星が話しかけてきた。


「……自分でもよくわからない」


「会いに行くって言ってたじゃないですか」


「どこにいるのかわからないの」


 すると、赤星が笑いを堪える。時折きれいな唇から声が漏れた。


「……笑うなんて失礼なんだけど?」


「す、すみません! まさか無計画だとは思わなくて……!」


「馬鹿にしてる?」


 赤星は「まさか」と言って首を横に振った。


「赤星は彼女に会いに行くんでしょ?」


「えっ、わかります? 実はそうなんですよね〜!」


 私は言葉の代わりに唇を尖らせた。赤星は軽く手を上げて


「じゃあ、二人の特別な場所に行ったらどうですか?」


 と、提案した。


「えっ?」


 いきなりのことで、咄嗟に頭が働かない。赤星はその特徴的な目を私に向けて、口を開いた。


「賭けですよ、賭け! とりあえずここにいるよりかはマシかなぁって」


「そう、だけど……でも……」


「先輩は前に、俺たちが羨ましいって言ってたでしょ?」


「言ったけど、だから何」


「俺は先輩に、俺らには行動力があるって言いました」


 口を閉ざして、もうわかったですよねという表情をする赤星。確かに、これでわからなかったら文学少女の恥だ。


「……ありがとう」


 ようやく、私は一歩前へ足を踏み出すことに成功した。





 検査入院から退院した俺は、近所を走っていた。近々行われる合宿に備えて失った体力を取り戻そうとしていたのだけれど、途中で通りかかった《養護施設》から子供の無邪気な笑い声が聞こえて思わず足を止めてしまった。あの頃は高く感じたその塀も、今となってはないに等しい。


 あの日、この庭で俺たちは出逢って。続くと信じた未来はなく、離れ離れになってしまって。ため息が出そうになるのを堪え、再び走った。

 行き先は特に決めていなかったけれど、今決まった。――〝あの場所〟に行こう。甘ったるい感情を胸に、炎天下、幼馴染みを想っていた。

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