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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
時を越えて。
46/88

第一話 手紙

 ドリブルの振動がバッシュを通して体に響く。ボールがリングを潜る音も、それで湧く歓声も、仲間とのハイタッチも、私は全部好きだった。


 ――ビー


 機械が試合終了を告げる。スコアは見るまでもなく、私たちの圧勝だった。……あぁ、いつからだろう。


『整列!』


『ありがとうございました!』


 バスケが楽しくないって思い始めたのは。





 私は幼い頃両親に捨てられて、《養護施設》に引き取られた。そのまま問題なく人生が進むかと思いきや、高校受験に失敗して浪人。

 就職をする気はまったくなかったから、先に施設を出ていた姉のような人のもとで一年を過ごした。


 そして昨年、無事に朱玲しゅれい高校へと進学した私に待ち受けていたのは、あいつらとの出逢いだった。


「なぁなぁ、何読んでんの?」


 大きな瞳を輝かせて私の読む本の表紙を見ようとするのは、小松一六こまついちろ。同じ〝五強〟で私の一個下の後輩だったけれど、浪人の私にとっては同級生となった奴らの一人。


「『妹が現在進行形でヤバい』」


「……へ?」


 表紙を見せてやると、一六はまじまじとそれを見つめた。


「それ、面白いの?」


「タイトルはクソだなぁって思うけど、文は読みやすいし登場人物にも共感できてオススメかなぁ」


「へぇー」


 一六はそれ以上追及しなかった。同じクラスの〝五強〟はもう一人いて


「お前、まーたそんなの読んでるのかよ」


 ひょいと顔を出したのは、坂牧俊介さかまきしゅんすけ。これも一六と同様に浪人の私にも分け隔てなく接してくれる貴重な同級生だ。


「好きなんだからいいじゃない」


「ま、否定はしないけどな」


 俊介はウィンクをして言った。一六は表情を強ばらせて、助けを求めるような視線で俊介を見上げていた。

 バスケの次に私が好きなのは読書である。ラノベは勿論、本ならなんでも好き。それは施設暮らしもあってかなかなか友達ができなかった故の逃げであった。そして、一昨年お世話になったお姉さんの趣味でもあった。


「小松ぅー、坂牧ぃー」


 教室の外から、他クラスで彼らと同じ男バスの葉狩雄平はがりゆうへいが二人を呼んだ。雄平が二人を呼ぶ時は大抵部活の話をする時だ。

 一年の赤星あかほしって子のミーティングにつき合っているのかなんなのか知らないけれど、それに応じている三人は素晴らしく優しい。廊下に出る二人を見もせずに活字に視線を落とすと、今度は私が名前を呼ばれた。なんだか騒がしい昼休みだ。


「何?」


 呼んだのは、雄平と同じように部活の話をしに来た一年生だった。


「急なんだけど、今日の放課後にインターハイ予選のミーティングをするから講義室に来て」


 この敬語を知らない三千院さんぜんいんマヒロは、私を一切見ずに告げてさっさと戻っていった。あれで監督の娘。そして実力だけで主将になるような子なのだから、相当今後を期待されている。

 マヒロはその背中を向けたまま、階段付近で姿を眩ませた。


「おい、種島たねしまも来るか?」


「来るって?」


 雄平に肩を組まれたまま問い返す。


「屋上だ、屋上」


 不敵に笑う雄平の後ろに視線を向けると、やっぱり一六と俊介も行くようだった。





 雄平がしに来た話は部活ではなく、気が向いたからと言って私たちを昼御飯に誘う為だった。この三人を視界に入れると、〝あいつ〟の存在を強く感じる。……まぁ、気のせいなんだけど。


「なぁなぁ、この四人で食べるのって初めてじゃね?」


 声を弾ませる一六に、俊介は「そうだな」と弁当箱を持ち上げて、雄平は幸せそうにご飯を頬張る。


「なんだか食欲失せたかも」


「えぇっ?! なんで都樹ときちゃん!」


「この男子高校生の雰囲気に馴れない」


「男嫌いじゃないくせに何言ってんだよ」


「性別が違うんだから慣れないのは仕方ないでしょ」


 一通りのやり取りを終えると、雄平が米粒を飛ばしながら笑う。多分これが一番の原因だ。


「お前ってほんと馬鹿正直だなぁ!」


 私が立ち上がったのを見て、流石に少し慌てたけれど。


「便所」


「……そこはお手洗いって言いなよ」


 俊介の突っ込みを無視して、私は階段の方へと歩いた。その階段付近の、ちょうど私たちの場所から死角になるところに筧京かけいきょうがいた。


「……なんだよ」


「京じゃん」


「……敬語を使え」


「同い年じゃん」


 そう言うと、京は顔を歪めて「浪人のくせに」と呟いた。ここがあの三人と違うところだ。


「何読んでるの?」


「『妹が現在進行形でヤバい』」


 こういう話題を振ると、なんだかんだで返してくれるのが律儀なのかなんなのか。


「それ私も読んでる!」


「まっ、マジかよ!」


「うん、特に最終巻が無茶苦茶で面白いよね!」


 そして、こういう話題だけがお互いに盛り上がれる話題だった。


「あぁ、普通の妹だった末っ子が性転換した三女と主人公の絡みで腐女子だと判明したシーンは良かったな!」


「そうそう! ツンデレの長女とヤンデレの次女の主人公取り合い合戦とかね!」


 京とは趣味がよく合うから、浪人しなければと後悔した日もある。けれど、いつも脳裏に過ぎるのは〝あいつ〟だった。


「じゃ、私便所に行くから」


「お前本当に女か?」


 京の疑問を無視して扉を開ける。降りる階段の途中で思い出していたのは、どれも〝あいつ〟――三峰皇牙みつみねおうがのことばかりだった。……皇牙とは幼馴染みみたいなもので、施設の庭で一人遊んでいた私に門の外から声をかけてくれたのが皇牙だった。


『何してるの?』


 その一言が、すべての始まりだった。




 小学校低学年の頃に出逢った皇牙は、一つ年下の男の子だった。私が中学を卒業して兵庫で暮らし、高校を進学して少しするまでの間ずっと手紙のやり取りをしていた相手。


『……皇牙って変だよね』


 そう本人に言ったのは、私が中一の時。皇牙は眉を下げて困惑して、それが妙におかしくって私は笑った。


『だって私と友達だから』


 施設の子供たちとは別の、と心の中でつけ足す。彼らは他にも友達がいたけれど、私には皇牙しかいなくて。おまけに一番心を許しているのも皇牙だけだった。


『全然変じゃないでしょ、それ』


 あぁ、焦った。そう言うような表情で安堵する皇牙だったけど、当時の私は本気だった。……いや、きっと今もだろう。

 私は、近所の公園のブランコで小さく笑っていた。


『……まぁ、皇牙が変なのはそれだけじゃないけど』


『え?』


 自覚なしだとは思っていた。そのことが〝私は皇牙を理解している〟ような気持ちにさせて、心が弾んだ。


『なぁ、俺ってそんなに変?』


 声変わりしていない高い声が、私の心とは逆に不安を含んでいた。


『そーゆーとこっ』


 今よりもだいぶ明るくて無邪気な私だったけれど、今度はにかっと笑った。今思えば、それは皇牙の影響だろう。彼が隣にいない今は、もうそんな私はいないけれど。

 その代わりに、偶然か必然か同じ〝五強〟が二人もいるわけで。初夏の暑さで汗ばんだシャツを摘みながら、熱気がこもった便所に足を踏み入れた。





 スクリーンに映った映像は、やはり次の対戦校だった。心のどこかで〝見なくてもいいのに〟と思う自分がいる。


 ――だって、見なくても勝てるから。


 かつて〝五強〟だった私が望んでいたのが、こんなにも虚しいことだなんて思いもしなくて。いつの間にかバスケが楽しくないと思うようになっていた。


「まぁ、こんなとこか」


 マヒロが呟いて映像を止めた。それを見ている部員はほとんどいないから、そういうところもマヒロを主将にさせたのかもしれない。

 皇牙との手紙のやり取りを止めて早一年。忙しいという私の一方的な理由で、私たち二人の繋がりが消えた。それが逆に良かったのかもしれない。


 こうして変わってしまった私を、皇牙はまだ知らないのだから。


 気づけばミーティングは終わっていて、私は立ち上がる。なんだか最近は練習をするのも気が引けていた。

 それでも私にはサボる度胸がないのだから、こうして練習をしている。マヒロは父親である監督の目を気にしてない素振りをしながらドリブル練習をしていた。


「便所行ってきます」


 これは嘘だ。行きたいとは思わない。監督は「またか」と眉を顰めた。


「生理なんです」


「真顔で言うな」


 手の甲を振り、私に行ってこいと意思を伝える監督。私はわざと少しお腹を擦って便所の方向へ向かっていった。

 向かっただけで入るわけではない。日影を見つけてそこに腰を降ろした。膝を抱え込むと、どこからか人の声がした。


「会えるとしたらインターハイかな」


 咄嗟に顔を上げて声がした方向を見ると、スマホを耳に当てた赤星と目が合った。


「…………ねぇ、そっちはどう?」


 私を認識して、一瞬言葉を詰まらせた。聞かれても気にしていないのか、赤星は私と同じ日影に入ったまま動かない。


「神奈川県のブロックはそろそろ終わる頃だろ?」


(……神奈川県?)


 そこは東京じゃないのかと思うけれど、そもそも赤星は誰と話しているんだろう。


 私と皇牙は、主に手紙を好んでいた。電話はどうしても声が聞きたくなった時、手紙に何日何時何分と書いて、その時間前には必ず電話の前いるような状態だった。

 今はスマホがあるけれど、向こうが持っているのかさえわからない。今さら手紙を書く勇気もないのだ。


「わかった、じゃあまたな!」


 通話を切った赤星は、恥ずかしそうにニヤニヤと笑って一言尋ねる。


「盗み聞きですか?」


「それを世の中では理不尽って呼ぶって知ってる?」


 今度は面白そうに赤星が笑った。


「あははっ、そうですね」


「誰と話してたの?」


「彼女です!」


「っか、彼女ぉ?!」


 私の反応を見て、赤星は再び面白そうに笑った。スマホを部活着のポケットにしまい、私を見下ろす。


「珍しいですね、種島先輩がそんな反応をするのは」


「だっ、だって……!」


 確かに、自分でもこんなに狼狽える日が来るなんて思いもしなかった。


「……か、神奈川の子とつき合ってるんだ、あんた」


「いえ、東京ですよ。学校が神奈川なんです」


 赤星は平然と私の勘違いを訂正して


「要するに遠距離恋愛です」


 その言葉を私に刻んだ。


「……なんでそんなことができるの?」


「俺もゆいも行動派ですからね!」


「辛くないの?」


「ですから、できるだけ会おうとしてますよ。さっきの会話聞いてたでしょう?」


 赤星は、私の質問攻めに嫌な顔一つせずに答えた。その答え一つ一つが、じんわりと私の心に染み込んだ。


「すごいね、あんたら」


 例えば私と皇牙がつき合っているとして、同じようにできるのだろうか。


「先輩が思っているほど、俺らは凄くはないですよ」


 赤星はそう言い残して去ってしまった。私はその背中を見送り終わる前に、元いた体育館に走る。どこかの安い青春映画のように、全力で走った。

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