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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
裏切りの烙印
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第五話 少女の再起

 ミナミダはそれからの出来事を全部話した。執事との約束のこと。それで店で再会したヤツに裏切り者と呼ばれたこと。すべて。

 ……ミナミダが口を閉ざした時、オレの中の記憶の断片が狂うことなく繋がった。


「……んだよ、それ」


 オレがその先を続ける前に、ミナミダはさらにこう言った。


「だから会いにいくの」


 その目を見たらわかってしまった。オレや誰かが何かを言う前に、ミナミダは既に答えを出していると。


「……そっか。そっか」


 それは素直にすげぇことだと思う。自分を客観的に見られる人間は、そう多くはいない。


「……あっ!」


「えっ、どした?」


「見て、くっついたよ!」


「くっついた?!」


 ヒールを見せてくるミナミダは、嬉しそうに笑っていた。


「マジか、やったな!」


「うんっ!」


 そんなミナミダを見て、何か忘れているような気がしてならなくなる。


「……あ、そうだ。オマエの足もやらなきゃな」


 不意に思い出して、簡素な救急箱を持ってきた。

 ミナミダは「ありがとう」と礼を言い、足を出した。その小さな足に、オレが持つとあまりにも小さく見えるバンソウコウを貼りつける。ミナミダは明らかに変わった表情をしていたが、オレは貼り終わるまで黙っていた。


「……何ニヤニヤしてるんだ?」


 そう。ミナミダは、明らかにニヤニヤしていた。


「えぇっ?!」


 ぼんっと音がしそうなほど、ミナミダの顔が真っ赤になる。それを見たら、なんだか体が練習後のように熱くなった。


なな々の彼氏?』


「…………」


 この感情を、オレは多分知っている。アメリカにいた頃、たった一人の少女――クロサキソウカに寄せていた想いとそっくりだった。

 その想いは、ソウカがコミヤとつき合った後でも続いていた……はずだった。それが、いつの間に変わってしまったんだ?


「……ロドリゲスくん?」


 不安そうに、ミナミダがオレの顔色を覗く。オレは――


「――オレは、オマエのことが好きだ」


 大きな瞳が、波紋のように揺れていた。そして一気に溢れたものは、涙だった。


「お、おいっ!」


 ミナミダは不思議そうにそれを拭い、何故かそこからはにかんだ。


「私も好き……ロドリゲスくんのこと、すごく」


 オレはたった今自分の気持ちに気づいたというのに、ミナミダはほぼ即答で答えてくれた。

 気づいたらオレは、光の加減では茶髪に見えるミナミダの髪に触れていた。頬に触れ、涙に触れていた。すると、ミナミダがゆっくりと瞳を閉じる。オレは――


「ん……」


 ――オレたちは、どちらかともなく唇を重ねて互いの温度を貪っていた。





 ミナミダを家まで送ると、一人のオンナが家から出てきた。その人は、ミナミダと目の形が辛うじて似ているオンナだった。


「おかえり我が妹よ。そちらの男子は彼氏くんかな?」


「うん、そうだよ」


「えっマジか!?」


「ちょっと。聞いておいてその反応はないんじゃない?」


 どうやらミナミダとは姉妹だったようで、オレはそっちの方に驚いてしまった。


「奈々に、彼氏……奈々に彼氏……」


 ……コイツ、いわゆるシスコンなのか?


 完全なシスコンというわけではないが、アメリカにいた頃にソウカをやけに可愛がっていたヤツがいたことを思い出す。名前は確か――エマ・ブラウン。

 オレも、ソウカも、ニッポンにいる。アニキはアメリカにいるはずだから、二人で仲良くしていることだろう。あの二人は学年が同じで――仲が良かったんだから。


「じゃあ、ロドリゲスくん。ここまで送ってくれてありがとう」


 ニコッと笑うミナミダを見て、オレも微笑みを返した。そんな関係になれるとは思わなかった。


「ほら、七海ななみお姉ちゃんっ! 行こう!」


 アネキに対して妙に強気な姿勢のミナミダは、ぐいぐいと強引にアネキを引っ張っていく。


「あっ、あぁー! ちょっとタンマ!」


 家の中に押し込められたアネキは、慌てて出てきてミナミダから離れた。そして、それを側で見ていたオレの襟首を勝手に掴む。


「うわっ?!」


「ちょっとこの彼氏さんを借りるわよ」


「えぇっ?! なんで?! 駄目だよ駄目、ロドリゲスくんに迷惑かけないで!」


「黙らっしゃい! 奈々はそこで見てなさい!」


 しばらく二人で言い争った後、結局ミナミダがアネキに負けた。

 そういえば、ソウカもエマによく負けていたような気がする。それはバスケも例外ではなかった。


 オレとアニキが兄弟なら、ソウカとエマはやっぱり姉妹だ。


 オレとソウカ、アニキとエマが同い年だったこともあり、オレたち四人はなかなか離れることがなかった。……ただ、その関係は長くは続かなかった。


「彼氏くん、何ぼーっとしてるのさ」


「あっ、すんません」


 不安そうに扉から顔を覗かせるミナミダに――ナナに向かって笑いかけると、ナナミに強引に引っ張られる。ナナに安心してほしいだけなのになんなんだこの人は。


「話があるの」


「は、話……? オレに?」


 電柱の影に連れてこられたと思ったら、間髪入れずにそう言われた。ナナミは微笑み、昔を懐かしむように目を細める。そんな仕草が、何故かあの頃のエマに似ていた。


「ありがとね」


「……は?」


「だから、ありがとねって。奈々と出逢ってくれて、奈々を選んでくれて、本当にありがとうってこと」


「……何言ってるんですか。なんだと思えばそんなこと……」


 ……当たり前じゃないか。ナナ以外考えられなくなったんだから。


「そんなことじゃないから言ってるんでしょ? 知っている? あの子の昔話」


 すると、オレの台詞に無理矢理被せてナナミがオレのことを見据えてきた。


「……まぁ、バスケで辛いことがあったって程度なら」


 ナナミは意外そうな顔をして、「……なるほどぇ、そこまで話したんだ」と呟く。


「あの子さ、弱っちぃじゃない。だから逃げて、仲間に迷惑をかけて、閉じこもっちゃって」


 どれもこれもナナから聞いた話だった。ナナミの様子からして、なんとなく、ナナがこのことを誰かに話したことがなかったのだと推測する。


「彼氏くんがあの子を変えてくれたんだよ」


「ロドリゲスっす」


 訂正すると


「変な名前」


 かなりイラッとした台詞が返ってきた。この姉妹はどこも似ていないと本気で思った瞬間ナンバーワンかもしれない。


「まぁ、そういうことだから。奈々のこと――よろしくね」


「そんなの当然なんで」


 イライラしたまま言葉を返すと、何故かナナミは盛大に笑った。……笑い方はナナに似ているかもしれない。するとナナミは、満足したように帰っていった。





「ジュンっ!」


 学校に来て早々、ソウカがオレのシャツを引っ張った。前なら意識していたと思うが、今はそうはならない。


「なんだよ。どうしたんだ?」


 振り返ると、ソウカの手の中に手紙が入っていた。


「エマから手紙が来たの! 今、日本にいるんだって!」


 興奮気味に一気に喋る。こんなソウカは今まで一度も見たことがない……って


「エマ?!」


「うんっ! エマだよ!」


 あの四人の中で唯一、アメリカ人のエマ。そのエマが今、日本に来ている。


「私、エマにリベンジしたいの! だからジュン、久々にバスケ教えてくれない?!」


 オレが返事をする前に、色素の薄い髪が下の方で揺れた。


「奏歌ちゃん、バスケするの?」


 すると、ポカンと口を開けたナナがそこに立っていた。


「そうだよ。あ、ねぇ、一緒にやらない?」


「ッ?!」


 知らないとは言え、ナナにバスケの話はほぼ禁物。オレがどう話題を逸らそうかと思考を巡らせていると


「……やりたい、かも……」


 じっとナナが俺を見てそう言った。


「いいのか……?」


 思わずそう聞いてしまう。ナナはこくんと頷いて「だってじゅんくんが教えてくれるんでしょ?」とはにかんだ。


「〝純くん〟?」


「ッ!」


 首を傾げるソウカに、ナナは顔を真っ赤にさせる。


「も、もしかして……」


 ソウカがそこまで言った瞬間、オレは廊下の奥の方を指差して


「ソウカっ! あっちにコミヤがいるぞ!」


 と、デタラメを言い放った。


「ほんと? じゃあ行ってくるね!」


 駆けて行くソウカを見て、やっておきながらアイツの単純さが心配になった。





「ロドリゲスくん? 僕はここにいますよ?」


「うぉっ、コミヤ?!」


猫宮こみやくんっ!」


 奏歌ちゃんが行ってしまった後、不満げな顔の猫宮くんが姿を現した。


「もうっ、ロドリゲスくん! 人の彼女にデタラメを言わないでくださいっ!」


 猫宮くんはそれだけ言って、奏歌ちゃんの後を追いかけていった。呆然としている純くんに話しかけると、ぴくっと彼の肩が動く。


「そういや今日だったか?」


「うん、ほたるちゃんとの予定がちょうど合ったんだ」


「そっか」


 純くんは、私の頭を褒めるように撫でてくれる。私はこの瞬間が一番好きだと最近になって気がついた。


「じゃあ、行くか」


 背中を向ける純くんの後を追いかける。移動教室で一緒に行ける喜びは、同じクラスじゃないと味わえない。


「純くん、本当に――私にバスケを教えてね?」


「……ん? 当たり前だろ?」


 当たり前のことを当たり前だと言って実行までしてくれる純くんなら信じられる。私はそんな彼の背中に向かって囁いた。


 ――貴方に出逢えて、本当に良かった。

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