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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
Still…
36/88

第二話 月岡高校の男バス

 去っていく松岡まつおかの背中を眺め、俺は長い息を吐く。


「……くははっ、そういうことかよ」


 久々に鳥肌が立った。初めて抱いたこの感情に、俺は笑わずにはいられない。


「つ、月森つきもり?」


 玉木たまきが頭でも打ったのかとでも言いたげな表情で問いかける。河野こうのは少しだけ眉間にしわを寄せていた。


「くはっ……くははははっ!」


 《死神》は、驚愕の表情で俺を見上げていた。


(やっぱり、そういうことなんだろ?)


 俺は前髪を掻き分けて、ゆっくりと空を仰いだ。太陽の眩しさに目を細めながら、誰にも聞こえないように呟く。


「…………これが同族嫌悪ってヤツか。あぁ、初めて知ったよ」


 〝類は友を呼ぶ〟なんて生易しいモンじゃねぇ。《死神》の正体、それは――


「――……お前か、松岡」


 さっき松岡が見せた表情。それは多分、俺が試合中で見せるソレに似ているんだろう。それは、玉木と河野の表情が物語っていた。





 教室に行き自席に座れば、女が目の前で仁王立ちをした。俺は小さく舌打ちをして


「なんだよ、枝松えだまつ


 そう言ってヤツのことを見上げる。すると、枝松夏希なつきが不服そうに俺を見下ろした。


『っお、いつもの〝五強コンビ〟じゃん』


『あいつら、また罵り合いでもするのか……?』


 誰が朝っぱらからそんなことすんだよ、バァカ。

 教室の端にいる玉木と清水しみずを軽く睨み、俺は枝松に視線を向ける。共に〝五強〟である俺たちは何故か相性が死ぬほど悪く、去年から何かとぶつかってきた。


「お前、今朝《死神》に会ったらしいな」


「気持ち悪いな、もうそれを知っているのか。……で? それがなんだって言うんだ?」


「どうだったんだ? お前と《死神》の〝ラフプレーコンビ〟は、仲良くやっていけそうか?」


 見下したようなその視線に対し、「そんなわけないだろ、バァカ」と返す。枝松は少し意外そうに俺の目を見つめ返し、「誰がバァカだ、バァカ」と男らしく自席へと戻っていった。


「……同じクラスかよ」


 元からクラスなんかに期待していたわけではないが、萎えた。俺は息を吐いて本の続きを読み始める。が、内容がまったく頭の中に入って来ず――自分の脳内のほとんどを占めていたのは、今朝出逢ったばかりの《死神》だった。


『どうだったんだ? お前と《死神》の〝ラフプレーコンビ〟は、仲良くやっていけそうか?』


 枝松のそんな一言のせいか、元から気になっていたのか。前者ならばまだいい。後者ならば、あの試合からだろうか。

 が、裏はとれていないが《死神》が松岡だったと仮定して、それでどうやって〝ラフプレー〟を続けていたのだろう。


(コートにはない死の罠ってとこか)


 そんなものが本当にあるとするのなら、この俺でさえゾッとする。すると、また別の奴が俺の目の前に立った。


「なんだ、玉木」


「本が逆さまになってるぜ? 月森クン」


「……はぁ?」


 見れば、確かに文字が逆さだった。いくら内容が頭に入ってこないとは言え、俺がこんなミスもするのかと客観的に思って絶望する。





 入学式も終わり、私は少し身体を解す。前までの私だったら、疲労のあまり倒れていたかもしれないな――そう客観的に思った。


(……あれ? メッセージが……)


 見れば松岡から幾つも来ていて、どの内容も私の身を案じたものだった。心配性なのか、過保護なのか。それとも両方なのか。急いで返信をすると、間髪入れずに松岡から返信が来た。


「はっ、早っ!」


 思わず声に出してしまい、私は慌てて口元を抑える。それは、《今すぐ迎えにいく》という内容だった。


(……さっきの場所で待ってるね、と)


 メッセージを送り、私は誰かに声をかけることもなく教室を後にする。校舎から出る前にお手洗いに向かおうと校内をうろついていると、人の気配が途端に消えた。


(あれ……?)


 もしかしたら、道を間違えたのかもしれない。生徒手帳を出して現在地を確認していると、不意に足音が聞こえてきた。


「ッ! あ、あのっ!」


 その人の姿を見もせずに声をかけると、「はい?」と優しい声色が返ってくる。私はその時、初めて顔を上げて彼を見た。


「あっ!」


 思わず生徒手帳を落とし、口元を両手で撮っさに覆う。目の前の生徒は、私を見てぎょっと目を見開いていた。


「つ、月森先輩……!」


「おまっ……」


 月森先輩はそこまで言って、ゆっくりと口を閉ざす。一方の私は話しかけた相手が月森先輩だとわかってほっと安堵の息を吐いた。そんな私を不信そうに見つめて、「道に迷ったのかい?」と月森先輩が尋ねてくれる。


「……あ、はい。その……お手洗いに行きたくて」


 けれど逆にお手洗いだと言いづらくて、私は歯切れが悪そうに答えた。


「……あぁ、そうなんだ。じゃあ案内してあげるよ」


「えっ?! い、いいんですか?!」


「勿論。断る理由なんてないからね」


 月森先輩は、「ついて来て」とだけ言って前を歩く。私は先輩の後に黙ってついて行った。


(……月森先輩、頼もしいな)


 中学生の頃、私はあまり先輩という存在と接点がなかった。そのせいか、月森先輩との関係性が物凄く新鮮に映って――私は、思わず頬を緩ませた。





 《死神》を便所に案内した後、俺はしばらく考えていた。いくら猫を被っていたからと言って、わざわざ案内するほど俺は〝イイコ〟なわけではない。適当に理由をつけて早々に立ち去るのが普段の俺だ。


(なんでだ……?)


 頭を壁に預けていると、急に扉が開いた。そこから《死神》が顔を出し、目を瞬かせる。


「せ、先輩っ! 待っていてくれたんですか?!」


 そんなわけないだろ。馬鹿なのかこいつは。そう言いそうになるのを堪えて、俺は適当に相槌を打った。


「……そういえば、今朝何か言おうとしてたでしょ」


 不意に気になった疑問でこの場を凌ごうと考える。すると、《死神》はぴんと背筋を伸ばした。


「月森先輩に、一度でいいからお会いしたかったんです!」


 たったそれだけの理由なのに、《死神》は健気な発言をした。


「はぁ……?」


「だって、月森先輩がする試合ってすっごく格好いいんですもん!」


「はぁ……?」


 格好いい、そんなことは当然だけど初めて言われた。





「……なるほどね。格好いい、か」


 ぼそりと、月森先輩が俯きながら呟く。刹那に先輩から腕が伸び、私を壁際へと追い込んだ。


「え……?!」


 左手で私の退路を防ぎ、私を見下ろす月森先輩の瞳は――まさしく獲物を見る猛獣のソレだった。けれど、不思議と怖くはなかった。


「お前はそれをどういう意味で言ったんだ?」


 低い、棘が刺さったような声が鼓膜を震わせる。


「あぁ、俺の仮定は間違っていたのか……? 本当にお前が……」


 ……《死神》なのか?

 切望にも似たような囁き声が、最後に聞こえてきた。


「…………」


 肯定はしたくないけれど、否定もできない。本当にただの偶然と言って、信じてくれた人は――松岡と〝四天王〟と呼ばれた仲間たちだけだった。


(……ゆいさんでさえ、信じてくれなかった)


 逃げるように退部した彼女の背中に、私は手を伸ばすことさえできなかった。


「……私、は……」


 ……月森先輩は、《死神》を信じてくれますか?


「……ふざけるなよ」


「ッ?!」


 月森先輩が驚愕の表情をする。視線を逸らせば、月森先輩の左手首が何者かによって掴まれていた。


「お前は……」


「……ま、松岡」


 冷酷な瞳をした松岡は、そのまま握り潰すのではないかと思うほど強く月森先輩の左手首を掴む。


「……チッ!」


 月森先輩は舌打ちをして、すぐに壁から手を離した。松岡はそれ以上長く月森先輩に触れたくないとでも言いたげな態度で素早く離し、ハンカチで素手を拭う。


「お嬢様に何をなされたんですか」


 彼の冷酷な声は、初めて聞いたわけではない。本人は知らないだろうけれど、私は何度か聞いたことがあった。


「くははっ、何もしてないよ」


「おや、嘘を仰るのですか?」


 吐き捨てるように言う月森先輩。

 問答無用で詰め寄っていく松岡。


「松岡、止めて。月森先輩は本当に何もしてないから」


 なのに私は、この二人よりも冷静だった。

 松岡は渋々一歩下がる。月森先輩は、廊下の奥へと消えていった。


「お嬢様、お怪我はありませんか?!」


 急に本気で心配そうに尋ねた松岡は、さっきまでとは別人みたい。


「平気だよ」


 この出来事は、今に始まったことではなかった。けれどあまりにも松岡が豹変するものだから、私はどうしたらいいのかわからなくてずっと放置を決め込んでいた。


「そうですか……」


 少し残念そうに松岡が呟く。多分私が「怪我をした」と嘘を言えば、松岡は今すぐに月森先輩のことを襲うのだろう。そう思った自分は、やっぱり《死神》なのだろうか……。


「そういえばお嬢様。生徒手帳を落としていましたよ」


「っあ、本当だ! 松岡、ありがとう……!」


「お嬢様の執事として、当然のことをしたまでです」


 松岡はそう言って、誇らしげに笑っていた。


「……さぁ、お嬢様。帰りましょうか」


 差し伸ばされた手を、私は無意識のうちに握り締めた。


 そんな私でも、翌日の昼休みになるとぎょっと目を見開いた。松岡に無理矢理持たされたお弁当は、無駄に豪華で――正直、教室では食べづらい。


(どうしよう……)


 私はスクールバッグごと持って、教室から出た。そうしてしばらく考えた結果、開放されている屋上を選んだ。





「はぁ……?」


「だ〜か〜ら〜さぁ、今日は屋上で食べようぜ?」


 ばんばんと玉木が俺の頭を無遠慮に叩く。名前順のせいで俺の目の前に座っている玉木は、始業式からこの調子だった。


「断るよ」


「い〜じゃん、い〜じゃん、たまにはさ」


「…………いいわけがない。焼き殺すぞ」


「おっし行こう」


 断ったというのに無理矢理俺を引っ張った玉木は、ずるずると俺を引きずり出す。俺は眉間にしわを寄せ、猫を被る為ににこにこと笑った。


「おぉっ、誰もいねーじゃん!」


 田村たむらが一気に屋上へと飛び出していった。玉木、河野、清水、俺がその後に続いていく。


「あぁ、眩しいな……」


「それくらい我慢しろって!」


「あ〜……、でもやっぱ萎えるわこれ〜」


「萎えるって?」


 玉木はボリボリと後頭部を掻き、適当に俺らのことを見回す。次に真下を指差して


「ヤローだらけなのが」


 そう言い切った。


「は!?!?」


 清水は相当ショックを受けたのか、地面に崩れ落ちていく。河野と田村は「あぁ……」と同意するように頷いた。


「だったら来なきゃいい話だろ」


 馬鹿馬鹿しくなって、俺は扉の方へと歩く。取っ手に手をかけて自分の方に引けば


「きゃあっ?!」


 女が俺の方に向かって倒れて来た。避ける暇もなく受け止めれば、その女が《死神》であることが容易にわかる。


「…………」


 そして俺は、何故か小さく息を漏らした。


「……え? あっ、月森先輩!」


 ばっと飛び退く《死神》を一瞥し、俺はそのまま屋上を後にしようとする。さすがにこの面子で話をしようとは思えなかった。


「な〜、購買行かね?」


「そうだな」


「え、なん……」


「なんでもいいだろ」


 わざとらしく棒読みで話をする三人は、清水の襟首を持ち上げて屋上を後にする。扉は閉められ、出るタイミングを失った俺は舌打ちをした。


「……つ、月森先輩?」


 昨日の件もあり、今さら猫を被る必要もなくなった俺は「なんだよ」と相槌を打った。


「……一緒にご飯食べませんか?」


 遠慮がちに見つめられ、今回だけ出ていった四人の意図を俺は汲むことにする。


「……あぁ、いいよ」


 フェンスを背にしてその場に座れば、《死神》は右隣へと座った。躊躇いがちに開かれた弁当の中身は、気味が悪いほどに豪華だった。


「…………」


 俺は黙って、事前に購買で買ったパンにかじりつく。俺に倣って《死神》も箸を進めた。


「……月森先輩」


「何」


「昨日の話の続き、しませんか?」


 箸を置き、俯きながら《死神》が言った。少し気にはなっていたが、昨日と比べて雰囲気が暗い。それが面倒くさくて、けれど知りたくて。


「言いたきゃ勝手に言え。一応聞いてやるよ」


 俺はそう言い放った。冷たさを際立たせたにも関わらず、《死神》はそれで満足したようで不満なんか言わなかった。


「私は、《死神》です」


 透き通った声は、少し強ばっていた。

 知ってるけど? そう返そうとして、俺が昨日疑っていたことを思い出す。《死神》は、はっきりそれを肯定しただけだった。


「傷つけたい、わけではないのに……」


 ぎゅっと視界の隅で、《死神》がスカートの裾を握り締める。


「……ただ、バスケがしたいだけなのに……」


 見れば、ぽたぽたと大粒の液体が《死神》の手の甲を撫でた。


「……どうやら私は……たくさんの人を傷つけてしまっていたようです」


 何かを問いかけるような《死神》の目に、俺が映った。一言では表現しにくい表情の俺は、少し動揺していた。

 誰かがこいつらのラフプレーを見たわけではない。つまり、証拠がない。そして、《死神》の台詞はラフプレーを否定していた。


「……それで、いいんじゃないの?」


 《死神》の目に映る俺が揺れた。まるで、予想していた答えではなくて動揺しているような。


「人の不幸は蜜の味って言うだろ」


 口を開いて《死神》が固まる。ただ、まだその目は生きていた。


「してるしてないなんて関係ないね」


 言い切ってもなお、何故か《死神》から視線を外せない。口をわずかに動かせてようやく


「…………先輩は、月岡高校の男バスは……してるんですか?」


 確かめるようにそう尋ねた。


「あぁ」


 否定する理由なんかどこにもなかった。《死神》がどう反応するか、それだけが気になる。


「そうですか……」


 《死神》はそこで、ようやく目を閉じた。


「……私、月森先輩の話が聞けて良かったです」


「はぁ……?」


 次に《死神》が目を開けた時、俺に向かって――


「ありがとうございました」


 ――涙を拭いながら、微笑んだ。

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