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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
コウサノレンサ
34/88

貝夏高校女子バスケットボール部

「よしっ! できた!」


 白いリボンを結び、家を出る。勿論占いを見ることは忘れていない。ちゃんとラッキーアイテムであるミサンガを結んで外の空気を吸い――


「あ、初めまして! 俺、広岡大輝ひろおかだいきです!」


「ッ?!」


 ――家の目の前にいる男の子に驚いた。

 澄みきった青空の下、自転車に跨った男の子が茶野さの家と緑川みどりかわ家の間の道を占めている。着ている制服は貝夏かいか高校のものだけれど、私は彼のことを知らなかった。


「俺、拓磨たくまくんの友達になったんです! 茶野先輩のことは拓磨くんと国島くにしま先輩から聞いてますよー! めちゃくちゃバスケ強いんですよね?!」


「え、えぇ……?」


 あまりにも勢いが強すぎて、ついつい押されてしまう。けれど、たくちゃんの友達っていう単語は聞き取れて――私は思わず背筋を伸ばした。


「拓ちゃんの?!」


「拓ちゃん?! あいつ拓ちゃんって呼ばれてるんですか?!」


 刹那、隣の扉が開き拓ちゃんが不機嫌そうに顔を出した。


あかり、何余計なことを話してるんだ」


「灯?! お前茶野先輩のこと名前で呼んでんの?!」


「えぇ〜、拓ちゃんは拓ちゃんじゃん? 別に拓ちゃんのお友達なんだしいつかは知られるこ……」


「違う。ストーカーだ」


「ストーカー?! 俺ってストーカーだったの?! 友達だと思ってたのは俺だけ?!」


「うるさい。早朝からこんなところまで来るお前は立派なストーカーだ」


 拓ちゃんは黙って自分の自転車に跨り、私に視線を向ける。……これは、私と一緒に行く気なんだろうか。だいちゃんを無視して。


「拓ちゃん、意地悪は駄目だよ〜?」


「意地悪じゃない。俺はそんな約束をした覚えはない」


「行くって言ったじゃん!」


「うるさい。許可してない」


 叫び続けて息切れしたのか、しばらく大ちゃんはぜいぜいと空気を吸っていた。





「すっご〜い、もう着いたの〜?」


「何を言っている。いつもと同じ時間だぞ?」


「マジで置いていきやがった! 拓磨くん酷い!」


「うるさいストーカー」


 貝夏高校に着いた瞬間、三人それぞれが違う感想を述べる。すると、登校中の生徒の中からえいちゃんがこっちに近づいてきた。


「あ、国島先輩」


「……お前ら、朝からギャーギャー騒いで恥ずかしくないのか」


 呆れたような感じを残すその目は、私たちを隅々まで観察する。


「え、なんで?」


「茶野には聞いてねぇんだよ。聞いたところでまともな返事しねぇだろ?」


「英ちゃん酷い!」


「なんでだよ」


 私は頬を膨らませ、ぽかぽかと英ちゃんのお腹辺りを叩いた。


「随分と大人数な登校だね、灯」


「……あり得ない」


「あ、おはよ〜。しおりちゃん、はるちゃん」


 二人に向かって手を振ると、今度は英ちゃんが私の頭を下に押す。


「も〜、国島。女の子をいじめちゃ駄目でしょ?」


「……う」


「……DV」


「配偶者でも恋人でもねぇよ!」


 配偶者や恋人という単語に反応し、拓ちゃんを見れば目が合った。拓ちゃんは耳をほんの少しだけ赤くして、気難しそうにさっと顔を伏せる。


「……ッ!」


 釣られて私も顔を伏せてしまった。


「そろそろ駐輪場行きませ〜ん? めっちゃ注目されてるじゃないですか〜!」


「うんうん、そうだね〜。みんなで行こ〜」


 拓ちゃんにも声をかけ、大ちゃんと一緒に駐輪場へとそのまま走る。ついてきた栞ちゃんは


「灯さ、今日女バスに来るよね?」


 そう声をかけてきた。


「えっ? うん、行くよ〜?」


「わかった! じゃ、また後でね!」


「……国島、さっさと行こう」


「ん? おう」


 三人まで校舎に入れば、必然的に三人になってしまった。それを避ける為か、拓ちゃんもさっさと校舎の中へと歩いていく。


「あっ、待ってよ〜!」


「そうだよ拓磨くん!」


 ぴたりと足を止めた拓ちゃんは、「お前、女バスに行くんだろ?」と私に尋ねた。私が頷く姿を横目で確認していた拓ちゃんは、ぽつりと呟く。


「――先に言っておく。〝あいつ〟が来るぞ」


 あいつ? そう尋ねる私を拓ちゃんが無視した。





「おぉ〜、ここで練習してるのか〜」


 女バスが練習している体育館に足を踏み入れると、同級生たちや後輩たちが準備をしていた。


「うん。あ、ちなみに部長は私だからね」


「了解〜」


「……で、エースは灯」


「はいはい…………って、え?!」


 春ちゃんの日本語が聞き取れなかった私は、真顔で聞き返す。


「エースは灯」


 何故か栞ちゃんの日本語も聞き取れなかった。


「灯はエース」


「えっ?! いやいやいや、図々しすぎるでしょエースって!」


 約二年半もまともなバスケをしていない私をエースにする。二人は本気でそう言った。


「……そんなことない。全員合意したことだから」


「そういう問題?!」


「そういう問題」


 見れば、準備中の同級生たちも笑顔で頷く。……怖いよ、なんかそれってすっごく怖いよ。


「……大丈夫、私たちがフォローするから」


「そういう問題でもないよ!?」


 ……あぁ、まさか私がツッコミ役になるとはなぁ。頭を抱えて唸っていると、体育館の外から声が聞こえてきた。それは複数で、少し強ばっている。


「ん?」


「……あ、もしかして新入生かも」


 栞ちゃんは笑顔で体育館の扉を開け、新入生たちを迎え入れた。


「あ、そういえば……」


『――先に言っておく。〝あいつ〟が来るぞ』


「……〝あいつ〟って、誰なんだろ」


 私に言うということは、私の知り合いであることに間違いはないだろう。新入生の列を眺めていると、一際目立つ緑色が視界に入った。


「え、拓ちゃ……っ?!」


 いや、違う。あれは――拓ちゃんの従妹の凪沙なぎさちゃんだ。


「あっ……!」


 向こうも私を認識したのか、軽く頭を下げてきた。


「……灯の知り合い?」


 首を傾げた春ちゃんに


「うん。幼馴染みの従妹なの」


 そう答えると、眉を顰めて「……それって知り合い?」と返される。


「ん〜……、小さい頃よく幼馴染みの家に来てて、面倒を見てたっていうか……」


「……面倒? 灯が? あの子の?」


「えっ?! その反応ちょっと失礼だよ!?」


 心底驚いたという表情をした春ちゃんは、耳を押さえて栞ちゃんの下へと逃げてしまった。


「もぉ〜!」


 唇を尖らせ、ステージにもたれかかっていると


「久しぶり、灯センパイ」


「ッ?!」


 気づけば、近くになぎちゃんがいた。


「びっくりしたぁ……。久しぶり〜、凪ちゃん。前みたいに灯ちゃんでいいのに〜」


「……いや、さすがにそれは」


 相変わらず読めない表情――無表情で手を横に振る凪ちゃんは、最後に見た時よりも――いや、童顔も変わってない。


(……真子まこちゃんにちょっと似てるかも)


「いつ以来だっけ?」


「私が転校してからだから……六年以来なのだ」


「ぶぶっ……!」


 不服そうに私を見上げる凪ちゃんの口癖、〝なのだ〟も全然変わっていなかった。笑いを堪えていると、視界にテニスボールが入ってくる。


「それは……まさか……!」


「今日の私のラッキーアイテムなのだ」


「そんなとこも変わってないね〜!」


「……そこは全然つっこまないんだ」


「当然! これが私たちのアイデンティティなんだから!」


 春ちゃんの隣には、栞ちゃんもいた。新入生を整列させていたらしく、「二人も集合してね〜」と呼びかけてくる。


「は〜い」


 凪ちゃんに先に行かせると、春ちゃんが栞ちゃんの耳元でこう囁いた。


「……そういえば、監督は?」


「え? なんか、『遅れるから勝手にやってろ』だって」


 あっさりと言ったけれど、内容は衝撃的だった。


「なげやりだねぇ〜」


「あははっ、もう慣れちゃったよ」


「うんうん。お疲れ様、栞ちゃん」


 苦労した栞ちゃんの瞳を見て、私は思わず肩を優しく叩いて励ました。

 しばらく新入生に説明していると、ガラッと遠慮なく扉が開かれた。見れば、逆光で目がやられてしまう。


「待たせたな!」


 詫びている様子は特になく、むしろ堂々としているように見えた。


沖田おきた監督!」


 栞ちゃんが声を上げ、その瞬間にようやく理解する。沖田監督が歩を進めると、逆光もなくなり全身がよく見えた。

 その監督の後ろに、貝夏高校とはまた別の制服を着た――金髪の少女が立っていた。


「……監督、その子は?」


「ん? あぁ、ほら、挨拶しろ」


 沖田監督はとんとんと背中を叩き、少女を前に押し出す。


「I'm Emma Brown! Nice to meet you!(エマ・ブラウンです! よろしくね!)」


 刹那、流暢な英語が体育館に響いた。


本場アメリカからの留学生だ! てめーら、仲良くしろよな!」


 衝撃よりも、静寂が私たちを包み込んだ。


「……え?」


 ふふんとドヤ顔で腕を組むエマちゃん。さすが部長と言うべきか、栞ちゃんが誰よりも早く反応した。


「沖田監督、留学生……ですか?」


「うんっ!」


「……いや、『うん』じゃなくて……」


「Nice to meet you!」


「灯は呑気だね!?」


「えぇ〜?」


 ざわつき始めた空気をぶち壊そうと思ったんだけどなぁ。私は栞ちゃんに揺さぶられながら、体育館の全体を眺める。いきなりのことで不安がっている後輩たちが大勢いた。


「よしっ! で、どこまで説明したんだ?」


「沖田監督はマイペースですね!」


 皮肉を込めたように叫ぶ栞ちゃんは、私に向かって崩れ落ちる。私が思っていたよりも苦労していた栞ちゃんに、私はとりあえず頭を撫でてあげた。





 新入生たちが正式に部活に入部した頃、監督は体育館で一部の部員を呼び出した。呼ばれたのは、部長である栞ちゃんと春ちゃん、私に凪ちゃん。そして、留学生のエマちゃんだった。


「沖田監督、どうしたんですか?」


 栞ちゃんは、どうしてこのメンバーなんだろうとでも言いたげな表情をする。


「ん?」


 沖田監督は、不思議そうに首を傾げた。


「……いや、『ん?』じゃなくて……」


「あぁ、あのな、ここで決めとこうと思ってさぁ」


「決めるって何をですか〜?」


 三年の面子でさえついていけない会話なら、一年も留学生も当然ついていけなかった。私が話を促すと


「だから、スタメン」


 と沖田監督がそう言った。


「すためん? ラーメンのコトデスカ?」


「……違う」


「エマちゃん、最近日本語上手くなったね〜」


「……どこがなのだ?」


「あぁぁぁあ! みんな、脱線っ! 話が脱線しているよっ!」


「そうだぞ、レギュラー降ろすぞ?!」


「沖田監督は黙っててください!」


「こほんっ。で、話を戻すが……」


 どうしても黙るのが嫌なのか、沖田監督は真面目に話を切り出す。


「……主将は、部長のみきだ」


「ッ?!」


 一瞬だけ隣を見れば、栞ちゃんは酷く緊張した面持ちをしていた。……責任感とか強そうだし、相談とか乗ってあげなきゃね。


「副主将は茎津くきつ春」


「……はい」


 春ちゃんは無表情で頷く。無気力そうに見えるけれど、堂々としているその姿は頼もしい先輩そのものだった。


「エースは茶野灯」


「だから、なんで私なんですか〜!」


 思わず沖田監督に向かってぽかぽかと叩けば、強い力で引き剥がされた。


「で、その他」


「そのた……?」


「意味は〝それ以外のもの〟なのだ」


「おぉ〜! なるほどデス!」


 納得したようにエマちゃんは頷くけれど、私は別の意味で納得できなかった。





 部活も終わり、部員たちはそれぞれ家に帰っていった。同級生たちは帰りがけに、私たち三人にエールを送って去っていく。


「……ほんと、なんで私がエースなのぉ〜?」


 まだ明かりをつけたままの体育館に制服姿のまま寝そべり、私は文句を言う。周囲には沖田監督から〝スタメン(仮)〟だと任命された四人がいた。


「灯が〝東雲しののめの幻〟だからじゃないかな……?」


(〝東雲の幻〟、か。あれ? でも……)


「そういえば、〝五強〟とはなんデスカ?」


 すっかりセーラー服が馴染んだエマちゃんは、寝そべる私ではなく〝五強〟であった二人に尋ねた。


「……あぁ、エマは知らないよね」


 春ちゃんはそれだけ言って、黙る。言葉だけでわかるけれど、自分の口からじゃとても言えなさそうだった。


「男バスで言うと東雲、女バスで言うと東雲が最強ってことくらいは知っているのだ?」


「Yes!」


「〝五強〟は、女バスで言う〝東雲の幻〟と渡り合うことができた唯一の逸材なのだ。……ただ、〝五強〟のほとんどは三年。幻も半年でほとんどが退部したから有名ではないだけなのだ」


「〝五強〟。それが、私たち……」


 苦笑いで答える栞ちゃんに、三年前の決勝戦がフラッシュバックする。


「……そうなんデスカ。ワタシ、日本軽く見てマシタ。ごめんなさい」


 エマちゃんは、日本人らしく頭を下げた。アメリカ人はしないと思っていた私にとって、それは少しだけ意外だった。


「では、茶野センパイは幻だから強いデス?」


「ッ!」


 首を傾げるエマちゃんの青みがかった瞳に、私は目を離すことができない。肯定の意味で微笑む栞ちゃんを横目に、私は体を起こした。


「私は、〝幻〟でも……〝五強〟でも、ない気がする」


「……え? どういうこと、灯」


「だって、よく考えたらおかしいじゃない?」


「おかしいって、何がなのだ?」


 困惑する三人と、必死で言語を理解しようと奮闘するエマちゃん。私は各々と目を合わせ、体育館の天井に引っ掛かっていたボールを眺めた。


「私は〝退部〟したんじゃなくて、〝引退〟したんだよ? 〝五強〟のほとんどと同じように」


「……ッ! でも、幻は全員で五人のはず……!」


「私と春が貝夏で、茅野空かやのそらが常花。確か唯一の二年は月岡つきおかで……最後の一人は、朱玲しゅれい


 栞ちゃんが右手の指を折って、〝五強〟の人数を全員数える。


「春ちゃん、幻は五人って言った?」


「……え? うん、だってそうでしょ?」


「じゃあ多分、あの子が最後の一人だよ」


「……あの子って、誰なのだ?」


「幻にさえなれなかった子。今の名前は、〝四天王〟を率いていた――《死神》」


 マネージャーをしていると、自ずと入ってくる情報。当時は聞きたくもなかったけれど、知らなければならなかった。


「……〝幻〟って、なんだろうね」


 瞬間、体育館の扉が開いた。


「お前ら、まだこんなところにいたのかよ」


「女子が夜遅くまでいるものじゃないぞ?」


 見ると、えいちゃんと北原きたはらだった。体育館の扉の向こうは、漆黒の世界で染まっている。それを見て、「帰ろっか!」と、わざとらしく栞ちゃんが言った。私は顔を伏せて、何故か溢れそうになった涙を拭った。


「……電気消すよ?」


 返事も聞かずに消すものだから、私は慌てて鞄を引き寄せ外に出る。


「灯、遅い」


「お、拓磨くんの従妹ちゃんもいるじゃん!」


 すると、拓ちゃんと大ちゃんが自転車の前に立っていた。


「じゃ、鍵返しに行くね」


「え〜? みんなで行こうよ〜!」


 春ちゃんとエマちゃんと凪ちゃんの肩を引き寄せて、私は後を追う。


「最高で最強のチームなんだからさ!」


「……何ソレ。」


 そう言いつつも、みんな嬉しそうな表情をしていた。


 ――貝夏高校女子バスケットボール部。始動ッ!

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