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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
モノクロ*カラフル
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第三話 幼馴染みと、春

 真新しい制服に身を包まれた私は、鏡の前で一回転した。相変わらずイロが見えない私は、今日から高校生になる。

 楽しさ半分、怖さ半分。鏡の前で笑顔の練習をすると、日本に帰ってきた頃を思い出した。あの日も、こうやって必死に練習してたんだっけ。懐かしいな。


『遅刻するわよー?』


「今行くー!」


 ……よし。深呼吸をして、私はドアノブを自分の方へと引き寄せた。


 今から二年前、私は初めてイロを見た。あの試合は結局、橙乃とうのさんが負けてしまって。悔しそうに帰っていく彼女を横目に、私は猫宮こみや君から一通りの話を聞いていた。


 橙乃さんは、男バスにいる一軍と大差ない実力を持っているのだと言う。ある日赤星あかほし君が才能を見い出し、男バスと試合をさせたことがきっかけだとか。

 黄田きだ君も、緑川みどりかわ君も、青原あおはら君も、紫村しむら君も。みんな橙乃さんから刺激を貰って成長をしているらしい。試合を重ねるごとに橙乃さんの才能が開花していき、卒業間近になると橙乃さんが勝つ機会も増えていった。それは、喜ばしいことだった。


『猫宮君、私、いいもの見れたよ』


『ですよね! みなさんとっても格好良くて惚れ惚れしちゃいますよね〜!』


『えぇっ?! ま、まぁ、確かに格好良かったけれど……』


『僕、みなさんのそういうところが大好きでマネージャーをやっているんです! 黒崎くろさきさんにも知ってもらえて良かったです!』


 そう言って笑っている猫宮君は、心から嬉しそうに見えた。けれど、ほんの少しだけ寂しそうな表情も見せたのだった。





 私は磐見いわみ高等学校の門を跨ぐ。その日は、桜が異様にきれいに見えた。

 二年前は固形物が重力に従っているようにしか見えなかったけれど、すべてはあの日からがらりと変わっていったのだった。


「……うわ、すごい人混み」


 私はそれらを掻き分けて、前に進もうと努力する。けれど、気づけば周りに振り回されていた。


「……あ、あの……すみませ…………ッ?!」


 急に誰かに腕を掴まれて、引っ張られる。すると、人が引いて道ができた。そしてその人は止まることなく歩き続ける。


「あ、あの?」


 人混みから抜け出したと同時に、その人の顔がよく見えた。


「あっ!」


 見覚えのある顔で私は驚く。すると、その人も初めて私の顔を見たようで――目を見開いた。


「じゅ、ジュン?!」


 辺りにいるどの生徒よりも背が高く、さらさらと流れる髪が美しい獅子の青年は、一二歩下がって口をぱくぱくと開閉させる。そのまま私を指差して叫んだ。


「オマっ……! なんでここにいるんだよ!」


「それはこっちの台詞だよ! アメリカにいたんじゃなかったの?!」


 アメリカにいた頃の私の友達――ロドリゲスじゅんは、あの日約束の場所に来なかった人。私との約束を破った人の内の一人……。


「戻ってきたんだよ、ニッポンに!」


「そ、そうなんだ……」


「オマエこそなんで……!」


「私は……その、日本に帰りたくなって……」


 貴方のせいで。という言葉は飲み込んだ。余計なことを喋ってジュンを傷つけないように――そう思って口を噤む。


「な、なんか、すごい偶然だな」


「……うん、そうだね。またジュンに会えて嬉しいよ」


 でも、これは本心だったから言葉にした。あれが最後だなんて思いたくない。あんな酷い別れ方はもう二度と経験したくない。だから、もう一度会えて……本当に良かった。


「オレもだ」


 ジュンがそう返してくれたことも、本当に良かった。


「ね、ねぇ。なんでさっき私の腕を引っ張ったの?」


 話題を逸らして話を繋ぐ。久しぶりだからどう話せばいいのかがわからない。緊張する。二年前のジュンはこんなに大人っぽくなかったのに。


「あ、あれは……困ってるヤツがいたからつい……」


 それは、ジュンも同じように見えた。


「あはは。ありがとう、ジュン」


「どうってことないぜ、あんなもん」


「相変わらずだね、ジュンは」


「オマエもな」


 そう言って私たちは笑い合った。周囲の目など気にもしないで、あの頃のように笑い合った。


「ねぇ、ジュンのクラスはどこ? 何部に入るの?」


「一組、バスケ部だ」


「クラスは別々なんだね。けど、そんなところも相変わらずだ」


「まぁな。お前はどうなんだよ」


 尋ねられ、私は一瞬迷う。けれど、答えはちゃんと出てきた。


「ジュンが入部するなら、マネージャーやろうかな」


「え? マネージャー?」


「うん。……中学の頃、一応マネージャーだったし」


「へぇ、意外だな」


 確かに、私はマネージャーではなく選手だった。ジュンが意外に思うのも無理はない。


「そうだね」


「じゃ、放課後そこに行くか」


「あ、ごめん。今日は無理なんだ」


 歩を止めて、私はジュンに謝る。ジュンも歩を止めて振り返り、訝しげな目を見せた。


「無理? オマエ、今日は初日だろ……って、まさかまた目か?」


「うん。こっちに戻っても一応通ってるの」


「……そういう割には、なんかオマエ吹っ切れたような顔してんな」


「そうだよ? もう、吹っ切れた」


 大丈夫、そういう意味を込めて私は笑った。


「……変わったな」


「ん? 何か言った?」


「いや、なんでもねぇ」


「そっか。じゃあ、私こっちの教室だから。またね、ジュン」


 あの頃と同じように手を振った。ジュンも、「おう」と言って手を振り返した。





 翌日の放課後。体育館に足を運んだ私は、彼と数日ぶりに再会した。


「猫宮君……」


「お久しぶりですね、黒崎さんっ!」


 驚きすぎて開いた口が塞がらない。彼は私がこの高校に進学していたことを知っていたのか、まったく驚かなかった。

 再会と言っても、会うのは中学校卒業以来。たいして間は開いてないから、再会を喜ぶほどのものでもないのかもしれない。でも、猫宮君は嬉しそうに笑っていた。


「なんだよ、オマエら知り合いか?」


「ロドリゲスくんこそ知り合いなんですか? 昨日はすっごく親しそうに話してましたよね?」


「……あ」


 あの時、猫宮君もあの場もいたんだ。そうだよね、あの場には新入生全員が揃っていたんだから。


「アメリカでソウカにバスケ教えてたんだよ。な?」


「うん。でも、そんなに長くは続かなかったんだよね」


「だな。アイツら、今思い出しただけでも腹が立つ!」


「落ち着いてよ、もう終わったことでしょ?」


「けどよ」


「けどじゃない」


「わ……わかったよ」


「よろしい」


 大人しくなったジュンを見上げ、私は満足そうに頷く。やっぱり、何年経ってもジュンはジュンだなぁ。あの頃を思い出してほっとする。


「で、そっちは?」


「僕たちは同じ中学校出身なんです! ね? 黒崎さん!」


 そして、それは猫宮君も同じだった。猫宮君は私の方へと歩み寄り、誰よりも素敵な笑顔を浮かべてジュンに向き合う。


「はぁっ?! てことはオマエ、あの東雲しののめのマネージャーだったのかよ!」


「ん? うん、そうだよ?」


「マジかよ!」


「おら一年! 喋ってねぇでさっさと来い!」


 ずっと三人で喋っていると、三年の先輩から怒られた。


「あっ、はい! すみません!」


 背筋を伸ばし、私はジュンと猫宮君の後を追いかける。これからこの二人と一緒に三年間を過ごしていくのだろう。そう思うと、自然と頬が緩んでいった。


 私たち三人を含めた新入生は四人だけ。全員先輩たちの前に並ばされて、改めて彼らに挨拶をする。先輩たちは値踏みをするような目で私たちを見、ジュンを期待した目で見上げていた。


「じゃあお前ら、自己紹介しろ。名前と出身と目標だけでいい」


「はいっ! ロドリゲス純、欧光おうこう中出身、元東雲の奴らを全員倒して、オレが一番強いことを証明してみせます!」


「ッ?!」


 そんなことを、ジュンは堂々と言い切った。


「お前には特別にもう一項だな。ロドリゲスって、どっかのハーフか?」


「はいっ! 父がアメリカ人で、母が日本人でした! 中一まで向こうで暮らしていました!」


「…………」


 知っている。私たちは、中一までずっと一緒だったから。


「黒崎さん?」


 そんな私を見逃さなかった猫宮君は、顔を覗き込んで心配そうに尋ねてきた。


「……ううん、大丈夫」


 首を振り、他の彼らの自己紹介を聞く。


奥村航平おくむらこうへいです! 桃山ももやま中出身、目標は……えっと、今よりももっと強くなることです!」


「アバウトだな。次」


「猫宮桃太郎ももたろうです! マネージャー志望で、東雲中出身、目標はみなさんを幸せにすることです!」


「東雲中出身……でもマネージャーか。次!」


「黒崎奏歌そうかです! 同じくマネージャー志望で、東雲中出身……目標は……」


 目標、かぁ。私の目標はなんだろう。


「私は、マネージャーとしてみなさんを勝たせます! そして、日本一になるみなさんを支えます! ……マネージャーも、仲間ですから!」


「ッ!?」


 刹那、隣の猫宮君が目を見開いた。


「ふぅん。なかなか言うんだな」


 先輩たちは拍手を送ってくれるけれど、「実質二人か」「そうだな」という声が聞こえてきた。


「バッカね。マネージャーも大事な戦力よ、ナメないでちょうだい」


「うわっ、すんません姉御!」


「すんません姉御〜!」


「わかればいいのよ」


 ふんと鼻を鳴らす先輩は、私と猫宮君に拍手を送る。みなさん姉御と呼ぶけれど、彼はどう見ても青年だった。


「オマエ……」


「ん?」


「今の……」


「へ、変だった?!」


 ジュンが変だと思うのなら、変なのだろう。私は俯き、恥ずかしくなって意味もなく数歩下がる。


「いや……。オレの知ってるオマエはあんなこと……」


「えっ?! な、何? もう少し大きく……」


「なんでもねぇよ!」


「なんでもないんですか?」


 そして、ジュンの方は不思議そうな表情をする猫宮君に圧倒されて数歩下がった。


「猫宮君、その……ありがとう」


「え? 何がですか?」


「猫宮君に出逢ってなかったら、あんなこと……思いもしなかった」


「…………」


 仲間だって言ってくれたから、私は心からそう思えた。猫宮君が気づいていたから、私の言葉を聞いて目を見開いた。


「だから、ありがとう!」


「ッ! は、はいっ! 僕の方こそありがとうございますっ!」


 猫宮君が優しく微笑む。猫宮君はいつだってそんな表情をしてくれる心が綺麗な人だった。


「何がありがとうなんだか」


「ロドリゲスくん、わからないなら口出ししないでください」


「はぁ?!」


「君たち三人とも仲良いね」


 奥村君が羨ましそうに私たちを見回すけれど、猫宮君とジュンは仲が良いんだろうか。私と猫宮君が再会する前から出会っていたみたいだったけれど。


「あはは……」


「おい、一年! 喋ってないでこっち来い! 経験者ならある程度実力見せてくれよ!」


「わかりましたー! オクムラ、行こうぜ」


「あぁ、うん」


 駆けていくジュンと奥村君の背中を眺め、私は猫宮君と残される。私たちは顔を合わせ、どちらかともなく笑みを零した。

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