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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
コウサノレンサ
29/88

第一話 卒業

『一位と最下位は同時に発表!』


 ピタッと箸を持つ手が止まった。

 ニュース番組の合間にある星座占いを見るのが私の日課で、今日も最初からそれを見ていた。けれど、ここに来るまで私の星座は呼ばれていない。


『一位はおひつじ座の貴方! 今日は何をやっても上手くいく日!』


『……あ!』


 やったと、心の中でガッツポーズをする。そしてさっきの占いを脳内で何度も何度も繰り返した。


『よしっ!』


 占いも聞けたことだし、ガタッと私は椅子から立ち上がる。食器を片づけていると、洗濯物をまとめているお母さんがリビングに顔を出した。


『今日はやけに早く食べたわね』


『うんっ。今日は大事な日だから!』


 興味なさそうなお母さんの真横を通りすぎた私は、玄関に置いてあった鞄を手に靴を履く。一刻も早く家を出て、一刻も早く学校に行きたかった。


『いってきま〜す!』


『いってらっしゃい』


 片手で手を振りながら家を出る私を一瞥したお母さんは、さっさと洗濯機のある部屋へと姿を消した。


『早く行って準備しなきゃ』


 東雲しののめ中の入学式の日を祝うかのように、外では桜が咲き誇っていた。





『……よいしょっ、と』


 ごとっと、教室から持ってきた椅子を正門前に置く。即興で作ったメガホンを片手に靴を脱ぎ、私は椅子の上に立った。

 ふぅと一息ついて辺りを見回すと、不思議そうに新入生が私を見上げてくる。私はにっと笑顔を作って、お手製のメガホンを口元に当てた。


『来たれ、東雲中女子バスケットボール部へ〜!』


 メガホンを使っても、朝の入学式の正門から聞こえてくるざわつきのBGMは増すばかりだった。それがちょっと予想外で初っ端から戸惑う。


『えっと、女バスは部員が私だけです。なので、バスケットボール初心者でもだいかんげ〜! バスケ好きはだいだいだいかんげ〜で〜す!』


 それでも私は占いを信じて喋り出す。


『何をしている、あかり


『あ、たくちゃん』


 そんな私に応えるように、新入生の人混みを掻き分ける人がいた。二つ年下の幼馴染み――緑川拓磨みどりかわたくまは切り揃えた前髪の真下にある目で私を見上げている。

 拓ちゃんは中学一年生にしては身長が高い方なのだけれど、年上で椅子の上に乗っている私の方がまだ高かった。


『あのね、新入生たちを部活勧誘しているの〜』


 私がそう答えると拓ちゃんは盛大にため息をついた。眉間を抑える拓ちゃんは


『入学式当日に部活動勧誘するバカがいるか。さっさと下りろ』


 と頭を抱えた。


『えぇ〜。じゃあ拓ちゃんが入部する?』


『断る。そもそも俺は男子で、入部するのは男バスだ』


 呆れた表情をまったく崩さない拓ちゃんは、数歩後ろに下がる。人目を気にしているのか拓ちゃんはキョロキョロと周りを見て耳を赤らめた。


『……灯、早くしろ』


 拓ちゃんを困らせているのは痛いほどにわかっている。わかっているけれど、私は昨日の出来事を思い出していた。


『…………だって、このままじゃ……本当に廃部しちゃう……』


『あ、灯?』


 気づけばぼろぼろと涙が溢れていた。誰にも見せないらしくない涙に、拓ちゃんが戸惑う。


『……ッ! うわぁ、あぁ……っ』


 私の側にいた拓ちゃんは、本格的に泣き出した私を見て悔しそうに顔を歪めた。家が隣同士の拓ちゃんは、年が離れていても幼馴染みの私の苦労を知っている。

 拓ちゃんは優しい人だから、人目を気にしていても私の側にいてくれた。


 ――廃部。


 女バスは現在、男バスの勢いに飲まれて人数が激減していった。今年で三年の私は、すべてが最後。だから、なんとしてでも部員を得て、全中に行きたい。そう思っていた。





「……い、起きろ!」


「ん〜……、あとちょっとぉ〜……」


 激しく揺さぶられる。私はその手を払った。


「馬鹿か! 今日は全中の決勝戦だろ!」


「えっ?!」


 がばっと勢いよく起き上がる。ごちんと私と拓ちゃんの額がぶつかって、痛みに悶絶していると徐々に蝉の鳴き声が聞こえてきた。

 つい最近まで春だったのにと、汗ばんだパジャマをつまんで風を入れる。


「っな?! 馬鹿! 破廉恥だぞ!」


 顔を手で覆い、慌てる拓ちゃんはめちゃくちゃ可愛い。


「むふふ。拓ちゃん、見た……」


「お前のなんて見る価値もない!」


 ……そこまで否定しなくても。私は拓ちゃんが目隠ししている間に着替えるけれど、その間、一瞬たりとも拓ちゃんが私を見ることはなかった。


「着替えたよ〜」


「もう二度と俺の目の前で着替えるな!」


「はいはいはいはい、わかったわかった」


 少し唇を尖らせて私は部屋を出る。拓ちゃんも慌てて部屋を出て、私の後を追いかけてきた。


「あ、お兄ちゃん! お姉さん!」


 一階に下りると、拓ちゃんの妹の真子まこちゃんがいた。


「真子ちゃんも来てたんだ〜」


「うんっ! お兄ちゃんとお姉さんの大事な決勝戦だからね!」


 と、小学校低学年の真子ちゃんは私たち以上に楽しそうにしている。


「拓磨くん、ごめんなさいね。灯がいつも迷惑をかけて」


「……いえ、いつものことですから」


 拓ちゃんの家と私の家は隣同士で、早朝から家に来れるほど仲がいい。その影響もあって私たちは家族ぐるみのつき合いだけど、拓ちゃんは私の両親のことをあまり好いてはいなかった。


「そういえば拓ちゃん。私、今日のラッキーアイテム持ってないんだよねぇ〜」


 昨日発表された今日の占い。私は良くも悪くもなかった。


「なんで俺にそんなことを言うんだ」


「あれ、お兄ちゃんアレ渡さないの?」


「ッ!?」


「え〜? あれって何〜?」


 妹の口を全力で塞ぐ拓ちゃんに聞けば、後でわかると怒鳴られた。




「やばっ、決勝戦って緊張する……」


ゆいちゃん、私も緊張するかな……」


「わかる。……あたしもミニバスの時よくなったなぁ」


「今も、の間違いではありませんか?」


「なにおうっ!」


「ほ〜ら、喧嘩はダメ〜!」


 むぐっ、とことちゃんとりんちゃんは両手で自分の口を塞ぐ。唯ちゃんとうさちゃんは深呼吸を繰り返していた。


「そんなお前でも一応、それなりに監督をやれているんだな」


「拓ちゃんひど〜い!」


 一緒に会場に来た拓ちゃんは、私たちを一瞥して納得したように頷く。


「では、会場に入りましょうか」


 凜ちゃんの指示でみんなが動いた。そんなみんなの後ろ姿を改めて見て、私は自分の運の良さに感心する。


「運命って、本当にあるんだな……」


 特に誰かに聞かせるわけでもなく、呟く。


「当たり前だろう」


「……聞いてたの?」


 拓ちゃんは、「聞こえたんだ」と怒ったように答えてきた。


「そう言う割には今日のラッキーアイテムを用意できていないみたいだがな」


 呆れた様子の拓ちゃんに言い返す言葉を持たず、私は項垂れる。すると、拓ちゃんはスポーツバッグの中から何かを取り出した。


「……これをやるから、項垂れるな」


「え?」


 顔を上げれば、左手で白いリボンを差し出す拓ちゃんがいた。

 二歳年下なのに私よりも背が高い拓ちゃんは、照れ隠しなのか全然私を見てくれない。


「……早く受け取れ、馬鹿」


 私は、目の前のリボンをじっと見つめる。今日の私のラッキーアイテムは、間違いなくそれだった。


「……ありがとう、拓ちゃん」


 手を伸ばせば、拓ちゃんの手からリボンがするりと離れた。


「負けたら承知しないからな」


 そう言い残して、拓ちゃんは男バスの集合場所へと向かっていく。一人残された私は、会場の自動ドアの手前でこっちをずっと見ていた後輩たちと合流した。





「拓ちゃ〜ん、助けて〜!」


 目の前の窓に向かって私は嘆く。視界に入る木々はきれいに、真っ赤に、燃えていた。


「うるさい馬鹿!」


 がらっと勢いよく開けられる窓から、怒った拓ちゃんが顔を出す。


「だって! このままじゃ受験に落ちちゃうよ〜!」


「知るか馬鹿!」


 冷たい態度を取り続ける拓ちゃんに向かって不貞腐れる。これ以上は不毛な争いが続くだけだ。だから私は、思い切って拓ちゃんの部屋の中に自室の窓から飛び移った。


「んごっ!?」


「ふ〜っ!」


 振り返れば、もぬけの殻と化した私の部屋。それと、顔を両手で覆う拓ちゃんがいた。


「拓ちゃんっ! 私に勉強教えて!」


 きっと拓ちゃんが私を睨む。それでも、私に頼まれたら断れないのが拓ちゃんだ。渋々と拓ちゃんは折り畳み式のテーブルを出し、私に教材を広げさせる。


「……この程度の式もわからないのか」


 眉間を手で押さえながら、拓ちゃんは呆れた声を出す。私は唸ってみるけれど、数式が怯えて答えを教えてくれるわけがなかった。


「やめろ馬鹿、見苦しい」


「はぁ〜い」


 こてんと、無機質なテーブルに頭を預ける。真子ちゃんが出してくれた温かいお茶は冷めていた。


「……ったく、お前はもう少し危機感を持て。もう秋だぞ?」


「ん〜、そうなんだけどね〜」


 夏に全中で優勝したことが、つい昨日のことのように思えてならない。

 蝉の鳴き声はいつからか聞こえなくなり、今ではコオロギが鳴いていた。





 はぁ、と息を吐く。気づけば白い息になるほどに、寒い季節となっていた。


「……それ、随分と伸びたな」


「……え?」


 通学路で隣を歩く拓ちゃんを見上げる。伸びたと言えば、拓ちゃんだって身長が伸びた。私の場合、成長期はとっくに終わっているけれど……。


「身長なわけがないだろ、馬鹿」


 考えていることを見透かされて、私は拗ねる。


「……じゃあ何?」


「……髪だ」


「髪……?」


 言われてみれば、夏に引退した時から髪は一度も切っていない。女の子らしく――そういう他愛もない理由で伸ばしていた髪は、もう脇まで伸びていた。


「……もう半年だね〜」


「……そうだな」


 あと少しで受験して。あと少しで卒業して。


「拓ちゃんとの中学生活、短かったな〜」


 あっという間。思い出はたくさんあるはずなのに、おかしいな。


「……まだ、終わってない」


「ッ?!」


 珍しく拓ちゃんがそう言った。そんなことを言うのは珍しかった。


「そうだね。……終わってないね!」


 わざと明るく笑ってみる。こういうのは得意だ。毎日会おうと思えば会えるのに、こんなに寂しくなるのはきっと気のせい。


「拓ちゃん、雪合戦する? 思い出作りに」


「断る。汚れる上に遅刻するだろ」


「え〜?」


「一人でやってろ」


「ッ!」


 ぴたっと自分の足が止まった。拓ちゃんは訝しげに振り返り、私を急かす。


「……あ、ごめん」


 慌てて歩を進め、なんでもないようにもう一度笑った。


(……もう、一人はやだな)


「拓ちゃ〜ん!」


「……なんだ」


「私、待つよ。二年後に、拓ちゃんが高校生になるのを」


「……同じ高校とは限らないだろ?」


 真っ白な息を吐き、拓ちゃんは私を置いてさっさと行ってしまう。


(……あ、そっか)


 やっぱり寂しくなった。寂しさは、一生拭えないのだと思った。





 まだ少し肌寒い風が吹いた。


「拓ちゃ〜ん、まだ桜咲いてな〜い!」


 卒業式には桜、そういう考えを根本から壊されたようで悲しくなる。


「お前も今朝寒いと言っていただろ。咲いているわけがない」


 年下の拓ちゃんに諭されて、私はまた拗ねた。


「これから卒業式だね〜」


「あぁ、そうだな」


「これが終わったら、すぐ入学式だよ」


「……あぁ、そうだな」


「あ、じゃあ入学式にちょうど咲くのかな?」


「……あぁ、そうだろうな」


 さっきから拓ちゃんは、「あぁ、そうだな」としか言わない。


「真ちゃん? 聞いてる?」


 振り返れば、顔を伏せた拓ちゃんがいた。


「……真ちゃん?」


「……こっちを見るな」


 そういえば、小学生の時の卒業式で拓ちゃん泣いてたっけ。


「また泣いてるの〜?」


「うるさいな……!」


 ふふっと、私は小さく笑った。心から笑った。

 寂しいのは私だけじゃない。そう思ったら、安心したから。


「笑うな馬鹿!」


「ごめんごめん」


 少し背伸びをして、拓ちゃんの頭を優しく撫でた。


「子供扱いするな!」


「え〜?」


 言われて気づく。私が背伸びをしている時点で、拓ちゃんはもう子供じゃないのかなって。


(むしろ、私の方が……)


 その時、拓ちゃんと目が合った。拓ちゃんの白目は、やっぱりと言うべきか充血している。


「だいじょ〜ぶ! 私が毎日毎日拓ちゃんの部屋に遊びに行ってあげるからさ!」


 反射的に言葉が出た。そのまま、安心させるように笑った。

 ……子供っぽいと思われてもいい。小さい頃から、笑って生きていこうって決めたから。


「……迷惑だ」


「そんなあっさり!」


 眉を顰めて言われたから、これは絶対に本気だ。私は渋々と拓ちゃんの頭から手を離し、手首を回した。


「……それよりも、お前が俺の部屋に来るんじゃなくて俺が毎朝お前を起こしに行くような気がする」


「え〜?! それはないよ〜!」


 一応否定はするけれど、そうなったら嬉しいなぁと考えている自分はなんなのだろう。弟のように可愛がってきた拓ちゃんが成長したと知って、甘えたくなったのかな。


「……言ったな?」


「うっ!」


 一瞬光った拓ちゃんの瞳に一瞬怯み、なんでもないように胸を張る。


「……ない胸を張ってどうするんだ」


「えっ?! 拓ちゃんひどい! そんな風に思ってたの?!」


 鼻で笑って帰ろうとする拓ちゃんの背中をぽかぽかと叩きながら、私は最後に校舎を一瞥した。


(……さよなら)


 じんわりと熱くなった目頭を押さえ、また必要以上に拓ちゃんを叩いた。桜はまだ、蕾だった。





「拓ちゃ〜ん!」


 間延びした声が部屋の外から聞こえてきた。舌打ちをして窓を開けると、予想通りそこには幼馴染みの灯がいた。


「なんの…………ッ?!」


「どう?! 新しい制服なの!」


 中学の時と違ってセーラー服を着ている灯には、違和感しかない。


「……何をしている。まだ春休みだろ」


「え、入学式前には一回着てみない?」


「少なくとも俺は着なかった」


「え〜……?」


 一メートルしかない隙間の向こうにいる灯は、不満そうに頬を膨らました。


(……子供か)


 そう思うほど、灯の表情はよく変わる。まぁ、見ていて飽きはしないからいい。


「まだ制服に着られている感があるな」


 それだけ言って窓を閉めた。灯が何か言っている気がするが、無視を決め込んで勉強を再開する。


(……よくあれで合格できたな)


 留年すればいいのに。そうすればもう、灯のことを追いかけなくて済むのに。

 それは無茶な話だった。俺の身勝手な願いだった。

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