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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
廃屋寸前物語
25/88

第三話 逃避

 ……青森でも、桜は咲くんですね。そんなことを思いながら、常花じょうか高校の敷居を跨いだ。

 先月、唯一の肉親であるお父様が他界してからの初めての式典。名家と会社は叔父様に継がれ、私はもう何も怖くないと思えるようになっていた頃だった。


「え、お前が女バスの主将? マジで?」


「勿論だ。フッフッフッ、我が監督も我の力を認めた証拠だな」


「……黙れ厨二病患者。私たちはまだ、主将になったってこと認めてないから」


高崎たかさき先輩、女バスは終わった。もし何かあったら僕らは男バスのマネするぜ」


「ちょっ……! フッフッフッ、我が力に臆したか二年!」


星宮ほしみや双子。この厨二病、いくらでもシバいていいからな」


「もうシバいてます。ね、ゆめ


「そうだなあい。シバき倒そう」


「人の話を聞いてぇぇぇえ!」


 なんですかあのせんぱ――いえ、先輩とも思いたくない……! 私が入学式の時に視界に入れる先輩は、何故いつもあんな風に残念なのでしょう。歩きながらそう考えた。


「……え?」


 視線を上げると、こちらに向かって歩いてくる人が一人。

 かつて、その髪色を飽きることなく見続けて。かつて、その声を堪らなく聞きたいと思って。かつて、私はその人に――。


「な、なんで……貴方がここに……」


「はぁ? 何? そんなの僕の勝手でしょ?」


 どくんと心臓が高鳴った。全然違う。かつてじゃない。私は、今も――


こうっ!」


 ――洸のことが好きなんだ。


 洸は表情を変えず、そして歩く速度も変えずに


「きゃっ……!」


 私のことを抱き締めた。


「こ、洸……!」


 言葉を発するごとに、強く抱き締められていく。


「……やっぱ、クマさんの言う通りだ」


「え……?」


「あんたたちって変に不器用だし、放っておくとありえないことするし」


 最後の方は、震えた声だった。

 ……ありえないこと。私の場合は、転校なのでしょうか。


「あの、もしかして……クマさんとは、緑川みどりかわさんのことですか?」


「そだよ?」


 素っ気なく洸が言う。私は笑い、緑川さんのことを思い浮かべた。


「……敵いませんね、緑川さんには」


「ていうか、それ以上クマさんの話するの禁止。いくらリンでもぶっ殺すからね?」


「そっ、それは困ります!」


「はぁ……? 変なリアクションしないでくれる?」


「えぇ……?」


「ま、僕がぶっ殺さなくてもトリちゃんがリンを握り潰すけどね〜」


「……トリちゃんって、琴梨ことりですか?」


 未だに洸が使う呼び名が把握できない。これからもつき合って行くのなら、聞かなくてもわかるようにしないと。


「そ。これはトリちゃんからの伝言」


「握り潰す……言ってくれるじゃないですか」


 琴梨はそんな台詞、割としょっちゅう言ってそうですもんね。そう思ったら笑ってしまった。


「……あ」


「はい?」


 見上げれば、洸が私を凝視していた。


「なっ、なんにもない! こっち見ないで!」


 慌てて視線を逸らす洸を見て、私は抱き締められたままだということを思い出す。一気に押し寄せてくる羞恥心に耐えながら、私はとんと洸の腹部を押した。


「……ッ!」


「…………」


 意味が通じたのか、すっと洸の腕が体から離れる。


「……あ、あの、体育館に行きましょうか」


 このままだと入学式に遅刻します、そうつけ加えて返事を聞く前に歩き出した。





「……あ」


 僕は、ついさっき離した腕を伸ばす。けれど、どうしてもリンに触れることができなかった。

 開花が遅い青森の桜は、入学式の今日ちょうど散っている。その中を、僕に背中を向けて歩く彼女。行き場を失った右腕を、僕はゆっくりと力なく下げた。


「…………」


 僕は、この三年間で誰よりも背丈が伸びたという自負がある。けれど、かっこいいからって理由でやっているバスケで役に立っても、肝心な時に役に立たないことがあっていいのかな。

 ボールを奪えるこの腕が、リンに届かないと言うのなら――これはただのガラクタだ。そう思った。気づいたら拳を痛いくらいに握り締めていた。


 僕を傷つける僕の力。それも年々強くなっていって、無力だった頃の自分の力はどこにもない。

 僕は一度も笑えなかった。





「おい、厨二病」


 振り返ると、幼馴染みの高崎が立っていた。


「反応したってことは、厨二病って自覚あんのか?」


「うるさいな! 我には茅野空かやのそらっていう名前があるんだ!」


 にやにやと笑う高崎の脛を蹴り、痛みに悶絶するこいつを見下ろす。


「フッフッフッ、我を侮辱するからだ!」


「茅野、前は〝プロミネンス空〟と言ってなかったか?」


 我妻あがつまが何か言っているが、こういうのは無視に限る。


「あれっ?! 俺無視された?!」


「愛、夢」


 呼び掛ければ、双子は揃って顔を上げた。物凄く嫌そうな顔をされたのは気のせいだろう。


「一年に〝東雲しののめの幻〟と〝東雲の魔物〟が入学したと聞いたが。それは本当か?」


「そういえば、紫村しむら洸が男バスに来るんだよな?」


「あぁ、そう聞いているが?」


 完全復活をした二人が脇で何かを話している。よし、今度はもっと強力なのを与えてやろう。


「……本当だけど? つか、僕らは厨二病患者の下僕じゃねぇし」


「そんなのを確認してどうしたいんだか。指図するな、厨二病」


「貴様らもっと先輩われを敬え!」


「わかる。その気持ちわかるぞ、茅野」


 ぽん、と我より四十センチほど高い身長の我妻が肩に手を置く。


「気安く我に触るな! 消えろ!」


 足の小指に集中攻撃をすれば、我妻は一気に戦闘不能になった。


「せこ」


「ださ」


「……お前、ほんっと残念だな」


「フッフッフッ。誰がなんと言おうと我は巨人を倒した! てことで貴様ら我を敬ってください!」


「よーし、星宮双子。入学式始まるから体育館に行こうぜ」


「そうですね、高崎先輩」


「わかったよ、高崎先輩」


「あれぇっ?!」


 妙に「高崎先輩」を強調して連呼までする双子を連れて、高崎は体育館へと向かう。残されたのは、我と踞っている我妻のみだった。





 入学式はあっという間に終わった。そう感じた。クラスごとに列を作り、自分たちの教室へと向かう。

 来た時は洸と一緒に体育館へ向かっているつもりだったけれど、気づけば私一人で歩いていた。……洸、どこに行ったんでしょう。


 そんなことを考えていたら、不意にあることに気がついた。どうして洸は、わざわざ青森に来たのでしょう。

 実家が東京にある洸ならば、わざわざ青森に来る必要はない。さっきははぐらかされてしまったからか、無性に気になって仕方がなかった。


「……あ」


 どくんと一瞬胸が高鳴る。駄目駄目駄目、そんなの自意識過剰すぎる……!

 私は、少しでも期待した自分を恥じた。





 ……僕、どうして青森に来たんだろ。そう思った。自分の席に座って、何も感じずに飴を口の中に運ぶ。

 味なんてまともに味わずに、機械のように口を動かしていた。


「洸くん!」


「んー……?」


 顔を上げると、同じ中学の――〝東雲の魔物〟なんて呼ばれていた千恵ちえが立っていた。


「は? なんであんたもここにいるわけ?」


「あれ、言ってなかったっけ?」


 苦笑いをする千恵に苛立ちを覚えながら、なんの用、とだけ聞く。


「用ってほどの用もないんだけど……。ほら、青森って知り合いいないからさ、アウェーなんだよね」


 その言葉に、たった一つの疑問が浮かんだ。


「……あんたはさ、なんで青森に来たの?」


 少しでも、今の僕に近い状況に置かれた千恵から何かを聞けたなら。そうやって、ちょっとだけ期待した。


「え、なんでって……」


 うーん、と千恵は唸る。


「言っても洸くんには多分わからないよ?」


「別にそれでもいいし。あんたのことなんて理解できるとも思ってないし?」


 僕自身、自分の気持ちがわからないんだから。


「逃げたかったからだよ」


 妙にはっきりと千恵がそう言い放つ。


「何から?」


 相槌を打ったのは、それほど気になった証拠だった。


「〝東雲の魔物〟……みんなから、かな」


 ほら、やっぱりわからないよね。そう言って千恵は苦笑いをした。千恵はその時のことを思い出しているのか、目を細めていた。


「推薦もあったし、洸くんにも来てるって聞いてたから、つい何も考えないで来ちゃったんだ」


 ふーんと返した瞬間、さっきの台詞の一部が引っ掛かった。


「何も……考えないで……?」


 そうだ。


「うん。私、バカだよねー」


 自虐的に笑うが、千恵の目は笑っていない。


「そだね」


 僕は――。


「え……。ちょっとは否定してよ……」


「やだ」


 飴玉を全部口の中に放り込んで立ち上がる。本能的に、今、リンに会わなければと思った。


「ねぇ、リンってどこのクラスか知ってる?」


「……え? 隣のクラス、だったかなぁ……」


 走り出そうとする足を抑えつけ、なんでもないように歩き出す。隣のクラスなのに、異様に長い道のりだと感じるのはどうしてだろう。


「って、いないじゃん!」


 びくっと、扉付近の女子の集団が震え上がった。


「あ、あのさぁ……」


 恥を忍んで、確認の為に一応聞く。


「……あぁ、その子なら早退したよ?」


「……はぁ?」


 胸騒ぎがしたのは、多分、気のせいじゃない。





「……ただいま帰りました」


 自分で鍵を開けたにも関わらず、ついついそう言ってしまう。引っ越してきたあの時は、お父様と私、使用人が数名いたということで――東京と同じくらいの広さの家を建てていた。けれど、お父様の死後、使用人を雇う必要がなくなった家は私一人が住んでいる。

 東京の家を受け継いだ叔父が、私を引き取ると言ったくれた。けれど、これを機会に私は一人暮らしを望んでいた。けれど、何十の人が暮らす予定で建てられたこの家。それを私のみが使っているのだから、大袈裟に言えば敷地の大半が廃屋みたいなものだった。


「お父様、どうしましょう……! 生まれて初めて早退してしまいました……!」


 仏壇に手を合わせて、今さらながらとんでもないことをしてしまったと思う。

 緊張で気分が悪くなって――という理由ではあるけれど、何故かそれだけではないような気がしてならなかった。


「……洸」


 自然と出てきたその名前に、過剰に驚きはしなかった。


「そういえば……」


 と、今日早退する前に貰った部活動紹介の冊子を取り出す。今のうちに見ておきましょう。別に損はないでしょうし。そう思ったからだった。

 洸が来たくらいだから、男バスはあるんだろう。今朝の残念な先輩方は、女バスと言っていた。ページを捲る度に様々な部活が視界に入ってくる。その中には――


「これは……」


 ――茶道部もあった。


「……どうして」


 ぐしゃっと、柔らかい冊子が潰される音がした。

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