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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
廃屋寸前物語
24/88

第二話 千切れる

 そして、季節は巡った。

 遅く咲いた桜が舞う中、部活動勧誘が一斉に始まる。私は茶道部の看板を持ち、一人でずっと立っていた。


 ……部員、たくさん来るといいな。不意に一年前の茶野さの先輩を思い出す。当時は醜いと言っておきながら、そうでもしないと入らないかも――という焦りを私は一人で感じていた。


「あ……」


 なんの運か、目の前のブースにゆいが立っていた。その隣にいるのはちぃではなく、腰まで髪がある見たことのない少女と執事服の青年だ。


「……松岡まつおか、来ないでって言ったじゃない」


「ですがお嬢様。私はお嬢様が心配なのです……」


 思い出した。彼女は名家である銀之丞ぎんのじょう家の――って、もしかして、ずっと幽霊部員だった?


「写真に興味ないですかー?」


 その隣は写真部で、幽かにうさぎの姿が見えた。そして、その前の道を堂々と歩く帰宅部の琴梨ことり


「ッ!」


 私は初めて、チームがバラバラになったと実感した。わかっていたことだったけれど、それを視界の中で見たことは一度もなかった。


 辛くて部活動勧誘どころではなくなって、私は部室に戻って両膝をつく。


「……はぁ」


 結局、茶道部は一人も来なかった。風の噂で女バスに二十人の新入部員が入ったと聞いた私は、余計に虚しくなる。


「……良かったですね、茶野先輩。唯」


 和室の一室で膝を抱え、気づけば涙を流していた。去年は女バスを負けさせまいと、異常に奮闘し。廃部には――体育館を廃屋にはさせまいと努力し。その道が断たれた時、新たな私の居場所はまた廃屋寸前で。


「……神様は、意地悪ですね……」


 そして私は、それを神のせいにした。


「うじうじし続けているのはいけません! 一人も案外、悪くないでしょうし……!」


「えぇ〜、なんで?」


「んぬぁ?!」


「何それ、流行ってんの?」


 振り返ると、初めて会った時よりも成長した紫村しむらさんが不思議そうに立っていた。


「しししし紫村さん?!」


「変なの」


 そう言って彼は、少し笑った。そして彼はいつものように畳に寝転がる。


「紫村さ……」


こう


「……え?」


 すると、閉じられていた瞳が開いて私を捉えた。


「敬語しか話せないならさ、せめてそう呼んでよね」


「…………わ、わかりました」


 私は頷き、紫村さん――洸の傍らにゆっくりと座る。洸は、気持ち良さそうに座布団に包まれて微睡んでいた。……何故でしょう、可愛く見えるのは。


「そういえばさー、僕、リンの全中の試合全部見たよ」


「へ……?」


 一瞬、洸の言葉の意味が理解できなかった。


「ま、録画だけど」


「みっ、見たんですかっ?! 全部?!」


「今さら何恥ずかしがってんの? 最後らへんは生で見てたのそっちだって知ってるじゃん」


 私の全中。それは、たった一つしかない。


「ねぇ、リンはなんでバスケ辞めたの? 僕、リンたち全員才能あると思うよ。今の女バスの方がさっさと辞めろって感じだし」


「そ、それは……お父様が……」


 痛い所を突かれて口が上手く回らない。


「もう二度とやんないの?」


「……はい」


 けれど、そこだけははっきりと言えた。


「ふーん。……やっぱり、ケンやクマさんの言う通りだ」


「ケンやクマさん?」


 赤星あかほしさんと緑川みどりかわさんのことでしたっけ?


「クマさんが、〝東雲しののめの幻〟は頑固で意地っ張りだって。試合に勝つ為に、自分を追い込みすぎてそれが普通だって思ってるって。控えがいなくて、いつもギリギリで戦ってたから、仲間以外は頼らないって。……そんな子しかいないって」


「あ……」


 そして、さらに痛い所を突かれてしまった。思い返せば、確かに当たっているような気がする。


「……リンも、頑固で意地っ張りだね」


「ッ!」


 ぐっと、溢れ出しそうな何かを堪える。


「ほら、今だってそうじゃん。何我慢してんの? 何がしたいの? 僕意味わかんないんだけど」


「ッ!」


 気づけば視界がぼやけていた。


「…………」


「うっ、ッ! っく……!」


 じんわりと、温かい雫が目元から零れた。その時、ポンと頭の上に何かが乗せられる。

 ぼんやりと見えたのは、洸が起き上がっているということだけでよくわからない。ただ、頭上のそれが大きく、温かく、ゆっくりと動いていたことで洸の手なのだと判断できた。


「……ありがとうございます」


「何? 僕別に何もしてないからね?」


「……え、そうなんですか?」


 もしそうだとするのなら、恥ずかしい。慌てて涙を拭いて確認しようとしたけれど、全力で洸に阻止された。


「あーもう! 見なくていーから!」


 焦りを交えたその声に比例して、わしゃわしゃと頭上のそれが動く。


「ふふっ」


「笑うな!」


 今の洸は、一体どんな表情をしているのでしょう。けれど、それ以上知りたいとは思わなかった。





「ええっ!? 本当に紫村君がそう言ったんですか!?」


「はい。何か変ですか?」


 あの日からだいぶ経った初夏。私は、同じクラスの黒崎奏歌くろさきそうかと食堂で話をしていた。

 彼女はアメリカからの帰国子女で、現在では男バスのマネジャーをしている。


「変も何も、紫村君が人を褒めることなんて滅多にないですよ?! 猫宮こみや君にはよく言いますけど……」


 奏歌は俯き、カレーライスをぐるぐると混ぜ始めた。


「……詳しいんですね」


 そのことに関して、私はむっとした態度をとってしまう。……何故でしょう。


「だって紫村君、同じ部活だし……。私がよくお世話になっている猫宮君とずっと仲良くしている方ですから……」


 確かに、洸はずっと猫宮さんのことを「モモ」と呼んで慕っている。……いや、懐いていると言った方が正しいのでしょうか。


「違う違う。凜音、ちょっと奏歌に嫉妬してるだけだって」


 頭上から声がしたかと思えば、そこには琴梨が立っていた。


「してません」


「事実っしょ」


 にっと笑い、勝手に隣の席に座る。


「よっ、奏歌」


「どうも、琴梨ちゃん」


 琴梨が手を上げ、奏歌が軽くお辞儀をした。


「で? なんの話をしてたらそんな話になるんだ?」


 そして、奏歌の勝手な回想が始まった。


「うっわ、意外。つーか照れる!」


 琴梨はバカみたいに照れた仕草をし、にこにこと笑う奏歌と話を弾ませる。


「ですよね?」


「なんなんですかぁ、一体」


 話についていけなくて、私は一人苛立ちを募らせた。彼女たちが、私の知らない洸の話をしたせいですね。


「つーかさ、てことはあんた紫村に気に入られてんじゃね?」


「……は?」


 琴梨の思わぬ発言に、私は固まる。感じていた疎外感が一瞬にして行き場を失ってしまった。


「……そう言われれば、そうかもしれませんね」


 奏歌が顎に手を据えて、ふむふむと頷く。


「え、ちょっ……奏歌まで……! 何故ですか……!」


「紫村君に猫宮君並に気に入られたということは、そういうことなんじゃないですか?」


 いつもはそうじゃないのに、今回は何故か食い気味だ。奏歌のツボはよくわからない。


「もうっ、からかわないでください! 絶対にそんなことはありませんから!」


「「あ」」


 私がそう叫んだ瞬間、何故か二人が固まった。私が気づいた時にはもう遅く、背後にただならぬ気配と大きな影が私のことを包み込む。

 振り返ることができずにいるが、なんとなく誰かはわかってしまう。


「……ねぇ、ちょっといい?」


 棘のある声色は、私の希望を粉々に粉砕させていた。振り返り、洸がいるのを確認し、洸に手首を掴まれる。そのまま引っ張られて私たちは食堂を後にした。


 掴まれた右手首がじんじんする。痛い……のもあるけれど、やけに熱い。


「…………あのさぁ」


「ッ?! はっ、はい!」


 連れてこられた場所は、何故か和室の手前だった。裏返った声に冷や汗を掻くけれど、彼は気にもせず扉を弄る。


「……あ、それ、鍵がないと開きませんよ?」


「なにそれ、初耳なんだけど」


 洸は不服そうに足を上げた。


「ちょっ! 壊したら駄目ですよ?!」


 洸の男性の体に、木材の扉ではあまりにも脆すぎる。そう思った私は、一気に彼を自分の方へと引き寄せた。……はずだった。


「んなっ?!」


「へっ?!」


 間近で大きな音がする。私の体は、重りがつけられたようにびくとも動かなかった。


「…………」


「…………」


 それは、洸が私の上に覆い被さっているからだった。





 ……最近、思うことがある。リンを見ていると、胸のこの辺りがムカムカするって。それがなんなのかはよくわかんなかったけれど、気持ち悪いと思っていた。


『…………。紫村、少しあいつらの話をしよう』


 クマさんにそれを聞けば何故か話を逸らされる。苛々したけれど、話を聞いているうちにこの気持ちがなんなのかを理解した気がした。

 ……リンも、同じ気持ちだったらいいのに。そう思った。のに。


『絶対にそんなことはありませんから!』


 そんなことないって、なんで言い切れるの? じゃあ僕は、どうすればいいの?


「…………」


 どうすれば――


「――好きなんだけど」


「……ぇ」


 ぎょっと、リンが目を見開く。僕も僕で、口走っていた内容に驚いた。


「…………あ」


 ぎゅっと自分の拳を握る。僕は今、初めて怖いと思ったかもしれない。……ねぇ、リンは僕に何を言ってくれるの?


「じょっ、冗談ですよね……?」


 あはははは、と、バカみたいに笑われた。


「…………」


「えっ、こ、洸?」


 見れば、リンは泣いている。ううん、違う。泣いていたのは僕だった。僕のものが彼女の頬に当たっていたんだ。


「冗談じゃないし……!」


「……あ……」


「冗談なわけないじゃん!」


「……洸、ごめんなさ……」


「もういいし!」


 つい、感情的になって壁にあたる。脅えているリンを見て、もう駄目だなと直感的に思ってしまった。

 僕はリンから離れて歩き出す。何度か呼ばれた僕の名前は、廊下にずっと木霊していた。





 私は、自分に自信がなかった。そして、失うことが怖かった。……ただ、それだけだった。


「洸、ごめんなさい……!」


 広い自室で泣きじゃくっても、どうにもならないことは明白で。けれど、泣かずにはいられなかった。

 お父様と数人の使用人。そして、バスケットボールに育てられた私。失ったものを数えたらキリがないかもしれない。お母様、バスケ、仲間。最近では、お父様の様子もおかしくなっている。


 男性にあまり免疫がなくて、洸に出逢う前まで話していた小塚こづか先生には、毒を吐いてばかりいた。だから、同い年の洸の存在は本当に嬉しかった。

 だから、好きになるのも必然だった。


「私、怖いんです……!」


 無駄に豪華で大きな家の、一人ぼっちの虚しさが。権力に溺れ、金使いが荒くなったお父様が。花弁が散るように、千切れるほど脆い絆が――。


『おつき合いできません』


 だから私は洸にそう言った。そうして、青森に移り住むとお父様が言ったのはその半年後の出来事だった。そして、お父様が末期のガンだと私に初めて告白したのもその時だった。


 中学三年生の中途半端な春の時期。告白を断ったのは賢明な判断だったと言い聞かせていた反面、琴梨という親友を失うことに恐怖した。


「そういえば、茶野先輩は占いを信じているタイプの人間でしたね……」


 こういう時、決まって運命がどうちゃらと言ってましたっけ。


「……なら、失うことが私の運命なんですね」


 スマホを片手に、屋敷と呼ばれるこの家で電話をかける。


「……琴梨、何故出ないのですか」


 まさか、また作曲に夢中なのですか?


「琴梨らしいと言えばらしいですが」


 私はそのまま、留守番電話に声を残す。


「……助けてください」


 琴梨の性格上、最後まで聞くとは思えないですけどね。





「お父様、大丈夫ですか?」


「……私に構うな」


 ばしっと、支えようと伸ばした手が叩かれた。お父様は、昔とは違って人に頼らなくなっていった。


「……すみません」


 縁起でもないけれど、残り少ないお父様の言うことはなんでも聞くと言う覚悟で――新幹線を待った。

 いい言い方をすれば、初めての親子のお出掛けなのに。他人行儀になってしまうのが難だった。……そういえば、洸にもそれでうざいと言われましたっけ。


 懐かしい、そう思った瞬間に着信音が鳴った。


「今さら気がついたんですか?」


『今どこ?!』


「新幹線のホームです。まったく、貴方は最初から最後までやらかしてくれますね」


 そこがまた相変わらず過ぎて、面白いですが。


『ごめん凜音! 本当にごめん……!』


「泣いているんですか? 永遠の別れではないでしょう……。いつか必ず、遊びに行きます」


『ッ! うん、来い! 待ってるから!』


「えぇ。さようなら、琴梨」


 遊びに行く。この台詞は、自分自身に言い聞かせた。





 予想通り、僕はリンにフラれた。何も言ってくれない方よりかは遥かに清々しくて、けれどフラれた要因を理解していても納得はまったくできなかった。それが、一年半前の出来事だった。


「うっわ、ちょ〜降ってるじゃん。サイアク〜」


 隣のトリちゃんが、話しかけてもいないのに相槌を打つ。無視するのも面倒だし、僕はそのまま話を続けた。


「僕、高校青森なんだよねぇ。マジ寒そう」


「青森?!」


 予想通り食いついたトリちゃんは、勢いで自分のペンを握り潰した。


「そ、青森。ていうかよく握り潰したね、それ」


「話題変えんな! 青森って……」


「リンが行ったところだよ」


「……マジ?」


「行ったら会えるとか思ってないけどさぁ〜、ふざけんなって話だよね」


 持っていた飴をがりがりと噛んだ。それは、多分やけ食いだった。

 ……わかってるんだよ、悪いのは全部僕だって。けれど、自分では止められなかった。


「なら、もし向こうで会えたら伝えて」


「伝えるって何を?」


「……握り潰すよって」


「……へぇ。いいよ、覚えてたらね」


 口ではそう言ったけれど、忘れるつもりはなかった。記憶に刻み込むように、僕はもう一度飴を噛む。

 トリちゃんは、なら安心だと言って笑っていた。


「そういえばさ、凜音に留守電もらったんだよね。紫村って仲良かったっしょ? 聞く?」


「聞く」


 即答する。聞かない理由がない。


「じゃ、貸してあげる。あたしトイレ行ってくるわ」


「ん」


 僕はひらひらと手を振った。トリちゃんがトイレに行く前に用意してくれたから、一回押すだけでリンの声が聞こえてきた。


『……急に電話してすみません。実は、伝えたいことがあります』


 ぐっと、今まで体感したことのない何かが込み上がってきた。ミルクが入った飴なのに、何故かすごくしょっぱくなる。


『親の都合で、青森に転校することになりました。なので、明日の金曜日が最後の登校となります。学校で皆には言うつもりですが、貴方には小学生の頃からお世話になっているので早めに伝えました。留守番電話ということは、また作曲ですか? 好きなことに夢中になれて、貴方は幸せ者ですね』


 淡々と、だけど少し嗚咽まじりに話していると思う。


『〝東雲の幻〟は頑固で意地っ張りだ。我慢強いが、変な所で脆く、思い込みが激しい』


 クマさんがそう言っていた。僕もそうだと思うし、隣で聞いていたナオも同意していた。この時のリンも、クマさんが言っていたような状況だったんだと思う。


「……あれ? まだ通話終わってないじゃん」


 何も喋ってないのに……


『……助けてください』


「ッ!?」


 ……瞬間にスマホを落としそうになった。その後で、力強く握り締めそうになった。


「そういうのは、ちゃんと面と向かって言いなよ……!」


 苛々する。ムカムカする。――あの時、僕は確かにドキドキしていた。

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