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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
恋唄不協和音
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第四話 姫とゴリラ

 俺は水樹みずきに失望していた。初めて会ったあの時、水樹にバスケを教えたことを――俺は今でも鮮明に覚えている。

 そんな水樹と中学で再会し、バスケを続けているとわかった時はたまらなく嬉しかった。なのに。


『あんただけはさ、何があっても――バスケを続けてよ』


 俺はなんの違和感も抱くことなく、あいつとそう約束した。『あたし、バスケしてる青原は結構好きだからさ』、そう言ってくれたことをあの時は嬉しく思ったし――今までの支えともなっている。その代わり、水樹はバスケをしなくなった。俺が失望したのはそこだった。


「あたし、またバスケやることにしたから!」


 水樹の声で、俺は自分の思考から引きずり出される。いや……今、なんて言った?


「……は?」


「だから、ごめん!」


 水樹が頭を下げた時、背中に水樹のギターが背負われているのが見えた。なら、あれももう見納めか。

 胸の奥が熱くなるのと同時に、何故か空しさも混み上がった。


「んだよ、急に。気持ちわりぃな」


 そして、何に対して水樹が謝るんだとも思った。


「お詫びに貸し切りライブするからさ」


 許してよ、そう言われて。上手いのかよ、そう返す。


「当然」


 水樹は負けじと口角を釣り上げた。そのまま背中に背負ったギターケースを開け、紅色のギターを取り出す。

 あれ、エンペラーつったっけ。だせぇ名前だと今でも思うが、俺は起き上がって背筋を伸ばした。


「《Tears》」


 その曲目は、音楽に疎い俺でも知っている。水樹は笑って息を吸いこみ、《Blue Bird》とまったく同じ歌声で歌い出した。


 ――もしも幼い頃 あたしに夢があったなら


 ――きっとそれに向かって ただがむしゃらに走るのだろう


 同一人物かと思うくらい、街中で聞いていたそれと同じ。だが、水樹があの《Blue Bird》になるのだろうか。そんなことがあるのだろうか。

 気づけば水樹の歌に聞き入っていた。プロ顔負けの上手さで、今すぐにデビューしてもおかしくないそれで、俺は最後の最後まで真面目に聞いていた。


 ――あたしは不器用なのだとしたら 追いかけたくて裏切ったあの秋の日


 水樹が顔を上げ、俺の顔を捉える。刹那、水樹はふらっとバランスを崩した。


「ッ、おいっ!」


 距離が距離なだけあって、いくら素早く動いても間に合わなかった。

 どさっと音を立てて倒れた水樹は、ギターに覆い被さっている。命の次に大事と言っておきながら、倒れた衝撃でそれには無数の傷跡がついてしまった。


「おい、しっかりしろ!」


 いくら呼びかけても返事はない。


「おいって!」


 刹那、屋上の扉が音を立てて開いた。


青原あおはらー! やっぱりここに……って、どうしたのその子! 大丈夫か?!」


 慌てて駆け寄ってきた野郎は、確か同じ一年で同じバスケ部の野村のむらだったはずだ。野村は表情を曇らせて水樹の顔色を確認し、大慌てで俺の服の裾を引っ張る。


「たっ、大変だ……! とにかく、早く保健室に運ばないと……!」


「チッ、んなのは俺だってわかってるんだよ!」


 水樹をお姫様抱っこするのは、二度目だった。ずっとゴリラゴリラと呼んでいたのに、誰よりも女扱いしたのは水樹が初めてだった。


「俺が運ぶ! お前はどっか行ってろ!」


「青峰……お前って意外と優しいんだな! わかった、俺は先に保健室に行って先生に話してくるよ!」


 あぁと短く返事をして、修復不可能になったギター――エンペラーを地面に置く。

 後で嫌というほど文句を言われてもいい。今は、水樹を早く運ぶことだけを考えた。


 お姫様抱っこをしながら歩き出すと、数ヵ月前を思い出す。あの時は学校が停電して、水樹は異様に怯えていた。暗闇の中で水樹が歌った鼻唄は、今でも耳に残っている。

 それに、さっきの曲。やっぱり水樹は《Blue Bird》なんじゃないか――そう考えては否定した。俺が知っているゴリラが崩れ去っていくのは認めたくなかった。


 俺は階段を駆け下りて、保健室を目指す。その最中に様々な奴らとすれ違ったが、気にしてちる暇は一度もねぇ。


「なにあれ、お姫様抱っこ?!」


「いーなー!」


「ヒューヒュー!」


「あれ青原くんだよね?! 意外とかっこいいじゃん!」


 ……何一つ、気にしねぇ。


「ッ!」


「うわっ! わりぃ!」


 そう思っていたら、別の女にぶつかりそうになった。危ねぇ、もっと慎重に運ぶか。そう思ってスピードを落とす。


『あの女子……』


『……《魔術師》の水樹琴梨ことりだね』


『あいつ、バスケ部に入ると思う?』


『さぁ? でも、豊崎とよさきに行った《ペテン師》と《隠者》は復活したみたいだし――仮入部期間が終わっても油断はできないよね』


『……あぁ、アタシらの〝元主将〟と戦った初心者の橙乃とうの紺野こんのか』


『あの二人がいなかったら、水樹さんが主将だったのにね』


 真後ろから聞こえてきた声。地獄耳の俺には聞こえていたが、眠る水樹には聞こえていなかった。





『……疲労の蓄積が原因ね』


『ひ、疲労……? じゃあこの子は病気とかじゃないんですか?!』


『そうよ。しばらく休めばまた元気になるわ』


『良かったぁ〜……。な、青原……って、あれ? 青原? どこ行ったんだ? おーい!』


『あら? おかしいわね、あの男の子ならさっきまでそこにいたのに……』


 ……あぁ、さっきまでそこにいたな。だが、今はいない。

 俺が息を潜めていると、再び保健室の扉が開く。


『あ、野村! こんなところにいたのかよ!』


『あっ、先輩! すみません、青原を見つけてさっきまで一緒にいたんだけど……見失っちゃったみたいです』


『部長が青原はもういいから戻ってこいだってよ。悪いな、マネージャーでもないのに探させて』


『あっ、いいんですよそんなの! 俺が青原のプレイ見たかっただけなんで!』


『それはそれでサボりかと思われるから人前で言うなよ?』


『あっ、すみません!』


『ちょっとごめんよー』


『ん? お、わりぃ塞いでて』


 また来客かよ。忙しいな今日の保健室は。


『せんせ! うちの部員が倒れたんでちょっと来てくれませんか?』


『……いいけど、彼みたいに運んでほしかったわね』


 人が来れば来るほどうるさくなる。あいつらわかってんのか。ここ保健室だぞ。だが、邪魔者たちは全員消えていった。


「うっし……!」


 起き上がり、カーテンを開く。野村と教師の目を盗んで隠れていたベットからのそのそと出ると、誰もいない保健室が視界に入った。

 そのままここで寝ていても良かったが、俺にはどうしても気になることがあってやめる。隣のカーテンを遠慮なく開けると、水樹がベットで寝息をたてていた。


「ったく、ゴリラのくせに人様に心配させんじゃねぇよ」


 そう言ったところで水樹には届かない。布団からわずかに見える表情は幸せそうで、俺は苛立たしくなった。


「チッ」


 なるべく音を立てないように、自然と体が動き出す。水樹が寝返りをする度に、変な手汗が出てきてしまった。


「…………はぁ」


 らしくもなくため息をつく。このゴリラをどうしてやろうか。





 体が重く、何故か息苦しく感じて不快になる。まるで、自分の体じゃないみたい。どうしてこうなってしまったんだろう。


「……ん」


 うっすらと目を開けると、そこには――


「よぉ」


 ――あたしに跨がった直也なおやがいた。


「はっ……?!」


 あたしは咄嗟に、あたしの胸元に伸びていた直也の手をあらぬ方向に曲げようとして思い止まる。バスケ選手にそんなことできるか! バカ! あたしのバカ!


「ななななな、なんなのよアホ!」


 自己防衛の為に両腕で懸命に胸を守った。そんなあたしを直也は何故か鼻で笑った。


「んなことするわけねぇだろバーカ」


 じゃあさっきの手はなんなんだ。


「ま、人を散々心配させたんだから何かくらい

はさせろよ」


「ざけんな……って、心配?」


 そういえばここ、もしかして保健室?


「なんで……」


「お前が屋上で倒れたからだろ」


「え……? あっ!」


 思い出した、あたし……! 直也に歌を贈った後倒れたんだっけ……?!


「で、何をさせてくれるんだ?」


 面白がるように笑う直也。確かに、礼はしなければならない。けど、直也に何をすれば礼になるのだろう。


「思いつかないなら――」


 あたしが考え込んでいると、直也が待っていたかのように口を開いた。


「思いつかないなら?」


「――俺とつき合ってくれよ」


 言いたくて言いたくて仕方がなかったというような表情で、直也はあたしにそう言った。

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