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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
恋唄不協和音
18/88

第二話 恋の歌

 デビュー曲《Tears》は、異例の大ヒットを見せてくれた。それは、あたしの裏切りの歌。それは、あたしたちの破滅の歌。


「デビューしてもう二年も経つというのに……」


 はぁ、とわざとらしくあたしの目の前で梅咲うめさきさんはため息をついた。


「……あなたが恋愛の歌を書かないなんてね」


「書く気もないし、歌う気もないの」


 あたしは、この二年で伸びた髪を弄りながら事務所のソファーに寝そべった。


「……見えるわよ?」


「見せパンだからいーの!」


 見る? と聞けば、結構よ、と返ってくる。


「あなたのファンが幻滅するわね」


「ファンって……別に顔出ししてないんだし」


「ミステリアスシンガーソングライターで売ってるのよ? なのに、ラブソングどころかバラードも歌わない。とどめに中身はがさつな現役女子中学生」


「……何が言いたいの?」


 少し口を尖らせてそっぽを向けば、梅咲さんはあたしが聞きたくない台詞を吐き捨てた。


「あなた、恋したことないでしょう」


「う……」


「まぁ、そこは人生経験の差ね。けれど、いい加減にしないと世間から忘れられるわよ?」


「……わかってるし!」


「なら、恋の一つや二つしてみなさい」


「はぁっ?!」


 がたっと、あたしは音を立てて飛び上がった。そんなあたしを、見たこともないほどに口角を釣り上げた梅咲さんが見下ろす。


「できないの?」


「ッ! でっ、できるし! じゃ、あたし帰るから!」


 そう言ってあたしは、譜面を持って事務所を出ようとする。そんなあたしの背中に声をかけて


「恋を知りなさい。それが、あなたからバスケを奪ったわたくしができる、唯一の償いでもあるのだから」


 そう言った。

 梅咲まい。彼女がかつて女バスの日本代表を目指していたことを、私はまだ知らなかった。





 なら、恋の一つや二つしてみなさい。


 できると言ってしまったけれど、それはそう簡単なことではない。そう思い直したあたしはペンを回した。

 放課後の東雲中。その屋上で作曲をするのがあたしの日課で、少し冷たさが残る春らしい風が屋上を吹き抜ける。


「〜♪」


 思いついたフレーズを口ずさみ、首を傾げた。


「なんか違う……。そもそも、ラブソングって謎過ぎ」


 あたしは小さくため息をついて、その場に寝転がった。温かい春の日射しが、あたしを包み込んだ気がした。




 全身に寒さを覚え、あたしは目を覚ます。


「……あたし、いつの間に寝たんだろ」


 オレンジ色の夕日は地平線に重なっている。春とはいえ、やっぱりこの時間帯は寒かった。


「……帰ろ」


 そう呟き、荷物をまとめて屋上を後にした。

 ついたり消えたりを繰り返す電球に不快感を覚えながら、あたしは廊下を歩く。既に日は沈み、頼りになるのは電球のみだった。


 ちらりと見えた教室の時計は、七時を回っている。もう生徒は誰も残っていない、そう思っていた。


「あ」


「なんだ、お前かよ」


 けれど、さっきまでの考えを否定するように青原あおはらは現れた。


「……なんでこんな時間にいるの?」


 居残り練習ではないと、悲しいことだがあたしは確信してしまう。それは、噂で青原が練習に参加していないと聞いたことがあるからだった。


「別にお前にはカンケーねぇだろ」


 あるよ。そう心の中で言い、視線を伏せる。脳裏には、二年前に交わした約束が浮かんでいた。ただ、練習に出ないだけで試合には出てるからあたしに何かを言える資格はなかった。


「……そうだね」


 絞り出すように出した声が、薄暗い廊下に響く。あたしの視界の隅で、青原が同じく視線を伏せたような気がした。


「ッ!?」


「……あ?」


 刹那、わずかに残っていた光がすべて消えた。


「停電か?」


 暗くて、何も見えなくて――怖くて。あたしは思わず、青原に抱きついた。





 暗くなった視界で何かが俺にぶつかった。


「ってぇな、おい!」


 半ギレ状態で水樹みずきに叫ぶ。俺の脳ミソで考えた結果、原因は水樹だと思ったからだ。


「……ごめ、でも……」


「はぁ?」


 だが、何かがおかしい。水樹のはずの声は、涙混じりの震えた声に変わっていた。


「お、おい?」


 そんな声を水樹から聞いたことがなかった俺は、戸惑う。想像さえもつかない女らしい声だった。


「あたし……暗い、の、苦手だから……」


「はぁ?」


 絞り出したように発せられた声は、俺の腹辺りから聞こえてきた。体が小刻みに震えているのがわかる。

 ていうか、これってどう考えても抱き締められてねぇか? おまけに暗いし、なんかいい匂いするし……。


「……へんたい」


「は?!」


「今、絶対……変なこと、考えてたでしょ」


「んなわけねーだろ、お前相手に」


 そう言いつつも離そうとしないのは、本気で暗闇が怖いのか。


「なら、もう少し……こう、させて?」


 二年前からゴリラゴリラと言ってはいたが、今日初めて水樹が女なのだと思った。


「……チッ、わかったよ。だから服濡らすな」


「泣いてないし……!」


 って言われても、シャツが湿ってるような気がする。


「はぁー……。おい、歩くぞ」


「なんで……?」


「さっさと学校から出る。その方がまだ明るいだろ」


「…………待って」


「今度はなんだよ!」


「……足が……竦んだ」


 水樹はへたり込み、俺の腕を情けなく引っ張った。


「なら、方法は一つしかねーな」


「……え?」


「荷物はちゃんと持っとけよ」


 俺は一応水樹にそうやって念を押す。水樹は小さく、俺の腕の中で頷いた。


「……あと、俺にもちゃんと掴まっとけ」


 水樹が何かを言う前に、俺は水樹の両足を持ち上げる。


「ッ!?」


 意外と軽い水樹を両手で支えながら、俺は歩き出した。





「あ、青原ぁ……!」


 どうしよう、なんで青原なんかにドキドキするんだろう。いや、青原にじゃない! 誰でもドキドキするって! これ! うん!


「こうした方がはえーだろ」


「そうかもだけど……」


 暗くてよく見えないけれど、今あたし、きっとお姫様だっこされている。


「…………」


 けれど、このまま任せてもいいかななんて思った。今の青原は、何故か頼りになる。

 あたしは、二年前に味わった虚無感を無くすかのように――青原の体に顔を寄せた。


「ッ!」


「どうした?」


「い、いや、何でもない!」


 あたしは鞄を持たない手で胸元を触った。今ならわかる気がする、そう思ったから。


「〜♪」


 譜面に書き起こせない今、記憶に刻み込むようにしてあたしは鼻唄を歌う。歌詞とまではいかなかったが、あたしにしてはなかなかのできだった。

 その瞬間、視界に光が差し込む。数回まばたきをした直後、慣れてきた視界の中央に――


「お、ついたか」


 ――当たり前だけど、青原がいた。


「ッ!」


「ん? おい、また熱でもあんのか?」


「いいから黙って下ろせぇぇぇえ!」


「ちょっ、うるせぇな! 耳元で叫ぶな!」


 青原の腕から飛び下り、あたしは制服を整える。暗闇のせいで、超らしくないことを……! しかもよりにもよってこいつの前で!

 けど


「……あ、青原、ありがと」


 癪だけど、今言わないと一生言わないと思うから。


「あ? なんか言ったか?」


「……なっ、なんでもない!」


 それに、青原のおかげでわかったこともあるしね。あたしは気づいたら微笑んでいた。


「ここまででいいよ。じゃ、また明日」


「おー」


 今日は、いい一日だったな。





「ただいまー!」


「おっかえりー!」


 あたしは抱きつこうとするお母さんを軽いステップで躱し、二階の自室へと駆け込んだ。


「やばいやばい!」


 溢れ出すメロディーを、急いでメモ帳に書き殴る。雑な字になってしまったけれど、自分がわかればそれでよしだ。


『ご飯はどうするのー?』


「いらなーい!」


 ヘッドフォンを着け、あたしは一心不乱にメモしたメロディーを譜面に書き移す。それはあまりにも楽しくて、気づけば時間を忘れていた。


「……ん?」


 見回すと、外が明るくなっていることがわかる。時計を見れば午後だった。あたし……寝落ちした上に学校遅刻してる?!


「よし、サボろう」


 というか、この時間に行っても間に合う気がしなかった。


「……あれ?」


 ふと見たスマホに、留守電が入ってある。梅咲さんか、そう思って差出人を見ると、凜音りんねだった。


「なんだろ」


 スマホを耳に近づける。凜音の声が聞こえてきた。


『……急に電話してすみません。実は、伝えたいことがあります』


 伝えたいこと? あたしたちは部活を辞めた後も、ゆいとちぃとは違って普通に会って話もしていた。なのに今さら、どうして電話なんか……。


『親の都合で、青森に転校することになりました』


「……え?」


『なので、明日の金曜日が最後の登校となります。学校で皆には言うつもりですが、貴方には小学生の頃からお世話になっているので早めに伝えました』


 淡々と告げられる内容に、あたしは驚きを隠せなかった。


『留守番電話ということは、また作曲ですか? 好きなことに夢中になれて、貴方は幸せ者ですね』


 その声はどこか、悲しそうだった。


「なんでよ……ねぇ……親の都合って、また……また名家だからって理由?」


 急いで時間を確認すると、既に授業は終わっている時間だった。最後まで聞かずに電話を切ったあたしは、凜音にかけ直す。

 数回のコール音の後、耳元で騒音が聞こえてきた。


『今さら気がついたんですか?』


「今どこ?!」


『新幹線のホームです。まったく、貴方は最初から最後までやらかしてくれますね』


 褒められた気がしないのに、笑いながら言われるとほっとする。それは、留守電で聞いた悲しそうな声とは正反対のそれだったからだ。


「ごめん凜音! 本当にごめん……!」


 それでもあたしは、謝らなければならない。


『泣いているんですか? 永遠の別れではないでしょう……。いつか必ず、遊びに行きます』


「ッ! うん、来い! 待ってるから!」


『えぇ。さようなら、琴梨ことり


 切られた電話に、少しの間呆然とする。明日から凜音がいないのだと知り、心が掻き乱された気分になる。


「ッ!」


 譜面を涙で濡らし、それは読めなくなった。……恋も友情も、あたしは不器用だから全部全部ダメになる。その曲は、最早不協和音だった。





 窓の外で降り積もる雪を眺めながら、あたしはペンを回す。あの日から、半年以上の月日が流れていた。


「うっわ、ちょ〜降ってるじゃん。サイアク〜」


 隣の席の紫村しむらの発言に軽く相槌を打ちながら、またペンを回す。


「僕、高校青森なんだよねぇ。マジ寒そう」


「青森?!」


 紫村の意外な発言に驚き、思わずペンを握り潰してしまった。


「そ、青森。ていうかよく握り潰したね、それ」


「話題変えんな! 青森って……」


「リンが行ったところだよ」


「……マジ?」


「行ったら会えるとか思ってないけどさぁ〜、ふざけんなって話だよね」


 頬杖をつき、窓の外を見る紫村。凜音は結局、一度も遊びに来なかった。


「なら、もし向こうで会えたら伝えて」


「伝えるって何を?」


「――って」


「……へぇ。いいよ、覚えてたらね」


 紫村は悪戯っ子のように笑う。あたしは紫村のその表情に安心し、教室を出た。


「あ、水樹さん! こんばんは」


「あぁ、猫宮こみやか」


 去年の全中を通して知り合った猫宮と途中まで歩くことになる。


「あの、さっき紫村くんとなんの話していたんですか?」


 ……聞いてたんだ。


「……進路の話」


 一瞬躊躇い、口に出す。あながち間違ってはいないだろう。


「そうなんですか! 僕たち、最近会わなくなってきているので羨ましいです……!」


 確かに、バスケ部を引退したらクラスメイトじゃない限り会えないよな。何故か一年の頃のあたしたちを見ている気分だった。


「高校、猫宮はどこ行くの?」


「僕は磐見いわみ高等学校です。水樹さんは?」


 きっと猫宮は、やりたいことをやる為に。あたしは、約束を見届ける為に。


「あたしは成清せいしん高校」


 降り積もる雪が舞い散る桜に変わる時、あたしの中の何が変わってゆくのだろう。

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