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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
恋唄不協和音
17/88

第一話 追いかける夢

 貴方は器用貧乏ね。そう言われ続けてあたしは育った。

 確かにその通りで、基本あたしはなんでもできた。だからなんでもやっていた。なんでもそこそこにできるから、つまらない。……だけど、その中でも楽しかったことが二つある。


 一つは歌うことだった。ギターをかき鳴らしながら歌うと気分が良くなる。いつしかそれは、あたしの夢となった。

 そして、バスケ。シュートが決まった時の爽快感は、ギターではなかなか味わえなくて。大好きで、続けていきたくて。だけどだんだん、あたしにライバルと呼べる奴はいなくなっていった。――そしてあたしは、《魔術師》と呼ばれるようになる。


 けれど、当時のあたしはそんなことになるなんて思いもしなかった。





『人、多いですね』


『ねぇー』


 小学校からの親友でもある凜音りんねと話ながら、東雲しののめ中学校の正門を跨ぐ。


『来たれ、東雲中女子バスケットボール部へ〜!』


 途中でそんな声がした。あの先輩、入学式早々何してんの……?


『……女バスって確か、廃部寸前と聞きましたが』


 醜いですね、と凜音は吐き捨てる。


『ふぅん』


琴梨ことりは入部しないんですか?』


『バスケは好き。けど、相手がいないんじゃつまんない。……廃部寸前とか、論外でしょ』


『一利ありますね』


 どこか冷めた目つきであたしたちは歩を進める。瞬間、先輩を見ていたせいで誰かとぶつかった。


『あ、ごめん』


『ワリィ』


『…………?』


『琴梨? どうしたんですか?』


 去っていく男の背中を見つめながら、あたしは無意識に首を傾げた。


『……なんだろ。胸騒ぎがした』





『バスケ好きでしょ〜? 一緒にバスケしようよ〜』


 入学式後。何故かあたしたちは例の先輩に捕まっていた。


『バスケは好き。けど、廃部寸前で弱ければ話にならないでしょ』


『私も琴梨と同意見です。それに、貴方みたいな人に従いたくもありません』


 目上の人には礼儀を、そう思っている凜音でさえこの態度。


『それは私のバスケを見てから言ってくれるかな?』


 はっきりと言えば引き下がると思ったけれど、先輩は何故か顔色一つ変えなかった。


『一対二、しよ?』


 けれどその声には刺があり、悪寒が走った。


『いいですよ』


『構いません』


『えへへ〜。実はね、二人が入部したら五人そろうの。……だから、ありがとね』


 そしてこの先輩は、勝った気でいた。


『どっちにしろあたしは負けないから』


『その目、好きだよ』


 その後、完敗したあたしたちは女バスに入部した。――けれど、二人とも気持ちは晴れていた。





「……はぁ」


 今日になって、茶野さの先輩に出逢った日を思い出す。


「ため息なんて珍しいですね」


「……しょうがないでしょ」


 そう返せば、凜音も視線を伏せた。


「とにかく、行きましょう。例のあれは持ってきましたか?」


「もち……あれ?」


「……まさか、忘れたんですか?」


「い、いや、それはあるんだけどさ……」


 言いながらあたしはカバンを漁る。なかったのは、自作の曲が入ったCDだった。趣味で作曲をしているあたしにとって、致命傷なんだけど……


「……ま、後で探すからいっか」


「気楽ですね」


「それよりも大事なことがこれからあるでしょ?」


「…………」


「ほら、あそこで待ってる」


 あたしが指差した先には既に、茶野先輩がいた。


「早かったね〜」


「あたしたちしかいないんですから、そんな猫被んなくてもいいですよ」


「茶野先輩、今までお疲れ様でした」


「いきなりだねぇ」


「別れを引き伸ばす理由がないので」


「それにしても茶野先輩、無責任過ぎですよー。散々巻き込んでおいて、すぐ引退とか」


 五ヶ月。それがあたしたちの過ごせた時間。


「巻き込んでないよ。楽しかったでしょ?」


「否定はしません。全中はとても楽しかったです」


 凜音、いつも以上に無感情で淡々としているなぁ。あたしもテンション低いから、人のことそんな言えないけど。


「でしょ?」


 茶野先輩は満足そうに頷いた。……あ、そういえば。


「茶野先輩、これ、あたしたちからのプレゼントです」


「え?」


「……後輩全員の気持ちですよ」


 今この場に二人いなくてすみませんね、とつけ加えながら凜音は言う。


「みんな……」


 それは、色紙だった。


「……ありがとう」


「その言葉は、ここにたくさん書いてありますよ」


 あたしが色紙を指差すと、茶野先輩から涙が溢れてきた。特にその言葉が多いのは、ゆいとちぃだろうか。


 ――私にバスケの楽しさを教えてくれて、ありがとうございました。これは、唯。


 ――茶野先輩と出逢って、生まれて初めて仲間ができました。あの日見つけてくれて、ありがとうございました。これは、ちぃ。


「私たちも感謝しています。あの日茶野先輩に負けなかったら……多分、大切なことに気づけなかった。ありがとうございました」


「あたしも、毎日が楽しかった。今まで本当にありがとうございました!」


 二人で先輩に頭を下げる。勿論、この場にいない二人の分まで。


「こちらこそ。みんながいなかったら、廃部になってた。最後の最後に、希望をありがとう」


「ちぃは退部したし、唯は不登校で、幽霊部員もいるけど……! あたしたち、頑張りますから……!」


「うん、頑張れ〜! じゃあ、今日はこれで解散!」


「はい!」


「…………」





「ねぇ、さっきからどうしたの?」


 茶野先輩と別れた後、黙り込んだ凜音にあたしは話しかける。


「……なんでもありません」


 ……嘘。だって、ずっと一緒にいたから知っている。あんたがそう言う時は、必ず何かあるって。それは、名家出身のせいで抱え込むものが多すぎるせいだった。


「あんま自分を追い込まない方がいいよ?」


「追い込んでま……」


 ――バンッ


「ッ!?」


「ッ!」


「ワリィワリィ、飛ばしすぎた」


 空気も読まずにボールをあたしたちに掠めた奴は――


青原あおはらぁぁぁぁ! あんた危ないでしょ?! もっと誠意を持って謝りやがれ!」


 ――男バスの青原直也なおやだった。


「はぁ? 謝ったじゃねぇかよゴリラ」


「ゴリラじゃないし! 乙女だし!」


「どこがだよバカ」


「何よアホー!」


「…………」


「ああああ直也〜! やめなよ、水樹みずき藍沢あいざわに対して失礼だろ〜!」


「なんだよ赤星あかほし


「なんだよじゃない!」


 赤星が現れたのと同時に、青原の先ほどまでの不機嫌さは消え去っていった。


「赤星……」


「直也がごめんね! 二人とも、怪我はない?!」


「う、うん。……ね?」


「えぇ」


 あたしが青原と顔をつき合わせるといつもあぁなる。けれど、いつもそれを止めていたのが凜音だった。だから初めて赤星に止められたことに違和感を覚え、凜音が今背負っているものがただごとではないと直感した。


「じゃ、俺たちはまだ練習があるからもう行くよ!」


「……あぁ、うん」


 そして気分が晴れないまま、あたしたちは正門へと辿り着き――別れた。またね、そんな言葉でさえ言えなかった。


「……はぁ」


 本日二度目のため息をついた時、前方に気配を感じたあたしは顔を上げる。


「はじめまして。わたくし、こういう者です」


 とても綺麗な女性だった。あたしは受け取った名刺をまじまじと眺める。


《イノセント事務所 マネージャー 梅咲舞うめさきまい


 それが女性の名前だった。


「えっ、なんで芸能事務所のマネージャーさんがあたしに?!」


「実は……」


 すると、女性――梅咲さんは、ブランド物の鞄の中から一枚のCDを取り出した。……あ、あれ?


「……この曲を聞かせていただきました」


 それは、なくしたと思っていたあたしのCDだった。


「なんでそれを……!」


「とても素晴らしい曲でした」


 あたしの質問を無視し、梅咲さんはさらに続ける。


「女子中学生作曲家って、いいと思いません?」


「え……」


「要するに、わたくしはあなたをスカウトしに来ました」


「ッ?!」


 スカウト? あの大手芸能事務所が、あたしを?


「夢だったのでしょう? 悪い話ではないと思いますが」


 確かにそうだ。けど――


「――部活……バスケって、できますか?」


「できるわけないでしょう? 遊びではなく、仕事なのですから。指を怪我して作曲できなくなったらどうするんです? デビューしたら、即部活は辞めていただきます」


「なっ……!」


 その時脳裏に浮かんだのは、大事な大事な仲間たちだった。夢か、仲間かなんて……そんなの――。


「でも、怪我しなけれ……」


「甘いですね。そもそもバスケットは危険な競技だとご存知で?」


「……ッ!」


「両立は不可能。わたくしが言うのもなんですが、こんなチャンス、人生に一回あるかないかですよ?」


「……あ、あの」


「返事はいつでも構いません。良いお返事をお待ちしております。このCDはお返しいたしますね」


 手のひらに、無機質な塊の感触がした。既に見えなくなった梅咲さんを視線で探しながら、甘えを許されたかった。


「ただいまー……」


「おっかえりー……って、どうしたの?」


「いや、別に……」


「えー、お母さん気になるぅー」


 その言い方にイラッとした。


「なんでもないってば!」


 普段ならまったく気にしないけど、こういう時にそのテンションだとさすがに苛々する。


「そう?」


「ッ!」


 何やってんだろ、あたし。これじゃあ、親友とやってること変わんないじゃん。


「お母さん、さ」


「ん?」


「〝趣味を頑張る娘〟と〝夢を追いかける娘〟……どっちがいい?」


「え?」


 何を言っているのかわからないという顔。まぁ、あたし自身もわからないのだからしょうがない。


「……やっぱなんでもない」


 そう言って自室へと向かった。


「はぁー……」


 本日三度目のため息は、ベッドの上で出てしまった。そして、さっき貰った名刺を眺める。


《イノセント事務所 マネージャー 梅咲舞》


 あたしは――


『あたしたち、頑張りますから……!』


「……選べないよ、そんなの」


 ――零れ落ちたものは、涙だった。





 白い世界に、ドリブルの音。徐々に開けた視界にバスケコートが現れた。


『…………』


 そのバスケコートを遠くから見つめているのは、ギターを担いだ幼いあたし。バスケをしていたのは、活発そうな少年だった。


『……ねぇ、何してるの?』


『バスケだよ、知らねえの?』


『うん。それ、おもしろい?』


『もちろん! いっしょにやるか?』


 笑顔で尋ねた少年に、あたしは思わず『やる……!』と返してギターを放り出す。そしてコートへと駆けるあたしに向かって、あたしは「楽器は大切にしないとダメでしょ!」と届きもしない説教をした。


『あたし、ことりっていうの! あんたは?』


『おれ? おれは――』


「……ん」


 あたしは、重いまぶたを徐々に開ける。見慣れた天井が視界に入り、さっきまで見ていたものは夢なのだと判断した。……いや、夢じゃない。


「あたし、どこかで……?」


 そうだ。彼に出逢ったから、あたしはバスケを始めたんだ。


「昨日、あんなことがあったから……こんな夢を……」


 そう言って、考えるのを止めた。


「学校、行かなきゃ」


 できれば、凜音に相談したいな。そうしたら、凜音も何か話してくれるかも。

 昨日の今日で顔を合わせづらいけれど、凜音はあたしが趣味で作詞作曲をしているのを知っている。そして、あたしの将来の夢も。


 だから唯一相談できる相手だったのに


「私、退部します」


「……は?」


 朝っぱらから凜音に呼び出されたと思ったら、そう言われた。


「ちょっ、え? 何かの冗談?」


「違います。私が冗談を言ったことがありますか?」


「や、ない……けどなんで……!」


「私は――親に逆らえるほど大人ではありませんから」


 冷たくて、だけど悲しそうな瞳。それは、名家出身故に絡みついてしまった凜音の運命。


「……そう」


 あたしは、そんな凜音に何も言えなかった。


「では」


 凜音はそのまま一礼し、あたしの横を通りすぎる。ふわりと、凜音の匂いがした。


「……待って」


「……はい?」


「……あたしも、辞める」


 ――夢を追いかけたくて、仲間を裏切った。


 言ってしまった。咄嗟にそう思って振り返ると、凜音は悲しそうに笑って去っていった。

 どうしよう。茶野先輩にも、唯にも、申しわけなさすぎて合わせる顔がない。


「おい」


「ッ! ……あ、青原」


 なんでかな、いつもの調子が出てこないや。


「……? お前、何かあったのか?」


「別に。なんの用?」


「あー……」


 青原は、困ったように頭を掻く。あたしにそんな態度をとるなんて。珍しくて驚いた。


「……悪かったな」


「……え?」


「昨日だよ、昨日。ほら、ボールがさ……」


 言うのが恥ずかしいのか、謝るのが恥ずかしいのか。青原の顔は赤かった。


「あぁ……」


「あぁじゃねぇだろ」


「別に、気にしてないからいいよ」


 すると、青原は目を丸くした。それを白けた目で眺めていたら、青原の顔が徐々に近づいてきて――


「ッ!?」


「……お前、熱でもあるんじゃねぇの?」


 ――こつんと、あたしの額と青原の額がくっついた。

 額を通して、青原の熱がじわんじわんと伝わってくる。鼻と鼻がくっついたり、離れたり、互いの吐息が唇に触れたり……青原の温もりを直に感じて目を閉じた。


 不思議なものだと思う。昨日はあんなに怒っていたのに、今日は離れてほしくない。……それはきっと、慰めてほしいと思ったからだろう。


「熱はねぇみてぇだな」


「……ぁ」


「あ? なんだよさっきから」


 離れてしまった。


「……なんでもない」


「はぁ?」


「ねぇ青原、一つだけいい?」


「んだよ」


「あんただけはさ、何があっても――バスケを続けてよ」


 重なった。あたしの中で、夢の中の少年と青原が。


「あたし、バスケしてる青原は結構好きだからさ」


「はぁー……。急に変なこと言ってんじゃねぇよ、そんなの当たり前だろ?」


「じゃ……約束」


 お互いに小指を出し合って、そして結んだ。

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