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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
レンズのカナタ
16/88

豊崎高校女子バスケットボール部

「えぇーっ! なんでですかぁー!」


 体育館に、標準語と違う発音の言葉が響いた。その言葉に同調するかのように、橙乃とうの紺野こんのが首を縦に振る。


「なんでって、まだ仮入部じゃん。居残り禁止なんだって」


 コミュ障のなつめの変わりにアタシが答える。副主将も大変だ……これはちょっと違うか。


「うぅ……」


「なんですかそれ! 聞いてないですよ?!」


「今、言った」


 おおふ。棗、言う時はズバッと言うんだよね。コミュ障のくせに。


「わかりました。……二人とも、今日は帰ろ?」


 お、紺野だけは物わかりいいなぁ。二人のストッパー役になってくれている。


「う」


「む」


 この二人もちゃんと言うこと聞いているし。恐るべし、紺野うさぎ。

 とぼとぼとロッカーに戻る三人を見届けて、アタシはキャンディーを口の中に放り込む。


「また、それ、食べる……」


 咎めるように言われても、好物なんだから仕方がない。


「いいじゃん。……それよりもさ、調べた?」


 棗が小さく頷いたのを確認して、尋ねる。


「どうだった?」


 キャンディーがついている棒を弄びながら、棗が口を開くのを待った。だけど、いつまで待っても棗は話す気配を見せない。


「ちょ、溜めんの長すぎ。勿体ぶらないでよ」


 ついにはアタシが痺れを切らした。


「なになに? そんなにヤバいの? 《死神》の進学校ってさ」


月岡つきおか高校」


「は……」


「バスケ、評判、悪い」


 棗が顔を伏せた。棗が弱気なのは、珍しい。


「……ま、大丈夫っしょ」


 アタシは口内のキャンディーを噛み砕き、飲み込んだ。残った棒はエチケット袋に入れ、棗の肩を思いっ切り叩く。


「棗のこのチームならね!」


「……当然」


「さっきまで弱気だったくせにさぁ」


 アタシは棗にデコピンをして練習に戻った。呆然とアタシを見送る棗はたまに、マネや監督の仕事を手伝ったりする。だからこそ棗は、チームメイト全員から絶対的な信頼を寄せられてるのだ。負ける気なんて全然しない。それが、アタシたちのチームだった。





「暇やー!」


 夕暮れの学校でウチは叫んだ。


「うるさい」


「近所迷惑かな」


「辛辣!」


 ゆいやんとちぃやん、見た目に似合わず毒舌やな……。ウチより頭一個分ちぃちゃいくせに。


「唯やんもちぃやんもそう思うやろ?!」


「……まぁね。でも、仮入部期間中ならしょうがないでしょ」


「私もそう思うかな」


「くぅぅ……!」


 この二人息合いすぎやろ。これがプレイスタイルにも影響出とるんやから、尚更や。

 ……敵にしとうないな。かつて倒すと決めた相手にこんな気持ちを抱くなんて、ウチもどうかしとるなぁ。


「じゃあ、一緒に遊ぼうや!」


「何して?」


「せやなぁ……。カラオケ! とかどうや?」


「嫌」


「なんでやねぇん!」


 なんか、何を言っても断られそうな雰囲気なんやけど?!


「お金がかかるのは絶対に嫌よ」


「……へ? そ、そうなん?」


「うち貧乏だし」


 すると、真顔で唯やんはそう言った。


「って、じゃあなんで私立に来とるん?」


「スポ薦。しつこいのよ、豊崎とよさきは。だからいろいろと免除してもらったわ」


 ふふふ、と笑う唯やんは片手で口元を抑える。


「って、黒い! 唯やん、オーラが黒いで!」


「あ、ユイユイー!」


「ん、黄田きだクンやん」


 相変わらず気持ち悪いくらいの笑顔やなぁ。そんな黄田クンが走ってきた。


「何よ」


「あれ? ウサミンは? いると思ったんだけどなぁ」


 きょろきょろと辺りを見回す黄田クン。……って、ちぃやん?


「どこや! ちぃやん!」


「そういえば! ちぃちゃんがいない?!」


 嘘やろ?! さっきまで一緒におったのに!


「……あの、私ここにいるんだけど……」


「おったー!」


「ウサミ〜ン! 良かった〜!」


「何かな、宗一郎そういちろうくん」


「あ、ちぃちゃんすっごく怒ってる」


 ……ちぃやんもなんだかんだで黒かった。黄田クンは全力で謝罪して、今までウチらがなんの話をしていたのかを尋ねる。


「へ、遊びに行くの? はいはい、俺も行きたい!」


 すると、黄田クンは片手を上げて主張した。黄田クンもまた、仮入部期間中で居残れな――いや、そもそも練習する気なんてないんやろうな。そんな気がする。

 唯やんの方を見ると


「嫌よ」


 きっぱりと断って眉間にしわを寄せた。


「なんで?!」


「ちぃやんと行けばええやん」


「えぇっ?!」


「あ、それもそうだね! ウサミン、今度デートしようよ!」


「……う、うん」


 あ、ちぃやん照れとる。初々しいなぁ。


「そ、そういえば、赤星あかほしくんとはどうなの?」


「へっ?!」


「俺たちでくっつけたんだから、ラブラブに決まってるよね〜?」


「なんやねん、自分ら彼氏持ちかいな」


 恋とかに興味があるわけやないけど、それはそれで落ち込むのはなんでやろ。

 唯やんは頬を赤らめて俯いた。


「……ゴールデンウィークに会う約束はしたわ」


「へぇ! 良かったね!」


「うん……!」


「……で。話逸れたんやけどどうするん?」


 ウチは無理矢理話を戻す。これ以上他人の惚気は聞いてられへん。


「……そうだね」


 ちぃやんが考えるように視線を伏せた。唯やんは黄田クンに視線を向け、指を差す。


「とりあえず黄田、邪魔だから帰って」


「えっ、なんで?!」


「バカ。ガールズトークだからよ」


 そのまま眉を顰めて手を払った。黄田クンは半泣き状態でどこかに行き、歩く残念なイケメンを人様に曝け出す。

 ウチは二人に視線を戻し、もう一度提案した。


「考えたんやけど、やっぱりウチカラオケ行きたいねん!」


「ッ! だーかーらー、無理だ……」


「貯めればええやん!」


「た、貯める?」


「はぁ?」


「換金や!」


 すると、唯やんとちぃやんは同時に首を傾げた。





「くっ……さーい!」


「ゆ、唯ちゃん、ファイトかな!」


「ぎょーさん取ってきてやー!」


「他人事か!」


「他人事やもん」


「……他人事かな」


「ちょっと見捨てないでよぉぉぉぉ!」


 翌日の昼休み。叫びながら、私はトングで空き缶を――ゴミ箱の中から拾っていた。

 空き缶を拾ってお金に換える。その名も、換金。これが結構儲かるんだとか。


「見捨ててないで、唯やん。ウチらはここで見守っとるやん」


「それだけでしょ?!」


「私は応援しているよ?!」


「いらないよ?!」


「せやけど、これでもう二百円は儲かっとるで! すごいやん、唯やん!」


「あと三十缶くらいあれば足りるかな!」


「嬉しくないのは気のせいかなぁ?!」


 もうやだこの二人。絶対に面白がってる。


「橙乃ー、何してんのー?」


「な、中原なかはら先輩?!」


 声がした方を見ると、遠くの方に大津おおつ先輩と中原先輩がいるのが見えた。大津先輩は相変わらず仏頂面で、中原先輩はいつもの棒つきキャンディーを舐めている。


「あ、こんにちはー!」


「こんちはー!」


「よっ! ……って、橙乃。ゴミ箱あさって……どうした?」


「お願いですからそんな目で見ないでください」


「……橙乃?」


「大津先輩も!」


「換金ですよ、換金」


 ビニール袋に入っている空き缶を、先輩たちは物珍しげに眺める。


「これ、全部?」


「は、はい。全部唯ちゃんがやりました」


「ちぃちゃん、最後の台詞はいらないよ」


「へぇー。とりあえず、橙乃。これあげる」


 中原先輩の手に握られていたのは、棒つきキャンディー二本。


「そんな優しそうな目も止めてください。キャンディーはありがたくいただきます」


「……唯やん、それこそ最後の台詞はいらんやろ」


 なんのことだかさっぱりだわ。


「そういえば、例の《死神》の件なんだけど」


「ッ!」


「ッ?!」


「えっ」


 中原先輩の言葉に思わず体を強ばらせる。先輩たちは先日した宣言を聞いていたらしく、その日から大津先輩が彼女の進学先を調べてくれていたのだ。

 私情で先輩たちを巻き込んだあげく、何もできない自分自身に腹が立った。


「進学先、月岡高校。対戦地区、違う。だから、今度、練習試合、する」


「……え?」


「……練習試合って、なんでですか?」


「地区が違うからさ、対戦できる確率が低いって棗が判断したの」


「だから……練習試合なんですか」


 そのことに関して文句はなかった。むしろ、練習試合ができるというだけでもありがたい。


「……横断幕」


「え?」


 ぽつりと呟いた大津先輩の言葉に、慌てて中原先輩がフォローに入る。


「棗がうちの横断幕覚えてるか、だってさ」


 ……あぁ、あれか。


「た、確か、『連帯責任』ですよね?」


「…………」


 無言で頷く大津先輩。この横断幕は、大津先輩が考えたらしい。

 試合で負けたことを人のせいにするな。スタメンも、ベンチも、心身共に一つ。故に『連帯責任』。


 そんな大津先輩の考えは、監督を含め誰も反対しなかったと言う。この話だけでも、大津棗という人の人柄が良くわかる。


「棗が覚えてるならいいってさ。じゃ、頑張ってね! 一年生!」


 中原先輩は、新たなキャンディーを舐めながら大津先輩と共に去っていった。


「なんやかなー……。『連帯責任』って重うない?」


 先輩たちがいなくなったのを確認して、芽衣めいがそう言う。


「別にいいんじゃない? 先輩たちが決めたことに口出しする気はないわ」


 入学してそう日は経っていないけれど、私は二人の先輩を尊敬していた。


「なんか、かっこいいなって思う」


 だから、ついて行こうと思ったんだ。

 茶野さの先輩じゃない、新しい先輩に私は出逢ったんだ。





 その日のうちに五百八十円も換金した私は、言い出しっぺに無理矢理カラオケに連れていかれていた。勿論、隣にはちぃちゃんもいる。


「カラオケって、初めてで緊張する……」


「そうね」


 少しだけ憧れていたから、来れて良かったかな。


「……え、自分ら……ほんまに?」


「その目は何よ」


「いだだだだ! 唯やん、ウチの関節が折れるて!」


「だ、か、ら?」


「鬼畜や!」


「ふ、二人とも! 時間がないから歌おう?」


 ちぃちゃんは、こういう時に限って助け船を出すな……。まぁ、ちぃちゃんらしいからそれでいいけど。


「せやな! じゃ、トップバッターはウチでええやろ?」


「勝手にどうぞ」


「っしゃ! ウチの歌を聞きやがれー!」


 イントロが流れたのと同時に、私は検索機を弄る。もし私がカラオケに来たら、歌いたい歌があった。……ちぃちゃんと、一緒に。





「ねぇ、この歌知ってる?」


 唯ちゃんは検索機を私に見せた。それに表示されていた曲名は、私の好きな歌。


「あ、知ってるよ。その曲がどうかしたの?」


「一緒に歌わない?」


「え? でも、この曲ってデュエット曲じゃないよね?」


「ソロだけど別にいいじゃない。……この曲だけは、ちぃちゃんと一緒に歌いたいの」


 真っ直ぐに私を見据えて、そう告げてくる唯ちゃん。大好きな曲だから私は良く知ってる。この曲は、ソロ曲だけどソロじゃないって。


「……わかった。いいよ」


 その時ちょうど、流れていた芽衣ちゃんの曲が終わった。


「はー! 歌った歌ったっ! 次は誰なん?」


「私とちぃちゃん」


「デュエットかいな」


 そして、曲が流れた刹那に首を傾げた。


「この曲って、あれか? 《Blue Bird》のデビュー曲で、唯一のバラードっちゅうヤツ」


「うん」


 この曲の名は、《Tears》。


 ――もしも幼い頃 あたしに夢があったなら


 そんな歌詞から始まる曲は、今から約二年半前――ちょうど、私が女バスを退部した頃にデビューした女の子の歌だった。

 透き通った歌声で、耳に残り続けるメロディー。作詞作曲も彼女がした《Tears》は、瞬く間に十代の間で広まった。顔出しは一切しておらず、ネット上でしか活躍していない現代の歌姫。私はそんな彼女の曲が大好きだ。


 ――誰もが叶えたい夢を持っている だからみんな生きてるってわかってるんだ


 ――幸せな時に手と手を合わせたら かけがえのない仲間だって思えたの


 ――もしも抱いた夢が今しか叶わないのだとしたら きっと迷うだろう


 ――あたしは不器用なのだとしたら 追いかけたくて裏切ったあの秋の日


 私と唯ちゃんが交互に歌い、サビで一緒になる。歌詞を見ていると、嫌というほど実感してしまった。……私たちに似ている、と。


「……あれ?」


「……あ」


 曲が終わった瞬間に流れた涙は、私たちの制服を濡らしていた。





 あの日から、数日後。


「ちぃちゃん早く!」


「うんっ!」


 散った桜の花を踏み締めながら、私たちは走っていた。青々とした空に、白い雲。なんとも過ごしやすい日の光を目一杯に浴びて私は前を走る唯ちゃんを追いかける。


「こんにちはー!」


 体育館の扉を開けた唯ちゃんの瞳は、輝いていた。それは多分、私も同じだろう。大津先輩と中原先輩の表情は、そんな表情をしていた。


「早かったね、橙乃、紺野」


「…………」


 第一声は中原先輩。その隣に、大津先輩。その後ろに他の先輩たちが立っていた。


「唯やん、ちぃやん! ウチらを置いていくなやー!」


 遅れて体育館に入ってきたのは、彼女と他の一年生全員。これで、女バスは全員揃った。


「ご、ごめんね?」


「しょうがないでしょ? だって、今日は……!」


 唯ちゃんの言葉に、中原先輩の目つきが変わる。そして、すぐに笑った。


「――一年生! 本入部、おめでと!」


 ありがとうございます、とみんなの声が重なって響く。先輩たちはみんな、優しく微笑んでいた。

 ……あぁ、これからだ。このチームで、私はこれからバスケをするんだ。


「……ねぇ、唯ちゃん」


「ん?」


「きっとまた、会えるよね。……バスケ続けてたら、みんなに会えるよね」


「……そうね。私たちと同じように、バスケに向き合えたら――きっと会えるよ」


「そんで、打倒《死神》! やでっ!」


 ぐいっと、芽衣ちゃんは私と唯ちゃんの肩を組む。そうだ。それも忘れてはならない。


「当然!」


「うんっ!」


 大丈夫。このチームなら、銀之丞ぎんのじょうさんにも勝てる。


「一年! 練習始めるぞー!」


「「はいっ!」」


 私たちは声を合わせ、先輩たちの元へと駆け寄った。


 豊崎とよさき高校女子バスケットボール部。――始動ッ!

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