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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
レンズのカナタ
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第四話 キューピッド

『してないよ。俺が橙乃とうのの特別になりたいって言ってるだけ。……俺は、橙乃とやり直したい』


『……ッ!?』


「…………」


 私は二人から死角になっている木の影に隠れる。何故ここにいるのかというと――二人の行く末を見届けたかったから。

 そう。今の私は、恋のキューピッドを気取っていた。


「……で、どうして黄田きだくんがここにいるの?」


「別にいいじゃない。俺が赤星あかほしくんに伝えていなかったら、この状況はなかったんだから」


 何故か誇らしげに語る黄田くん。けれど、言っていることは別に何も間違っていなかった。


「……そう、だね。ありがとう、黄田くん」


 恋のキューピッドは、〝私たち二人〟だもんね。


「……ッ!」


 黄田くんが息を呑んだ。何があったんだろう。黄田くんは私を見ているけれど、その瞬間


『……好き』


 唯ちゃんが赤星くんに告白した。


『赤星が、好き……!』


『俺もだよ』


 その告白を、どれほど待ちわびていたことだろう。


「唯ちゃん……!」


 自然と涙が溢れてきた。それはきっと、嬉し涙だろう。親友の想いが通じて、素直に嬉しかったんだ。


『だから、一緒に朱玲しゅれいに行かない?!』


 その涙が別の涙に変わる可能性は、全然考えていなかった。


「……え」


 言葉を失う。心が軋むような、寂しくなって空っぽになるような、そんな感覚。


「朱玲って神戸じゃん……! ちょっと待って、赤星くん本気でそんなこと言ってるの……?!」


 隣にいる黄田くんは慌てている。私は、逆に一歩も動けなかった。


『――嫌!』


『いや?!』


「……ッ!」


 急に力が抜けた私を、黄田くんがそっと支えてくれる。黄田くんの腕に頭をつけた私は心臓を抑え、唯ちゃんが断ってくれたことにまた嬉し涙を流してしまった。


『べ、別に赤星のことが嫌いなんじゃないよ?! ただ……こっちにもいろいろあって……』


『いろいろってなんだよ』


 確かに、いろいろってなんだろう。私も気になって、今まで以上に耳を澄ました。


『私、豊崎とよさきにスポ薦で入学したから、女バスに入部しなくちゃいけないし、ちぃちゃんも入部するって言ってて……お父さんとお母さんとも……私、赤星だけじゃなくて、たくさんの人とやり直したいの……!』


 唯ちゃんは一気に言葉にする。彼女自身が、今一番伝えたい気持ち。それが、〝やり直したい〟だとするのなら――それはきっと、三年前のことを言っているのだろう。

 みんながまだチームだった、あの栄光の全中での日々のことを――。


『ちぃちゃん!』


 ――シュッ!


 唯ちゃんがフェイクで私にパスを繋いだ。直前までベンチだった私は、気持ち的にも体力的にも大きく回復してずっと練習していたパス回しに気分を高揚させる。

 手のひらのボールは、琴梨ことりちゃんに繋がった。


『ナイスパス! ちぃ!』


 ハイタッチの音がコートに響く。今の琴梨ちゃんのシュートで点差が十点以内に縮まったのだ。


『何やってるんですか! まだ第3Qですよ!?』


『それに、ハイタッチはみんなでするモノでしょ〜?』


 凜音りんねちゃんの怒声と、茶野さの先輩の不満そうな声が聞こえる。


『せや、喜ぶのはまだ早いで! ウチらの底力、見せたるわ!』


 そして相手チームの一人から関西弁で声が上がった。


『行こ!』


『うんっ!』


 主将で、SFスモールフォワードの《ペテン師》。初心者だからと人一倍頑張る唯ちゃんを見て、私もそうなろうと頑張れた。


 副主将で、SGシューティングガードの《魔術師》。底抜けな明るさでチームを引っ張るムードメーカーの琴梨ちゃんに憧れた。


 部長で、PGポイントガードの《策士》。冷静な判断と頭脳で考案した作戦を使い、チームを支え続けた凜音ちゃんに感謝した。


 監督で、センターの《暴君》。人柄が良く、ゴールとチームをずっとずっと守ってきた茶野先輩のことが大好きだった。


「…………」


 ――あの頃はとにかく楽しかった。そういえば、琴梨ちゃんと凜音ちゃんはどこの高校に行ったんだろう。

 正反対で、けれど大親友だった二人。私と唯ちゃんと同じように、すれ違ってしまった二人。


「……いつか、また会いたいな」


「え? 何?」


 私の小さな呟きに反応する黄田くんに「なんでもない」と返し、私は彼を見上げ――って、あれ?


「き、き、黄田くん……! ち、ちか……!」


 黄田くんとの距離は、拳一つ分。彼の吐息が私の耳を擽った。


「ごっ、ごめんウサミン……!」


 慌てて離れた私たちだったけれど、近いには変わりない。し、心臓がドキドキしてる! なんてことをしてくれたんだ黄田くんは……!


『やった! 二人とも、ちゃんと聞いてた?! 橙乃が『やっぱなし』って言ったら全力で止めろよ〜!』


「ッ?!」


「あ、あれってもしかして俺たちのことかなぁ?」


「そう……なんじゃないかな?」


『その声……もしかしてちぃちゃん!? あと黄田!?』


 恐る恐る体を出すと、唯ちゃんが顔を真っ赤にさせて「なんで」と小さく呟いた。


「ちょっと待って! 俺だけついで?! それってなんかおかしくない?!」


「当然でしょ。私、黄田のことまだそんなに許してないし」


「良かったね、唯ちゃん……!」


「ちぃちゃん、な、泣かないでよ……!」


 新たな涙が頬を伝うと、唯ちゃんは私の肩を強く揺さぶる。そして不器用に私の頬を擦ってくれた。その手は、とっても温かかった。


宗一郎そういちろう! 久しぶり!」


「久しぶり〜、赤星くん。君は今日も元気だねぇ」


「宗一郎は今日も笑顔だな!」


「うんうん、赤星くんには負けるけどね」


「良かった。相変わらずだ、赤星くん」


「卒業してからそんなに経ってないけどな〜」


「でもでも、お互いに高校の制服着てるからさぁ。別人に見えるっていうか、これから俺たちじゃないチームメイトと一緒に過ごしていくなら、必然的に変わるっていうか?」


「まぁ、そんなもんなんじゃない?」


 二人の会話を隣で聞いていた私と唯ちゃんは、目を合わせてお互いに引っつく。

 決定的な言葉は何一つなかったけれど、お互いの言いたいことも――赤星くんや黄田くんが言いたかったこともよくわかった。


 私と唯ちゃんは高校も一緒。離れていた時期もあったけれど、変わってしまったこともあったけれど、私たちは大丈夫だった。だからきっと、男バスのみんなも大丈夫。……琴梨ちゃんと凜音ちゃんとは今も離れ離れだけれど、大丈夫だと信じている。


「じゃあね、赤星くん。また会えて嬉しかったよ」


「うん、宗一郎! 今度会う時はインターハイで!」


「うんうん。インターハイでね!」


 二人は高校も違うのに別れをあっさりと済ませてしまい、私は唯ちゃんから渋々離れる。本当は離れたくないけれど、赤星くんと唯ちゃんの邪魔はできない。私と唯ちゃんはいつでも会えるんだから。


「じゃあね、唯ちゃん。私も行くよ」


「えっ?」


 きょとん、と聞き返す唯ちゃんに


「ごゆっくり〜」


 そう告げて、黄田くんの手を無理矢理引っ張る。


「ッ!?」


 小さく、だけど確かに黄田くんの手が強ばった。私は絶対に振り返らないように心がけ、ずんずんと先を歩く。だって、今振り返ったら顔が赤いのバレちゃうかもしれないもん。


「ごゆっくりって……! また来週ね!」


 唯ちゃんは私に最後の最後で言葉を投げかけ、私はそれを手で振って応える。もちろん、これさえも振り返れなかった。

 黄田くんを引っ張って数分後、突然黄田くんが立ち止まる。


「ッ?!」


 私は、驚いたのと同時に手を離してしまった。振り返ることもできず、ただ黄田くんが話してくれるのを待つ。一分一秒がとても長い。どうしてまだ黄田くんは何も言わないんだろう。


「……ウサミンさ、終わったって言ったよね?」


「……え?」


 一瞬、私は黄田くんの発言を理解することができなかった。


「中学の卒業式の日、初恋は終わったって」


「……ッ!」


 一気に胸の鼓動が速くなる。多分、心のどこかで願っていたのだろう。

 黄田くんが今、その話を持ち出すことを――。


「……俺、期待してたんだよね。だからってわけでもないけどさ、二年間――ずっとずっと待ってて良かったなってらしくもなく思った」


「…………」


「……けど、俺もう限界だよ。昨日のメッセージを見てそう思った。もうダメかなって」


「えっ……」


 昨日の……メッセージ? あの文章、何か不味かったのかな?


「ウサミンは、まだ赤星くんのことを想っているの? それとも、別の……」


「違う!」


 その後の言葉を聞きたくなくて、声を張り上げた。


「私は……!」


 そこまで言って振り返る。それ以上の言葉は、面と向かってちゃんと言いたかった。そんな勇気が自分にあることに驚いて、もうそれだけじゃダメなんだってことを彼の表情を見て気づかされる。

 私は再び黄田くんの手を握り締め、自分自身の胸に押し当てた。


「うっ、うわっ?! ウサミン?! 何してるの?! いいの?!」


「ねぇ、聞こえるかな……? 私の、鼓動」


 うるさいなって、思った。

 鎮まれって、思った。……けれど、黄田くんに聞いてほしい。


「う、うん。それは聞こえるけど……」


「……うるさいでしょ?」


 黄田くんは急に黙って、ゆっくりと頷いた。私はそれを確認して、一息つく。もう、迷いはなかった。


「私は、黄田くんが好き。誰よりも、黄田くんが一番……大好き」


「……え、ほ、本当? それって、嘘じゃない?」


 黄田くんは私の手を離し、包み込むように握り締めてくれる。


「体は嘘つかないと思うな」


 そう言った時、彼の中の何かが弾けたように見えた。


「俺もだよ、ウサミン。俺もウサミンが一番好き。大好きだよ」


 生まれて初めて見た黄田くんのその優しい笑みは、私の心を充分に射止める。そのまま強く抱き締められて、何度も何度も好きと囁かれる。


「……返事、遅くなってごめんね?」


「そんなのもういいよ。だって、ウサミンは名前に似合わないくらいスローペースだって知ってたし」


 俺、今すっごく幸せだから。その言葉が耳に届いた瞬間、唇が塞がれた。

 私もだよ。その狭間に、呟いた。

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