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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
レンズのカナタ
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第三話 幸せメッセージ

 眉毛まで切った前髪に無意識に触れた。中学生の時から愛用しているカメラを持ち、家を出る。灰色のブレザーから、新品の匂いがした。

 豊崎とよさき高等学校に着けば、入学式とあってか人が――人、が?


『ねぇ、あの人すごいイケメンじゃない?!』


『あの人東雲しののめの男バスの人だよ! 雑誌で見たことあるもん!』


『ちょっ、押さないで押さないで! 気持ちは嬉しいけど怪我しちゃったら大変でしょ? ね?』


『うわー、優しいんですね!』


 ぷつん、私の中の何かが切れた。


『あ、ウサミン! おーい、おはよ……』


 私に気づいた黄田きだくんは、声をかけて助かろうとしているみたいでだけれど……気づかない振りをしようかな?


『あれっ? 無視?!』


「……黄田くんなんて、もう知らない」


『酷い! 俺たちずっと一緒にいたのに?!』


 黄田くんがたくさんの女の子に囲まれているのを見ると、胸がズキズキする。この気持ちはなんだろう。

 避けていたのに、入学式が終わったらすぐに黄田くんに捕まってしまった。


「もしかして、怒ってる?」


「怒ってないかな」


 女の子たちを振り払ってまで来てくれたことに、嬉しさ半分、申し訳なさ半分。吃らなくなったけれど、コミュ障なのには変わりなくてそっぽを向いてしまう自分が嫌だった。


「じゃあ、こっちを向いて?」


「……嫌かな」


「そんなぁ! ウサミ〜ン、顔見せてよ〜」


 そのまま何か言うのかと思ったけれど、彼は驚きの声を漏らす。


「どうしたの? 黄田くん」


「あれは……」


 瞳を揺らし、唇を震わせる彼の姿は私の恐怖心を掻き立てた。


「ちょっと行ってくる! ウサミンは先に昇降口まで行ってて!」


「……え、行くってどこへ?! 待ってよ黄田くん!」


 慌てて叫ぶけれど、彼の姿はもうなかった。私の声は、廊下に木霊して消えていった。


「……い、行かないで」


 このまま黄田くんがどこかへ行ってしまいそうで、怖かった。私は彼の後を追う為に、走るしかなかったのだ。


「黄田くん!」


 名前を叫んだのはいい。問題はその後だった。


「……ちぃ、ちゃん?」


「ゆ、ゆい……ちゃん?」


 あの日からずっと、すれ違ってきた元相棒の姿。


「あははははッ!」


 ……違う。


「……どうして……どうして私、豊崎に来ちゃったんだろうね」


 彼女は、私の知っているゆいちゃんじゃない。黄田くんもそう思ったのか、私と一緒に呆然と見ていることしかできなかった。


「神様って、もしいるなら……酷いや」


 唯ちゃんはそう呟いた。狂ったように笑う、かつて《ペテン師》と呼ばれた少女。


 ――助けて。私にはそう聞こえた。


 そう。唯ちゃんが、心の中で泣いているような気がしたのだ。


「き、黄田くん。二人きりにしてくれる?」


「で、でも……!」


「……お願い」


「……わかった。何かあったら呼んでね」


 黄田くんが離れていくと、唯ちゃんが回る。けれどすぐに足を止め、私のことをじっと見つめた。


「……ちぃちゃん、ごめんね」


 そう言って、頭を下げた。


「謝らないで。ね?」


「……でも私、ちぃちゃんをたくさんたくさん傷つけた」


 唯ちゃんの体が小刻みに震える。


「そ、そんなことないよ?」


 傷つけた……? 私は、どうして唯ちゃんが謝るのかがわからなかった。


「……ちぃちゃん優しすぎるよ」


「じゃあ、どうしてそう思うの?」


「だって……ちぃちゃん、中学の頃苛められてたでしょ?」


「……そう、だね。否定はできないかな」


 唯ちゃんの言葉で、あの夏の日の記憶が蘇ってくる。あの時のこと、唯ちゃんは今でも覚えてるんだ。


「……私の、せいでしょ?」


「違うよ?」


「嘘!」


「嘘じゃないよ?」


 どうしてそう思うの?


「じゃあなんで……!」


 唯ちゃんが謝る必要はない。だから私は、彼女を安心させるように笑った。


「自分で自分の首を締めたの」


「え……?」


 蚊のような呟きと、大きくなる瞳。


「唯ちゃんは覚えてるかな? 私の通り名」


 少し眉を顰め、俯く。顔を上げるのに時間はかからなかった。


「まさか……!」


「うん。私は《隠者》。なのに、少しだけ陽のあたる場所に出過ぎたの」


「なにそれ、それだけ?! それって絶対におかしいよ!」


「そうかなぁ?」


 私はそうは思わないかも。


「ふざけんなよ! 何が《隠者》だからだ! 陽のあたる場所にいて何が悪いのよ!」


 けれど唯ちゃんは否定を続ける。


「私なんか《ペテン師》だぞ! なんで《隠者》が苛められて《ペテン師》が苛められないんだよ!」


 一気に叫んで、唯ちゃんは息を整えた。


「ッ! はぁっ……はぁっ……!」


『君だって〝光〟になれる! なっていいんだよ!』


 ……そういえば、あの時黄田くんがそう言ってくれた。今の唯ちゃんみたいに、怒るように。


「ち、ちぃちゃん?」


「ッ!? あ、あぁ、ごめんね。ちょっと思い出しちゃって……」


「……思い出したって、何を?」


 眉を顰めた唯ちゃんに気づき、私は慌てて訂正する。


「あ、あのね、別に悪いことじゃないよ?」


「え?」


「むしろ良いことなの」


 黄田くんに救われた、あの日の出来事。温かくて、嬉しくて、眩しくて――好きになった。


「ねぇ、ちぃちゃん」


「ん?」


「私たち、もう一度――友達になれるかな?」


「友達じゃなくて、親友が良いかな」


 ずっと引っ掛かっていた何かが取れたと思った。そして、嬉しくなった。あの頃に戻りたいと思っていたのは、私だけではなかったのだと。


「これからもよろしくね、親友!」


「ちぃちゃん……うん、ありがとう」


 ――あの頃の失敗を繰り返さない為に、言おう。


「私の初恋ね、終わったんだ」





 自室で今まで撮った写真をアルバムにする。日は既に傾いていて、辺りは静寂に包まれていた。それを、たった一回のインターホンが破った。


「唯ちゃん? どうしたの?」


「ちぃ……ちゃん、私……」


 玄関で、肩を震わせている唯ちゃん。強気な彼女が涙目になっているところから察すると、何か良からぬことが起きているのだろう。


「とりあえず上がって?」


 小さく頷き、黙って私の後に着いて来る唯ちゃん。自室へと案内すると、崩れるように抱きつかれた。


「……大丈夫? 何があったの?」


 小さな肩を優しく撫で、唯ちゃんが口を開くのを待つ。


「お父さんが……」


 お父さん? 唯ちゃんのお父さんって、捕まってるんじゃ――。


「……お父さんが、帰って来た」


 それは、私にとっても衝撃的なことだった。

 唯ちゃんとしばらく話をして、私は彼女をお風呂に勧める。


「……よし」


 唯ちゃんがお風呂に入ったのを確認して、スマホを触る。

 お父さんの件について。これはきっと、本人たちじゃないと解決しないこと。だから私は影ながら応援しよう。そう思って、ふと私に何ができるのだろうと思った。


 その結果、私はこうしてメッセージを書いている。送り先は赤星あかほしくん。と言っても、アカウントがわからない。

 しばらく悩んで、黄田くんを介することにした。……中学生の頃、必死に頼まれて渋々交換したものが役に立つとは思わなかったな。


 馴れない手つきでようやく完成させ、送ろうとする。けれど、送信を押す指が止まった。……これって、初メッセージだよね?


 そんなことが私の脳裏を過ぎった。さっさと送ればいいのに、そういうわけにもいかない。躊躇う暇なんてないのに、手が緊張からか動かない。


「……え、えいっ!」


 ……送ってしまった。黄田くんは、なんて返してくれるかな。





 スマホで好きなアーティストの曲を聞いていると、メッセージを受信した。それを流しながら名前を見


「……へ?」


 俺は、目を疑った。


「えぇぇぇぇぇぇえ?!」


宗一郎そういちろううるさい!』


 らしくなく火照る頬を手で仰ぎ、なんとか平静を保とうとするが完敗に終わる。差出人は、ウサミンだった。


「やばい……ちょー嬉しい……!」


 まさか向こうから来るとは思ってもみず、震える手で表示を押す。


「え」


『遅い時間にごめんね。赤星くんに伝えてほしいことがあるの』


『唯ちゃんのお父さんが、帰ってきました』


『何かあったら唯ちゃんのことお願いします、って』


 メッセージはそこで終わっていた。そして、ウサミンからのメールは赤星くんに向けられているのだと思い知った。


「……俺って、やっぱこの程度なのかなぁ」


 呟いて、天から地に突き落とされた気がした。





「ッ?!」


 急に、握り締めていたスマホが光った。手を話すと、画面に着信したメッセージが表示される。


「あ、黄田くんだ……!」


『了解〜!』


『ユイユイのお父さん、帰ってきたんだね』


『あ、赤星くんのアカウント送るから今度からそれ使うといいよ〜!』


 すぐに出てきたものを押すと、赤星くんのアカウントらしきものが出てきた。

 これ、登録しちゃっていいのかな……?


「お風呂ありがとー」


「あ、おかえり」


 ちょうど唯ちゃんが戻ってきて、私の手元を見つめる。


「なんか珍しい。ちぃちゃんがスマホ使ってるなんて」


「そうかな?」


 確かに、唯ちゃんの言う通りだなぁ。私あんまり使わないし。


「うん。あんま見たことない」


「そんなことないよ」


「そんなことあるよ」


「もう。唯ちゃんどうしてそんなに突っ込んで聞いてくるの? そんなに珍しくないからね」


 けれど、これ以上詮索されたら黄田くんや赤星くんにメッセージを送っていたことがバレちゃうかもしれない。


「えぇ〜……」


 唯ちゃんは疑わしそうな表情をしていたけれど、それ以上詮索はしなかった。

 私はほっと息を吐き、「じゃ、そろそろ寝よっか」と勧める。


「ああああ! お布団まで用意してもらって……!」


「いいっていいって」


「何から何まで本当にありがとう〜!」


 感謝する唯ちゃんはいそいそと布団の中に入り、私は電気を消してベットの中に入る。


「ちぃちゃん、起きてる?」


「うん?」


 互いに背を向けているせいで、顔は見えない。私は静かに目を閉じて、唯ちゃんの次の言葉を待った。


「あのさ、ちぃちゃんの初恋って……その……」


「……うん、赤星くんだよ」


 目を閉じているからか、息を呑む音がよく聞こえた。


「だ、だよね。で、でも、終わったって……?」


 ――終わった。それは、諦めたとか、嫌いになったとかじゃない。


「今は別の人が気になってて……」


 言葉にして確信した。


 赤星くんは、私にとって初恋の相手。そして、憧れの人だった。……唯ちゃんと同じように、私は赤星くんに憧れていた。

 黄田くんは私にとって、恩人。そして、感謝が恋に変わっていった。……釣り合わなくても。それでも、大好き。……黄田くんが、好き。


 私たちは、両想いでいいのかな?






「お世話になりました!」


 翌朝。お家に帰って家族とやり直す決意した唯ちゃんが、私たちに深く頭を下げた。

 私の周りには、お父さんとお母さんとこがめお姉ちゃん。家族四人で唯ちゃんのことを見送る。


「いいのいいの、またいつでも来てね! あ、でも、今度は家出じゃなくてだよ?」


「いいじゃんいいじゃん、時には喧嘩も必要だよ」


「こがめちゃん、そんなこと言わないの」


「うちは滅多に喧嘩しないからなぁ。羨ましいなぁ」


「ちょっと、お父さんまで……」


「もう! みんな余計なこと言わないでよ〜!」


 唯ちゃんにこんな家族を見られて恥ずかしい。けれど、唯ちゃんはこれから自分自身の家族を向き合おうとしている。だから、私も前を向かなきゃいけない。

 これが私の家族だよって、唯ちゃんに見せないといけないんだ。


「また来ます!」


 笑顔で唯ちゃんが答えた時、スマホの光が見えた気がして視線を落とす。

 私はそれを表示して、赤星くんからのメッセージを見た。


「あ、じゃあ。ありがとうございました!」


 遠慮するように唯ちゃんが言って、何故か慌てて去ろうとする。私は「あ」と顔を上げ、「友達がいるのに何スマホ見てんの!」とこがめお姉ちゃんに怒られた。


「ゆ、唯ちゃん! ちょっと待って!」


「え?」


 私は慌てて唯ちゃんに駆け寄って、スマホをぎゅっと握り締める。

 赤星くんからのメッセージには、こう書いてあった。


『久しぶり、紺野!』


『今日東京に帰ってきたんだ! これから橙乃とうのに会うつもり!』


『メッセージくれてありがとな〜!』


「ち、ちぃちゃん? どうしたの?」


 そんなメッセージを唯ちゃんはきっと知る由もない。私は笑い、彼女が幸せな道を進めることを祈った。


「やり直せると良いね」


「へっ? ど、どうしたの急に……」


 急に。唯ちゃんはそう思うだろうけど、私は唯ちゃんが不登校になった辺りからずっとずっと祈っていた。


「お父さんとも、彼とも」


 やり直すことができたなら、私だって幸せだ。


「彼って……」


「いずれわかるんじゃないかな?」


 これがきっかけになって、唯ちゃんが幸せになりますように。

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