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モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
レンズのカナタ
12/88

第二話 雨上がり、陽があたる

黄田きだ〜。今日はあんたと1on1したいんだけど……って、聞いてる?」


「へっ? あ、ユイユイ。なになにどうしたの?」


「『なになにどうしたの?』じゃないわよ! わん、おん、わん。オッケー?」


 小馬鹿にしたように笑うユイユイ。やっぱり何か可愛気がない。


「はいはい。いいよ」


「じゃ、私からね!」


 ドリブルをし始めたユイユイの目は鋭い。戦う時のユイユイの目を間近で見たのは初めてかもしれない。


「ユイユイ」


「何よ」


「今朝、紺野こんのちゃんに会ったんだけどさぁ」


「はぁ?」


「いつもあんな風にビクビクしているの?」


「……そうだけど、それが何?」


「いや、それだけだよ」


「あっそ」


 刹那、ユイユイが俺を抜き去った。


「あっ?!」


 ――スパァンッ


 そんな軽快な音を立ててボールが入る。


「やったぁ! 入ったぁ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ね、子供みたいに喜ぶユイユイの姿はちょっとだけ可愛かった。





 翌朝は霧雨だった。時々傘を差そうか悩む私の頬を雨粒が掠める。

 だからか嫌な予感がした。しかも、私の嫌な予感は百発百中。……自慢では、ないけれど。


 校門を潜り、傘立てに傘を入れ、下駄箱まで歩く。靴を履き替え、黄田くんの名前が視界に入ったその時。


「ちょっと」


「……え?」


 数人の女の子に囲まれてしまった。


「……あ、あの……」


 半年前に見たバッシュと写真が脳裏に過ぎる。


「昨日は楽しかったかしら?」


「なんであんたみたいな地味な子が、黄田くんと仲良く話してるのよ」


「……ッ!」


 怖くて、怖くて。ただ、それだけで。


『なっ!?』


『ちょっ、どこ行ったの?!』


 体を縮めて彼女たちの間を突破した私は、二度と彼女たちの前に現れることはなかった。不意に、《隠者》という通り名を思い出した。

 教室に駆け込むと、予想通りの光景が広がっていた。黒いペンらしきもので落書きされた机。バッシュも写真もないけれど、半年前と何も変わってなかった。


「どうして……?」


「ねぇ、紺野ちゃん。さっきすごい勢いで走ってたけどなんかあったの?」


 振り返れば、私よりも遥かに大きい黄田くんが立っていた。


「どうして……」


「え?」


 先ほどまでの笑顔は消え失せ、視線は私の机に向けられる。


「……どうしたの、コレ」


「…………」


 いけないと、わかっていた。けれど、わかっているだけで止められるものでもない。水滴が頬を伝うけれど、これはきっと、雨粒。


「……黄田くんの目に、今の私はどう映ってる?」


「……泣いてるよ」


 いけないと、わかっている。


「黄田くん……」


 ……助けて。なんて、言えるわけがなかった。





 今日の私は、いつも以上に影が薄かったと思う。いや、影が薄いとか濃いとか関係ないのかな。友達や仲間なんて、いないに等しいのだから。

 それで得することは何もない。影が薄くて得することは、あるけれど。現に、今がそうだった。


 雨が降る外から体育館を――赤髪の少年を見つめる。まだ諦めきれていない自分がどこかにいた。


「あれ、そんなとこにいて寒くないの?」


「ッ!」


 またこのパターン。黄田くんにはいつも驚かされる。


「外にいないで中に入ったらどう?」


「……だ、大丈夫だから」


「や、でも、震えて……」


「も、もう、帰るから!」


 踵を返すと、中にいた黄田くんが急に外に飛び出してくる。


「えっ?! ぬ……濡れますよ?!」


 雨に濡れても気にせずに、黄田くんは足を動かし続けて私の方へと近づいてくる。刹那、私の傘が宙を舞った。


「んッ……!?」


 そして、黄田くんの腕の力が強くなる。どうして私は、抱き締められているんだろう。


「あ、あの……」


 身長差がありすぎて、押しつけられてる場所がどこかもわからない。というか、体が熱い。


「どうして赤星あかほしくんばかり見てるの?」


 え……。なんで、黄田くんがそれを知ってるの……?


「赤星くんが好きだから?」


「ッ!」


 暴れようにも、暴れられず。姿を眩まそうにも、眩ませず。


「好きだよ」


「え」


 今、なんて?


「紺野ちゃんが好き」


「や、あ、あの……」


 言いたいことが言えない。でも、言わなくちゃならない。だって、今言えなかったら一生後悔するもん。


「お、お気持ちは……嬉し……んッ!?」


 唇に何かが押しつけられた。それは、強引に私の唇をこじ開けて入ってくる。


「ッ!?」


「…………」


 既に力が抜けた私は、黄田くんにさせるがまま。そのうち、背中に壁の感触がした。


「……ッはぁ!」


 離れては繋がり、離れては繋がりの繰り返し。降り続ける雨は、体育館の屋根で遮られた。そしてまた、離れた。


「……ごめん」


「……え?」


「……ごめん」


 黄田くんが私の体を離し、数歩下がる。上げた黄田くんの顔は、濡れていた。

 それが汗なのか。雨なのか。涙なのか。今の私にはわからなかった。





 季節は過ぎ、夏になった。もう誰かに何かをされることはない日々。だけど、安心していたのは束の間だった。

 写真を撮ることしか出来ず、退屈な日々とも言える。そんな、ある日の放課後の出来事だった。


「あ、忘れ物しちゃった……」


 学校を出てすぐに気づけたのが幸いだった。いや、その時の私は、幸いだと思っていた。

 教室に戻ると声が聞こえる。知っている人たちの声。


『何よこれ……』


『あ』


『……あんたが書いたの?』


『ち、違う!』


 ゆいちゃんと、黄田くん? 二人で一体何を……?

 私は影を薄めて教室を覗いた。夕日をバックに、揺れるカーテン。シャッターチャンスなんて思った。けれど、黄田くんの手に握られている雑巾がすべてを台無しにしていた。


『それ……消そうとしてたの?』


『このことは内緒だよ?』


『いつから?』


『去年』


 なんの話? ほんの少し近づいてみる。唯ちゃんは私の元相棒だから、気をつけないと。


『……私の、せい?』


 注意深く唯ちゃんを見ていると、二人が囲んでいる席が私の席であることに気がついた。そして、落書きされた自分の机が視界に入る。

 嘘……。だって、最近は全然こんなのなかったのに……。


『それは違う! ……俺は、そう思う』


『……もしかして、あれも……』


 瞬間、呆然としている私の真横を唯ちゃんが走り去った。……唯ちゃん、泣いてた? どうして唯ちゃんが泣いているの?


「ユイユイ!」


 足音が聞こえた時、黄田くんは既に扉まで来ていて――私と、目が合った。


「……あ」


「…………」


 すべてを察する。終わってなどいなかったのだと。それを、黄田くんがずっと隠していたのだと。


「……また、泣いてるよ」


 そっと、黄田くんの大きな手が私のそれを拭う。


「……なんで? なんで、隠していたの?」


 真っ白な頭の中で自然と言葉になった疑問。黄田くんは一瞬戸惑って、それから口を開いた。


「――『助けて』って、声がしたから」


「ッ!」


「言ったよね? 『助けて』って」


「い、言って……」


 ……言ってない。そう言ったら、どうなるの? そう言ったら、何かが変わるの?


「…………」


「もう一度、言って? 『助けて』って」


「……いいの」


「え?」


 黄田くんが目を開いた。私は必死になって黄田くんを止めた。


「わ、私が悪いの。私は、陽のあたる場所に出すぎた《隠者》なの」


 私はきっと、こうなる運命。そうずっと思ってた。だからいいの。


「そんなことないよ!」


「ッ!?」


「君だって〝光〟になれる! なっていいんだよ!」


「え……?」


「《隠者》だかなんだか知らないけど、そんなの絶対おかしいから! 紺野ちゃんは……ウサミンは本当にそれでいいの?!」


 両肩を掴まれて、強く揺さぶられる。それだけで、黄田くんがどんなに私のことを想ってくれているかがわかった。

 こんな私に、好きと本気で言ってくれる人がいるのか。そのことが、とてつもなく嬉しかった。


「……よく、ない……!」


 私は負けじと首を横に振る。黄田くんの手が、ピタリと止まった。そして、その手が優しく……私の頭を撫でる。

 よくない。それだけ言うことに、どれほどの時間がかかっただろう。


「なら、もう言えるよね?」


 優しい瞳が私を捉えた時、コミュ障だとは思えないほど滑らかに出てきたのは


「……助けて」


 言葉と。そして、涙だった。


「よく言えました」


 そう言う黄田くんの目は、何故か少し潤んでいた。赤星くんを見つめるついでに眺めていた男バスの中で、一番頼りなさそうに見えた彼だけれど――本当は、強くて優しい。


「……黄田くん」


「ん? 何?」


「……ありがとう」


「礼を言うのはまだ早いよ。この机、新品に変えてもらった方がいいよね?」


「そうだね。よいしょ……」


「ちょっ、何してるの!」


「え? 何って、机を運んでるんだけど……」


「一人じゃ無理だよ! 俺も持つから!」


 一人で持てるけれど、黄田くんは私と一緒に机を運んでくれる。


「……あ、ありがとう」


 最後の最後にお礼を言って、机を変えてもらった私はそのまま帰った。


「……あ、忘れ物」


 何しに戻ったのだと責めながら、戻る気にもなれずに歩く。……そういえば、吃らなくなったなぁ。なんて、夕焼けを見ながら思った。

 後から聞いた話だけど、この日黄田くんは部活に大遅刻をして緑川みどりかわくんに怒られたらしい。一応フォローはしてみたけれど、緑川くんは聞く耳を持たなかった。





「黄田くん、卒業おめでとう」


「それはウサミンもだよ。卒業おめでとう」


 黄田くんが卒業証書が入った筒を弄びながら笑みを浮かべる。


「……あ、そうだね」


 卒業生で溢れている校門の側にある音葉おとわ公園に私たちはいた。そこは、ある意味二人だけの世界。それがほんの少し、嬉しかった。


「そういえば、高校ってどこに行くの?」


 全然教えてくれなったよね、と黄田くんは口を尖らせる。


「あはは、そうだっけ?」


 その姿が面白くて、自然と笑みが零れた。


「笑うとこじゃないから!」


「ご、ごめんなさい」


 しばらく笑っていると、黄田くんの雰囲気が変わる。いつもとは違う、大人しい――寂しそうな雰囲気だ。


「やっぱ、朱玲しゅれい?」


「え?」


「……教えてくれなかったってことは、そういうことだよね?」


 しゅれい? え、どこ? というかどうしていきなりそんなのが出てきたの?


「ウサミンは赤星くんが好きだもんねー。諦めたくないけど、やっぱ赤星くんは凄いわ」


 らしくなく、悲しそうに笑っている黄田くん。だけど私は、なんとなくだけど察した。


「勝手に決めつけないでくれるかな」


「は?」


 私は黄田くんの耳たぶを引っ張り、自分の口元に近づける。


「私が行くのは豊崎とよさき高校。赤星くんは関係ないよ」


「と、豊崎って……」


「どっかの誰かさんと一緒かな」


 あえて名前は伏せておこう。調子に乗っちゃうから。

 当の本人は呆然としたまま、しばらくして口を開く。


「え、それって……少しは脈ある?」


「どうかな」


「えっ?! どっち?!」


 耳たぶから手を離すと、耳が赤いことに気がついた。


「あ、ごめん。強く握り締めちゃったかな? 耳が赤く……」


「えぇっ?!」


「えっ?」


「耳が赤いの?!」


「う、うん。そうだけど……?」


「ちょっ、あんまり見ないで!」


「な、なんで?」


「なんでも!」


 両手で両耳を隠した黄田くんはしばらく唸る。犬みたい……そう思ったのは束の間だった。


「と、とにかく! 同じ高校に行くんだよね!?」


「うん」


「っしゃあ! やったね!」


 ガッツポーズを決めた黄田くんを見て、止めておけば良かったかなと少し後悔する。そして――あの日の返事を、いつ言うか迷った。


「黄田くん」


「なになに?」


「私の初恋ね、終わったの」


 今は、これだけを言うことが自分自身の精一杯だった。

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