表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モノクロ*カラフル  作者: 朝日菜
レンズのカナタ
11/88

第一話 止めたい鼓動

 中学校の入学式。式が終わった後でも、誰も私に話しかけない。こうやって、誰にも気づかれないまま卒業するの?

 それでも、いいかな。そう思った直後だった。


『ねぇ、女バスに興味ない〜?』


『うっえ?!』


『ふぇ?』


 先輩であろう人が、一年の教室で部活動勧誘?! しかも私に?!


『え、あ、あの……』


 机に座っている私の死角から現れた先輩。って、この人……正門で部活動勧誘してた人……?


『私と一緒にバスケしない?』


『わ、私……バスケ……したことな……ぃ……です……』


 人と話すことが苦手。運動が苦手。チームプレーが苦手。こんな私が、バスケなんて……


『だいじょ〜ぶ! 初心者だいかんげ〜だから!』


『あ、あの……』


 ……そう思ったけれど、正門で泣いてしまった先輩のことを思い出した。


『私で、良ければ……』


 こんな私を、見つけてくれてありがとうございます。心から思うから、私は先輩のことが好きになった。





 全中で優勝し、喜びあったのも束の間だった。


「ゆ、ゆいちゃんのお父さんが……?」


 聞かされた内容は信じられない内容だった。


「……らしいよ。唯も来てないし、結構な噂になってるし」


「大丈夫……でしょうか?」


「ちょっと心配だよねぇ」


茶野さの先輩は受験に集中してください……! 唯だって、そんなの望んでいませんよ……!」


「でも……」


「先輩、受かりたいんじゃないんの?」


「……それは別問題だよ」


「と、とにかく、唯ちゃんを信じましょう……!」


 私たちがここで言い合ったって、解決しない問題だもん。


「……そうですね」


「うん、そうだよ」


「……わかった。じゃあ、今日は解散ね」


 私たちはそれぞれ別の方向へと歩き出す。『信じる』と言いながら、心配で心配で仕方がない。


「……はぁ」


「どうしたの? 紺野こんの


「へっ?」


 振り返れば、そこに赤髪の少年がいた。


「あ、あ、赤星あかほしくん?!」


「うん。っていうか、どうしてそんなに驚いてんの?」


「な、な、なっ?!」


 一気に頬が熱くなるのがわかる。どうしよう、何か言わなきゃ……!


「あ、ねぇねぇ。橙乃とうのが休んでるそうだけど、どうしたのかわかる?」


「あ……」


 ……どうして、そのことを? 赤星くんと唯ちゃんって、そんなに仲が良かったっけ。


「唯ちゃんのお父さんが……その、警察に捕まったらしくて……」


「……そう、なんだ。それで休んでいるだ」


「……う、うん」


「話してくれてありがと、紺野。じゃあまたね」


 そう言って微笑んで、赤星くんは去っていった。

 男の子で初めて私に声をかけてくれて。男の子で初めて私に微笑んでくれて。好きな人と話せて嬉しいはずなのに、話のきっかけが〝唯ちゃん〟で。その内容も、あまり喜ばしいことではなくて。私は、どうしていいかわからなかった。


 そのまま翌日になって、結局何もしないで帰った昨日を思う。唯ちゃんの家に行こうか迷ったけれど、止める。それは、そっとしておいた方が良いと思ったから。

 彼女が学校に来た時に温かく迎えようと決めて、教室の扉を開ける。


「……え?」


 見ると、ロッカーに置いてあったはずのバッシュが机上に――


「な、なんで?」


 ――ボロボロの状態で置かれてあった。


 さらに、それの隣には数枚の写真。どれも私と赤星くんが写っていた。それらを震える手で退かすと、机には大きく《隠者》と書かれていた。

 元から影が薄いせいで、いつも誰も私に気づかないけれど――今日だけは、悪意を感じた。


「席につけー、ホームルーム始めるぞー」


 担任の先生が来たとわかった瞬間、私の体はコートと同じように素早く動いていた。ボロボロのバッシュと写真だけを持って、教室を飛び出す。

 ……大丈夫。だって、私なんか居なくても誰も気づかないから。


 私が向かった先はごみ捨て場。それも、すべてのごみが集まる場所。


「はぁ……! はぁ……!」


 息を整え、改めて見たバッシュはもう履けそうにない。これは、ごみ箱に投げ捨てた。

 次に見たのは、写真。好きな人とのツーショットでも、喜びは感じられない。これは、破いて捨てた。


「……私は、唯ちゃんの影」


 そうだ。私は、陽のあたる場所に出過ぎた《隠者》。唯ちゃんの影にはなれないほどの〝醜い影〟だ。……退部届けって、どう書くんだろう。


 試行錯誤を繰り返し、退部届けを出して、数日が経ったある日。琴梨ことりちゃんと凜音りんねちゃんも退部したという風の噂が、私の心を締めつけた。

 ……どうして退部したんだろう。私の場合は、バッシュ。二度と履けないそれは、二度とコートに立つなと言っているようだった。


「…………ちぃ、ちゃん?」


「…………ぁ」


 顔を上げると、唯ちゃんがいた。


「ち、ちぃちゃん、どうして……」


 お父さんの件があるのに、私の件で迷惑をかけたくない。だから――


「ご、ごめ、ごめんなさい……」


 ――温かく迎えられなくて。弱くて。何も言えなくて。


「……何が? ねぇ、ちぃちゃん。何がごめんなさいなの? ……女バスを辞めたこと?」


「――ッ! ……ごめ、ごめんな、さい……。もう、唯ちゃんの側には……いられ、ない」


「ッ!?」


「……ごめんなさい」


 私は、それだけ言って走り去った。





 二年になって、暖かい春の日射しが私を照らす。あの日から半年。退部してからは何もなく、平和な日々が続いていた。

 けれど、私は戻るつもりなんて一切ない。


「あ」


 目の前に、部活勧誘のポスターが貼ってあった。その中には、勿論女バスのもある。


「…………」


 私はそのポスターを、指先で撫でた。


「……唯ちゃん、私、応援してるから」


 女バスの存続を。そして――赤星くんのことを。

 未だに彼のことが好きだけれど、諦める。だって、赤星くんは唯ちゃんが好きだから。なら、私が身を退かなくちゃ。


 不意に吹いた風が私の髪を撫でる。風の吹く方向へと目を向けると、そこには小さなポスターが貼ってあった。


「……写真部?」


 写真と聞けば、あの日のツーショット写真を思い浮かべる。よく撮れていたけれど、私は破いてしまった。


「……写真、かぁ」


 いいかもしれない。何かの部活に入らないとお母さんも心配するだろうし。写真部に入るとお母さんに報告すると、お母さんは安堵した。





「いってきまーす」


「……あら、今日は早いのね」


「うん。朝の学校の写真を撮りたいの」


「そう。頑張ってね、写真部」


 買ってもらったばかりのカメラを持ち、家を出る。写真部に入部してから、日常が少し変わっていった。

 朝練ばかりで気づかなかったけれど、朝の景色はきれいだ。雨上がりは特にきれいで、太陽に照らされる雫の美しさはなんとも言えない。


 小柄な体格を生かして、様々な写真を撮ろうか……そう考えていたら学校に着いてしまった。


「よし!」


 気合いと同時に、カメラの電源を入れた。


『おはよう、みんな』


『おはよ〜、タク』


『二人ともー! おっはよー!』


「ッ!?」


 振り返ると、男バスの人たちがいた。


『はよ』


『おはようみんな〜』


 そうか、朝練の時間だもんね。


『おはようございますっ!』


『ちょっ、猫宮こみや君! 抱きつかないでください!』


『大丈夫? 黒崎くろさき


『……大丈夫に見えますか?』


 赤星くんは『見えない』と即答し、『モ〜モ! 離れろって!』と猫宮くんに抱きつく。


『……あんたら、朝っぱらから何してんの』


 あ、唯ちゃん。


『おはようユイユイ〜。相変わらずちっちゃいね〜』


『うっさい! それに、私より小さい人他にいるし!』


 それって、もしかして私のことかな。


『見苦しいぞ』


『はぁっ?!』


『お前より小さいっつーことは、小人か?』


『違うわ!』


 私、小人なのか……。なるほど。

 なんだかんだ言ってるけれど、彼らはとても仲が良さそうで――私みたいな影が入る隙もない。


「あ」


 今、みんないい顔してる。


『『ッ?!』』


「ッ!」


 無意識に撮ってしまった私を、八人の双眸がはっきりと捉えた。ど、どうしよう?!


「え、あ……その……」


 徐々に顔が下がる。たくさんの人に見られると、恥ずかしい。恥ずかしさのあまりに泣きそうになる。


『……ちぃちゃん』


「ッ!」


『え……と……』


 唯ちゃんが口を噤む。そう、だよね。今の私と唯ちゃんの関係は、相棒でもなければ親友でもない。友達でもなければ、クラスメイトでもない。


「…………」


 何故か溢れてきた涙を制服の袖で拭い、顔を上げる。すると、前髪の隙間から赤星くんと目が合った。


「ッ!?」


『あっ!』


 私は校舎に向かって走っていた。ただがむしゃらに、みんなから逃れる為に。

 自分のクラスに逃げ込むと、足が竦んだ。そのまま座り込むと、また涙が溢れてきた。


「諦めるって、決めたのに……!」


 この鼓動は、どうやって止めればいいの?





「……現像……しちゃった……」


 手汗が溢れて止まらない。撮った日に消そうと思ったけれど、勿体なさ過ぎて消せなかった。そして、気がついたら現像してしまったのだ。しかも、九枚。


「……だって、見られたんだから……渡さないと……。でもでも、勝手に撮ったんだから……怒られるかな……だからって九枚もいらないよぉ……」


 男バスが使う体育館の裏口で、脳内会議を開くこと早一時間。


「早くしないと、日が……」


「どうしたんですか?」


「……暮れちゃう……って、うぇえ?!」


「わっ! び、びっくりしました……」


 顔を上げると、猫宮くんが私の顔色を覗き込んでいた。


「こ、こ、猫宮くん!」


「こんなところでどうしたんですか?」


「あ、あの、こ、これ……! みなさんに渡してくださいそれではさようなら!」


「えっ?! あっ、あの! 紺野さん?!」


 遠くなる声を聞き流して、全速力で走る。みんな、喜んでくれるかなぁ? そうだといいな。そう願った。





「あれ? 猫宮くん、その封筒何。どうしたの?」


「これですか? これはさっき、紺野さんに渡されて……」


「なになに? 貸して!」


「はい!」


 赤星くんが封筒の中から取り出した物は、写真だった。これって、前に紺野ちゃんに勝手に撮られたヤツだよね?


「うわぁ〜! よく撮れてますね!」


「え、ちょっ、俺にも見せて!」


「うわ、黄田きだ君! 引っ張っちゃダメですよ!」


「何これ! 俺すっごくよく撮れてるじゃん!」


「なんだそれ」


「これ、プロ並みって感じ? 俺のことよくわかってるなあ〜!」


「キモ。ソウってホントナルシストだよねぇ」


「こんなの、そう簡単に撮れないよ〜!」


 信じられない。これを紺野ちゃんが撮ったなんて――でも、本当に撮ってたしね。間違いはないね。


「……練習サボって何してんの?」


「あ、橙乃さん。これ、紺野さんからです!」


「え?」


 ユイユイが、震える手で写真を受け取った。


「そういえば、二人の間に何があったの? 退部してから全然話してないよね?」


「……あ、それ私も気になります」


「だよねだよね。黒崎ちゃんもそう思うよね〜?」


「…………」


 けれど、何故か橙乃ちゃんは黙った。


「あれ?」


 しかも、みんなの出す雰囲気も良くない。ていうか俺睨まれてる?!


「馬鹿者」


「えぇっ?!」


「……別にいい」


「……橙乃さん」


「多分、私のせいなの」


「え?」


「……だけど、やっぱわかんない。わからないまま去年辞められちゃったし」


「あぁ……そうだよね」


 確かに、みんなの退部は急だった。ユイユイがそう思うのも無理はない。


「今は写真部で頑張ってるらしいよ。……これ、本当によく撮れてる」


 大事にしなくちゃね。そう言って、ユイユイは笑った。俺は「そうだね」と相槌を打った。


 翌日の朝も、いつも通り登校する。けれど


「おっはよ〜、紺野ちゃん」


「ッ!?」


 紺野ちゃんは、話しかけた途端に飛び上がった。


「あれ? そんなにびっくりした?」


 驚かすつもりはなかったんだけどな。紺野ちゃんは最近いっつもビクビクしているしそのせいだろう。


「あ、き……黄田くん」


「うんうん、俺。久しぶりだね」


「う、うん。久しぶり……」


 同意するようにコクコクと頷く。なんか、ユイユイ以上に小動物っぽい。ていうか可愛い?

 紺野ちゃんがユイユイの元相棒なのは知っているし、あの写真を撮った子だということも知っている。けれど未だに信じられなかった。


「……世の中不思議だよねぇ」


「……え?」


「ううん。こっちの話だよ」





「ううん。こっちの話だよ」


「…………」


 黄田くんは明るく笑った。それは、私には到底できそうにない笑顔だった。


「ん? どうしたの?」


「い、いえ。別に……」


 黄田くんと私は違う。すぐにそう思った。


「そう?」


「……はい」


「ふぅん。ねぇ、これから一緒に行かない?」


「……え、行くって……ど、どこに……?」


「教室に決まってるでしょ? 隣のクラスだよね、確か」


「ッ!」


 私には、さっきから不思議に思っていることがある。

 どうして黄田くんには私が見えるの? どうして話しかけてきたの? どうして隣のクラスだって……知っていの?


 不思議な人。いろいろと聞きたいことがたくさんある。だけど、これ以上〝光〟には関わりたくないなぁ。

 私にとって黄田くんは、避けるべき存在のように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ