悪役令嬢ローナ・リース
うーむ、と腕を組みながら料理専攻科の教室へと移動する。
クロエは経済学専攻、ティナエールはデザイン専攻科。
わたし…というか、ヘンリエッタは最も苦手な料理を専攻している。
そうそう、アミューリア学園についてもしっかり理解しておかないといけないわ。
アミューリア学園は『フィリシティ・カラー』の主要舞台の一つ。
異世界から召喚された戦巫女がプレイ時間の半分を過ごす場所であり、ステータス数値向上の場所である。
戦巫女はこのアミューリア学園の2年生として編入させられ、強制的に騎士専攻科へ入れられるのだが…他にも攻略対象によって必要になるパラメーターを上げるために色々なものを学ぶことが出来るのよ!
…………まあ、当て馬出オチ令嬢ヘンリエッタにはなーんの関係もないけどねぇ…。
2年生になると1、2時間目は貴族として必要な教養をより濃厚な感じで学び、3時間目以降は専攻している科へと移動して専門的な知識を教わる。
専攻が一つの人や、勉学に重きを置いていない人はお茶会を開き情報交換、社交を中心に自らを磨く。
けれど、お茶会の主催は人によってはアミューリア学園に入る前に行っているから…体良くサボってるだけよね…。
全くお茶会主催をしたことのない人からすれば、いい経験になるのだろうけど…それでも毎日やってる人の気が知れない。
中には舞踏会とまでいかなくとも、少人数で夜会を開催する人もいる。
そういうやつらは、遊び好きなダメ貴族!
…とはいえ、わたし…ヘンリエッタも一度くらい夜会の主催は経験しておくべきだわ。
成人したら主催をやる機会は必ずあるものだもの。
確か、アミューリア学園のダンスホールは学生が舞踏会を主催する練習に用いられるものでもあるから……貴族の学校マジパネェ。
…まあ、それ以前にヘンリエッタって料理以外にも苦手が多いから頑張らないと…。
特にダンス…。
全く、貴族令嬢でダンスが苦手なんて致命的だわ。
マナーや品行は問題ないのにダンスになるととにかくド下手。
料理も壊滅的に才能がないと言わざるをえないレベルだし…。
ヴィンセントに振られる以前にこれじゃ相手にされなくても当たり前だわ。
…まあ、努力はしているんだけど…多分根本的に才能がないのよね…。
それに侯爵家以上の令嬢ともなるとそもそも料理なんてしないのが普通だし。
それでも料理を専攻したのは、アンジュに毎食一言余計な文句を言うから「お嬢、もしかして料理ができないから味音痴なんじゃないですかぁ〜?」と貶されたからだ。
中身が庶民のわたしとしては、その部分アンジュに大賛成である。
あんなに美味しいご飯にいちいち文句を付けるなんて…。
料理ってものによっては手間暇もかかるし、貴族の令嬢が食すとなれば当然出されるのはそういう手の込んだもののはず。
それに文句をつけるなんて絶対に馬鹿よ! 舌が!
実際、料理専攻科に通うようになってからヘンリエッタの壊滅的才能のなさが露呈して、それもアンジュにいじられるネタとなっているわけだけど…。
「ごきげんよう、ヘンリエッタ様」
「ごきげんよう、ローナ様。ノート読ませていただきましたわ。ありがとうございます」
「いえ、こんなことしかできませんので…」
「とんでもありませんわ! とても助かりましてよ」
いや、ほんと、マジで!
今日からわたしもノートとペン持参よ。
購買で買ってきちゃったわ。
そもそも苦手なくせにノートも取ってないなんてお馬鹿炸裂すぎるわヘンリエッタ。
ダメよこんなんじゃ。
料理は理論と経験。
前世は水守くんの気ぃ惹きたさに苦手な料理もそこそこ得意なレベルで習得したもんだけど…。
これ食べて!
「わあ、ありがとう。俺も今、茶碗蒸しと天ぷらと炊き込みご飯作ってたんだけど…佐藤さん食べる?」…一人暮らしだよね…?
………………なんて事あったなぁ…。
必ずさらりと上をいきやがるんだよねぇ、水守くん…。
他にもスパイスからカレー作るし、蕎麦粉から蕎麦打つし、小麦粉からうどんとラーメン作るし、ナチュラルに魚捌くし…超人かよ。
料理人にでもなるのかと思ったら「え、趣味だよ」と片付けられてやるせなくなったのはいい思い出だわ…。
水守くん、多趣味で興味を持つと手当たり次第に手を出してたからな。
しかもなんでもそつなくこなしやがるの。
ギター、ベース、ドラム、サックス、ヴァイオリン、ピアノ…浅く広くだけど、音楽も嗜んでおられたわ。
無駄に語学にも堪能で日本語と英語以外に三ヶ国語くらいペラペラだった気がする。
今考えると、あの人現代人じゃなくてこういう中世風の世界の貴族だったんじゃ…。
…そしてあれだけスペック高いのに、ほんとなんで恋愛方面あんなにアホだったんだろう…何かの呪い?
「………。今日は何を教わるのかしら…」
いかんいかん。
忘れるって決めたでしょ、わたし!
大体、わたしは多分あの時事故で………。
もう水守くんには、会えない。
本当、ちゃんと伝わるまで頑張ればよかったなぁ…。
そうすれば死んでからもこんなにモヤモヤしなくて済んだのに。
…ヘンリエッタにはこんな風になってほしくない。
頑張ってヴィンセントに振られないとね…。
それが、きっと幸せへと繋がるはずだもの。
切り替え切り替え。
「本日は千切りのテストだそうですわ」
「まあ、千切りのテ……テスト!」
「ええ、ヘンリエッタ様はお休みしていらしたから、大変かもしれませんわ」
ま、まさかの実技テスト…!
アミューリア学園マジ容赦ない…!
ヘンリエッタの体で『佐藤笑美』の記憶や会得した包丁スキルがどのくらい使えるかもわからないのに…!
この料理に関してヘッポコ通り越して壊滅的な出オチ令嬢が突然上手く出来るようになるとも思えない!
…くっ、せめて練習してくればよかった…。
と、不安に思っていたのだけれど。
「素晴らしい、完璧ですヘンリエッタ様。お休みされていたと聞きましたがその間も練習されていたのですね」
「え、ええ…。熱はありましたけれど…下がってからはきちんと…」
「素晴らしいわ」
…料理の先生にべた褒めされてしまった。
よかった、ちゃんと『佐藤笑美』の時に習得した包丁スキルが発揮できた。
…多分、これも『記憶継承』の力。
よ、よかった。
2年生の成績に関わってくるから料理は今夜から自分で作るようにしよう…。
わたしやヘンリエッタみたいに才能がない人間にとって、料理は場数がモノを言うもの。
「ローナ様も完璧ですね。その調子ですよ」
「はい」
…………このように。
容姿端麗、学業優秀、品行方正…絵に描いたような完璧令嬢と違って…ヘンリエッタは練習しないといけないのよ。
いやぁ、ローナマジ凄いわ…。
レオハールとエディンが惚れるわけだよ…。
レオハールはともかく、エディンは最初、全くローナに興味を持っていなかった。
でも2年生の時…戦巫女が召喚される1年ほど前にローナが手料理を振る舞って以来胃袋を掴まれたのよ。
元々金髪青眼が好みのエディンはローナの容姿もそれほど嫌いではなかった。
だから戦巫女やメグでプレイする場合、家事で料理のパラメーターを上げないとエディンは落とせない。
マーシャは容姿がエディンの好みドンピシャだから多少、パラメーターが足りなくても補えるけど…。
…そうそう、『フィリシティ・カラー』には『トゥー・ラブ』からヒロインが選択式になっているのよ。
メインヒロイン…戦巫女ちゃん。
公式の名前はなく、通称みこたそ。
みこたそで一度ゲームをクリアすると2人目、3人目のヒロインが選択可能となり、その2人目がマーシャ・セレナード。
ヴィンセントと、ルークたんの義妹で金髪青眼の美少女。
レオハールルートの悪役姫マリアンヌは偽物疑惑があり、レオハールルートの最後でそれが露呈され断罪される。
しかし、結局本物の行方は分からないまま終わるの。
でも、マーシャをヒロインにしてプレイすると、レオハールとオズワルド様はプレイ出来ない代わりに彼女が『本物のマリアンヌ』と発覚する。
最終的に正式な王位継承者ってことで女王になるかならないかはプレイヤーが選択できるけど…わたし王位はレオハール派だから一度見てそれ以降やったことない。
あ、ちなみにマーシャでヴィンセントと恋愛は可能。
エンディングも普通にハッピー、バット、トゥルーがある。
半分とはいえ血の繋がった異母兄妹の恋愛…知らないとはいえ賛否の分かれるところだ。
その為、トゥルーエンドだとヴィンセントが王家の者かもしれないということで周りの説得もあり二人は泣く泣く別れる。
ある意味バットだけど、それが『真実のエンディング』なんだから仕方ない。
そして最後は私のお気に入りヒロイン、メグ。
人間が支配されていた時代に生まれた他種族との混血児たちの末裔…亜人族のヒロイン。
亜人族は神々に存在を認められず、他の種族にも差別を受けて居場所を持たない者たち。
もうそれだけでも「んん〜!」なのに、その亜人のヒロインって事でそれはもう身悶えるストーリーとなっているのよ!
中でもやはり王道レオハールルートと、隠れキャラオズワルド様のルートはメグでプレイすると身分差、種族差の恋の切ない感じがたまらんのよおぉ!
っくぅぅ!
誰か! 誰かわたしとレオメグ、オズメグで語ってえぇぇぇ‼︎
はっ! もしかして街に行けばメグと友達になったり出来ないかしら⁉︎
…けど、そういえばこの世界のローナとエディンは婚約解消してるのよね…?
エディンは婚約解消後にローナに言い寄り始めたみたいだけど。
こんな完璧令嬢では無理もない。
リース家の後ろ盾も魅力が大きいし…今更ローナの魅力が分かったの?
水守くんほどアホではないだろうしなぁ。
…………めっちゃ聞きたい…。
どうして婚約解消したのかとか、解消後に言い寄られてるけどまた婚約するのかとか…!
め、めっちゃ聞きたい!
でも授業中にそればまずいし…。
授業中にしていても問題ない会話、なんて授業に関することくらいか。
えー、どーしよー…仲良くなっておけば攻略キャラについて色々聞けるよね…?
なにしろ悪役令嬢ローナ・リースはメイン攻略対象4人と親交の深いキャラ。
レオハールの初恋相手、エディンの婚約者、ケリーの義姉、ヴィンセントを拾った恩人。
戦巫女にとってはある意味、マリアンヌ姫やマーシャなどより余程厄介な強敵。
だって悪い子じゃないんだもん。
普通に良い子なんだもん。
ゲームの難易度を上げれば助言キャラにもなるし。
ヘンリエッタにしたって、ウェンディール王国一の伯爵家令嬢と仲良くして損なんてある?
いや、ない。
「…………? どうかなさいましたの?」
「え、あ…」
しまった、ガン見してしまっていたわ。
ヤバい、今のそれなりに失礼よね?
はしたなかったわよね?
ーーーー監禁…。
ひいいいぃ!
絶対イヤァァァア!
なにか、なにか誤魔化さないと!
ええと…………。
「お、お肌お綺麗ですわね…」
「……ありがとうございます…」
……………………し く じ っ た …。
授業に関係ない会話してしまった…。
ヤバい、ヤバい…!
何か別な話題…!
「ヘンリエッタ様はお肌に何かお悩みでもおありなのですか?」
あれ?
会話が続いた?
ローナも女の子だし、意外とこういう話題好きなのかな?
へー、やっぱ普通の女の子なのね…。
「そうですわね、少し乾燥し易くて…」
「でしたら、化粧水にローズヒップオイルを多めにしてみてはいかがでしょう? あとは、ラベンダー、ゼラニウム…カモミールなどかしら…」
「へ…?」
耳を疑う。
め、めっちゃ詳しくない…?
え、美容に詳しい人なの?
…でも上から下まで思わず眺めると…肌は白くてふわふわ…ハリがあってなめらかそうだし…な、なるほど…。
美意識が高くなければ…この美しさは保てないわね…?
「ハーブはお料理にも使えますから、お勉強しておいて損はないと思いますわよ」
「! それもそうですわね」
「わたくしは屋敷の薬草園でハーブを育てておりますの。…ですから、ヘンリエッタ様がよろしければお肌の悩みなどは多少お力添えできると思いますわ」
「⁉︎ …本当ですの⁉︎」
じとり、と先生に睨まれる。
ヤ、ヤバイ! か、監禁される!
「ハ、ハーブって色々なことに使えますのね!」
「ええ」
「…………」
ローナが頷くと、先生が視線を和らげて…他の生徒のテストへと目を向ける。
た、助かった…!
ナイス誤魔化しよ、わたし!
「…あ、でも一番の悩みは髪かしら…」
「御髪ですか? お綺麗ですけど…」
「寝癖がひどいの…毎朝憂鬱なのですわ…。それにこの縦巻きロール…ストレートに戻りませんのよ? 信じられます? 何かの呪いなんじゃないかと…」
「シャンプーを変えてみては…。寝癖がひどいのでしたら…そうですね、例えば…………」
授業中にこんなに誰かと話しながら作業したのは初めてだった。
これまではヘンリエッタがど下手すぎて余裕がなかったからだ。
でも、今日はローナと話しながらでも作業できた。
前世で水守くんの好感度を得ようと料理の練習、努力した甲斐あったわね…。
肝心の好感度は…さっぱりだったけど…。
意外とローナが話し易いのも驚いた。
厳しいイメージしかなかったもの。
……この可愛さとハイスペックさは、もはや4人目のヒロインでもいいくらいじゃない?