目標への一歩
わたしの知ってる『フィリシティ・カラー』の世界と、ヘンリエッタの記憶のこの世界は違いが多い。
が、しかし、そんなこと当て馬モブキャラ…出オチ令嬢ヘンリエッタ様には関係ないわ。
関わらなければいいだけの話だもの。
…せっかく大好きな乙女ゲームの世界に来たのに…と、思わないでもないわよ?
でも…………。
「いってらっしゃいませ〜。…………変な真似したら監禁…………忘れないでくださいね〜」
「い、イ、ッ、イッテクルワ…っ」
…我が身の安全と自由を思えば…‼︎
「おはようございます、ヘンリエッタ様! ああ、よかった…ようやくお元気になられましたのね…」
「おはようございます、ヘンリエッタさま…し、心配いたしました…!」
「おはよう、クロエ、ティナ。心配をかけてごめんなさい」
ほほほ、と笑いながら友人2人に挨拶を交わす。
ヤンキーというよりアサシンの眼をしたメイドから解放されて、とてつもなく晴れやかな気分…!
ぽそりと呟かれた「監禁」がやはり怖いけど、友達の前なら少しくらい羽目を外しても平気よね…?
ずっと気を張ってたら疲れちゃう。
「お話ししたい事はたくさんありますけれど、まずは本日の作戦についてですわね」
「そ、そうですね」
「作戦?」
何の話?
首を傾げるとクロエが「もちろん、ヴィンセント様をデートにお誘いする作戦です」とあっさり告げてきた。
…そんなような話、そういえば保健室でされたなぁ。
「っ、あれ本気だったの⁉︎」
「まあ、当然ですわヘンリエッタ様。むしろヘンリエッタ様を1週間も寝込ませたのです…4、5回デートにお付き合い頂いてもいいくらいですわ」
「そ、そうですわ、そうですわ…」
「そ、そんな…無理よ!」
正直デートしてもらえるかどうかすら怪しいのに。
寝込んだのだって、ヴィンセントの半裸はきっかけに過ぎない。
多分、わたしがヘンリエッタの身体の中に『ティターニアの悪戯』とやらで入り込んでしまったが為の弊害。
ヴィンセントは悪くない。
「なにを弱気な事を…。ヘンリエッタ様なら大丈夫ですわ。ヴィンセント様も「お詫びがしたい」と仰っていましたし」
「ヴィンセントが? ほ、ほんとうに?」
ああ、でも…優しいヴィンセントならそう言いそう…。
ヴィンセント・セレナードはリース家に仕えるセレナード家という執事の家系に引き取られるまで、ルークのような平民だった。
だから庶民感覚も残っていて、とても優しい。
貴族のご機嫌伺いも得意で、しかも何でもこなせる高スペック。
主人のケリーとは悪友、兄弟のような関係。
いつも礼儀正しく、品行方正なケリーとヴィンセント。
2人だけになるとイチャイチャ…こほん…ではなく、年相応といった感じでイチャイチャ…こほん…腕を組んだり肩を組んだり口が悪くなったり軽口を叩きあったりする。
それがリース主従の最高なところだったりするんだけど…人が居る前だと型にハマった紳士と執事、になるのよね〜。
…だから、きっとヴィンセントも内心「勝手に倒れたとは言え、侯爵家のご令嬢にお詫びしないとケリー様の評価が落ちる」と心配してるんだわ。
全てはリース家次期当主、ケリーのため…。
うーん…ケリーかぁ…。
嫌いじゃないけど、メイン攻略キャラの中では一番興味ないかもー。
シナリオもギャップ萌え狙いなのにローナもろとも幸せにするエンディングを狙うとなるとめちゃくそ難易度高いし…。
いや、やったけどね?
ぶっちゃけローナに認められて結婚するトゥルーエンディングは違う意味で泣けたけどね?
あれはもうオズワルド様ルート出現並みの難易度と労力をつぎ込んだもん…泣けるに決まってる…。
いや、単純に素敵なエンディングだし全員に祝福されたからまさに最高のエンディングだったけどさ。
「ヘンリエッタ様?」
「あ、ごめん、なさい…つい、ぼうっとしてしまいましたわ。ほほほ…」
危ない危ない。
中身が別人だとバレたら監禁される…!
「1週間寝込んでいたからまだ本調子ではないのかしら…ほほほ」
「それは致し方ありませんわ。高熱で3日間、意識が戻られなかったとアンジュが心配しておりましたもの」
「でも…きちんと回復なされて…。本当に良かったですわ…」
「ええ、本当にそう思うわ」
2人とも優しい…。
そしてヘンリエッタとして振る舞うの意外と難しいかもしれないわ。
気をつけよう…監禁は勘弁。
「なんにしても、今日はアンジュからも様子を見るように言われていますの。…あまり無理せずに、久しぶりの学園を楽しみますわ」
「そうですか…。そうですわね、その方がいいかもしれません」
「具合が悪くなりましたら…わたくしたちに、言ってくださいましね…? ヘンリエッタさま…」
「ええ、頼りにさせていただくわ」
…………なんてな。
教室に入り、机にカバンを置いて椅子に座る。
2人の友人は、普通に同じクラス。
しかし、席は少し離れている。
なので席についてすぐに自己嫌悪に陥り、落ち込んだ。
やっちまったわね…なにが無理せずに様子を見る、よ…。
ただ単にヴィンセントに振られるのが怖いだけの分際で…‼︎
こんな事じゃダメなのに。
きっちり振られて、すっぱり諦めなければいけないのに…!
これじゃ、わたしのアホの水守くんに対する終わりの見えない片想いと同じになる!
ヘンリエッタのヴィンセントへの恋は終わりが見えるのよ。
ちゃんとケジメをつけさせてあげるべきだわ。
当て馬モブキャラ、出オチ令嬢ごときがメイン攻略対象&伝説の隠れキャラオズワルド様に相手にされるはずもない!
こんな不毛な恋は、さっさと振られて終わりにするべき!
…………だ、か、ら…デート…そ、そうよ、さ、さ、最後に、いい思い出を作って…お、終わりにするのよ…ふ、ふふ、ふふふふふふふふ…!
まあ、このようにガタブルと震えながら意気込んでみたのだが、振られるのが怖いのは乙女心の心理よね。
昼休みになるまで、ヴィンセントに会いに行くことはしなかった。
わたしの時みたいに「告白してもその告白に気付かれないよなー」みたいな変な達観があるわけじゃないもの。
ヴィンセントに振られたら…。
分かってることなのに、まだ振られる覚悟はできていない。
「ヘンリエッタ様、ローナ様がいらっしゃってますよ」
「ええ。…え?」
同じクラスの男子がわたしにそう、声をかける。
半分聞いてなかったけど、ローナって言わなかった…?
え? ローナ? ローナ・リース?
「ロ、ローナ様⁉︎」
あ、やばい大声出しちゃったっ。
はしたなかった…か、監禁は勘弁…!
じゃなく…!
「ま、まあ、ローナ様…」
「ごきげんよう、ヘンリエッタ様」
「ごきげんいかがでしょうか、ヘンリエッタ様」
「っ!」
慌てて言伝してくれた男子に礼を言い、教室の出入り口へ駆け寄る。
そこには同じ制服を纏ったフランス人形みたいな可愛らしい美少女が!
金の髪は柔らかく緩やかなウエーブで、ゆるふわなロングヘア。
左右の一房をバラの髪留めで後ろにまとめ、清潔感と整った顔立ちをしっかり主張する。
紫色の瞳は大きいのに凛としていて、金の睫毛に縁取られてくっきり。
ピンクの唇は見るからにフワッフワ…。
…ヘンリエッタも美少女だと思っていたけど、な、なんという事…。
遺伝子レベルで勝てない…。
キャラヴィジュアルからして「え、悪役令嬢なのにめちゃくちゃ美少女…。そりゃ水守くんが褒めちぎるワケだわ。悔しいけどさすが二次元。だが所詮二次元。どんなに可愛くても水守くんを取られる心配はないわね、ふふふ」とか思っていたけど生で拝むとご利益ありそうなレベルで美少女…!
これが悪役令嬢ですって…⁉︎
そ、そりゃこれほどの美少女では戦巫女が妬みに妬んでエディンルートやケリールートに箔がつくのも頷ける…!
それに、その隣にいるのはヴィンセントじゃない!
黒髪に黒い瞳の日本人には親しみやすい容姿。
180の高身長に本来は高貴な血筋ということもあり隠しきれない王族オーラ。
燕尾服に刀使いというずるい要素まで持ち合わせる、メイン攻略キャラにして隠れキャラオズワルド様…!
うあああああ! す、スキーーー!
「ご、ごきげんよう。どうかなさいましたの?」
動揺を悟られないように平静を装いつつエレガントに笑顔で対応…できたはず。
まさか2人がわざわざわたしに会いに来るなんて…。
って、ゆーか…リース主従…姉でも弟でも美しすぎるな…!
これリース義姉弟とヴィンセントが揃ったら眩くて見れないんじゃないのわたし。
「本日から学園に復帰されたとお聞きしましたの。1週間も寝込んでおられたとか…」
「あ、え、ええ…。でももう大丈夫ですわ。ほら、この通り」
「でしたら、なによりでございますわ…」
…せっかくの美少女なのに無表情過ぎる…。
さすがデフォルト無愛想悪役令嬢。
この国一番の伯爵家、リース家のご令嬢…ローナ・リース。
本来なら公爵家と遜色ない経済力、発言力、権力を有するも、変わり者の一族として何故か伯爵の地位を譲らない。
それを妬む貴族も多いが、位の高い貴族ほどリース伯爵家に対して真逆の感情を持つ。
一目置く者たちと、その権威を奪おうと目論む者たち。
ちなみにリエラフィース家はリース家同様セントラルの西側領土を預かる領主の家柄。
同じ領主の家柄でありながら、リース家の治める東の領土の豊かな生産性と高品質な生産物に遅れを取り…正直、それ程の経済力や権威は持ち合わせていない。
父はリース伯爵…つまりローナのお父様ね…と同級生で仲が良いため、彼に農業のノウハウなどを聞いて色々試行錯誤し始めた世代。
今のところ目に見えて生産性が上がっているわけではないけど、品質は少し向上しはじめたらしい。
なので、親同士は仲悪くないのよね…。
わたしも…いや、ヘンリエッタもローナのことは「友達居なくて大丈夫かしらあの子」みたいに心配してる。
同じセントラルの領主同士、子供の頃に少しだけ交流はあった。
少なくともヘンリエッタはローナを嫌っている感じではない。
わざわざ心配で様子を見に来てくれたということは、ローナもヘンリエッタのことをそんなに嫌いではない…ってことなのかしら?
…ゲームでは悪役令嬢位置だけど、やっぱりケリールートで見せた厳しい優しさを思うと根は優しくて良い子なのね…。
こんだけ美少女で地位もあって根は優しくて良い子って…非の打ち所がないんだけど…。
もしかしてそれでこの無愛想デフォなのかしら?
人間完璧じゃないものね…。
そう考えるとこの無表情さも可愛く見えるわ。
「ヘンリエッタ様が倒れられた時にヴィンセントが側にいたと聞いて…なにかあったのではと少し心配していたのですが…」
「べ! …別になにもございませんわ。む、むしろ運んで頂いたようで…こちらからお礼に行かなければと思っておりましたのに」
「そうでしたか…。ですがお気になさらなくても結構ですわ。…午後も料理専攻科にお出になられますの?」
「ええ、勿論そのつもりですわ」
「では、先週の授業で習った事…よろしければ目を通してくださいませ」
「!」
え、もしかして…。
ローナが差し出してくれたのは一冊のノート。
思わず受け取る。
そして、開いて中身を確認すると先週習ったであろう授業内容が細かく記してある。
料理専攻科はほとんどが実技なので、ノートを取る人は少ないのに…。
「まあ、ありがとうございます。助かりますわ」
「いえ。…では、後程」
「ええ」
……訂正。
めっっっっちゃ良い子ーー!
わざわざノート取って大して親しくもないわたしに貸してくれるなんて女神じゃないのー⁉︎
ゲームではネチネチネチネチ小姑かよ! って突っ込みたくなるほど(いや、突っ込んだけど)お小言連ねてきた悪役令嬢なのにやっぱりめっちゃ良い子じゃーん!
これで専攻科の授業にも多少は追いつける〜!
ありがとうローナ!
本当にありがとう…!
成績落ちたら絶対あのアサシンメイドになにか言われるもの…!
貴女は命の恩人よ!
「なんですの、あの態度。本当に嫌味ですわね」
「え?」
「わざわざヴィンセントさんをお連れになって…見せびらかして楽しいのでしょうか? 本当に嫌味なお方!」
「大丈夫ですか、ヘンリエッタ様!」
「え? え? ええ…?」
全然大丈夫だけど…?
クラスの女の子たち…クロエとティナを筆頭に駆け寄ってきて口々にローナの悪口を言ってくる。
え、なんで?
ノート貸してくれたのよ?
なんでローナの好感度こんなに低いの?
悪役令嬢だから?
「信じられませんわね、ヘンリエッタ様がヴィンセント様に好意をお持ちなのをご存知のはずなのに…わざわざ連れていらすなんて」
「え?」
憤慨したようなクロエ。
いつも穏やかで優しい彼女が本気でプリプリ怒っている。
他のクラスメイトの令嬢たちも「人でなしだわ」やら「本当に男たらしな方!」と悪口の応酬。
だから何故?
「お待ちになって、皆様。ローナ様はわたくしに先週の授業内容を教えてくださっただけですわよ」
「まあ、ヘンリエッタ様…この期に及んでまだローナ様をお庇いになるなんて…」
「お優しいにもほどがありますわ! ヘンリエッタ様はもっとお怒りになられるべきです!」
ええ⁉︎ 怒る理由がないですけど⁉︎
なんでクラスのご令嬢、みんなこんなにローナに当たりがきついの⁉︎
「ねぇ、わたくし聞いてしまいましたの! 城勤めのお兄様がいるご令嬢からのお話なのですが…」
とある1人のご令嬢が鬼の首でも取ったかのように胸を張って、ドヤ顔で語り出す。
内容はローナがエディンと婚約を解消後、レオハール王子の婚約者候補に名前が挙がっているという噂。
あー…まあ、ローナの家柄ならレオハール王子の後ろ盾として申し分ないよねー…。
じゃなくて!
え、そ、そーなの⁉︎
「まあ! エディン様と婚約を解消されてからもあれだけ言い寄られておられるのに⁉︎」
「なんという悪女…」
「ヴィンセントさんも連れ回されてお可哀想…!」
「ご存知? 義弟のケリー様もローナ様の言いなりなんだそうですわよ」
「あんな女にレオハール王子の妻の座をお与えになるなんて…! 王子の婚約者ということは次期王妃ではない! あんな女に⁉︎」
「確かにローナ様のお家柄なら……でも……」
「嫌! 許せない! エディン様もまだあの女に言い寄っておられるじゃない⁉︎ その上レオハール王子まであの女に取られるなんて…!」
「あんな男を取っ替え引っ替えするような女を次期王妃になさるなんて…これはマリアベル様の二の舞になるのでは?」
………うわあ…い、言いたい放題…。
…少し落ち着いてヘンリエッタの記憶を辿ってみよう。
ええと……なんでこんなにローナが目の敵にされているのか。
遡ること1年前……1年も遡るんかい……入学したてからすでにローナには色々と噂があった。
しかしこの国一番の権威を誇るリース伯爵家。
その正当な一人娘にあれやこれやと噂が出るのは当たり前のこと。
むしろ戦争が近いから、少ないくらいだ。
だけど魔力適性検査が終わると、適性の低かった者たちはもう戦争など無関係とばかりに自分たちの今後の人生を豊かに優雅に送るために足の引っ張り合いを開始した。
…ヘンリエッタもその1人。
うーん…これは、少し意識改革が必要ね。
戦争は起きるし、戦巫女が恋愛イベントに夢中になってステータスを上げるのをサボるとあの戦争、例え『戦闘難易度・犬』でも負ける時は負けちゃう。
この国の歴史はヘンリエッタの記憶の方が詳しい。
そして、このクラスの人たちだって同じ歴史を学んでいるはず。
『大陸支配権争奪代理戦争』…もし優勝したのが獣人族や人魚族なら人間は支配され、隷属させられて絶滅することだって考えられるのに…。
事実、獣人や人魚に支配されてそれまでの歴史がすっぽり消えているのがウェンディール王国。
500年でここまでの文明を取り戻したとはいえ、また負けて、優勝があの二種族だったら同じ事になるかもしれないのよ…?
なんて呑気なの…。
この話は今夜きっちりヘンリエッタに言わないとね。
…ローナは入学から話題満載な令嬢だった。
エディンに引けを取らないお色気たっぷりな超有能執事を引き連れ、入学してきたのだ。
元々セントラルに唯一家を置くことを許された公爵家、ディリエアスの子息と婚約していた彼女はもうハナっから数多くの令嬢たちの嫉妬の的だった。
だってエディンは、ローナに興味がなく、セントラルの令嬢という令嬢はほぼお手付きのような状態。
ちなみにヘンリエッタはなぜかお声がかかってない。
何故? ヘンリエッタだって結構可愛いと思うんだけど?
エディンって確か金髪が好みのはずでしょ?
……この縦巻きロールかしら?
ううん、それはいいとして…そんなローナがイケメン執事を引き連れ入学してきた。
もう大騒ぎよ。
エディン様という婚約者がありながら、あんな顔のいい、有能で、しかも泳げて、その上色気もある男の執事を連れ歩くなんて! ってね。
しかもその後、エディンだけじゃなく北の公爵家ベックフォード家のライナスや、宰相の息子スティーブン、果てはレオハール王子とも同じクラスでどうやら席も近いらしいこと。
エディン抜きで彼らと街へ行き、遊んでいるらしいこと。
お昼も彼らを侍らせ一緒に食べている。
まあ、噂に事欠かない。
だからいつしか、ローナはレオハール王子に言い寄っている…なんて噂が実しやかに流れ始めたのよ。
その事がレオハールルートの悪役姫、マリアンヌの耳に入り…『星降りの夜』突如お城で開かれたパーティーでローナにマリアンヌが斬りかかるという事件に発展した…………。
あー、成る程…レオハールルートの断罪イベントが終了済みなのはこういう事だったのね…。
それにしたって早いわよ…まだ戦巫女召喚されてもいないのに…。
レオハールルートどうなんのこれ?
いや、当て馬出オチモブのヘンリエッタに、攻略キャラのルートは関係ないわ。
それよりも…。
「…………落ち着いてくださいまし、皆様」
「ヘンリエッタ様」
「全ては噂ですわ。この国の貴族であるわたくしたちが、噂ごときで右往左往…みっともありませんわよ! 再来年には『大陸支配権争奪代理戦争』があるのをお忘れ?」
「っ」
戦争のことを言うと、クラス全体がスン…と押し黙る。
顔色を悪くする者、恐怖にひくつる者…つまり、やっぱりみんな分かってるのね…あの戦争の恐ろしさを…。
「もっと意識を高く持ちましょう! 戦争の後も、この国、ひいては人間族を率いるのはわたくしたちのように『記憶継承』の力がある貴族なのです! 戦後を見据えて、より己を高めるのですわ!」
「ヘンリエッタ様…」
「素敵…、なんて凛々しいのかしら…」
「ヘンリエッタ様…!」
「ヘンリエッタ様!」
「ヘンリエッタ様!」
わいのわいの。
…………うん?
うん、あれ? ヘンリエッタって、こういうキャラよね?
ヘンリエッタの記憶を頼りに真似してみたけど、これで合ってるわよね?
結構高飛車で、ちょっと嫌味で余計な一言が付くいかにも我儘な貴族令嬢…。
ローナはノート貸してくれたわけだし、あんまり悪口とか聞きたくないから話を逸らしてみたけど…何か間違えたかしら?
それにしても、ローナってこんなに酷いこと言われていたのね…てっきり戦巫女だけかと思ったわ。
ゲームとはいえ突然異世界から現れたいかにも田舎から来たような庶民全開の小娘が、王子や公爵家、国一番の伯爵家、宰相の息子と仲良くしてたらそりゃあ文句言われる…それはわかるけど…。
ローナはメイン攻略キャラと元々接点が多いキャラなんだから、仲良くしてたって別に普通じゃない。
それをあんな言い方…。
可哀想……あんなに美少女で国一番の伯爵家の娘さんで成績もいいし優しいのに…。
きっと無表情で、割とセリフが棒読みだから勘違いされやすい子なのね。
ゲーム内だとあの様子でネチネチお小言言われるからちょっと怖いし。
でも、マリアンヌに比べれば!
それに、ローナは悪役だけど恋愛イベントばっかりしてステータス上げしてないとクリアできないぞー、という警告をしてくれる重要な存在でもある。
攻略本にも『ローナのお小言は足りないステータスを見分けるポイント!』って書いてあった。
話を聞かなければ悪役令嬢だけど、難易度を上げてプレイする戦巫女にとってはこの上ない助言キャラ。
これも『フィリシティ・カラー』の特徴。
…あのゲーム、プレイしていくと画面から『好感度上昇』『友情度上昇』の際に見える星マークや音を消す機能が付いてるのよ。
これをやるとめちゃくちゃ難易度が上がる。
やり込んだ戦巫女を飽きさせないためのシステムなんだけど、そうなるとローナは悪役ではなくむしろサポートキャラと化す。
そういうところが面白かったりするんだけど…。
あ、やばい…今めっちゃ『フィリシティ・カラー』やりたい…。
マジ中毒性あるわ、あのゲーム…。
遠くで昼休み終了の鐘が鳴り響いた気がした。