我が家のメイドは優秀です
「え……な、なに、いきなり」
嘘。
嘘でしょ…⁉︎
「いや、誤魔化しても無駄です〜。いくら熱でおかしくなったからって…うちのお嬢さまじゃない事くらい分かりますから〜」
「っ」
見下ろすアンジュは、私の中のヘンリエッタの記憶にない程冷たい目。
…………こんなに早く、バレるなんて…。
「で、誰なんですか、アンタ」
「…………。…っ…………、…し、信じてもらえないかもしれないんだけど…………」
誤魔化せない。
まだ頰がポカポカするけれど、夢? の中で出会ったヘンリエッタとの会話を思い出しながら………わたしは自分の事を話す。
この世界ではない、別の世界から『ティターニアの悪戯』とやらでヘンリエッタの体に入ってしまった…と、思われる事。
異世界で車に突っ込まれてもしかしたら死んでいるかもしれない事。
さすがにこの世界が『乙女ゲームの世界』とは言えなかったけど………。
「…という事なんだけど…」
「…………『ティターニアの悪戯』…マジであるんですねぇ〜……」
「し、信じてくれるの?」
「そりゃあ、うちのお嬢さまはアンタみたいな話し方しねーですから」
…………いきなり言葉汚くなったなこのメイド…。
「で、肝心のうちのお嬢さまは……」
「さっきまで話してたの…。でも、わたしが動いたら水にドボンと落ちた感じになって…」
「うーん…お嬢の身体はずっと寝込んでましたけどね〜」
「なら、やっぱり夢だったのかしら?」
「そうとも言い切れないんじゃあないんですかぁ? 『ティターニアの悪戯』のこともお嬢に聞いたんですよね〜? …よく分かんないですけど〜…お嬢とエミさんはお嬢の身体を共有してるって事…だから、共有スペース的なモンなんじゃないんですかぁ〜?」
「きょ、共有スペース…」
…それでいいのか、あの不思議な場所…。
うーん…まぁ、微妙にしっくりこないけど、とりあえずそういう場所と仮定しておこう。
行き方は分からないし、戻り方は苦しいからまたヘンリエッタに会えるのかは分からないけど…会えるといいな。
この身体は彼女のものなわけだし…。
…でもそうなるとわたしはどうなるんだろう…。
この身体が彼女のものに戻った時は?
消えて……死ぬ、のかな…。
それは…………、いやだな…。
「で、アンタはお嬢の身体を乗っ取ってなにをするつもりなんですか〜? リエラフィース家に仇なそうってんならリエラフィース家に仕えるケミュト家の者として……それなりに色々ヤらしてもらいますけどぉ〜?」
「え⁉︎ や、そ、そんなこと! ぜ、全然そんな! 何かしようなんて全然! ほ、ほんとでふ!」
噛んだ。
…だ、だって急にそんなこと!
危うくスープ零しそうになるけど、とにかく両手を振って「そんなこと考えてもみませんでした」を主張する。
…………若干、ほんのすこーしだけ…攻略キャラたちと仲良くできたらいいな〜…的な事は考えたりなんかしちゃったりしましたけどー!
でも、それって別にヘンリエッタにとっても悪い事じゃないと思いませんかぁ⁉︎
「…ほんとかなぁ。まあ、変な真似したらこの部屋にしばらく監禁するんで…そのつもりでぇ」
「…………は、はい」
こ、このメイドヤベェ…。
顔がめちゃくちゃマジだよ…‼︎
ギャル系じゃなくてヤンキー系メイドだった!
「…それで、うちのお嬢は戻って来れそうなんすかぁ?」
「ご、ごめんなさい、それは、わたしにも分からない…」
「でーすよねぇ〜…。チッ」
ひ、ひいいぃ〜〜!
し、舌打ちされた〜〜!
怖い怖い怖いこの子怖い!
「んなら、うちのお嬢が戻ってくるまでしっかりヘンリエッタ・リエラフィースとして恥ずかしくない振る舞いを宜しくお願いしま〜す。しくったら監禁するんで、そのつもりで」
「ひい! は、はい! が、ガンバリマス!」
……正直ヘンリエッタのフリをして生活…は、難しくないと思う。
ヘンリエッタの記憶は『記憶継承』の力で理解できるもの。
それがあっても“わたし”を見抜いたこの子が凄い。
体調が悪くて上手くヘンリエッタになりきれてなかったからバレたのかもしれないけど…。
「……というか、この身体は貴女の主人よね? か、監禁とか、し、していいの?」
「中身は赤の他人っすからね〜。別に危害は加えねぇっすよ〜…………大人しくしていれば…」
あ…………これマジなやつだ。
「…………。と、とにかく普通に生活すればいいのよね?」
「そうですね〜。当面の目標としてはうちのお嬢には婚約者探しをしてもらってるんでぇ〜、アンタにもそれを意識して生活してもらえばと思いま〜す」
「え…こ、婚約者探し⁉︎」
…でもヘンリエッタって、ヴィンセントが好き、よね?
あ、いや、でもヴィンセントはリース家の執事見習い。
ヘンリエッタのお相手としては身分が低いんだ。
あれ? でも、ヴィンセントはオズワルド様でもあるのよね?
じゃあむしろ玉の輿じゃない?
…けどヘンリエッタはお婿さんを探さないといけないのか…そうか…多少他のご令嬢より難易度が高いんだわ。
侯爵家の当主になるべき夫、あるいは当主の夫になるべき人だから…同じ侯爵家か、最低でも伯爵家の次男とか三男とか…その辺りね。
え、結構…思っていたより難易度が高い…。
そんなの残ってるかしら…?
「…公爵家の令息はみんな一人っ子だったはずよね? …ええ…厳しくない?」
「ふーん…本当にお嬢の記憶がわかるんですね〜」
「…し、信じてなかったの?」
「いえ〜? まあ〜、そういう事なんで〜、公爵家は諦めて同じ侯爵家か、伯爵家を漁って程よい感じのを探してくださ〜い」
「あ、漁って程よいの…って…」
そんなこと言われても、わたし…とヘンリエッタの脳裏に浮かぶのはヴィンセント。
優しい微笑み。
しっかりとした体格の彼に支えられたあの日のことが、今も鮮明に蘇る。
はあ…ずるい人…。
まるでわたしの初恋相手…水守くんみたい。
優しくて、なんでも出来て、笑うとこっちの腰がとけるような感じになる。
なのにクソ鈍くて、わたしが勇気を出して49回も食事に誘ったのに「デート」の認識すら持ってくれたなかったのよね…!
普通に大学の友達(女子含む)連れてくるし!
こちとら高校の時に一目惚れして大学まで追いかけて行ったのに…!
…いや、さすがに彼の大学は偏差値高すぎて落ちたから近くの大学にしたけど…。
でもアパートは彼と同じ所の別の階の部屋を借りたし、ご飯を作って部屋に遊びに行ったり、弟が転がり込んでくるまでは相当な頻度で会いに行ったのに…結局「佐藤さんって親切だよね」って括られてしまったし!
あの鈍さ何なの⁉︎
美少女アニメの主人公か何かなのあいつ⁉︎
ストーカーに半分足突っ込みながらも一途に想い続けたわたしの青春を返せ!
あんたが『フィリシティ・カラー』をプレイしていたせいで、わたしはこのようにやや腐り気味のオタクになったのよ!
責任とって結婚しろーー!
「……頭痛でも激しくなりましたか〜?」
「…………少しね…」
今考えても…アホだったなぁ。
社会人になってから疎遠になったけど…そうなる前に…………きっちり奴に振られればよかった。
告白8回して8回…………
付き合ってください!
「付き合って? いいよ、どこに?」…ギャグか⁉︎
好きです!
「うん、俺も佐藤さんは良い人だと思ってる!」…そういう意味じゃねぇよ!
恋人になって欲しいの!
「え? 恋人欲しいの? 佐藤さんならすぐできるよ! 頑張って!」…お前だよ!
結婚を前提にわたしとお付き合いして頂けませんか。
「あ、それいいんじゃない? きっと伝わるよ!」…伝わらねーなぁ⁉︎
…………………もう思い出すのやめよう…虚しくなってきたわ…。
偏差値は高いのになんであんなに馬鹿なんだろう水守くん…。
ーーー「金髪の可愛い子がいるんだよね、ほら、この子!」
…………そういえば『フィリシティ・カラー』をプレイ中そんなこと言ってたから思い切って髪を金髪にしたこともあったわね……。
ふっ、懐かしき思い出だわ。
ヘンリエッタも金髪だけど、この呪われたような縦巻きロールの事を思うと『フィリシティ・カラー』の金髪美少女ってきっとヘンリエッタの事ではないわよね。
…水守くんの好みの条件にはハマってると思うけど……金髪美少女だし。
って、水守くんのことはもういいのよ、諦めるって決めたでしょ!
会話が成立しないんだから、恋愛方面に関して!
そう、諦めたのよ…。
「もう少し休んでくださ〜い。…食欲あるならもう少し食べ物持ってきますけど〜、ど〜しますかぁ〜?」
「…そうよ…今度こそ…」
「?」
アホの水守くんはあれはあれでかわいい人だったっつーことで!
きっぱり諦めて!
乙女ゲームの世界にいるんだもの、他にも素敵なイケメンがいるじゃない!
アホの水守くんのことは綺麗さっぱり忘れて!
ツェーリやアメルみたいな攻略キャラ以外のその他イケメンなら当て馬出オチ令嬢ヘンリエッタでも攻略できるかもしれない!
侯爵家の跡取り娘として、その他イケメンをお婿さんとして迎えられるのなら一石二鳥!
これだわ!
「アンジュ、わたし決めたわ! お婿さん探し超頑張る!」
「…………。そいつぁなによりですけど〜…とりあえず寝ろ」
「そうね! まずは元気にならないとよね!」
ヴィンセントに振られたら潔く攻略対象キャラ以外のイケメンをお婿さん候補として探す!
当て馬になんてなるもんですか…!
出オチ令嬢なんて、もう呼ばせないんだから!
ゲームの知識がどのくらい役立つかわからないけど、攻略対象なんて贅沢言わなくてもその辺に『その他イケメン』はたくさんいる。
今度こそ幸せな結婚、可愛い子供に囲まれて…極々普通の幸せな人生を送るのよー!