ローナとお出かけ
思えばわたしの目も大分逞しくなったと思うのよ。
だって、この光景に耐えられているのだから。
そう、この……。
「えー! 義兄さん付いてくるんさー?」
「御者なんかアミューリアで働いてる人に頼めばいいじゃーん」
「やかましい! 俺は護衛役も兼ねてるんだよ。お嬢様に執事として接する数少ない機会を奪おうとするな!」
「「やっぱり〜」」
ローナ、マーシャ、メグ、そして……ヴィンセント!
リース主従(姉編)勢揃いのこの光景に!
というか!
以前のお茶会で話には聞いていたけどメ、メグ〜!
本物のメグ〜!
こんな近くにわたしの最推しヒロインが〜!
猫耳は帽子の中に隠してるみたいだけど、メイド服のメグを見る日が来るなんて!
はあ……でもなんつーか……メグがヒロインの一人だと思うとケリールートの事を思い出して以前ほど大はしゃぎできない。
ファンとしては不完全燃焼で、かなしみ……。
「貴方まで来なくても良かったのに」
「何を仰います。御者は俺しか出来ないでしょう?」
「それはそうなのだけれど……」
「ぶーぶー、義兄さんまじ乙女心分かんねーさ」
「う、うるさい!」
などとわちゃわちゃしており、わたしの心へのときめきダメージはそれなりではあるのだけれど。
ああ、なによあの輝かしい光景は。
眼福だぜちきしょう。
「では、今日はよろしくお願いしますわ、ヘンリエッタ様」
「ええ、こちらこそ!」
私服のローナ、可憐……!
で、ではなく!
今日は昨日言っていた病院への健康診断。
この世界の医療技術、さすがにわたしの世界よりは古いというかしょぼいというか……だろうけど〜……。
ローナは王子妃になる為に、子どもがちゃんと身籠れるかの検診。
偉すぎて頭が下がるわ。
大事よね、そこんところ!
わたしは昨日ガン泣きしてしまった事をごまかす為についた嘘……花粉症の検査。
まあ、普通に陰性だと思うけどね〜。
それにわたしの目的はもう一つ!
ローナにこの間のお茶会での諸々の爆弾発言及び嫌味としか受け取られない発言の数々を教えて生粋の『悪女言動』を自覚させる!
……ケリーにローナの味方するって言っちゃったし、そこんところ分かっててもらえば、ローナの人気や人望は多分かなり変わる、はず。
元が良い子なんだもの、それが分かりやすくストレートに伝わりやすくなれば、中立の子やローナ側を示しているものの腹になんか蓄えてる系も忠誠心的なものを持ってくれるかもしれないわよね。
「つーかお兄さん、マジで浮いてるよ?」
「俺は御者に徹する」
「アタシらは後ろに乗りますよ〜、メグ〜」
「あ、は、はい」
また後で、とメグがアンジュについて後ろへ移動する。
マーシャはヴィンセントと御者台へ。
わたしとローナはボックスの中に収まり、馬車が動き始める。
これから行くのは『ウェンデル』貴族御用達の病院。
朝アンジュにどの辺りにあるのかを聞いたんだけど、王都の東区にあるんですって。
時間は馬車で大通りを通って約四十分から五十分くらい。
「それで、ヘンリエッタ様……寮で出来ないお話とはなんなのですか?」
「え、ええ! ……た、単刀直入に申しますわね」
「はい」
あ、そうだ!
今がチャンスだわ!
話を聞いているのはわたしとローナの使用人だけだもの!
ではローナ、覚悟!
「ローナ様……先日からお茶会で他のご令嬢たちとお話ししていて気になりましたが、ローナ様は他のご令嬢たちへの配慮がなさすぎます! わざとですか⁉︎」
「⁉︎ ……え? ……ええと、わざと……わざととは?」
「ああ! やっぱり無自覚でしたのね……」
だと思ったわ!
無表情だけど頰に手を添えて困った声色。
この表情の変わらなさも、人に勘違いされる要因なんだけど……きっとローナのこの無表情はヘンリの縦巻きロールと同じ、ゲーム補正がしわ寄せのように集中しているに違いない。
「どういう意味なのでしょうか? 配慮が足りない、とは……」
「例えばですね……わたしくしの友達でティナエールという娘がいました。あの子は去年、せっかくできた恋人に婚約を申し込まれることもなく白紙になっています」
「あ、あの方がそうでしたの……」
「そうです! ……ローナ様はそのあたりご存知なかったからだと思うのですが……、……あの子がローナ様にどうしたら出会いがあるのかを聞いた時、なんて仰ったか覚えておられます?」
「……。……ええと、確か……夜会やお茶会に参加されればすぐに素敵な方と巡り会えますわ、と」
そ! れ!
「……ティナエールはその言葉にとても傷ついて落ち込んでしまいました」
「え? な、なぜです⁉︎」
「ローナ様は今、レオハール王子とのご婚約がほぼ確定的状況なのですよ⁉︎ そんな方にそんな突き放されたような言われ方をしては落ち込みますよ!」
「え、ええ⁉︎ ……わ、わたくしはそんなつもりでは……」
「分かっております! ……ですがティナは内向的で繊細でネガティブな子ですの。ローナ様にそのつもりがなくとも、ローナ様のお立場で言われたら遥か上から突き放された、と感じてしまうものなのですわ」
「…………そ、そうでしたの……申し訳ございません……」
ふう、と困ったように溜息。
目を伏せて、心から申し訳なさそうな声。
よかった、ちょっと理解しはじめてくれたみたいね。
「ティナエールはローナ様にこう言って欲しかったんです」
「え?」
「ローナ様は来月お誕生日パーティーを開催されますでしょう? そこで婚約者のいない殿方を何人か紹介します……と、まあ、そんな事を言って欲しかったんですわ。ローナ様のお誕生日なら、ケリー様やライナス様、エディン様のご友人もいらっしゃるのではありませんか? その中で、ティナエールに合いそうな方を何人か……」
「そ、そういう意味でしたの⁉︎」
やっぱり気付いてなかったんかーい!
「ま、まあ、それは高望みだとわたくしも思いますけれどね? ……ですがあの子、去年婚約が決まりそうなところを逃してからますます自分に自信をなくしていて……。ぶっちゃけわたくしも婚約者はいませんのでティナに殿方を紹介できる立場でもなく……っ」
「そ、そうでしたの……では、ケリーやエディン様にお伺いしておきますわ」
ズキ。
うっ、胸が……。
い、いやいや、別にケリーを紹介してあげる、という意味じゃないわよね。
そう、ケリーの知り合いを、という意味よ!
「まあ、ティナの事はわたくしの贔屓目も入っているので問題はここからなのですが」
「え? ほ、他にもわたくしは何か言っておりましたの?」
「それはもう! お茶会の間ずっとです! ……もう横で聞いていてハラハラしっぱなしでしたわ!」
「え、ええ……」
「例えば! ……ローナ様、ライナス様とスティーブン様はお付き合いされているのですか? という風な事を聞いてきた令嬢は何人かいたはずですよね? なんてお答えしたか覚えてますか?」
「え? ええ……毎日仲睦まじくしておられます。婚約も間近ではないでしょうか、と」
「……それではいけません……そんな事を聞いてくる令嬢はライナス様やスティーブン様に気があるのですわ」
「ええ⁉︎」
「そ、そんな……どうお答えしたら……」
「もちろん、あのお二人のように皆さんにも婚約者が出来ますわ! わたくしがご紹介しますわよ! と!」
「結局仲介役を買って出る事になるのですか……⁉︎」
「それが一番無難なかわし方なのです! 殿方関係の質問は、そのほとんどが『自分も恋人が欲しい』の裏返しなのです!」
「な、なんという……」
「でも中には特定の人物の名前を固定で、尚且つ重点的に話題に出して来られる令嬢もいます」
「え? あ、ええ……そういえばそういう方もおられましたわね……ケリーの事とか……」
……やっぱり。
そうよね、ケリーは人気よね。
あのお茶会の日も、ローナのところへたどり着けないぐらいご令嬢たちに捕まっていたらしいものね。
「そういう方は、その方に気があるのですわ。あの様な場でローナ様に執拗に質問してきた方がいたでしょう?」
「それは取り次ぎを遠回しに要求しておられるのですわよね?」
「そうですね。……そういう方になんとお答えしていたかは……」
「ええ、もちろん……遠回しにお断りしておりました」
「…………」
今となっては「ありがとうございます!」と言いたい。
でも、現時点でわたしとケリーは仲良しなお友達、ぐらいな感じだろう。
ケリーの言葉を鵜呑みにするのなら、婚約に関しては前向き。
お互いの利害は一致している、のだけど。
「ダ、ダメでしたか?」
「……ケリー様やエディン様は婚約者もいらっしゃいませんし……あとヴィンセントも……」
「え、ええ」
「彼女らも本気でお慕いしているので……その、断られるとですね……」
「……は、はい……」
「なんで断るのかが分からなくて深読みしてしまうんです。例えば、ローナ様がエディン様に未練があって紹介を拒んだとか……」
「ええ⁉︎」
「義弟に相応しくないとか、ヴィンセントはまあ、そのアレですけど」
「そ、それはええと、まあ、ヴィニーは確かにアレですけれど……そんなつもりは……」
「……そ、うでしたの……。でも、皆さんにそう言い寄られてもわたくしの一存では決めかねませんし……」
まあ、ね。
それはその通りよ。
でも、ローナの堅い態度に、勘繰ってしまう令嬢は多い。
ローナの人柄を知らないから、言葉の裏を悪意を持って読み取ろうとするのよ。
そして、理由は他にもある。
「それに、中にはローナ様がそのようにエディン様やライナス様、他の公爵家の皆様の事をお話しになるのも面白くないという方々もおられますのよ」
「? どういう事ですか?」
「公爵家の皆様もそうですが、ローナ様はレオハール様、スティーブン様とも親しいでしょう? ヴィンセントと、ケリー様は身内ですからある程度は仕方ないのでしょうけれど……ご友人が素晴らしい殿方ばかりという事で、ただそれだけで嫉妬の対象となるのですわ。ローナ様派と表明してはいますが、皆が皆ローナ様を慕って味方しているわけではないのです。あくまで、現状、ローナ様に付いた方が得……と思っている者の方が圧倒的に多い、という事ですわ」
「………………」
女の世界よね。
ローナはある意味とても純粋だから、その辺りが多分、本当に分かっていない。
しかし、悪口がお茶のお菓子より好きなひねくれた令嬢たちにとってローナは、イケメンに囲まれてチヤホヤされているようにしか見えないのだ。
実際ヘンリもそう見えてたし。
「特に怖いのはローナ様がエディン様の話をされる時……」
「え、ええ……」
「ほとんどの令嬢はエディン様と婚約を解消しておきながらなんだその仲良しアピール……! と怒りを抱えて笑っておりますわ……」
「そ、そんなつもりはないのですが……」
「だと思いました。……聞かれたから答えている、と言うだけなのですわよね?」
「え、ええ。……でも、殿方の話をするだけで不快に思う方がおられるのですね?」
「はい、残念ながら。……レオハール様とのご婚約が確定的だというのに他の婚約者もいない殿方と親しくしている……この事実がローナ様への好感度を下げまくっているんです。ただのご学友としても、異性である事が問題なのですわ」
「…………。ですがわたくし、同性の、その友人と呼べる方はスティーブン様くらいしかおりません……」
「同性……」
……はっ、そ、そうか、スティーブンは前世が女性で、その人格の記憶まで持っている設定だったわね!
ローナにとってスティーブンは『同性』括りなの⁉︎
な、なるほど?
「……。……じゃあ……そうね、話題作りをしましょう! ……今夜と明日はお城でパーティーがあるから……明後日! 明後日の夕飯、食堂の個室でわたくしの友人と一緒に食べませんか? ……クロエという子なのですが、わたくしよりもズバズバものをはっきり言うんですよ! ティナエールも誘いますから、ローナ様も……わたくしたちと友達になってくださいませ」
「……ヘンリエッタ様……」
「あ、友人なのに様付けは他人行儀ですわね。……ローナ、と呼んでもいいかしら? わたくしのこともヘンリで構わないわ」
「……! ……あ、ありがとう……是非……ヘンリ、よろしくお願いね」
「ええ!」
…………わたし、き、汚くないかしら?
大丈夫かしら?
ケリーの義姉に近付いて、友達、だなんて。
いやいや! ローナとは元々友達になりかったんだし!
でも、ローナに嫌な女だと思われない?
ケリーに近付く為に、友達面したんだ、とか、思われないかしら?
目元の優しくなったローナを見て、笑顔の裏で罪悪感を感じていた。
ケリーはこんな女……本当に好きになってくれるのかな……?








