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ケリーとお出かけ【1】



九月も半ばになりまして。


「…………」

「エミさん、深呼吸」

「は、はい」

「あたしも付いてくるから大丈夫っすよ」

「う、うん!」


本日はケリーとお出かけする日でございます。




遡る事一週間前。

ダンスの練習に付き合ってくれたケリーから「来週出かけません?」とお誘いを頂いた。

普通に考えればこれはデートのお誘い。

いや、普通に「デート」の単語は出てたけど……なんかこう、信じられなくて?

それに、ヘンリならまだしも『わたし』は中身二十五歳のいわゆるアラサーに足を突っ込んでいるオタク女よ?

ケリーは十五歳。

十歳も年下の男の子とデートなんて、何を話していいのやら!

まあ、理由としては他にもある。


「…………」

「エミさん?」

「な、なんでもないわ。ケリーに返すハンカチは……」

「こちらですよ。さ、行きましょう」

「う、うん」


ヘンリの為に、ヘンリの婚約者を探す。

だから、出来るだけヘンリとして振舞わなきゃ。

今日はわたしが元の世界へ戻った時の事を考えて、徹底的にヘンリエッタを演じて見せる!

ヴィンセントが付いて来たりしないかなー、なんて、内心で考えているわたしは右ストレートでぶん殴るわ!

ヴィンセントは来ない!

来たとしてもルーク!

何よそれ最高じゃない!

ケリーは怖いけどルークたそは癒し〜!


「…………」

「笑顔と背筋」

「は、はい」


テンション、上がらないのよね。

無理矢理上げようとするけど。

変だわ、なんでかしら?


「ねえ、アンジュ……わたし、この一週間どうやって生活してたのかしら……」

「はあ? 普通に生活してましたけど」

「そう? でもなんか今日は……なんか変なのよね……なんでかしら? ヴィンセントに振られる覚悟は出来ていたし、あの日散々泣いて、もう、吹っ切れてるはずなのに」


ケリーと二人で会うのだって、別にダンスの練習の時は普通なのよ?

なのに、なんだって今日はこんなに憂鬱なのかしら?

そう思うわたしへアンジュは溜息混じりに「そりゃあ」と答えをくれる。


「デートだからでしょうね」

「……デートだから……?」

「エミさんの中のデートのイメージっつーんですか? それが、ヴィンセントさんに振られた時のそれのままなんですよ。多分」

「………………」


歳下のアンジュにさらりと教えられてしまったわ。

とても納得。

肩を落とす。

ケープの裾を握りしめて、俯いた。

デート。

……本来は胸が踊る単語のはずなのに……。


「そう、か……でも、ヘンリの為にも、逃げてられないわよね」

「…………感謝します」

「へ?」

「お嬢ならきっと強気なふりして逃げてましたよ。……エミさんは強いっすね」

「…………、……そんな事……ないわよ……でも、ありがとう。アンジュがいてくれるから、わたし最後まで頑張れそう」


困った顔で微笑まれた。

……これはアンジュには言ってないんだけど、ヘンリは最近落ち込んでる。

ヴィンセントに振られた事は、わたしだけでなくヘンリにとってもそれなりにショックだったのよ。

仕方ないわ、わたしもヘンリも初恋の人に振られたんだもの。

お互い覚悟はしてたけど、それでも、片想いが玉砕した事はやっぱりそれなりに堪える。

いつもの威勢がやや半減。

ヘンリがそんな調子だから、わたしも少し……平静を保つのがキツかったりする。

まあ、でも、そこは大人の余裕でなんとかしてるわ。

こういう時、少しだけ大人で良かったような、つらいような……変な気持ちになる。

少なくとも後悔はないし、想いを伝えられた事には満足しているんだけどね。

わたしに至っては高校の時からの片想いだし。


「…………」


単純にかっこよくて、顔だけで好きになった。

彼が友人たちと話すところを眺めて、中身も好きになって……大学まで追いかけていったのよね。

その上、同じアパート借りたりして、ほんとプチストーカーだったわよ。

水守くんがアホみたいに鈍かったから気付かれてなかったけど……普通にヤバイわよねー……。

我ながら気持ち悪いわ〜、ほんと。

それだけ積もり積もった気持ちを全部受け止めてもらえた。

アホの水守くんが、やっとわたしの気持ちを理解してくれた。

その上でお断りされたのだ。

十分すぎる。

わたし以外にも水守くんに気持ちを寄せていた数多の女子たちは、わたし同様気付かれる事なくスルーされ続けて来たのだから。

それを思えばわたしはなんて幸運なのだろう。

気付いてもらって、答えまでもらえたのだ。

それで満足するべき。

うん……。


「お嬢」

「!」


女子寮の玄関の横に、待合室のような部屋がある。

アンジュがそこで待つわたしを呼びに来た。

ケリーが迎えに来たという知らせ。

わたしは立ち上がり、玄関の前に立つ。

今日のわたしはヘンリエッタ・リエラフィースとして、伯爵家のご子息、ケリー・リースと貴族としてのお付き合いをするのだ。

それはヘンリの将来の為。

……果たして当て馬出オチ令嬢がメイン攻略対象のケリーと婚約まで漕ぎ着けられるのか……。

普通に考えれば無理よね〜。

でも、ゲームはまだ始まっていない。

今回はケリーからのお誘いだもの。

侯爵家の令嬢として受けないわけにはいかないわ。

婚約は無理でも、せっかくケリーに誘ってもらったのだから楽しもう。

あ、もちろんヘンリエッタとして!


「お待たせ致しましたわ」

「へえ?」

「?」


お辞儀をしたルークたそ!

燕尾服がかーわいい〜。

どちらかというと燕尾服に着られてる感。

そしてケリーはダークブラウンのラフな格好。

いや、もちろん九月も半ばだから、それなりに暖かそうな格好だけど……。

なんか思ったより楽そうな格好でちょっと驚いた。

どこへ行くとか、何も聞いてないからアンジュが割とガッツリめに着飾ってくれたのよ。

早まったかな?

やっぱりどこに行くのか聞いておけば良かった?


「緑色も似合いますね」

「え、あ、ありがとうございます……」


ほ、褒められた。

単純に嬉しいな。


「どうぞ。お足元にお気を付けて」

「あ、あり、ありがとうございます」


手を差し出される。

その手を取って、馬車へと乗り込んだ。

リース家の家紋が入った扉。

天井は落ち着いたオリーブ色のカーテン。

サテンのような手触りの椅子はふわふわ。


「あの、どちらへ行きますの?」

「それは着いてのお楽しみです」

「…………」


手前に座ったケリーに意を決して聞いたのに、お色気たっぷりに秘密にされてしまった。

人差し指を唇にあてがい、ウインク付きって……こ、こいつ〜!

ほんとに十五歳か⁉︎

こんな十五歳いるもんなの⁉︎

うおぉ〜! これだから乙女ゲームのメイン攻略対象は〜!


「…………っ」


いかんいかん、動揺してはダメよ!

今日は徹底的にヘンリエッタ演るって決めてるんだから!


「……………………」


でも、ヘンリって男の子とデートする時どんな感じなんだろう……?


「〜〜〜〜!」


し、しまったぁぁぁぁ〜!

いくらヘンリの記憶があるとはいえ、ヘンリはデート経験なんかない!

あるのはヴィンセントとのあの一度だけ!

うおおおぉう! これは困ったわ!

ど、どういう感じにすればいいのか全然分からなくなっあぁぁ!


「……!」

「…………」


ハッとする。

眼前に座るケリーはなにやらニヨニヨとしているではないか。

な、なんなのよその余裕の表情と態度〜!

どうせ二十五歳にもなって初恋拗らせすぎてデートとか色々分かってないわよ!

人生二度目のデートにより一層混乱してるわよ!

ぐっ、悔しい!

いえ、ここで怯んではダメよ、笑美!

今日はヘンリとしてクールに決めてやるんだから!

どうせメイン攻略対象と婚約者になんてなれっこない、負け試合!

ヘンリだってケリーよりは歳上なのだもの、余裕ブッかましてやるわよ!


「…………」


けど、どんな風に?

い、いや、ここはゲームの攻略法を頼りに何か! 何かあるはずよ!

ケリー・リースのプロフィール、カモーン!



ケリー・リース

三月十四日生まれ、B型。

好きな食べ物、魚系全般とヴィンセントの手料理類。

嫌いな食べ物、特になし。

好みのタイプ、『スポーティ』『家庭的』。

苦手なタイプ、『文系理系』。

好まれる選択肢の傾向、反応が大きいもの。

【ステータス】

剣『中』

弓『中』

魔法『高』(土属性)

回避『高』

戦略『特高』

メイン攻略対象の中では最も多く魔法の種類を扱える。

土属性の魔法で仲間の防御力もアップ。



うーーん!

なんの参考にもならなーい!

少なくとも『文系理系』っぽいイメージはヘンリにはないわー!

いやでも図書館で会ったりした事あるし?

かろうじてイケ……る、か、なぁ?

中途半端な知識でケリーに勝てるとは思えないしなぁ?




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