おや? なにかいるぞ?
いかん。
このままでは一週間過ぎてしまう。
腕を組みながら一階の廊下を歩く。
今日は図書館から借りた本の返却日なのよ。
この後クロエたちに例の『クラブ』に行く予定。
あの子たちは先に行っているわ。
とはいえ、正直今BLにウッハウッハスルル気分でもないのよねぇ!
ケリーにデートに誘われて、その返事がまだなのよ。
夜、夢の中でヘンリと何度も相談するんだけど答えが出ない。
だってケリーよ? ケリー!
シスコン猫かぶり腹黒ドS伯爵令息!
ついでに言うとメイン攻略対象!
そんなケリーがヘンリをデートに誘う理由が分からない!
アンジュにも相談したけどしれっと「え? 最高じゃないですか。相手はリース家の跡取りケリー様なんでしょう? ローナ様とレオハール様のご婚約に向けて、婚約者候補の一人であるお嬢をガチ潰しにかかってるんですよ」とおっかない事言うし。
そ、そういう理由かぁ! と納得したけど、それを聞いて「はい、分かりました」とはいかないでしょ!
なにされるか分かったもんじゃない!
「ん?」
第一図書館への渡り廊下。
大きな扉を開けると、すぐ脇にある読書用のテーブルでげっそりした人影。
亜麻色の髪を三つ編みにして肩から前へ流す長身美形は!
ミケーレ・キャクストン!
きゃー! 大人の魅力担当ミケーレ〜!
どうしたのかしら?
ものすごい沈んでいるように見えるけど……。
「………………」
と、とりあえず本を返そう。
横を通り過ぎつつ、様子を伺うと頭を抱えて膨大な本や書類の束をめくってぶつぶつなにかを呟いている。
う、うーむ……ゲーム内だとあんなに余裕のない姿、ストーリーの後半にしか見せないんだけどな?
なんか心配になるレベルで目の下にクマが出来てる。
そして図書館、人、居なっ!
静まり返ってるから余計にミケーレのぶつくさが響いてコワーイ!
……ここで立ち去るのは簡単だけど、大好きなゲームの好きなキャラが苦しんでるのを見るのはちょっと心苦しいわね。
ええい!
「あの、ミケーレ先生?」
「!」
バッと、顔を上げたミケーレ。
ものすごく驚かれてしまった。
ああ、せっかくの大人の色気も半減どころか七割減!
相当疲れてるわね、これは。
「大丈夫ですか? あの、お加減がよろしくないように見えますわ。少し休まれては……」
「あ、いや……、……だ、大丈夫だよ。君は確か……」
「ヘンリエッタ・リエラフィースですわ」
そうだよね!
ヘンリの事なんか分かんないよね!
担当のクラスではないし、当て馬出オチ令嬢だし!
でもこの縦巻きロールを忘れるとは相当ヤベェわね!
「!」
紙に書かれているのは……魔法陣?
あれ、これ……みこたそが召喚されてくる時の魔法陣に似てる。
今ならヘンリの記憶のおかげで文字が読めるな?
『異世界から来たれし、女神の器。国を救い、人間族を救う救世主』。
こんな風に書かれていたのか。
でも、全部四角形や六角形。
「ごめんね」
「あ……」
テーブルの上を見てたのがバレた!
回収されてしまったわ。
そ、そうだよねー、一般生徒には見せられないよねー!
多分魔法研究所の資料だと思うし!
「…………」
「…………」
テーブルに散らばっていた資料の整理を始めるミケーレ。
まずい、きっと身分的に自分が退けなきゃとか思ってるんだわ。
わたしの方が後から来たし、貴方の仕事はみこたそにとっても戦争にとってもとても重要!
あわわ、わたしが立ち去るべきなのに、タイミングが〜!
「あ、あの!」
「?」
「さ、先ほどのマーク、お、面白いですわね!」
…………なぜに話しかけたし、わたし。
しかも突拍子もなく大変に残念な話題振り!
そしてド下手!
ああもう、でもこうなったら!
「ま、丸いマークはお作りになられませんの?」
みこたそ召喚の魔法陣っぽいけどさ、みこたその召喚された魔法陣は丸かったのよ。
ファンとしての純粋な疑問!
ミケーレがみこたそ召喚の魔法陣を考えたのは純粋に驚き!
そしてファンとしては感動!
だから出来れば、ガチでみこたそが召喚された時の魔法陣(のラフ画的なもの)を見てみたい、なーんて思っちゃったりして?
「…………丸い……? 円、という事……?」
「え? ええ」
「っ!」
わたしがそんな願望を抱いたからか、ミケーレの顔に何かが閃いた。
疲れ果てていた表情には正気と熱意が宿り、ペンにインクを付けると白い紙に新しい丸い魔法陣を描き始める。
わ、わあ! やったあ!
まさか本当にその現場を見られるなんて……っていうかなんで今まで思い付かなかったの、この魔法オタク。
「で、出来た……そうだ、円だ! なぜ今まで思い付かなかったのか! あ、ありがとう! ヘンリエッタ嬢! 君は素晴らしい! 私が一週間、ほぼ寝ないで考えても思い付かなかったのに、君は一目でそれを思い付いた!」
い、一週間?
……過労と疲労と睡眠不足による集中力の低下が原因なのでは……。
「…………」
え⁉︎
からの意気消沈⁉︎
だ、大丈夫かこの人⁉︎
睡眠不足で情緒不安定になってんじゃないの⁉︎
「いえ、その、大丈夫ですの? まだ何か気になる事でも……?」
「……あ、ああ、いや、大丈夫だ。大きな悩みが一つ解決したからね!」
すぐに笑顔が戻るけど、やはりかなり憔悴しているようだわ。
絶対休んだ方がいいわよ、その顔色。
「こうしてはいられない、せっかく得たヒントだ! 他にも応用が効くかもしれないから色々検証しなくては!」
「あ……」
「ありがとう! ではね!」
と、資料やらなにやらをまとめて持ち上げるミケーレ。
行ってしまったわ。
「…………」
ミケーレ・キャクストンは『フィリシティ・カラー』無印からの隠れキャラ。
ゲームを三周クリアしつつ、『戦闘難易度・鬼』で『戦争』を一度でも勝たなければルートが出現しない。
ストーリーはみこたそならば、女神の媒体となるその身を狙い接近されるが、親切な外面に騙されて好意をれ寄せるようになる。
最初こそその身を解剖して徹底的に調べたい欲求を持っていたミケーレも、みこたその一途で純粋な想いに絆され、惹かれていく。
戦争が近付くと己の欲望と彼女への愛情に激しく動揺と焦燥感を抱き、魔法研究所の一室に監禁してしまう。
選択肢によってハッピーエンドなら解放されて戦争を勝ち抜き、帰還して結婚。
バッドはそのままミケーレに殺されてしまうヤンデレルート。
『トゥー・ラブ』以降のトゥルーエンドだと、ミケーレが魔法に執着した事情が語られ、ミケーレは相変わらず従者にはならないものの、戦後爵位を得たみこたそはミケーレとともに一般人にも魔法が使えるように研究するようになる。
あらもちろん結婚済みで。
それほどまでにミケーレが魔法に執着する理由は、科学者だった祖父の影響。
わたしの元の世界は科学が発展していて便利だが、ミケーレの祖父はそんな科学が発展した世界を目指していた。
人間は魔法を使えない。
ならば別な方法で豊かさと戦争を勝ち抜くべきだと提唱したのだ。
平民とは思えない、実に優秀な人物だったと言える。
でも、当時の王にそれは危険分子と断じられ、一族諸共ノース地方へ追放された。
大変な環境で育ったミケーレは祖父を恨み、祖父を強く否定するべく勉強をしてアミューリアで更に知識を得る。
祖父への対抗心から魔法を妄信的に学び、追及し続けて、ついに国から男爵の爵位と苗字を名乗る権利を与えられた。
呪いのように祖父への憎しみをたぎらせ、魔法を研究し続けたミケーレにとって、みこたそは……あまりにも眩しく、そして憎らしいほど彼が欲しいものを、何の対価もなしに簡単に手に入れたように見えたのだ。
だからミケーレのトゥルーエンドは、彼の中の憎しみを浄化し、夢を叶える素敵なエンディング。
ちょっと変人が過ぎるところもあるけど、それはあまりにもつらい半生が影響している……攻略本より抜粋!
なので……。
「本当に大丈夫かしら……」








