ヴィンセントとデート【2】
「意外と良かったです」
「はい! とても良かったです!」
二時間後、劇が終わって感動と感激の嵐!
劇場を出ながらほくほくとした気持ちをたまらず声にした。
「はぁぁ〜! 本当に素敵だった〜! 姫役の人、女の人なのに戦闘シーンもしっかり出来ててカッコよかったし!」
「ああ、それは俺も思いました。傭兵役の人が普通のおっさん顔だったのも良かったですね。ストーリーも原作を読んでいない層にも分かりやすくまとめられていましたし」
「傭兵は本当にびっくり! 原作だと定番の長身美形の優男なのよ! それがゴッツゴツのおっさんになってて……、でも逆にそれがリアルな感じで味があるというか〜」
「へえ、そうなんですね……」
小説で読んでいた時にイメージしたキャラクターたちが目の前で動く感動といったらないわ〜!
わたしも『フィリシティ・カラー』にハマって以来多少アニメや漫画や舞台なども嗜むようになったけど、2.5次元の舞台は初めてだったからもう感動〜!
これは2.5次元にどハマりする人が後をたたないのも無理ないわ〜!
好きなキャラクターが動く!
喋る! 歌う! 踊る!
アドリブでファンサしてくれる!
いやぁ、もうっサイッコー!
また来たいなー!
今度は『薔薇乙女騎士エリーゼ』……あ、でも公演期間は終わってるみたいなのよね。
再演してくれないかしら〜。
あ!
「ねぇ、あのシーンも良かったと思いません⁉︎」
「え、ど、どの……」
「最初の方なんですけど、傭兵が城を去って行くシーンです。一目惚れしたばかりのお姫様が傭兵の後を追いかけて魔物に襲われ、助けてもらうところ……。あんな事されたらキューンとしてしまいますよね〜」
「そうですね、魔物役の方の演技力はすごかったと思います!」
「ええ! あれもすごかったです! その後の姫の戦闘シーン、重そうな斧をブンブン振り回して」
「そういえば竜役の衣装というか着ぐるみ? もすごかったですよね。きちんと竜の鱗を表現しているところ……まるでねぶたまっ……ンンッ」
「……、……え? ヴィンセント……」
「あ、いえ、なんでもございません」
ねぶた?
今、ねぶたって言った?
…………ねぶだってまさか?
「お嬢様、ヴィンセントさん」
「ぎゃぁぁ!」
「うわああ!」
アンジュ!
いや、忘れてたわけじゃないけれど!
それにしたって気配無さすぎでしょ!
これだからアサシンメイドは!
「立ち話もなんですし、あちらの公園で一休みなさってはいかがでしょうか」
「あ、あ、あああありがとう、アンジュ……」
「お、俺でも気付かない速度の仕上がりだと……⁉︎」
「え?」
と、アンジュに促されたのは劇場裏の公園。
わあ、劇場の裏って公園になってたんだ?
その中央辺りにガゼボと薔薇の生垣。
ガゼボの中はランチョンマットが敷かれたテーブルにお菓子や軽食!お茶の準備が万端!
明らかに二人きりの空間を演出されている⁉︎
というかいつの間に⁉︎
あ、わたしたちが観劇中?
仕事早すぎじゃない⁉︎
ヴィンセントが関心してたのこの事かー⁉︎
「やるな……」
「…………」
「え? え?」
鋭い眼差しのヴィンセント。
アンジュがお茶を淹れ、脇に下がると敵意のようなものすら感じさせて感嘆の声を漏らす。
なにこれ、どういう状況?
「…………えー、と、では、あの……」
「あ、失礼しました。……お邪魔致します」
どうしたらいいのかしら?
とりあえず、お茶の準備は万端だし、ガゼボの中で一休みして、色々劇のお話を……。
「…………(分かってますよねぇ? エミさん?)」
「…………(ふ、ふぁい)」
ヤバイ、アンジュの圧が、圧が……!
わ、分かってるわ!
自分で言い出した事だものね、今日こそヴィンセントにスパーン、と告白して振られるわよ!
わたし、というかヘンリエッタの当て馬運命なんて今日、この場で終わらせる!
あんなあってないような出番はこっちから願い下げなんだから!
……ヘンリの初恋を終わらせて、新しい恋を探すのよ。
「…………」
でも、さっきヴィンセント『ねぶた』って言いかけなかった?
聞き間違い?
でもあの流れで『ねぶたまっ……』までいく単語が他に思いつかないのよね。
「ええと、それで、なんのお話でしたっけ?」
「! あ、あの…………、……、……え、ええと……」
「斧姫が旅立った辺りのお話、でしたっけ?」
「いえ! あの! き、きききき、きき……」
「?」
が、頑張れわたし!
言うのよ、言うの!
言うのよ……!
「ききききたい事があるのよ!」
「え? あ、はい? な、なんでしょうか?」
「……ヴィンセントは…………………………」
……よし、質問は成功。
次は……えっと、次は……。
「どのシーンが好きだと思いましたか⁉︎」
「ちっ」
舌打ち⁉︎
ひえぇ……ごめんなさぁい……。
わたしも頑張った方なのよ〜。
舌打ちはやめてよアンジュ〜……。
「……え、ええ、と……わ、私は原作を読んでおりませんので、始終新鮮で面白かったですね……」
ほ、ほらぁ、ヴィンセントがアンジュの舌打ちに怯えてチラチラアンジュの方を見てるじやない〜!
そりゃ今のは勇気が出せなかったわたしが悪かったけど〜!
仕方ないじゃない。
何事にも順序って必要だと思うのよ! ねぇ、そうでしょ?
よし、一度リセットしましょう。
「……こ、こほん」
「?」
態とらしく咳払い。
気を取り直して。
「え、えーと、そ、そうだわ、劇の事ばかりでなく、学園の事をお話ししません事? せ、せっかくですもの、じょ、情報交換的な」
「え? え、ええ、そうですね。リエラフィース家のご令嬢であるヘンリエッタ様に、ご満足頂ける話など出来るか分かりませんが……」
「いえいえ、そんな……、……」
「………………」
「………………、ええと……」
しまった、変えたはいいけどなに話せばいいのかは考えてなかった!
学園の話といってもわたしとヴィンセントはクラスが違うもの。
クラスメイトの話をしても誰が誰やら分からないかも。
し、しまったー!
どうしようこれー!
ハッ! お、落ち着くのよエミ!
今のわたしはヘンリエッタ!
お茶でも飲んで優雅にごまかし……。
「そういえばヘンリエッタ様はケリー様とダンスの練習をなさっていたんですよね? いかがでしたか?」
「ぶふぉ!」
「⁉︎」
噴いた。
優雅とは?
「大丈夫ですかお嬢……」
「げほ! げほ! ……だ、大丈夫……」
「も、申し訳ございません?」
「ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと思いも寄らなくて……」
なんでその質問⁉︎
なんでそこでケリー⁉︎
アンジュが背中をさすってくれたおかげで苦しさは和らぐけれど、確実に気管に入った!
「けほ、けほ、え、ええと、なん、け、ケリー様? え、ええ……と、とても親切で優しくわたくしのダンス練習に付き合ってくださいましたわ……はぁ……」
「そうですか。あいつが、ん……ケリー様が特定の女性と親しくされているのを見るのは私も初めてですので、いやぁ、実に新鮮といいますか……」
「そ、そうですか?」
「もし宜しければ、ケリー様についてお話ししてもよろしいでしょうか⁉︎」
「え?」
ケリーについて?
あんまり興味な…………いや、待て。
ヴィンセント視点でのケリーの話だと?
ヴィンセント視点でのケリーの話……だとおおおおぉ⁉︎
「ええ! 是非!」
「では、まずケリー様がリース家にいらした頃のお話から……」
と、生き生きとした表情でヴィンセントはケリーについて語り始める。
幼少期はそれはもうやんちゃで、犬と駆けっこしたり木登りしたり川で泳いだり、貴族らしからぬ日々を送っていた事。
うんうん、これなんかヴィンセントルートでみこたそに語っていたシーンを思い出すわ〜。
ヴィンセントってなんだかんだケリーの事だーい好きなんだものね〜、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!
良かった、色々違うところはあるけれど、ヴィンセントがケリーの事を大好きなのはゲーム通りね!
語り出したら止まらない。
まあ、出るわ出るわ、ケリーの自慢話!
んもう、そんなんだからケリヴィニが王道カプと騒がれるのよ〜!
ケリーの執事じゃなくてもこんなにケリー大好きじゃあ、そう騒がれるのも無理ないわね。
眼福!
そして萌たぎる!
ヴィンセントからケリーへの惚気を聞かせてもらえるなんて、今なら腐女子として死んでもいいかもしれない。
あ、いや、もちろん本来の目的は覚えてるけど!
「あとはダンスもお上手ですね。あ、それはヘンリエッタ様もご存知とは思いますが」
「そうですわね」
「あれでも昔はダンスが大嫌いで、それはもう毎日俺が女役をさせられて練習をしていたんですよ」
……おい聞いたか同志達よ。
ヴィンセントが女役でダンスを踊っていたんですって。
殺す気かしらね?
大丈夫? わたしまた鼻血出してない?
「俺もダンスはフランスやイタリアのヨーロッパに行った時、本場のを見た事はありますが……やはり見るのと実際やるのとは別ものですしね」
「ええ、それはそうでしょうね」
「特に男女の役割が逆では……。今でこそヘンリエッタ様にお教えするほど上達されましたが、最初はなかなかにお酷いもので〜……」
………………。
今、しれっとフランスやイタリアって言ったわよね?
ヴィンセント、気付いてないの……?
お茶を一口。
……ねぶた、と言いかけた事といい、ヴィンセント……もしかして……。








