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当て馬出オチ令嬢



乙女ゲーム『フィリシティ・カラー』。

6年前に無印が発売され、2年後に増補改訂版『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』が発売された。

そしてその2年後、『トゥー・ラブ』をよりパワーアップさせた完全版となる『フィリシティ・カラー 〜パーフェクト・ラブ〜』が発売。

シナリオだけでなくスチルが増え、追加ボイスや『トゥー・ラブ』でルート出現不可能とまで言われた伝説の隠れキャラ『オズワルド・クレース・ウェンディール』のルート出現条件が緩和。

…緩和されても結局、全キャラをメインヒロインで網羅し、レオハールルートの【真のラスボス】武神ゴルゴダを『戦闘難易度・鬼』で倒すという鬼のような条件を乗り越えなければならないのだけれど。

…ちなみに戦闘難易度は犬・猿・きじ・鬼の順で厳しくなる。

何故桃太郎風…。

そしてつい2ヶ月前、『フィリシティ・カラー』の続編にあたる『覚醒楽園エルドラ』が発売された。

タイトルが変わったのは『フィリシティ・カラー』の世界から100年後が舞台だから。

一体『ティターニア』がなぜ『エルドラ』という名前の世界に変わってしまったのか。

そして、キャラたちの子孫はどのくらい出てくるのか…。

人気アイドル『CROWNクラウン』のリーダー『空風マオト』が攻略キャラクターの1人、赤髪の『セダル』を担当する事でも話題をかっさらった。

かく言うわたしも『セダル』目的で予約購入済みである。

しかしいざプレイしていたら『パーフェクト』で『オズワルド・クレース・ウェンディール』のルートを未だに出現させることすらできていないことを思い出し、ソフトを引っ張り出して再プレイ…そして再熱。

ついに昨日、あの瞬間、わたしはオズワルド様にたどり着いたのだ。


…………でも…まさかそのタイミングで車が部屋に突っ込んでくるなんて…。


うろ覚えだけどプルプル震えるおじいちゃんが運転席に座っているのが見えた。

高齢者ドライバーの事故とやらに巻き込まれたのだろう…。

クッ…本当に何というタイミングで突っ込んでくれやがったのよ…!

『トゥー・ラブ』でおよそ1,000時間を超えるプレイと、半ば意地で出現させたオズワルド様ルートは最高だったレオハールルートを超える最高度だった。

あれに更にセリフやボイス、スチルが追加されてると思うと心がワクワクとドキドキで苦しくなる。

ヴィンセントルートの時とは違い、戸惑いながらも王子としてゆっくり自覚を持っていく彼は堪らなく素敵だった!

やっぱり戦うのが怖い、嫌だ、と苦しむ姿は抱きしめたくなるし、それでも異母弟のレオハールを守りたいと願う姿は応援したくなるし、支えたくなる。

ヒロインをメグにしてオズワルド様ルートをプレイすると、これがまたむふふふふ…。

あれは完全に落ちるわ〜…。


………じゃ、ないわよ、わたし…。


ベッドから起き上がり、お腹をさする。

やっぱりお腹空いたな。

こんなありえない状況でもお腹が空くなんて…切ない。

そう、そうじゃないのよ。

そうではなく、わたし…ヘンリエッタ・リエラフィースについてよ。


…ヘンリエッタ・リエラフィース。

『フィリシティ・カラー』無印から完全版『パーフェクト・ラブ』まで、通して登場する…当て馬モブキャラ。

出現は極めて短期。

それはヒロインと攻略キャラクターが親しくなり、星降りの夜の告白イベント辺りで必ずチョロチョロ現れる。

メイン攻略キャラである、レオハール、エディン、ケリー、ヴィンセントのルートには難易度上昇の為にそれぞれライバルキャラと悪役が設定してあるのだけれど…ヘンリエッタはそんな彼女たちとは扱いがやや違う。

高飛車な態度で攻略対象にダンスを申し込むのだが、攻略対象はすでにヒロインへ告白する…または告白され待ちなのであっさり断るのだ。

甘甘な2人を見て「キィー!」とか言いながら去っていく。

…以上、ヘンリエッタ・リエラフィースの出番である。


「……………………」


正直なんで名前が設定してあるの、なレベルで出番は短い。

『当て馬モブ』の他に『出オチ令嬢』『何しに来た』『お疲れ様の人』など、通称が大体無残。

そもそも無印の時代は名前さえなかった。

『トゥー・ラブ』でこんなに大層な名前を付けられたらしいけど、出番は増えることはなく『パーフェクト』でもそんな扱い。

…もはや「必要?」と疑問を感じるレベルである。

…………わ、わたし必要?

え、なんでそんな攻略対象に声掛けたのよヘンリエッタ…?

純粋な疑問である。

そりゃ、攻略対象は全員素敵だけど…あえてあの時に人の男にダンスを申し込む必要ある?

…そりゃ、ヘンリエッタの誘いを間髪入れずにスマートにお断りする攻略キャラはみんな素敵だったわよ?

「今夜は君だけのものでいたいから」とか「お前にこんなに夢中な俺に声をかけるなんて、まだあんな馬鹿な女がいるんだな」とか「俺のためにダンスを練習してくれたんだろう? なら俺は今日お前以外と踊らないよ」とか「不安にさせましたか? 平気ですよ、ずっと貴女のお側におりますから」…なぁんて言われて…!

……我ながら全部暗記してるとか気持ち悪…。

でも仕方ないよ、ときめいちゃったんだもの。

…あ、そうか、そのときめきを提供する役回りなのねヘンリエッタ…。

そうか…なら仕方ない…。



「……ッッッ!」



んなわけあるかぁー!

たったあれっぽっちの出番ないのと同じよー!

確かにあの時のセリフもときめくけどー!

その後にもっとドキドキの告白イベントがあるんだからあんなちっさいイベント必要ないでしょうよぉぉぉ!

…………決めた。

決めたわ…わたしは絶対、当て馬モブキャラになんてならない!

出オチなんて冗談じゃないわ!

あんなみみっちい出番、こっちから願い下げよ!

大体ヘンリエッタって普通に美少女じゃない!

出るとこ出てるし、髪は綺麗な金髪!

…縦巻きロールは何故にと思うけど、顔は整ってて…まあ、多少キツめかなとは思うけど…前世の顔に比べればかなり美人系。

なにより……ヘンリエッタはヴィンセントが好きなのよ。


…………最初は「泳げる男」って事で興味を持ったの。

この世界ではサウス区の湖付近以外で「泳ぐ」というスキルを持つ人間は少ないから。

彼が主人のローナ・リースの付き人として生徒会を手伝うようになって、その仕事ぶりを図書室から眺めていたらどんどん好きになっていった。

紳士的な振る舞いは当たり前に見てきたのに、彼は特別に感じたのよ。

そして決定的だったのが…去年の『王誕祭』前、生徒会の手伝いで、図書館に来た彼がわたしを棚から落ちてきたくそ分厚い書籍から助けてくれた瞬間…!

資料を探していたわたしは、棚の一番上にあった本を取ろうとした。

でも、後少し届かなくて…。

傾けて取ろうとしたら落ちてきたくそ分厚い書籍。

咄嗟に頭を庇ったわたしをまるで抱きしめる様にして守ってくれた。

彼は覚えていないようだけど…わたしはあの時……あの微笑みに心を奪われてしまったの。

ヴィンセント…。

ヴィンセント…セレナード…。


「…………」


でも、ヴィンセントは『フィリシティ・カラー』のメイン攻略キャラクター。

その上、条件を満たせば隠れキャラ…『オズワルド・クレース・ウェンディール』になってしまう。

どう考えても、出オチ当て馬モブキャラのヘンリエッタには手の届かない存在…。

だってヘンリエッタはただの当て馬モブキャラ。

相手はメイン攻略キャラにして、隠れキャラ。

大体、メイン攻略キャラなのにあの鬼厳しい条件をクリアするとメイン攻略キャラが隠れ攻略対象にジョブチェンジってどーゆーことよ。

…いや、シナリオ普通に感動して泣いたけど…。

だってこれまでただの平民の『記憶持ち』だと思ってたところ、いきなり王子様になって、その上本当のお母さんと再会、拒絶されて更に従者になるって無理して結局逃走…最終的にお母さんと和解するところとか涙なしには見れないわよ!

異母妹マリアンヌの罵倒も腹ぁ立つし、異母弟レオハールや主人のケリーの困惑と優しさも相俟って泣くよねそれは!

それにエディンとも従兄弟同士という事が発覚して…これまで接点がほとんどなかった2人の会話シーンが増えて腐的な方面にも萌広がってくれやがって…ああもう、好き!


「…………」


じゃ、なくて…。


…ヘンリエッタとヴィンセントは結ばれることはない。

だってヘンリエッタは当て馬モブキャラ。

ヴィンセントはメイン攻略対象で隠れキャラ。

どう考えてもヘンリエッタとヴィンセントが結婚して幸せになる未来はない。

ヴィンセント…大好きなキャラだったのになぁ。

というか、推しだったのに…。

オズワルド様も推しだったのに…。

せっかく大好きな『フィリシティ・カラー』の世界に転生したらしいのに…まさか当て馬モブキャラヘンリエッタだなんて。

ヒロイン…そう、メグだったら…今頃クレイやニコライなんかの亜人たちとも一緒にいられるし、ヴィンセントとも恋愛できたし…最高だったのに…。

なんでよりにもよってただの当て馬モブキャラなのよ。

ここは普通、ヒロインの戦巫女とかメグとか悪役令嬢ローナか悪役姫マリアンヌじゃないの?

異世界転生もので流行ってるのって悪役令嬢でしょ?

当て馬モブキャラなんて聞いた事ないわよ…。

…悪役令嬢や悪役姫も…まあ、正直嫌われ所だから嫌っちゃ嫌だけど…。

ローナに関してはエディンとケリールート、ヒロインによっては死んじゃうし。


「はぁ…」


人生で最も深い溜息を吐いて、寝返りを打つ。



ぐうううううううぅ…。



「…………ひもじい…」



いろんな意味で、泣いた。




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