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王太子レオハール様!



土曜日。

つ、ついに、ついに……『フィリシティ・カラー』シリーズ公式ゴリ押しメイン攻略キャラ…レオハールとエンカウントの日…!

まあ、正式には『王誕祭』の準備の手伝いなのよね。

お茶会でローナに無理を言ってねじ込んでもらったわけだけど、この体に憑依(?)して初めてのお城!


「き、緊張してきた〜」

「ポカったらダンス以外にも礼儀作法のレッスンをねじ込みますので〜、そのつもりで〜」

「…………」


アミューリアの女子寮から30分ほど馬車で揺られ、城門の前にたどり着く。

うちのアサシンメイドは本日もわたしのお目付役として同行してくれるわけだけど…心強いと同時に別な緊張感にも包まれている。

ちょっと待って無理だから。

『王誕祭』まで時間ないのに…それでなくともダンスのレッスンでケリーに怒られまくってるのに…。


「ほら、着きましたよ〜。とりあえずローナ嬢と合流して手伝う内容をお聞きしましょう〜…」


はぁ、かったるい。

と、続けられて肩を落とす。

このメイド…。

いや、アンジュはお目付役だもんね。

そりゃかったるいよね。


「えーと…」

「門番に話通してくるんでここでじっとしててくださ〜い」

「は〜い…」


なんだろう、普通のことを言われたはずなのに悪い仕事の現場に来たみたいな気分…。

そんな事思ってるなんてとてもアンジュには悟られてはいけない事だけど!

何はともあれアンジュが門番に話をして、城勤務の衛兵さんに案内される事になる。

連れていかれたのは一階の大きな客間。

そこで少し待つと、金髪のメイドさんが現れる。


「いらっしゃいませ、ヘンリエッタ様。本日はお手伝いにいらしてくださり助かりますわ。わたくしは城のメイドと侍女を統括しております、クレアです」

「は、始めまして。不束者ですが本日は宜しくお願い致しますわ」

「まずは服をこちらのものにお着替えください。お手伝いして頂きたい内容はダンスホール脇にありますお部屋に用意されたお土産物の搬入確認と、陛下と殿下が使われる椅子のご用意、清掃です。アミューリアの制服では汚れてしまうかもしれませんわ」

「は、はい。…あの、我が家のメイドにも手伝ってもらって良いでしょうか…?」

「勿論。着替えが終わりましたら隣の食器部屋へ来てください」


食器部屋?

そんな部屋があるの?

さ、さすがお城…。

キョトンとしつつ、クレアさんを見送る。

それからテーブルに用意してあったメイド服に着替えて、アンジュに髪をまとめてもらう。

…メイド服、可愛い。

女の子の憧れよね、レースが使われたメイド服!

ちょっとテンション上がる。


「文句言わないんすね?」

「え? 文句?」

「いや、普通突然メイドの仕事なんか押し付けられたら怒り狂いそうなもんかな〜って」

「あ〜、ヘンリはそうかもね。でも、わたしはメイド服可愛いし、ちょっと着てみたかったし、逆にやる気出たわよ!」

「ふーん?」


実はリエラフィース家のメイド服も可愛いのよね〜。

スカート丈のところにお花型のレースが付いててよそに比べて華やかなのよ。

お城のメイド服はどシンプル!


「でもお城のはシンプルね。アンジュが着てるやつの方が可愛い…」

「なに言ってるんすか…お城のメイド服に使われてる黒地はお城勤めの証! 全メイドの憧れなんすよ」

「え? そ、そーなの⁉︎」

「そうっすよ。黒はウェンディール王国にとって高貴な色と言われてるんす。なんでも黒髪は女神たちに認められた魔力を持つ証とも言われるんです〜。だから王家の血筋に嫁ぐ女性は黒髪がいいという風潮が、今でも残ってるんす」

「え、そ、そーなの⁉︎」


初めて聞いた。

…あ、でもみこたそでプレイするとそんな話をどっかのルートでされた気がするわ。

みこたそは生粋の日本人。

公式の名前もヴィジュアルも設定されてないけど、スチルでちらりと映り込む後ろ姿は短い黒髪だった。

……そのせいかしら?


「でも王族の特徴は金髪青眼よね?」

「そうなんすよね、不思議なことに。金髪の人や青目の人は多いっすけど、そのどちらも備えるのが王族なんですよね〜」

「成る程…」


ヘンリも金髪だけど、瞳は緑。

ローナも金髪だけど、瞳は紫…。

他にもクラスメイトで茶色い髪だけど青い瞳って人もいたな。

ふーん、不思議なものねー。


「つまり珍しい度合いでいうと…黒髪青目?」

「そうです。なんだっけ、初代クレース様がその髪の色と目の色だったとかなんとか」


…と、いうよりエメリエラがその髪と目の色だった。

それが関係してるのかしら?


「まあ、いいっす。クレア様をお待たせするわけにはいかねーっすよ」

「あ、そうね」


着替えは終わってるし、部屋を出て隣の部屋に向かう。

扉をノックするとすぐにクレアさんが出て来た。

ちらりと見えた食器部屋の中は、私が通された部屋と同じくらい広く…そしてなんかキラキラしている。

なにあれすんご…!

図書館の本棚のように並べられた食器棚。

その中にはどれも高級そうなお皿やカップが…。


「では、まずはレオハール様へご挨拶に参りましょう。今日は何時までよろしいのですか?」

「日の暮れる夕の刻までは大丈夫ですわ」

「わかりました」


……う、うーん…。

もうレオ様に挨拶か。

どうしよう、エメリエラの事、どうやって話して信じてもらったら…。


「失礼致します、レオハール様。ヘンリエッタ・リエラフィース様をご案内いたしました」


一切体幹をぶれさせる事なく二階へ上がり、更に長い廊下を足音も立てずに進んだクレアさん。

…ちなみに私の後ろからも足音らしいものは聞こえない。

あれ? メイドって……忍者かなにかなのかな?

こ、怖い。

うちのメイドこわ……。


「どーぞー」


ンンンンン!

扉が開く!

ヤバい、ほ、本物の………!


「やあ、ヘンリエッタ。ローナに話は聞いているよ」


レ、レオさまーーーーっ!

きゃわあー! ほ、ほ、本物だぁぁぁ!

ふんわりの金髪、青い澄んだ瞳…乙女ゲーゴリ押しキャラでは珍しくゆるゆる系美少年のキャラヴィジュアル!

そしてCVは人気声優天宮のれんー!

きゃー! BL同人誌で凄いことにになっているのを見てきたのが申し訳なくて土下座したくなるー!


「?」

「お嬢様」

「ハッ! …あ、こ、こんにちは、レオハール様。リエラフィース家のヘンリエッタです。本日はお世話になります」

「こちらこそ」


ススス…と部屋の外へ出て行くクレアさん。

さ、さすがお城のメイド長…外で待っていてくれるのは助かるわ。


「……。……なにか用があるの?」

「は、はい!」


挨拶が終わっても出ていかないわたしを不審に思ったレオ様が、少し困った笑顔でペンを置く。

ゲームの中でも優しかったけど…聞く体制を整えてくれるなんて…。

覚悟を決めるのよ、わたし。


「女神エメリエラ様のことです」

「?」

「すぐには信じて頂けないかもしれませんが…わたくしはここ数ヶ月、毎日のように女神アミューリア様が夢に現れます。アミューリア様はエメリエラ様が…この世界をお創りになられた女神、ティターニア様の生まれ変わりだと申されました。そして武神族はエメリエラ様がわたくしたち人間に肩入れする事を快く思っておらず、戦争の折に人間族が勝てば…人間族を滅ぼすつもりだと忠告して参りましたの」

「…………」


キョトン、といった顔。

そ、そうですよね! 普通に考えてそうなりますよね!

でも…信じてもらわないとダメなのよ!

エメリエラには全ての種族への慈愛を与えてもらわないと…、他の女神や武神族が納得してくれない!

まあ、武神ゴルゴダはどうあがいてもラスボスだと思うけど!


「え、ええと…ですから…エメリエラ様には人間族だけでなく、全ての種族へ慈愛を注いで頂けないか…お聞きしたいのですわ」

「…………。…という事らしいけど、エメリエラ」


レオ様が魔宝石に声をかける。

…やっぱり…わたしにもエメリエラの姿は見えないみたいだ。

ま、まあ…エメリエラを見るには魔力や心の清さや魂の波長とか……なんかもうたくさん条件があるものね…。

アミューリアに選ばれて連れてこられたわたしでも、やっぱり見えないわよねー……見てみたかったなぁ、生エメリエラ…。


「………エメリエラの言葉をそのまま伝えるね?」

「は、はい!」

「よく分からないのだわ、だ、そうだよ」


ですよね!


「発言をお許しください、レオハール殿下」

「なぁに?」

「私も初めてお嬢様にこの話をされた時はついに頭がおかしくなったのかと思いました。しかし、『ティターニアの悪戯』を調べていくうちにお嬢様は本当のことを言っているのではと思うようになったのです。それに…もし、この話が本当ならば…人間族は勝っても武神族により滅ぼされてしまうかもしれません」

「…………」

「アンジュ…」


真顔で援護してくれるアンジュ。

もう一度、レオ様に向き直る。


「す、すぐに信じてくださいとは申しませんわ。簡単に信じられることではありませんから…。ですが…この世界を…この国を愛する者の一人として申し上げます。……どうかエメリエラ様に全ての種族へご慈悲をお与えください…と重ねてお願いいたします。どうか……」


わたしの大好きな『フィリシティ・カラー』の世界。

『覚醒楽園エルドラ』への道は…偽物が追放されている今、閉ざされているはずなのよ。

だからこそアミューリアがわたしとヘンリに縋ってきたことは…本気で笑えない。

この世界がめちゃくちゃになるかもしれないの。

そんなの嫌よ、ずっとわたしを支えてくれた世界ゲームがそんなことになるなんて…。


「……それは…エメに僕らの味方をするなってこと?」

「そ、そういうことでは…」


エメリエラが居ないとみこたそは召喚されないし、人間族は勝てない。

…うーん、うーん、そ、そうよねー、具体的に全ての種族へ慈悲を与えるってつまりどーゆーことー?


「……君にもその具体案はわからないということ?」

「…………、……は、はい。ただ、アミューリア様にこのままでは武神族がエメリエラ様を人間族が利用したと見なし、攻撃を仕掛けてくるだろうと…」

「…それは困ったね」


と、眉尻を下げて微笑むレオ様。

それはまるで…わたしの言っていることを受け入れてくれたかのようだ。


「し、信じて頂けますの?」

「こう見えて嘘を吐いてる人間とそうでない人間の見分けはつく方なんだ」

「……!」


レオ様は幼少期から過酷な環境下で育てられている。

『記憶継承』をより強く発現させるためだったり、身体強化や魔力強化の実験をされたり…。

あの我儘姫、偽マリアンヌに日夜付き合わされたり…。

挙句、地位や権力に固執するマリアンヌ派の貴族に虐められたりもしていた。

それをみこたそが救うわけだけど……。


「それになんとなく、エメが特別な気はしていたしね」

「レオハール様…」

「けれどまさか創世女神ティターニアだったなんて…。……武神族の相手はさすがに無理だろうな…普通に考えて」


そ、そうよねー…。

エメの力をみこたそと攻略キャラとの愛の力で最大限に発揮して、やっと戦えるようになるんだもの。


「ん? えーと、武神族は名の通り武を司る神々だよ。僕らの国では信仰されていないけど、確か獣人の国では武神族を信仰しているはず」

「?」

「あ、ごめんね。エメが「武神族ってなに?」って聞いてきたから」


は、はぁーー⁉︎

武神族を知らんのかーい⁉︎


「……エメリエラ様は武神族に守護されていたとアミューリア様にお伺いしましたが…」

「そうなの? ……覚えてないって」


ナンテコッター…。

もしエメリエラが武神族に守られていたことを覚えててくれたら、すんなり他の種に優しくなってくれるかもって思ってたのに。

うーん…やっぱりここは、アミューリアに頼むしかないわ。


「あの、レオハール様…レオハール様は、女神アミューリアを信じておられますか?」

「うん? まあ、エメがいるのだしアミューリアもいると思うよ?」


それもそうか。

レオ様はアミューリアが見えるんだものね、他の人よりよっぽど確信を持って「居る」と言える人か。

よし!


「正直、わたくしもこの件に関してはどうして良いかわかりませんでした。アミューリア様にはエメリエラ様に全ての種族へご慈悲を与えるように、と言われましたがその具体性もわかりません」

「そうだねー」

「ですので、レオハール様にもアミューリア様へお会いいただきたいのです」

「…会えるの?」

「今度、レオハール様の夢の中へアミューリア様が伺うようにわたくしからお願いしておきますわ。アミューリア様はアミューリア様への信仰心を持つ人の心を渡り歩く女神なのだそうです。レオハール様がアミューリア様を信じておられるのなら、レオハール様の元へ行くことも出来ますはず」

「へぇ…」


そこでなんとか、話をまとめてくれ!

わたしに全ての種族へエメリエラが慈悲を与えるように説得する、なんてやっぱり無理よ。

だってそもそも見えないんだもん。

レオ様がアミューリアへの信仰心があるのも分かったし、エメリエラの力が強すぎてアミューリアがレオ様の夢には入れないとかいうのは…とりあえず…。


「あの、その時はどうか魔宝石を外して寝てくださいませ」

「え? どうして?」

「アミューリア様がエメリエラ様のお力が強すぎて、レオハール様の心の中には入れないとか仰っておりましたの」

「…外して寝ればいいの?」

「はい、枕元に置いておいて頂くだけで良いです」

「そう…わかったよ、今夜からそうしてみよう……、……エメ、そんな風に言わないで」

「…………」


大方エメリエラが「そんなの寂しいのだわ嫌なのだわ」みたいな事を言ったと見た。

……イケメン王子の胸元にいないとダメとか…とんだ女神様だな…。


「では話はこのくらいかな? なかなか興味深い話だし、アミューリアと話したらまたこの件について聞くこともあるかもしれない。その時はよろしく……あ、今日のお手伝いもよろしくね?」

「は、はい!」


……パタン。

扉が閉まり、わたしとアンジュは顔を見合わせる。


ーーーレ、レオハール王子、マジ王の器……!


驚いてはいたみたいだけど、ほぼ動じた様子はなく、しかも頭ごなしに否定されることもなく、むしろすんなり受け入れてくれて笑顔で送り出された!

アミューリアのことも疑っている様子はなかったし……ま、まあ、実際エメリエラを見ることができるのはみこたそ以外だとレオ様だけだから本当に「いると思う」って思われたのだろうけれど……。

……かっこいい……優しいし、否定されなかった。

普通の人なら「頭ヤバくなったな」って思われて当たり前なのに。

ん、んもおおぉ! 惚れてまうやろ〜!

むしろ惚れ直したレオ様〜!


「もうよろしかったですか?」

「ふぁ! は、は、は、はい!」

「では、参りましょう」


クレアさんに声をかけられてハッとする。

そうだ! お手伝い!

よ、よーし! レオ様のお手伝いだもん、頑張る!

色々なんか、スッキリしたし! すんごいやる気出た!


「頑張りましょうね! アンジュ!」

「気張り過ぎて物を壊さないでください、お嬢様」

「…………めちゃくちゃ気を付けます」




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