リース主従とお茶会!
7月は意外と忙しい。
「本日はお招きありがとうございます、ヘンリエッタ様」
「ようこそ、ローナ様!」
学園のガーデンテラスを貸し切ってわたし、もといヘンリエッタ主催のお茶会は開始された。
お客様はローナと、お付きのヴィンセント。
そして……いや、まあ、ローナを誘えばもしかしたら来るかなぁ、とは思ってたけど…。
「こんにちは、ヘンリエッタ様。本日は義姉をお招きくださりありがとうございます」
「え、ええ、いらっしゃいませ…ケリー様…」
使用人であるヴィンセント、そしてルークのセレナード義兄弟!
2人を連れて来てきてくれるとかローナマジ女神!
と、内心狂喜乱舞!
鼻血を耐えたわたしを誰か褒めて!
と、言いたいところだがその盛り上がった気持ちをケリーのにっこりとした爽やかな微笑みが急降下させる。
それになにより、後ろには我が家のアサシンメイドが控えているしね…。
お上品に…笑顔を崩さず…。
…に、しても今日のローナは制服ではなくきちんとした正装ドレス。
う、美しい!
そりゃわたしだってちゃんとした格好だけど、これはもう遺伝子レベルの敗北だわ。
圧倒的美少女!
ケリーもスーツ姿がめちゃんこカッコいい…。
でもやっぱり一番はヴィンセントの燕尾服!
なにあれイケメンがわたしを爆殺しにかかってる!
顔から出るもの全部噴き出そう!
燕尾服着慣れてない感バリバリのルークもめちゃんこ可愛いけど!
つーかリース主従勢揃いとか、わたしの顔面はお茶会の最後まで無事に保つのかしら?
「ローナ様はお花がお好きだとお伺いしたので、薔薇の株の側の席に致しましたの。…棘にご注意下さいませね」
「ありがとうございます。一番好きな花ですわ」
「…………」
そう、今日のお茶会の場所はガーデンテラスの一区画を貸し切ったの。
植木や花壇に囲まれて、他の区画とは距離が作られているのよ。
さすが貴族の学校よ…いくつかのグルースが同時にお茶会を開けるようにこんなところが用意されているのよね。
食堂やカフェもすぐ側にあるから凝った料理も運べる。
本日はローナの好きな薔薇の区画を確保してご招待したの。
よかった、喜んでくれたみたい。
ふっふっふっ…やり込み型プレイヤーをなめないでよね!
悪役令嬢ローナのプロフィールだってしっかり頭に入ってるんだから!
……利用するのは申し訳ないけど…人間族…ひいては世界の命運がかかってるんだ。
ローナからの好感度を上げて、なんとかレオハールに取り次いでもらわないと…。
うっし!
「お茶会もハーブティーをご用意しましたの。わたくしはまだ勉強を始めたばかりなので…気に入っていただけるといいのだけれど…」
「まあ、マリーゴールドですわね…」
「ケーキは何種類か作ってみましたの。このカップケーキはわたくしが作りましたのよ」
「まあ…ヘンリエッタ様自らが?」
ローナはローズティーが好き。
それはアンジュによってリサーチ済みだけど、普段ローナが飲んでるローズティーの配合とかまではわからない。
それに、いつも飲んでいるものだからこそこだわりもあるだろう。
ここはあまり飲まれていなさそうなマリーゴールドのハーブティーで勝負よ。
「嬉しいですわ」
「本当ですか? よ、良かった…」
よ、良かった……目元が優しくなった。
ローナって無表情だけど目元には感情が乗りやすい。
「そういえば、本日招かれたのはわたくしだけですの? ヘンリエッタ様にはお友達が多くいらっしゃったと思いますが…」
「誘ったのですが、断られてしまいましたの…」
「ごめんなさい。きっとわたくしのせいですわね」
「あ、違いますわよ? ティナもクロエも変な気を遣っただけですの! …えーと…どう言ったらいいのかしら…」
…ヴィンセントをデートに誘いやすいように…。
そんな理由で断られたのよね…。
だからー、お茶会に誘ったのはローナなんだってば〜。
そう言っても聞いてくれないんだもん。
人が少ない方がデートに誘うチャンスも出来やすいとかなんとか言って〜。
んもぉ〜〜っ。
「お気遣いは不要ですわ。…わたくしは同性の方と、あまり話題が合いませんもの…」
…ってうわあああぁ⁉︎
変に誤魔化したせいかローナが自分を責めて…!
ち、違うの! 本当に違うのよ〜!
「そんな事ありませんわ! わたくしローナ様ともっとお話したいと思って、本日お誘いしたんですもの!」
「ヘンリエッタ様…」
「あれですわよね、戦争や政治のお話。…政治のお話はわたくしもそれほど得意というわけではありませんけれど、戦争はもう間もなく……。わたくしたちにはあまりその緊張感が伝わってきませんけれど…他人事では決してありません。…皆、もっと強い覚悟と自覚を持たなければ…」
「! ええ、その通りですわ」
わたしが住んでる日本だって、何十年も戦争をしていないから平和ボケしていると言われている。
緊張感のない国民性なのでわたしも本当はよく分からないのが本音だ。
でも……そんな事言ってられないのが現実。
「……、…ですが、その前に『王誕祭』ですわね…。ヘンリエッタ様は新しいドレスは何色になさいましたの?」
「え? あ、今回は少し背伸びをして紫にしましたの」
「まあ、きっとお似合いですわ」
お席に2人を案内して、アンジュが紅茶を淹れてくれる。
用意されていた軽食を摘み、お菓子を差し出され、存外平和な歓談が続く。
やっぱりローナって普通の女の子だな?
ドレスやお化粧の話もちゃんとするし…。
みんなローナな政治の話とかばっかりって言ってたけどそんなことなくない?
まあ、個人的にはローナと普通にお喋り出来るのは楽しいからいいんだけど。
「王誕祭と言えば、陛下はお出になられるのかしら」
口を突いて出た疑問。
去年はマリアンヌとマリアベル様も会場にいたのよね。
でも、基本的に陛下はあんまり公務でも表に出てこられない。
お父様…ヘンリのパパの話だと極度の人見知りなんだとか。
ローナのお父さんと同じで、ヘンリのパパも陛下とは同級生。
でも、ヘンリのパパは人見知りの陛下と友達にはなれなかったらしい。
「体調も優れないそうですわ」
「まあ、心配ですわね」
ゲームの中では初登場にも関わらず、マリアンヌばりにみこたそに「協力しないなら放り出す」ってめっちゃ上から目線で威圧かけてきた人なのに。
マリアベル王妃に振られてから体調崩してますます引きこもるとかどんだけガラスハートなのよ。
セクハラした政治家か。
「……………………」
「…………」
う、うん…世間話はそんくらいにしやがれって…後ろのアサシンメイドからの圧がやばい…!
ひ、ひぇえ、わ、分かってます〜!
ローナにレオハールになんとか取り次いでもらわなきゃいけないんだもね!
分かってます〜!
「っ、…あ、あの、ローナ様…じ、実は戦争のことでご相談がありますの」
「わたくしに?」
「…他の方は信じてくれないのですが、わたくしの夢に女神アミューリアを名乗る方が現れて「エメリエラ様に謁見せよ」とお告げを残されたのですわ」
「は? …うっ!」
…う?
ケリー、どうかしたのかしら?
「…守護女神エメリエラ様に…アミューリア様が?」
「は、はい…、…信じて頂け…ま、せんよね〜…」
「…………」
まあ、そ、そうだよね。
でも、ここで変に嘘をついてもバレるだろう。
レオハールはなぜかゲームと違い、王太子になってしまった。
ここで単純にお会いしたい、だけ告げればそれこそ次期王妃狙いだと思われかねない。
ローナがレオ様をどう思ってるか知らないけど、少なくともレオ様にとってローナは初恋相手。
下手な事出来ないわ…それでなくとも『前任者』は没落してしまったというし。
…だからこそローナには嘘はつかず、本当のことを交えながら話すべき。
普通の貴族相手なら没落案件レベルだけど…ローナなら…。
ちらりと見上げると指を唇に当てて考え込むローナ。
…そりゃ、無理もない。
普通信じないし…でも…。
「…………」
お願い…。
お願い、どうか信じて…!
「…いえ……もしかしたらそれは…『ティターニアの悪戯』の一種かもしれませんわ」
「! ローナ様は『ティターニアの悪戯』をご存知ですの⁉︎」
「我が家のメイドやスティーブン様が恋愛小説を好まれますので多少の知識は…。…でも、エメリエラ様を見たりお話ししたりすることが出来るのはレオハール様のみと聞きます」
「うっ…、…そ、そうなのですわよね…」
…ローナ…信じてくれ、た?
いや、すごいわ…ローナ、ティターニアの悪戯の事知ってたんだ?
さ、さすが…。
「…あの、ヘンリエッタ様…アミューリア様が現れたのは夢、ですのよね?」
「え、ええ…。けれど、ほぼ毎晩…現れますの」
共有スペースに。
「まあ…。しかし、それが戦争と関わりありますの?」
「え…ええ! 守護女神エメリエラ様にアミューリア様からお伝えしなければならないことがあるのだとか…!」
「お伝えしなければならないこと…?」
「戦争に関わる事だそうですわ!」
「その内容は分かりませんの?」
「………、…そ、それは…ええと」
ど、どう言ったらいいのか…。
どこまで言っていいのか…。
この世界が乙女ゲームの世界で、わたしは異世界から心と魂だけヘンリの体に憑依させられてアミューリアの依頼でエメリエラを全種族へ慈愛を向ける女神にするべく働いている…とか言ってもさすがにこの段階でそれを信じろとか無理だろうし…う、うーん。
それにエメリエラが原因で武神族が人間を滅ぼそうとしてるとか…ヴィンセントやケリーやルークもいるのに言えないよ〜…。
ラスボスが武神族のゴルゴダだなんて…戦う前から絶望的過ぎて言えないよ〜〜っ!
みこたそまだ召喚されてもいないのよ〜!
「…………義姉様、確かレオハール様はご公務でお休みされているのですよね? 義姉様も明日からは城のお手伝いに上がられるとか」
「え? ええ」
「ヘンリエッタ様にもお時間がある時にお手伝いに来て頂けば良いのでは?」
「……え?」
「……。……そうですわね…。…ヘンリエッタ様、明日からわたくしとヴィンセントは『王誕祭』の準備のお手伝いをする約束をしておりますの。もし宜しければ、ヘンリエッタ様もいらっしゃいませんこと? 1日だけでも構いませんわ」
「……お城の…お手伝いですか?」
お手伝いか…。
確かにただ取り次ぎするよりはその方がウィンウィンかも。
手伝いと称してレオ様に会いに行けるし、お城にも入れるし、レオ様と会話するチャンスも…!
す、すごい! いい事づくめじゃない!
……けど、まさかケリーが助けてくれるなんて…。
「……そ、そうですわね! 1日くらいならダンスの練習を休んでも…」
「ダンスの練習?」
「あ……」
やばい。
余計なことバラしてしまった。
「……お、お恥ずかしながら…わたくしダンスが苦手で練習中ですの…。『王誕祭』までにはきちんと踊れるようになりたいのですが…」
「…! …でしたら、うちのケリーを練習相手としてお貸ししますわ」
「…は?」
「はい?」
「…………」
バシッとケリーの背中を叩くローナ。
目を剥くケリー。
ちょ、ちょ…ロ、ローナ?
何を言い出すの?
ケ、ケリーをわたしのダンスの練習相手に派遣するですって?
は? はあ?
「ダンスの練習でしたらやはりリーダーがいた方が上達も早いはずですわ」
「そ、そ、そ、そ、そぉ…それはそうかもしれませんが…、っ」
「…………、…っ…わ、私で宜しければ練習にお付き合いいたしますよ」
にこり。
ケ、ケリーの満面の笑み。
ひ、ひいいいいいいい!
やばい涙出そう、怖い!
副音声で「断れ」って呪いのように地を這うがごとき声が聴こえた気がする!
ごめんローナ無理!
あなたの義弟怖すぎる!
「え…! し、し、ししししかしそんなご迷惑ですわ!」
「大丈夫ですわ」
何を根拠に⁉︎
少なくともケリーの表情はそうは言ってないわよ⁉︎
「良かったですねー、お嬢様〜」
「アンジュ⁉︎」
ローナへの援護射撃、だと⁉︎
「それと登城についてですが…いつになさいますか? ヘンリエッタ様のご都合の良い日をレオハール様にお伝えしておきますけれど……」
「え、えーと」
「次の土曜日はいかがでしょうか。今のところダンスの練習以外にご予定はございません」
「と、との事なので土曜日にお手伝いに行かせて頂きますわ」
「わかりましたわ、レオハール様にお話しておきます」
「……あ、ありがとうございますローナ様」
…………あれ?
な、なんだろう…いい感じに願った通りの結果が得られたんだけど……きょ、恐怖で頭がうまく働かないわ…。
ケリーとダンスの練習だと?
か、体が震えるんですけど〜!








